第345話 底辺夫婦

 昨日のバレンタイン騒ぎで疲れた俺は、朝から風呂につかってのんびりしていた。

 今も表通りではチョコを買い求める人の列ができてて大変なんだけど、そのあたりはミラーをしこたま動員してさばいているのでどうにかなっている。

 他の店もつられて繁盛しているようで結構なことだ。

 つまり俺の役目はそれなりに果たせたと思うので、休ませてもらってもバチはあたらんだろう。


 スケベ伝道師のエクにみっちりほぐしてもらったおかげで体の疲れはマシな気がするが、気力みたいなのがどうも戻ってこない気がするなあ。

 まあ、もともとやる気とか熱意とは無縁な性格だけど。

 少しのぼせたので足湯に移り、ミラーのおっぱいから冷たい水をチューチュー吸っていると、新入りの割に地下室の主みたいな顔でミラー達を指揮してあれこれ改造に勤しんでいるスポックロンがやってきた。


「ご主人様! 例の黒頭探索の件ですがご報告にまいりました」

「なんか頼んでたっけ?」

「調査に行かれるのでしょう、その下調べとして現地の情報などを集めるのは当然ではありませんか」

「なるほど、それでどうなんだ?」

「これがなかなかの問題ですね」


 といって、印刷された紙、というかフィルムのような物を取り出す。


「これが現地に派遣したクロックロンの調査部隊による、上空からの写真です」

「ほほう、写真か……って真っ黒だぞ」


 見ると雪の森や山並みの写真のようだが、中央が真っ黒に塗りつぶされている。


「なんらかの装置によるジャミングです。光学情報だけでなく、他のセンサーによる調査も妨害されました。そもそも上空域には侵入できませんでしたので、周辺からの望遠映像を元にした合成画像です」

「またそういう面倒なのがあるのか」

「他にも、アンチ・エルミクルム、すなわち黒の精霊石などと呼ばれる物質による干渉で、この一帯、山頂周辺の五キロ圏内では機械類が動かないと思われます」

「うん?」

「すなわち、私やミラー、クロックロンによるサポートは不可能ということです」

「まじかよ、魔法がだめだとは聞いてたが、岩登りがあったりすると、クロックロン抜きはしんどいな」

「無線通信、いわゆる念話というものも使えませんし、非常時の救助等もすべて人力で行わねばなりません」

「そりゃこまるな、いざとなったらあの宇宙船で直接乗り付けようと思ってたのに……」


 自作した登坂道具は順調に検証とトレーニングが進んではいるが、本格的な雪山登山となると、荷物を運ぶだけでも一苦労だ。

 氷壁をよじ登る可能性もあるわけで、ロープを固定するアイススクリューの設置も、垂直な壁面を自在に歩けるクロックロンにやって貰う予定だったのに、それも不可能になってしまう。

 そもそも俺は一人でクライミングをやったことがないので、できるなら避けたいんだよな。

 現地にシェルパのようなサポートの専門家がいるわけでもないらしいし、かなり面倒なことになりそうだ。


「標高は三千五百二十二メートル、高すぎるわけではありませんが、周りの山並みからは頭一つ抜けており、独立峰と言っても良いでしょう、過酷な環境だと思われます。山頂付近の気温は平均マイナス三十度、ルートはいくつか検討中ですが、どれも非常に難度の高いものとなっております」

「やめたほうがいいんじゃないかな」

「そう思われます」

「そもそも、ほんとに神殿なんかあったのか? 昔の人だってそれじゃあ登れないだろう」

「そこでこちらの画像をご覧ください」


 次に出てきたのは、山頂と思しき写真だ。

 さっきのと違ってくっきりしている。


「可能な限りノイズを排除して補完した映像ですが、山頂の側面に人工物と思しき形状が確認できます」


 見るとなにやら格子状の立方体のようなものがあるな。


「これが件の神殿だとすると、おそらくは古代の遺跡の一部が露出したものと言えるでしょう。ですが、私の知り得た情報の範囲で、十万年前からの施設がここに存在したという事実はありません。可能性の一つとしては、私が休止していた十万年の間のいずれかのタイミングで宇宙から墜落したものがここに刺さっている、というものが考えられます」

「ふぬ」

「次いでこちらを御覧ください」


 今度はイラスト風の地図だ。


「現在収集可能な当地の言い伝え、文献、その他諸々から推測した仮設ですが、黒頭と呼ばれる山の麓に、山頂まで至る秘密の通路のようなものがあると考えられます」

「ほう」

「詳細はエンテルにお願いして検証していただいておりますが、この通路こそがヘレクシュアルと呼ばれた巡礼の道ではないかと考えられるものの、まだ裏付けはありません。そこで、まずはこの隠された通路の入口を探すのが先決ではないかと考えます」

「ふむ、やって見る価値はあるな、エディとも相談して、よろしくやってくれ」

「すでにエディ奥様への許可はつけてあります。早速作戦を実行に移します」

「任せたぞ」


 スポックロンは思ったより有能だな。

 と思ったら風呂場から出ていくときに滑ってコケかけた。

 わざとやってるんじゃないだろうな。


 風呂から出ると、大商人メイフルがやってきた。


「今、ちょうど呼びに行くところでしてん、船が港に入ったそうでっせ」

「船?」

「コーヒー豆とフリージャはんを載せた船が、ようやっと南方から着きましてん」

「おお、ついたのか」


 フリージャちゃんは南のデール大陸出身のコーヒー農家かなにかの娘で、こちらでコーヒーの販路を開拓するために単身のりこんできた、若くて勇敢でチャーミングなプリモァのお嬢さんだ。

 可愛いのでメイフルに頼んで、彼女がうまく貿易できるようにしてもらったんだが、今回初の荷物とともにここアルサの街についたというわけだ。


「なんや海流があれとるとかで、ちょいと時間がかかったそうですけど、積み荷も無事みたいですな、ほないきまひょか」


 慌てて支度をしてから家を出る。

 馬車で目抜き通りを抜けて港まで行くと、立派な船が何隻も停泊していた。

 メイフルの案内で、大きな倉庫に移動する。

 中では先に来ていたミラーが大きな樽をいくつも奥に並べていた。

 その横で仕切っているフリージャちゃんの姿が目に入る。

 声をかけると、嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。


「社長! わざわざお出迎えありがとうございます、随分遅くなりましたが、本日無事に到着いたしました」


 社長って誰のことだよと思ったら、俺のことらしい。

 コーヒーとカカオを輸入する会社ということになっているそうだ。

 久しぶりに会うフリージャちゃんは、きれいな金髪が長い航海で荒れているように見えたが、褐色の肌のハリはみずみずしく、相変わらずチャーミングだ。

 そこにミラーからの報告を受けたメイフルがやってくる。


「積もる話もあるでっしゃろが、ひとまずカカオを家まで運びまひょか、パロンはんが首をなごうしてまってますで」


 検疫とかそういうのはないんだな。

 ということで、樽をいくつか、別の馬車に詰め込んで出発する。

 内なる館で運べばいいんじゃないかと思ったが、それだと俺が居ないと運べないわけで、ちゃんとこの日のために輸送用の馬車も用意してあったそうだ。

 この大きな倉庫もバンドン商会からリースしてあるらしい。

 しっかりしてるなあ。

 馬車の中でフリージャちゃんは数カ月分の会話をまとめてやっつけんばかりの勢いで喋り続けた。


「……このように故郷での仕込みは順調だったのですが、こちらに来る際の航海がまた大変で。三日続いたしけが晴れたかと思えば、今度は深い霧。座礁の危険に怯えながら進む我々の前方に恐るべき巨人の影が!」

「そっちにも巨人が出たのか?」

「もしやこちらにも?」

「少し前に港で見たという話があってね」

「そうだったのですか、船員は皆幻ではないかと言っていたのですが、それにしてもあれは恐ろしい姿でしたねえ」


 巨人かあ、たのむから面倒なことはしてくれるなよ、などと心のなかで祈るうちに家についた。

 早速フリージャちゃんをもてなそうと思ったのに、輸入した物の検品やら、珈琲豆屋の店舗の確認やらでメイフルと一緒に出ていってしまった。

 どうも最近、女運がよろしくないな。

 まあ、嫁さんも三人に増えてしまったし、そろそろ落ち着く頃合いなのかしらん、と思ったらそのうちの一人、我が家で一番生活が不規則なカリスミュウルがあくびを噛み殺して風呂から出てきた。


「帰っておったのか、南方からの客人とやらはどうした?」

「もう店の方に行っちまったよ」

「貴様は置いてけぼりか、若い娘だったのであろう?」

「プレイボーイはそろそろ引退するよ」

「自分で言っているうちは、無理であろうよ。それよりも表はにぎやかだな」

「随分繁盛してるみたいだぞ、パロンも念願がかなって喜んでるんじゃないか?」

「チアリアールやアンも、あちらで手伝っているようだ。先ほど戻ってきたときに、食事を用意しておくとは言っていたが、まだのようだな」


 ちらりと台所を覗くが、いつもの台所組は誰もおらず、手つかずのようだ。


「そういや俺も腹が減ったな、フューエルも居ないのか?」

「朝から屋敷に詰めておるそうだ」

「じゃあ、なにか食べに行くか」

「ふむ、たまにはよかろう。どうせ我らはここに居ても、邪魔なだけだしな」

「よくわかってるじゃないか」


 ミラーに言付けて、二人で外に出る。

 にぎやかな目抜き通りを腕など組んでぶらぶらと歩く。

 昼飯時には早いとあって、どこも案外空いていた。

 気取った店は面倒なので、安くてうまい食堂に入る。

 チリコンカンのようなピリ辛の豆料理を二人でもぐもぐ食っていると、真後ろの客が昨日の劇の事を話していた。


「クライマックスで妖精が出たんだって?」

「まさか、この新聞にはエッシャルバンの奇跡のイリュージョン、魔法で生み出した光の芸術がまるで妖精のように舞台を彩った、って書いてるぞ」

「ってことは、魔法だったのか?」

「だいたい、妖精なんているのか? おとぎ話だろう」

「さあ、それよりもその記事見せてくれよ、どれどれ、チョコレートの店と提携した宣伝劇で、またまた街を騒がせたるはかのエッシャルバン。奇想天外な劇の効果でたちまち大人気……、ははあ、つまりそういう宣伝なのか、こいつはうまくやったもんだな。うちの商品も、こういう手でやれんもんかな?」

「さあねえ、それよりもこの店、すぐ近くじゃないか、食い終わったし、今から一つ覗いてみるか」


 はたから聞いてるとステマかよって感じのやり取りだけど、この調子で話題は街中に広がっているようだ。


「貴様の仕込みにしては、うまく行っているのではないか?」

「だといいけどな、少なくとも商店街の周知はできた気がするな」

「それで次は何をするのだ? エンディミュウムの件は、もう少しかかるのであろう」

「下調べがもうちょっと要りそうだな、当のエディが忙しくて手が離せないらしいし」

「フューエルはあと一回は別荘に行くようなことを行っていたぞ」

「またかよ、家で寝てるほうがよほどくつろげるだろう」

「それに関しては同感だが、いささかなまっておるな、試練も近いのだぞ」

「そうなあ。どうも山登りも大変そうだし、少し体を絞っておいたほうがいいかもな。道場でも覗いてみようかな」

「殊勝な心がけではないか、では行くとするか」


 食事を終えてそのまま道場まで歩く。

 この時間はまだセスやフルンたちも居て、激しい修行に明け暮れている。

 俺達が顔を出すと、ちょうど乱取りを終えたフルンがやってきた。


「あれ、どうしたの二人で、デート?」

「まあね、すこし腹のたるみが気になって、ちょいと絞っていこうかと」

「うん、大歓迎! カリちゃんもやるよね」


 当然のように言われて困惑するカリスミュウル。


「いや、私は剣の方は……」

「でも貴族のたしなみ? みたいなのでやったことはあるんでしょ? やろう!」

「う、うむ、では少しだけ」


 カリスミュウルは押しに弱いからな。


 それから二人揃ってポンポン打たれてヘトヘトになった。

 フルンの修行仲間の女の子たちも、自分が叩いてる相手が王様の姪御だとは思わんだろうなあ。

 叩かれまくった方のカリスミュウルは、案外さっぱりした顔で、


「いや、久しぶりに良い汗をかいた。たまにはいいものだな」


 などとのんきなことを言っている。

 そういえば、今日はシルビーが来てないようだな。

 そのことをフルンに尋ねると、


「うん、今日は学校。そのあとねー、一緒に部屋を見に行くの」

「部屋って、引っ越すのか?」

「まだわからないけど、ジリツする準備をするんだって」

「ははあ、大変だなあ」

「うん、当面のお金の心配はなくなったけど、お父さんたちの面倒を見るには色々大変だし、学校も続けたいし、色々ちゃんとしたいって言ってた」

「そうかあ、ちゃんとしてるなあ」

「うん!」


 フルンは再びエットたちと修行を再開したが、俺達は疲れたので奥で休ませてもらう。

 客間でのんびりくつろいでいると、セスがわざわざお茶を入れてきてくれた。


「おう、すまんな。道場を見てなくていいのか?」

「ええ、今日は人も足りておりますし。しかしおふたりとも、もう少し体を動かしたほうが良いですね」

「そんな気はするよ」


 すっかり達人の域に達したセスだが、こうしているとアスリート系の品のいいお嬢さんに見える。

 以前は洗濯などを受け持っていたが、ミラーが来てからはあまり家事はやっていないようだ。

 うちも専業化が進むな。


 修行はまだ続くようで、俺とカリスミュウルはひと足お先に道場をあとにする。


「さて、そろそろやることがなくなってきたな、どうしようか」

「どうといわれても、私もまだこの街には詳しくないのでな」

「なんぞ酒のアテでも買って帰るか」


 東通りに抜けて、高そうな店を何軒か覗いていると、背後の馬車から声をかけられた。

 見ると小麦の仲買人リリエラだ。


「昨日はありがとうございます、おかげで他では得難い経験をさせていただきました」

「こっちこそ楽しかったよ、随分と気苦労も多かったんじゃないかい?」

「まあ、多少は。今からちょうどお宅に伺うところです。もしお帰りでしたらご一緒にどうです」


 ということで、乗せてもらうことにした。


「助かったよ、こう人が多いと、馬車を拾うのも一苦労でね」

「お気になさらず、それよりお連れのお嬢様は? 以前フューエル様とご一緒にいるところをお見かけしましたけれど、従者ではありませんわよね?」

「ああ、こいつは新しい婚約者でね」

「たしか赤竜団長のエンディミュム様とご婚約なされたとは聞いておりましたけど」

「そっちとは別で……」


 といいかけると、自分で自己紹介を始めた。


「カリスミュウルという。赤竜のエンディミュウムとは旧知でな、まあ妙な縁で共に嫁に来ることになった、よろしくたのむ」

「え、あのカリスミュウル……とおっしゃると、ペーラー家の? 紳士様!?」

「うむ、ま、そうともいうな」

「こ、これはなんと恐れ多い、知らぬこととは申せ、失礼なことを」

「気にするな、ただの商人の妻になる女だ。お主も商人であれば、似たようなものであろう」

「しかし、いえ……ではそのように」

「話が早くて助かる」


 リリエラはじつに優秀な商人って感じだよな。

 なにより肝が太いのがいい。

 その後はダラダラとたわいない話を続けるが、道が混んでいるせいで、だんだん話すことがなくなってきた。

 ホントはレアリー嬢のこととか聞いてみたいんだけど、この場でいきなり他の女性の情報を聞き出すほど野暮にはなれない俺だった。


「……それにしても、妖精とは驚きました。実在したんですねえ」

「やかましい連中ですけど、かわいいもんでね」

「そう、かわいい!」


 そう言ってまた突然、胸のペンダントからパルクールが出てきた。


「ま、まあ、それが妖精なんですね? 体の中に住んでるんですか?」


 と驚くリリエラ。


「似たようなもんだが、ほら、ちょっと引っ込んでなさい」


 と言って押し込むと、ブーブーいいながら引っ込んだ。


「そういえば、昨日一緒に居たレアリーが、幼い頃に妖精を見たことがあると言ってたんです、命の恩人だとか」

「へえ、どこで見たんです?」

「たしか南方だったかしら、それにしても、彼女は随分あなたのことが気に入っていたようですね、あれほど誰かに入れ込んでレクチャーするところなんて見たことがありません。正体を知らずとも、あふれるカリスマに惹かれるのでしょうか」

「それはないんじゃないかなあ、彼女は相当な成功者のようですが、一人で商売をしているんですか?」


 それとなく尋ねると、リリエラは少し悩む素振りを見せてから、


「そうですわね、あなたには話しておいてもいいのかも。彼女、生まれは大店の一人娘だったそうなんですが、幼い頃に両親が仕事仲間に裏切られたとかで破産して、その後、親にも死に別れ、相当苦労して育ったんだそうで」

「そんなことが」

「ええ、私が出会ったのは学院の高等科の頃でした。高い学費を払えるはずもなく、彼女は日銭を稼ぎながらモグリでいつも授業を受けていたんです。商人として大成するには学が必要だと言って」

「ほほう」

「はじめのうちは馬鹿にしていた同級生たちも、彼女の熱意と才能に魅入られたんでしょうね。我々の恩師であるバビー教授の元で、一番の成績で卒業したんです。籍はないのに教授の特別なはからいで、名誉学位と言った形で。ですから彼女は我々同期の誇りでもあるんですよ」

「そうだったんですか。しかしそれほど仲間からも信頼の厚い人物が、なぜ一人にこだわるんです?」

「それはやはり、幼い頃に両親が裏切られたことがトラウマになっているのでは。我々が困った時はいつも手を貸してくれるのですが、その逆はないんです」

「なるほど」

「彼女ほどの才能でも、一人でやっていては限界があるでしょう。彼女にはもっと大きな舞台で働いてもらいたいのに、それがかなわないのがどうにも歯がゆくて。ですから誰かが彼女のパートナーになってくれれば良いと、常々思っていたんですよ。例えばサワクロさんのような方に」

「ははは、それは買いかぶりじゃないかな、俺は商人としてはザコみたいなもんだ」

「彼女のパートナーに必要なのは、商売の能力ではありませんよ。例えばどんな人でも引きつける異様な程のカリスマとか……」


 お見合いおばさんのノリで迫るリリエラをあしらううちに、馬車は我が家についた。

 残念そうな顔のリリエラは、そのままメイフル達との打ち合わせに行ってしまった。


「なかなか押しの強いご婦人ではないか」


 ニヤニヤしながら突っ込むカリスミュウル。


「彼女はほんとに何考えてるかわからんからな」

「はん、貴様、皆が言うほど女をたらすのが得意というわけではないようだな」

「そうさ、俺なんかに引っかかるような女は相当ちょろいんだよ、覚えといたほうがいいぞ」


 というと、カリスミュウルはなんともいい難い感じに顔をしかめる。


「何という顔をしているんです、カリスミュウル」


 そこに屋敷から戻ったフューエルがやってきた。


「ちょっと顔の筋肉を鍛えておったのだ、それよりもう用事は済んだのか?」

「ええ、屋敷の方は。客人はもう来ているかしら、リリエラと言って、家の取引先の……」

「今、彼女の馬車で帰ってきたところだ」

「そうでしたか、魔界に下ろす農産物の実務を、彼女に任せることになっていまして。ではちょっと行ってきます」


 そう言って店の商談部屋の方に行ってしまった。


「あれも全然休む暇がないのではないか?」

「俺達が暇すぎるだけという見解もあるぞ」

「認めたくはないが、多様な意見に広く耳を傾けるのは、上の立つものの努めだからな」

「俺は底辺でいいなあ」

「では私も妻らしく、ならんで底辺に潜むとしよう、先程買い求めたつまみがあろう」

「じゃあ、酒だな」


 そうして底辺夫婦らしく、その日は自堕落に酒を飲んで過ごしたのだった。

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