第343話 バレンタイン その四

 この高台の公園は、高台というだけあって海が見下ろせる崖の上にある。

 頑丈な柵もあるので早々落っこちる心配はないが、あまり人があふれると何があるかわからない。

 実際、それを警戒してか、騎士団は柵よりもさらに数メートル内側にロープを張って人が溢れないように警戒している。

 逆にそのせいでスペースが狭められ、公園内の密度は相当上がっていた。


「しかし、今日はちょいと蒸れますな、なんぞ冷たいもんでも仕入れてきまひょか」


 序盤からずっとお供をしていたメイフルは、そう言って場を離れる。

 向こうに屋台ののぼりはみえるが、この人混みで買えるんだろうか。

 入れ違いに再び実業家のレアリーが話しかけてきた。


「そういえば、今のお嬢さん、もしやホロアでしたの? 町人のような格好でしたので、てっきりあなたの商店街仲間かと」

「実は彼女は仕事の相棒でして」

「では、ホロアを従者に?」

「そうなんですよ」

「まあ、それはたいしたものですわね。ホロアの忠誠ほど信じられるものはないと聞きますけど」

「そのとおりだと思います」

「私、ずっと一人でやっておりますから、身軽なのは良いのですけど、ホロアのような相棒であるのなら……いえ、そういえばそちらの人形もあなたの? ちょっとそこいらでは見ないレガートじゃありませんこと?」


 そう言ってそばに控えていたミラーをちらりと見る。


「そうなんですよ、彼女は以前、とある遺跡で見つけまして」

「遺跡の探索ということは、やはり宝目当てで?」

「まあ、そのようなところです」


 実際は、床下を掘り返しただけなんだけど。


「たしかに、今は冒険者ブームでもありますし、一攫千金を狙うものは多いようですわね。この土地にもお宝の伝説がありましたし。聞くところによると、件の紳士様が発見なさったという話ですが」

「白象絡みの件は、去年噂になっておりましたね」

「ええ、私もちょうど祭りで街におりましたから、よく耳にしましたわ。しかし、商人たるもの、安易に一攫千金を狙ってはいけませんわよ」

「そんなものでしょうか」

「大事なのは持続可能な商売をすることです。多少の波はあるものですけど、今日より明日、今年より来年と徐々に規模を上げていくことを心がけねば。そのために必要なのは博打ではなく投資ですのよ」

「たしかに、あぶく銭は身につかぬものですから」

「それがわかっているのでしたら、大丈夫ですわね」


 そんな話をするうちに、従者の気配が近づいてくる。

 メイフルが戻ったのかと思ったら、人混みの合間から幼女トリオの一人、メーナが出てきた。


「あ、ご主人さま!」

「どうしたんだ、メーナ、一人か?」

「ご、ごめんなさい。ピューパーたちとはぐれちゃって」

「こんな人混みじゃ危ないだろう、怪我はしてないか?」


 そう言って抱きかかえてやる。

 ずっと孤独に耐えて旅をしてきたメーナだが、こんなところではぐれると寂しかったらしい。

 少しべそをかいていた。

 しばらくなだめてから、お供のミラーに託す。

 すこし人がバラけてから、みんなと合流させよう。


「もしや、そんな幼子も従者に?」


 と様子を見ていたレアリーが驚いた顔で尋ねる


「ええ、実はそうなんですよ」

「いささか、節操がなさすぎるのでは?」

「自覚がないわけではないのですが……」


 と前置きしてから、


「彼女は旅の空で出会いまして。孤児だったのですが、私自身、幼い頃に両親をなくしており、そんな自分とかさねてしまったのでしょう。保護したところ、相性があったもので、そのまま従者ということに」

「まあ、そうでしたの。知らぬこととはいえ、失礼なことを申してしまいましたわね」

「お気になさらず」

「でも、そうですか。それは良いことを、なさいましたわね」


 そう言ってメーナを見るレアリーの表情は、どこか物憂げだった。

 こういう表情も色っぽいなと見惚れるうちに劇が始まる。

 するとたちまち普段のイケイケ女実業家の顔に戻って劇に魅入っていた。


 妖精バレンタインが想い人を求めてさまよいながら早変わりをするたびに拍手喝采が湧き起こるが、劇の間もどんどん人が増えてくる。

 しまいにはもつれ合った人の中から怒声まで沸き起こる始末。


「野外劇とはいえ、いささか度を越しておりますわ」


 品のない観客に顔をしかめるレアリー。


「もうしわけない、折角お楽しみ頂いていたのに」

「おほほ、誠意は必要ですけれど、商人たるもの必要以上に謝るものではありませんわよ。謝罪とは責任の及ぶ範囲でするもの、ここまでの混雑はさすがに予想の範囲を超えてますでしょう。騎士団もよく働いておりますし。ここの第八小隊は隊長が引退同然とかで、いささか頼りないところがあったのですが、体制がかわったのでしょうか」

「さて、そういう話は聞いていませんが」


 ローンが自らでばってるおかげかな。


「それよりも、早めにここを出たほうがよろしいですわね、お稚児さんもいらっしゃるでしょう、これ以上混乱すると危険かと……」


 そこまでレアリーが話したところで、すぐそばで殴り合いの喧嘩が始まった。

 一人が誰かを殴ると、伝染するように周りの連中も殴り始める。

 男だけではない、船乗りの多いこの街は、女も喧嘩っ早い。

 これが日本だったら、乱闘騒ぎが起きたりすれば劇は即刻中止なんてことにもなりかねないが、こっちの世界じゃこれぐらいは日常茶飯事なので、あまり問題にはならないと思う、たぶん。

 それよりも、巻き込まれる前にさっさと退散しなければ。

 ついでにレアリーにもちょっといいところを見せたい。


「ミラー、ご婦人方とメーナを頼む。俺は後ろをお守りするよ」

「オーナー、殿でしたら私が」

「ダンジョンじゃないんだ、大丈夫さ。ほら、メーナも怖がってるし」

「かしこまりました」


 ついでレアリーや他のご婦人方に声をかける。


「私が後ろをお守りします、お先にどうぞ」

「おほほ、頼もしいですわね、ではおまかせいたしますわ」


 とレアリー。

 他の連中も素直に移動し始める。

 メイフルはまだ戻ってないが、シロプスがいるし大丈夫だろう。

 などとのんきに構えていると、突然殴りかかられた。

 紙一重でかわしたものの、体勢を崩したところを更に突き飛ばされる。

 ギャフンと叫んでよろめいた俺を支えてくれたのは、レアリーだった。

 俺の肩をガッツリ掴んで、耳元にこう囁く。


「おほほ、しっかりなさいませ、男を上げて他の皆さんに良いところをお見せする機会ですわよ」


 そう言って俺を押し返した。

 割と調子のいいねーちゃんだな。

 あとさり気なく自分はアピール対象ではないと言ってるところもグッと来る。

 そんなふうに挑発されると俺もその気になるのだ。

 殴りかかってきたごつい人足風の男のパンチを右手でガードし、バランスを崩した相手の顎に左ストレートをぶち込む。

 あたりどころが良かったのか、男はくるくる回ってひっくり返る。

 振り返って手をふるとご婦人方は拍手喝采。

 調子に乗って次の相手を探すと、今度は上着の破れたごつい男だ。

 ごつい男しか居ないのか!

 相手はすでに数人叩きのめしたあとのようで、かなり血が上っているがまだ体力はありそうだ。

 少し距離をとって……と思ったら軽快なステップで一気に詰め寄られる。

 同時に丸太のような太い腕から繰り出される右ストレートが俺の顔面に直撃した……はずなんだけど、なぜが目の前数センチで止まっている。

 驚いたのは相手も同様で、ぽかんと口を開けている。

 そのスキを逃さずに、相手の膝にケリを入れ、姿勢を崩したところにタックルを噛まして突き飛ばした。

 相手の男はそのまま人混みにゴロゴロと転がっていく。


「あはは、転がった! 弱い! ご主人さまも弱い!」


 そんな事を言いながら、鼻の穴からにゅっと出てきたのは妖精のパルクールだ。


「お前そんなとこから出るんじゃない!」


 慌てて引っこ抜きながら、説教すると、頬をぷーっと膨らませて、


「助けなきゃやられてたのにー」

「ああ、お前だったのか、助かったよ」

「でしょー、ご主人さまよわよわー」

「それはそれとして、もうちょっと場所を考えて……はっくしょい」


 鼻がムズムズしてでかいくしゃみが出た。


「ぴゃー、ばっちぃ、にげろー」


 と言って俺の手からするりと抜け出し、よりにもよって俺の尻から体内に飛び込んでいった。


「あひゅっ!」


 思わず奇妙な声を上げた俺に気がついて向かってきたのは、ごつい船乗り風のネーチャンだった。

 いくら強そうでも女に手は挙げられないな、と思うまもなく頬にきついのを一発もらってひっくり返る。

 興奮した船乗りネーチャンがそのまま馬乗りして、追い打ちをかけようと拳を振り上げた。

 おたすけーとばかりに顔を覆って覚悟を決めるが、なかなか一撃が降ってこない。

 指の隙間から見上げると、誰かがごついネーチャンの腕を抑えていた。

 誰かと思ってよく見ると、なんとレアリーだ。


「おほほ、筋はよろしいですけど、あと一歩足りませんでしたわね」


 そう言ってひねり上げた船乗りの腕を、さらに引っ張ると、船乗りはうっとうめいてひっくりかえる。

 それでもすぐに起き上がり、なめんじゃないよぉ、などと叫びながらレアリーに襲いかかるが、どこをどうされたのか、船乗りねーちゃんはどーんともんどり打って地面に転がり、気絶してしまった。

 かっこいい!


「さあ、お立ちあそばせ」


 俺は白馬の王子様に助けられたヒロインのような気分で、レアリーに引き起こされる。


「いや、その、なんというか助かりました」

「おほほ、さあ姿勢を正して、表情はいつも柔和に、たとえハッタリでも余裕を持って物事に対処するのが、良い商人というものですわ」


 そう言っておほほと笑うレアリーに導かれるように、俺達はその場から退散することにした。

 人であふれる公園の出口で順番を待っていると、レアリーが俺の顔を覗き込んでこう言った。


「サワクロさん、頬の傷は大丈夫ですこと?」


 言われて頬に触れると、少し腫れている。

 さっき船乗りネーチャンにしばかれたところか。


「ははは、これぐらいどうということはありませんよ」

「おほほ、名誉の負傷ですわね」


 レアリーは小さな鞄からきれいなハンカチを取り出してモゴモゴとつぶやくと、指先に小さな氷の塊ができる。

 それをハンカチにくるんで差し出した。


「冷やしておくと、楽になりますわよ」

「これはどうも。しかし、魔法も堪能とは、驚きました」

「名うての冒険者などと比べれば、児戯のようなものですけれど、一人で行商をやるときに頼れるのは、度胸と腕っぷしだけですから、あなたももう少ししっかりと鍛えておくほうがよろしいですわね」

「心して励みますよ」

「ところで先程、鼻っ柱にいいのを一発もらいませんでした? 見たところ、当たらなかったようですけれど」

「いや、紙一重で届かなかったようで」


 パルクールには気が付かなかったらしい。

 この上妖精がいるとバレると、面倒だから助かった。

 しかし、このねーさん、えらくハイスペックだな。

 初対面では成金の胡散臭いご婦人にしか見えなかったのに。

 俺もあんまり人を見る目がないので、自分の評価を過信しないようにしよう。


 それにしても、どんな身の上の人物なんだろう。

 リリエラとは友人らしいが、現時点では仕事上のカジュアルな付き合いなのか、古い馴染みなのかも想像がつかない。

 ご婦人の過去は詮索しない主義だが、このレアリー嬢は掴みどころがなさすぎて逆に興味が出てくる。

 もっとも、リリエラに聞いても教えてくれるとは思えないよな。

 大手の小麦仲買人であるリリエラは、エームシャーラと世間話をしながらすぐ後ろに控えている。

 フューエルの実家とは昔から仕事上の付き合いがあったようだが、いつぞやのパン屋事件のあとは、もう少し付き合いの幅が増えたようだ。

 うちのメイフルやイミアなどと、たまになにかの商談などをしているらしい。

 そのメイフルがやっと戻ってきた。


「おや大将、あちこち汚れて、名誉の負傷でっか?」

「まあね、柄にもなくカッコつけたらこのざまさ」

「ま、たまにはええお薬ですな」


 といって、抱えた保冷鞄から棒アイスを取り出した。

 新製品のチョコアイスで、これから暖かくなるのに備えて準備中の一品だ。


「うちのやつか、どうしたんだ、それ」

「あっちで食べてはったんで、もろうてきましてん」


 そういって俺に一つ手渡すと、


「みなさんもどないです、ちょいと冷たいですけど、熱気を冷ますにはよろしゅうおますで」


 といって皆に配る。


「あら、アイスというやつですね、まえにテナに振る舞ってもらいましたよ」


 といってエームシャーラは大胆にかぶりつく。

 それをみたレアリーは、


「氷菓子ですの? その割には、チョコレートみたいな色で、柔らかそうに見えますわね」

「作り方にコツが有りましてね、ただ凍らせてるわけじゃないんですよ」

「私も色んなものを食べ歩きましたけれど、ちょっと見たことのない食べ物ですわね」


 といって、一口かぶりつく。


「まあ、これは……」


 といって瞠目するレアリー。

 初めてうちのアイスを食ったら、だいたいこういう顔になる。


「わたしも掘り出し物を求めてあちこち旅をしてまいりましたけれど、こんなものは初めて食べましたわ。このツンと来る冷たさの中に、とろりととろける濃厚な甘さとほのかな苦味。なによりこの不思議な舌触りと申しましょうか、実になめらかで……」


 などと言って感動している。


「これは商店街のチョコショップで売り出す予定の一品でして、もう少し暖かくなれば、かなりの人気が期待できると思うのですが」

「これはなんとも……、先程のチョコレートといい、初めて口にするものばかりですわね。私、食品は茶葉ぐらいしか扱いませんけど、こうしたものを内陸の貴族の皆様方にお届けできれば、がっぽり儲かること間違いなしですわ。このあたりは開放的な分、舌のこえた人もおおうございましょう。彼らでも満足する味ではありますが、代わりの品には事欠かないとも言えますわね。ですけど、内陸はそうでもありませんから」

「なるほど、私はそうした方面へのコネはありませんので、ぜひ教えを請いたいところです」


 彼女みたいなワンマンタイプは、頼られれば頼られるほど喜ぶとみた。

 そう思ってお願いすると、レアリーは少し困った顔になる。


「そうですわね、私、人とは組まないことにしておりますので、お手伝いすることはできませんけど、こうしたものを好みそうな方への紹介状ならご用意させていただきますわ、なんといってもこれだけの物をごちそういただいたんですもの、おほほ」


 などという。

 一人で商売してたんじゃ、色々と限度があるだろうに、なにか理由があるのだろうか。

 パートナーに裏切られたとか、そういうトラウマ的なやつが。

 ひとまず気にしないことにして、ぜひともよろしくおねがいしますと頭を下げておいた。


 その後は町の西側に抜け、学院寮の隣の空き地で三幕三回目を上演する。

 最後の四回目は我らがシルクロード商店街の東端、丁字路になっている一角の空き地でやる予定だ。

 毎朝、前衛組がトレーニングしてるとこなんだけど、正直、この人数を入れるだけの余地がないと思う。

 そのことをメイフルに尋ねると、


「まあ無理でっしゃろな、一応、だめな場合は四幕をやる予定の、商店街西側の広場でやるような話にはなってたはずでっせ」

「そうなのか、しかし商店街の中に動線を引いて通ってもらうという計画はだめになるな」

「この人数で押しかけられたら、店とか押しつぶされまっせ」

「そりゃそうだ」


 などと話していたら、ミラー経由で連絡が入った。

 メイフルの言う通り、西側の広場で四幕までまとめて同じ場所でやるそうだ。

 喫茶店のルチアたちも、四幕に合わせてそちらで出店を出すために準備していたはずだが、予定が前倒しになったので大慌てで支度しているらしい。

 こういうふうにいきあたりばったりに流されるのって、ダンジョン探索に限らず、だいたいいつでもそうだよなーと思うんだけど、まあ先が見えない事をやってる以上は仕方あるまい。


 寮の空き地での上演が終わり、次の上演場所として先程変更になった商店街西の広場が指定される。

 皆がぞろぞろと移動を始めると、人混みの中から声をかけられた。

 今度は誰だと思えば、優等生姉弟の姉の方、カーシーちゃんだ。


「こんにちは、サワクロさん」

「カーシーちゃん、一人かい?」

「ええ、人混みではぐれてしまいまして。それにしてもこれが先日おっしゃっていた情報がもたらす経済効果、というものの実験なんですのね、今日だと伺っていたので様子を見ていたんですけど、想像以上に大事になってるようで……」

「そうなんだよ、おかげで騎士団にはあとでこってり絞られる予定さ」

「それはご愁傷様です。それにしても、二部からしか見てないのですが、例のチョコと連動したお話になってるんですね。物語と商品の需要がマッチしているところが実に興味深くて、ぜひともレポートにまとめて……」


 とそこまで話したところで、そばに居たリリエラに気が付き、驚きの声を上げる。


「あのリリエラさんでしょうか、パルエラ商事の……」

「ええ、そうですけど、あなたは?」

「申し遅れました、私カーシーと申します。バビー・ゼミで経営を学んでおりまして、以前、教授とお話なさっているところをお見かけしたことが」

「まあ、ではゼミの後輩でしたのね。教授はお元気かしら」

「はい、毎日こってり絞られております」

「それは何より。連れも紹介しておくわね、彼女はレアリーと言って、私の同期だから、あなたにとっても同門よ」


 と言ってレアリーの腕を引っ張る。


「まあ、レアリーさんといえば、あの?」

「そう、レアリーよ」


 驚くカーシーと、いたずらっぽく笑うリリエラ。


「感激です。教授から、武勇伝の数々をよく聞かされておりました」


 もったいぶった紹介を受けたレアリーは、妙な感じに顔をしかめてから、


「おほほ、はじめまして、レアリーですわ」


 などと挨拶を交わす。

 あとは何やら同門っぽい会話に花を咲かせているようだ。

 同門っていいよな。

 武勇伝とやらを聞きたかったが、ここで直接質問するほど野暮ではない。

 ひとまずリリエラとレアリーが学生時代からの友人だったという情報を得られただけで良しとしておこう。


 結局、カーシーも一緒になって観劇するようだ。

 この子もちょっと厄介そうなイメージだけど、大丈夫かな?

 同窓の三人は和気あいあいと話し込んでいるので、俺は接待からちょっとだけ解放されて小さくため息を付いた。


「おや大将、バテるには、はよおますで」


 とメイフルが俺の脇をつついてそういった。


「そうは言ってもお前、なかなかしんどいぞ」

「なに言うてまんねん、大将の得意分野やおまへんか。しかしあの人ら、みんな同じ教授の教え子なんですな」

「みたいだな」

「バビー教授言いはったら、何や難しい経済理論を打ち立てたとかいう偉い先生で、イミアはんも教えを受けてたそうでっせ」

「そうなのか」

「この街で大店の跡取り連中みたいなんはたいてい、ここの学校で学ぶそうですからな。学閥みたいなつながりは大きいもんでっせ。リリエラはんがうちに来たときに、その話で盛り上がってましたわ」

「そういえばイミアは学校に行ってたって聞いたな」

「うちみたいな叩き上げとは正反対ですからな、ああいうエリートはんみてると、コンプレックスちゅうのを感じますなあ」

「しおらしいことを言うなあ」

「ところで、あのお三方の誰を狙ってますん、最近の大将は興味ある人とない人の違いみたいなんがわからんようになってきてますからな」

「特に誰というわけでもないが。そもそも、俺は最初から狙ってアタックすることは滅多にないぞ」

「そんな気はしてますけどな。それよりも……」


 メイフルに促されて後ろを振り返ると、少し遅れてエームシャーラとシロプスがいた。

 エームシャーラはお疲れのようだ。

 嫁の親友ってのは実に距離感のとり方が難しいよな。


「街を歩きすぎて、疲れたでしょう。次の上演は飛ばして、家で少し休んでいきますか?」


 そう話しかけると、エームシャーラはふんわりと笑って、


「確かに、少々足に豆ができた気がします。休ませて貰いましょう」


 ということで、進路を少し変え、街中を通ってうちに向かう。


「それにしても、サワクロさんもフムルも、いつもこんな賑やかな毎日を送っていらっしゃるのかしら」

「いつもではないですけどね、まあたまには」

「羨ましいこと。春になってあなた方が試練に旅立ったら、私も故郷に戻ろうかと思っているのですが、こんな賑やかな暮らしを知ってしまうと、城の退屈な暮らしは考えただけでうんざりしますわねえ」

「フューエルも寂しがるでしょう」


 というと、エームシャーラは何も言わずににっこり笑った。

 彼女も何考えてるんだろうな。


 シルクロード商店街まで戻ると、劇を見ようと商店街の西へと通り抜ける人で混雑していた。

 真っ直ぐ抜けるのは大変だったので、一旦裏手の湖側に抜けようと、ネトックの本屋の横を抜けると、フルンとエットが本を手に丸太の上で休んでいた。


「あ、ご主人様、劇はこっちじゃないよ」


 とフルン。


「裏を通り抜けようと思ってな。お前たちは見ないのか?」

「見る! 見るけど、さっきネトックがこれが入ったからって教えてくれたので買った! ちょっとだけ読む!」


 そういって見せてくれたのは、いつも読んでるエッペルレンとかいう主人公が活躍する本だった。


「エッペルレンと空飛ぶ馬車! 読みたかったやつ!」


 すると楽しげに話し込んでいた女実業家のレアリーが顔を出して、こう言った。


「あら懐かしい、幼い頃によく読んでいましたわ」

「ほんと! おねーさんもエッペルレンのファン?」

「ええ、良いですわね、私もそんな空飛ぶ馬車があったら、人の扱えないような物を仕入れてこれますのに」

「私も誰も見たことない魔物と戦いに行きたい!」

「あら、勇ましいですわね、おほほ」


 などと話す。

 そういや俺は、空飛ぶ馬車ならぬ空飛ぶ宇宙船を持ってたよな。

 商売に使おうなんて思いもしなかったけど。

 まあ俺は、古代遺跡のすごい施設に入れるようになっても、健康診断ぐらいにしか使わない男だからな。

 致し方あるまい。


 フルンに頼んでエームシャーラをうちに招待し、残ったレアリーたちとともにそのまま裏庭を抜けて次の上演場所に向かう。


「ところで、サワクロさん」


 とレアリー。


「今の獣人の娘さんも従者になさったんですの?」

「可愛い子たちでしょう」

「ええ、もしやあの子達も孤児でしたの?」

「そうなんですよ」

「篤志家に憧れて、というわけではありませんわよね?」

「まさか、そんな大層なものではありませんよ。そうですね、きっかけは偶然公園で野宿していたあの子に出会ったら相性が良かった、というだけのものです。私は万事その調子ですが、むしろあの子達を飢えさせないように必死に頑張って、最近はどうにか生活が軌道に乗ってきたぐらいでして」

「そうですか。私も寄付などはいたしますが、身内とすれば責任も伴うもの。あなた、私が思った以上に懐の深い方のようですわね」

「節操がないだけかもしれませんが、責任の重みだけは、忘れずにいようと思ってますよ」

「保護者の責任とは、突き詰めれば金と情ですわね。これらはどちらが欠けても成り立たぬもの。ますますもって、堅実な商売を心がけるようになさいませ、おほほ」

「がんばります」


 レアリーはこうして一日一緒に遊んでても、いまいち人となりのわからないご婦人だな。

 そんな事を言いだしたら、家の従者たちだって普段なにを考えてるかなんて、よくわからんのだけど。

 俺にわかるのは俺を好いてくれてるってことだけだからな。

 その点で言えば、あの商人同窓会のお三方は、俺に異性としての興味を抱いてるようにはみえないよな。

 つまり商人らしく振る舞いつつ、なんかいい感じのイベントが起きないか期待する方向で攻めてみよう。

 まあそういうときって、たいていろくでもない事が起きたりするんだけど。

 劇だけでも無事に終わりますように。

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