第339話 オープン
バレンタイン劇を直前に控えて、商店街の新規店舗がひっそりとオープンした。
オープンキャンペーンみたいなのを派手にやらなかったのは、ほとんどが素人だからだ。
カラオケ大会のようなアイデアも検討してはいたのだが、多分、最初からまともに客があしらえるのはハッブの料理屋だけだろう。
そんな中で人だけ集めても逆効果というものだ。
実際、ハッブの店だけは繁盛していたが、他はなかなか厳しいようだった。
朝から鮮魚をあつかうホムとタンカの夫婦は、わずかばかりの客をさばくのにも苦労して、見かねたメイフルがしばらく加勢に入っていたぐらいだ。
ガラス工房は職人のハマシロがめかしこんで店に立っていたが、こちらはただのでくのぼうで、代わりに接客するのはうちのパルシェートだ。
髪は染めたままの黒だが、プリモァ特有の長い耳は出しているし、着痩せするでかい胸もちょっと強調するようないいドレスを着て店に立つ。
ここで扱うのは高級品だし、それなりの体裁が必要なのだ。
パルシェートは若いが宿の女将としていろんな身分の人間を相手にしてきただけあって、交渉には強いのだが、いかんせん商品知識が付け焼き刃で、そこのところで失敗も多い。
こればっかりは急に頼んだコチラが悪いのだが、なかなか時間がかかりそうだ。
俺もさっぱりわからないんだけど、ガラス細工も奥が深いものらしい。
まあ、どんなものでもそうなんだけど。
画廊はといえば、オープンしたはいいものの、最初のうちは仕事絡みの知り合いが挨拶代わりに花を持って訪れたぐらいだ。
それでも夕方になれば、事前に周知していた学生などがポロポロと顔を出す。
まあ、サウ自身がまだ売れっ子とは程遠いので、こんなものだろう。
本人も別に気にしている様子はない。
「そもそも、こうして展示することで、自分の仕事についてかなり根っこの方から見直すことができたわ。それだけでも十分やる意義があったと思うのよね」
と言っていた。
そういえば、先日俺を麻雀で飛ばしたプリモァ女学生のシェキウールちゃんは、初日には顔を出さなかった。
二週間ほどやる予定なので、きっと来てくれるだろう。
そうしてどうにか初日を終えて、夜遅くに集会所で打ち上げ兼、反省会となった。
といっても、ただの宴会なんだけど。
いつもは威勢のいいガラス職人のハマシロは、げっそりした顔で、
「客相手がこんなに疲れるとはねえ、あたいは一日中火に向かってるべきだね」
というと、一緒に店に立っていたパルシェートが、
「ですけど、商品の説明になると随分熱がこもっていましたし、慣れてくるとまた変わるのでは?」
「そんなもんかねえ、どうもガラスのことになると、熱中しちまうんだけど、ありゃ客の方も引いてなかったかい?」
「まあ、一部そういう方もいらっしゃいましたけど、大半のお客さんは、興味深く耳を傾けていましたよ」
「だといいけどねえ」
魚屋夫婦は、一人娘のアムちゃんがまだ赤子なので、妻のホムはすでに上がっていたが、旦那のタンカは、すっかり疲れ切った顔でちびちび飲んでいた。
メイフルの話では、それなりに売れていたようだ。
まあ、この街では魚はみんな買うので、近場に固定客ができれば安定するだろう。
一番近い西通りにも鮮魚の店はないし、当面は根気強くやってもらうしかあるまい。
我らがパロンのチョコショップはというと、学生などが覗いては行くのだが、単価が高いのであまり数は出なかったらしい。
まあ、明後日の劇があるから、慌てる必要はない。
パロンが店に出ると面倒なことになりそうなので、基本的に売り子はミラーがやっている。
午後にはパン屋のエメオも手伝っていたようだが、エメオの話によると、
「手が出ない値段というわけじゃないと思うんですよ。パン屋にも果物屋にも高価な物は置いていますし。やはり知名度でしょうね。あと味は確かなので、一度口にすればどうにか。やっぱり例の劇次第かと」
そんな事を話しながら、ハッブが腕をふるった料理をつまみに酒を飲んでいると、冒険者ギルド課長のサリュウロちゃんがやってきた。
彼女もいまや商店街の一員なので、呼んでおいたのだ。
「ど、どうも、よろしくおねがいします」
ヘコヘコしながら挨拶して周り、幼馴染のパルシェートの隣で飲み始めた。
サリュウロも仕事上孤立してたので、友だちが身近にいれば、プライベートが安定するんじゃないかなあ。
明日もあるので、適当なところでお開きとして家に帰って風呂にはいると、カリスミュウルが湯船で酒を飲んでいた。
どうも晩飯後にうたた寝して、今起きたらしい。
自堕落というよりは、ちょっと自律神経失調なんじゃないだろうか。
お目付け役の透明人形チアリアールの話でも、生活はかなり不規則だと言っていた。
実際に睡眠もバラバラだし、健康には気を使ってやらんとダメそうだよな。
「今帰ったのか、それで、商店街の方はどうだったのだ?」
「うーん、まあ、初日だしぼちぼちって感じかな。そもそも、みんなまだ商売にも慣れてないし、当面は様子見だろう」
「そんなものか。商売のことはよくわからぬが」
「俺だって素人だけどな」
しばらくそうして二人で酒を飲みつつ湯船に浸っていると、アンとモアノアがやってきた。
同じ家事組のテナやパンテーは別荘なので、今は主に二人で回している。
「あら、お二人ともまだこちらにいらしたんですね。あまり深酒をすると、のぼせますよ」
とアンが言うと、モアノアも、
「んだ、夜食もおいてあるだよ、ちゃんとつまみながら飲むだ」
などといいながら、じゃぶじゃぶと体をあらってさっさと出ていってしまった。
淡白だなあ。
まあ、確かにのぼせてきたので風呂から上がって台所を覗くと、たっぷりと夜食が用意されている。
夜中も起きている者が多いため、こうしていつも料理が置いてある。
朝まで残っていても、朝練で早起きしたフルンたちがパクパク食べてしまうので、朝食までにはまったく残らない。
カリスミュウルと二人で料理を適当に皿に取り、酒瓶も手にして裏庭の家馬車に移動するが、普段使っているエンテルたちが別荘にいっていていないせいか、暖炉の火も落とされていた。
控えていたミラーが今から火を入れてあたためるというので、少し時間を潰すことにする。
と言っても、すでに時刻は夜中で、家の中は寝静まり居場所はなく、外をうろつくには寒いし暗い。
となると、地下室かな。
物音を立てないように地下室の入り口に移動すると、綺麗に仕上がった階段を降りる。
降りたところはミラーが事務を行う部屋で、ここは紙の書類をベースにした作業が行われている。
商売や領主としての仕事の他に、ノード経由で集めた過去の情報などを、人間が読める形で書類化する作業を行っている。
非効率的な気もするが、ほかにいい方法もないしな。
地下室はほかには大工組の事務所と、学者組の研究室があるくらいで、あとは図書室とか物置とかアスレチックジムがある。
それに最近できたばかりの、怪しい基地の司令室みたいなのもあったな。
ちょっと覗くと、スポックロンとミラーが数人、椅子に座ってじっとしていた。
そばに寄ってみると、目を開けたまま黙りこくってピクリともしない。
しばらく様子を見ていたが、瞬き一つしないので気持ち悪くなったのか、カリスミュウルが俺の袖を引いてこう尋ねる。
「こやつら、大丈夫なのか? どこか悪いのではないか?」
というと、突然正面の巨大モニターにスポックロンの顔が映し出されて、
「ご心配には及びません、私、こちらのシステムを調整しておりましたもので!」
などと叫ぶものだから、さすがの俺でも驚いてひっくり返る。
もちろんカリスミュウルは驚きすぎて硬直していた。
「おや、少々驚かせてしまいましたか。この芸は改良の余地がありそうですね」
そう言ってプツンとモニターが消えると、体のほうが動き出した。
「失礼いたしました、お手をどうぞ」
と悪びれずに俺を引き起こす。
気を取り直して、何をやっていたのか聞いてみると、
「こちらのシステムは、ミラーたち家政婦ロボットの保管、およびメンテナンス用の倉庫でしかありませんので、今後の活動には少々力不足、そこで私の本体であるノード18の端末として利用できるように、準備をしておりました。当面の課題は接続帯域の確保でしょうか。どうも電波の届きが悪いようで、中継点の設置、または有線ケーブルの敷設などを検討中です」
「ふむ、それで具体的には、何ができるようになるんだ?」
「近郊の監視などでしょうか、逆にご主人さまはどのような機能をご所望されますか?」
「うーん、あんまり困ってないしなあ」
「おかしいですね、古来より身分を問わず、みな物欲に溺れ、足りることを知らないのが人であろうと認識しておりましたが」
「足るを知る者は富むといってだな、分をわきまえることが幸福の秘訣なんだよ」
「それは負け惜しみでは? やはり物質的に満ち足りたほうが良いに決まっているではありませんか。そもそも、食事一つとっても人間の体は構造的に際限なく高カロリーでうまい食物を欲するようにできておりますし。カロリーこそ正義!」
「食いすぎは万病の元だろうが」
「そうなのです。十万年前も、遺伝子改良を受けているのに、よく腎臓などをやられる人が多くて困ったものでした」
「ほんとに困ったもんだな」
「というわけで、ご希望のものがあればなんでもご用意いたします……と言いたいところですが」
「ですが?」
「ノード18には各種ガーディアンの製造ラインはありますが、汎用的なレプリケーターは現存しませんし、それ以前にエルミクルムの在庫も乏しいですから、作れるものは限られております」
「ふむ」
「その限られた中からご主人さまのご要望にお答えしようという私の忠誠心を汲み取っていただければ、なにかいい感じのものがご用意できるのではないかと」
「気持ちだけで十分なんだけどな」
「そうおっしゃらずに、もっと即物的で刹那的なものを、そういうところに私は人間性というものを見いだせるのではないかとかれこれ十万年も考え続けて」
「お前が一番即物的だろう」
「なんせ機械ですから!」
「まあ、ちゃんと考えといてやるから、今日のところは保留にしといてくれ」
どこまで本気かわからん問答に疲れた俺は、適当に切り上げて地下室をあとにした。
結局、その日はエディの帰りを待ちながら、夜遅くまでカリスミュウルと酒を飲んだり本を読んだりしながら過ごしたのだった。
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