第338話 同郷

 ハッブの料理を堪能するうちにぱらつき出した雪は、本降りになりそうな気配だった。

 今回オープンする店に関しては一通り見学も終わったことだし、一旦家に戻ろうと思ったら、冒険者ギルドの前で若き責任者のプリモァ娘サリュウロと出くわす。

 寒いので適当に挨拶だけして引き上げたかったんだけど、俺の顔を見て嬉しそうな顔をしてるので、つい路上で話し込んでしまった。


「……それで、そろそろ上限レベルの二十に到達する冒険者さんが出そうなんですよ」

「そりゃすごいな、かなりの魔物を倒さなきゃだめだろう」

「それが先日、魔界で竜を倒されたそうで、その上がりを全部うちに収めてくださったんです」

「それもすごいな、でも竜が出たなんてニュースは聞いてないぞ」

「私も初耳だったんですが、まだ二週間ほどなので、ここまで届いていないのでは? 魔界の錆の海というところの近くだそうで」

「錆の海なら、そう遠くないんじゃないかな、俺もそっちには行ったことないけど」

「そうなんですか、一度は魔界に行ってみたいものですねえ」

「休暇が取れれば、いつでも連れてってやれるのになあ」

「その時はぜひお願いします。といっても、今のままでは、まとまった休暇なんて夢物語ですけど」


 俺の知る限り、騎士団並の重労働だからな。

 むしろ管理職に代わりがいない分、余計ひどいかも知れない。


「そこで、その冒険者さんにはひとまず殿堂入りということで、上得意様としてお仕事は優先してお回しする代わりに、冒険倶楽部からは卒業していただこうと思うのですが」

「メリットを提供できないだろうしな。ところで年の頃はどうなんだ? もし年配なら、現役を退くなりしてギルドの教官みたいな感じで後輩を指導してもらえると助かるんじゃないか?」

「それは良いアイデアですね。ただ、御本人はまだまだ現役だと思うので、なかなか」

「ふぬ、まあ始めたばかりだしな。十年も続ければ、そういう人も出てくるだろうけど」

「ですねえ。もっとも、今のペースで働き続けたら、私は十年持ちそうにありませんが」

「本部の方はなんか言ってこないのか?」

「騎士団の機嫌をとって頑張れ、みたいなことしか」

「アバウトだなあ」


 などとアバウトな話をしていると、さっきヒョッコリいなくなったメイフルがヒョッコリ戻ってきた。


「おや大将、まだお取り込み中でっか」

「いや、別に構わんぞ」

「話が付きましたんでな、これからハマシロはんと顔合わせしようか、思いましてな」


 という。

 みるとパルシェートも一緒だった。


「私も客あしらいの勘が鈍ると困りますし、ちょうどいいお話だと思いまして」


 などと話すパルシェート。

 初対面らしいのでサリュウロに紹介すると、名前を聞いたサリュウロはしばし首を傾げてから素っ頓狂な声をあげる。


「パ、パルシェートって、パーシーちゃん? 髪染めたの!?」

「え……あの、どちら様?」


 戸惑うパルシェートの手をとって、ワタワタと騒ぐサリュウロ。


「ほら、私、西通りの、子供の頃日曜学校で一緒だったサリよ」

「え、えーっ、サリちゃん! ほんとに? お役人になったって聞いたけど」

「あなたこそ都で宿をやってるって、この間お母さんから手紙で」

「やってた、やってたんだけど、宿が潰れちゃって、それでご主人様のところに」

「ご主人様!? サワクロさんの従者になったの! ずるい……じゃなくて、その、お、おめでとう、っていうか、え、なんで!?」

「それはこっちの台詞よ、冒険者ギルドで働いてるの?」


 どうも、二人は同郷の幼馴染らしい。

 パルシェートの故郷の町は近くにプリモァの集落があって、ハーフである彼女の母親もそこの出身で、サリュウロもまたそうなのだそうだ。

 まあ、こう言うパターンもなれたから、いまさら驚かないが。

 それにあとで聞いたところによると、そもそも都の周辺にまとまった数のプリモァの住む街はあそこしかないらしいので、あちら出身のプリモァはだいたい知り合いらしい。

 しかも同年代だしな、そういうこともあるだろう。

 日本にいたころも、年長者の県人会とか同窓会のつながりってすごかったしな。


「それじゃあ、今はここのギルドの責任者なんだ、出世したんだね」

「どっちかと言うと左遷なんだけど」

「え、なにかしでかしたの? そういえばサリちゃん、いっつもしでかして」

「そ、そんな事ないでしょ! それよりも、まさかお隣で宿を開くのがパーシーちゃんだったとは」

「ほんとうに、私も驚いたよ……」


 いい年して少女のように驚いたりはしゃいだりする二人を見守るうちに、じわじわ降る雪で冷え込んできた。

 そろそろ帰りたいが、水を差すのもなんだしなあ、と思っていたら、サリュウロが慌ててこういった。


「いけない、ちょっとサボりすぎちゃった。仕事に戻らないと」

「うん、がんばって。仕事おわったら顔だしていい? そういえば今何処に住んでるの」

「あ、家はすぐ近くの西通り裏のアパートに。だけど、終わるのは日が変わってからぐらいだけど」

「そんなに遅くまで? 休みは?」

「それもめったに……」

「ギルドってそんなに大変なんだ」

「だけど、それは宿だって同じじゃない」

「そうなんだけど、じゃあ、余裕があるときに声かけて、私はだいたい、家にいるから」

「うんわかった、じゃあね。サワクロさんもお疲れさまです」


 と言って頭を下げていそいそと仕事場に戻っていった。


「まさか、彼女がここにいたなんて」


 驚きの覚めやらぬ顔で、パルシェートはそうつぶやく。


「幼馴染だったんだな」

「はい、会ったのは十数年ぶりぐらいでしょうか、彼女は街一番の秀才で、プリモァなのに都の学校に入って、その後はお役人になったって聞いてたんですけど」

「ふむ」

「特別、仲が良かったというわけでもないんですが、プリモァ同士、子供の頃はやっぱり一緒に行動することが多くて」

「ふーん」

「ギルドの責任者が若いプリモァでご主人様が入れ込んでいるとは聞いていたのですが」

「誰がそんなこと言ってたんだ」

「え、それは、みんなが……」


 といって、メイフルの方を見る。


「なんでそこでうちの方みますねん、まるでうちが吹き込んだみたいですやん」

「ご、ごめんなさい」

「まあ、謝られても言うたんはうちなんで、アレですけどな」


 などとボケてから、


「それよりも、さむなってきましたで、さっさと用事済ませまひょか」


 そう言って、メイフルはパルシェートの手を引いて、ガラス工房に去っていった。

 今度こそ、俺も家に帰ろう。

 と思ったら、どこからともなく太鼓の音が聞こえてくる。

 音に惹かれて集会所を覗くと、誰かが太鼓を叩いていた。

 演者はわれらが春のさえずり団のドラマー、ペルンジャだ。

 南方からの留学生で、身分を隠しているが高貴なお姫様らしい。

 二メートルはある長身に白い肌の、異国情緒あふれる娘だ。


 集会所の奥で、ボンゴのような小さな太鼓を膝に抱え、チャカポコと小気味よく叩いている。

 周りにはいつもの年寄り連中や遊びに来た子供が群がっていた。

 俺も一緒になってしばらく聞き入る。

 例の派手な四つ打ちよりも、もう少しコミカルで、聞いてて楽しくなる感じだな。

 だけど、時折哀愁を感じるのは、彼女がもうすぐ故郷に帰ることを知っているからだろうか。

 しかし、それを加味してもしなくても、いい演奏だ。

 春のさえずり団は、彼女のリズムに引かれて結成したと言っていたからな。

 その春のさえずり団は、先日、引退発表をしてあとは最後の公演を待つばかりなのだが、それとは別に今度のチョコ劇合わせで歌ってもらうことになっている。


 拍手で演奏を終えると、ペルンジャが俺に話しかけてきた。


「お帰りだと聞いたので、ご挨拶に」

「うん」

「予定が立て込んでいて余裕もありませんので、今のうちに、お世話になったお礼をと思いまして」

「そりゃあ、わざわざありがとう。それで帰省の日取りは決まったのかい?」

「はい、最終公演の三日後の船で」

「寂しくなるな」


 というと、彼女は儚げに微笑んで、手にした太鼓をポロンと叩く。

 すると机の下から出てきたクロックロンが、自分の足で背中を叩いて、ポロンと同じ音を出した。

 どうやら別荘地で太鼓代わりにしたクロックロンのようだ。

 たしか、404号だとか言っていたな。


「今の音は、この子が?」


 と驚くペルンジャ。

 そりゃ驚くか。


「びっくりしたかい、この子は太鼓のものまねができてね。404、ちょっとこい」

「オウ」


 ぴょんと俺の膝に飛び乗ったクロックロンの背中を叩くと、ちょっと下手だが軽快にリズムをならす。


「こいつは音を覚えることができてね、ちょっと太鼓の音を出してみてくれないか」


 と頼むと、ペルンジャが一小節分のリズムを刻む。


「よし、今の音を前に教えたようにスライスしてくれ」

「オーケーボス、ヤッタゾ」

「こうして覚えた音を、バラバラにして、鳴らすことができるんだ。たとえば今の音だと、こうかな」


 と順番に背中を叩くと、クロックロンが同じ音を鳴らす。

 更にそれを組み替えて、色んなパターンで演奏してみせると、ペルンジャは目を輝かせて聞き入っていたが、我慢できずにあれこれ質問をし始める。

 いつもは控えめというかお上品に黙っていることが多いが、今日は一人のせいかよく喋るようだ。


「これは、どういう楽器なのです?」

「楽器とはちょっと違うんだけどな、人間でも口で楽器や動物の鳴き声をものまねする芸とかあるだろう」

「子供の頃に見たことがあります、虎や犬の真似をしていました、実にうまいものでしたが」

「それと同じようなもので、こいつが真似してるんだ」

「それは……すごいものですね」

「そうだろう、他にも声を取り込んだりもできるぞ」


 そう言って、初めてサンプラーを手に入れてヒップホップに目覚めた少年のような気分で、しばらく遊び続けた。

 プログラマはシンセとかが好きなやつが多いので、職場にも色々転がってたんだよな。

 そうして遊んだ経験が、まさか異世界で生きるとは。


「……これがアーメンブレイクって言ってだな、俺の故郷じゃある意味一番有名なリズムかな」

「すごいものですね、まるで駆け抜けているようです。世界にはまだまだ知らないリズムが溢れているのですね」


 そういいながら、ペルンジャはクロックロンの背中をたたき、今教えたばかりのリズムを演奏してみせる。

 俺より遥かにうまいが、まあそりゃそうだろう。


「それにしても、私もこういう太鼓が欲しいものです。これがあればどんな音でもリズムにできてしまいます」

「そうだよなあ、とはいえ、そいつらは売りもんじゃないしなあ」

「ジャー、ワタシヲツレテケ、オマエ、ボスヨリウマイ、叩ク価値アル」


 とクロックロン。


「いいのか、おまえ。海の向こうまで行くんだぞ」

「旅立チハ、イツモ突然、別レニ涙ハ無用、海ノ向コウデビートヲ刻ムゼ」


 本人がそういうので、クロックロン404は、俺のもとを離れ、旅立つこととなった。

 ペルンジャには、この子が実はガーディアンで、必ず正体を隠すことなどを伝えておいた。


「良い思い出ができました、受けた御恩は忘れません。この先、国を出ることがあるかどうかはわかりませんが、もしお会いできることがあれば、必ず今日の日のお礼を……」


 そう言って彼女はクロックロンを連れて帰っていった。

 あまり話したことはなかったが、彼女もいい子だなあ。

 もう少し仲良くしていれば、違った展開もあったかも知れないが、今更言っても詮無きことだ。

 通りの向こうに消えた彼女を見送りながら、そんな事を考えていると、雪がやんでいることに気がついた。

 彼女とクロックロンの前途を祝して、酒でも飲むか。

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