第337話 視察

 翌日、朝早くにフューエルたちは別荘へと出発した。

 パマラちゃんをどうしようかと悩んだが、幼女たちと一緒に別荘に預けることにする。


 昨日、家に帰ると同時に、パマラちゃんは穴を掘りたいと言い出して、ここには掘ってもらうような場所はないんだと伝えると、とても残念そうにこういった。


「穴を掘らないと、みんなのお役に立てません。洞穴人は穴掘りが仕事ですから、穴を掘れないと困ります」

「そう言われても、困るなあ。とにかくだ、ここは君が住んでいたところとは違う場所で……」

「天国ですよね!」

「まあ、そう言ってもいいんだけど、君たちはその天国に行くために穴をほってたんだろう」

「はい」

「つまり、目的地についたからにはもう穴を掘ることをやめて、新しいことを探さなきゃならない」

「新しいこと?」

「そうだ、世の中には穴を掘る以外にもいろんな仕事がある、なんといっても天国だからな。そこで穴掘り以外のこともいろいろ試して、もっと自分にふさわしいことを見つけるもよし、試した結果、穴掘りが一番だと思えば、また穴掘りに戻るもよし、ただしそれはいろいろなことを十分に試してからだ、わかるかな?」

「わかりません! 洞穴人は穴掘りが一番です。でも、神様がそういうなら、やります!」

「そうか、偉いぞ。まずは言葉も覚えないとな」

「そうでした、まだ撫子ちゃんとミラーさんと神様としかお話できてません」

「そうだろう、言葉を覚えるのには時間がかかるものだ、そしてみんなと話せるようになれば、もっと新しいものも見つかるぞ、頑張ってくれ」

「がんばります!」


 聞き分けが良くて助かるな。

 本当はアップルスター内部の情報を聞き出したいんだけど、彼女の話によると、いたるところが土まみれで、掘り返した土を集めて母様のところに持っていくそうだ。

 また、所々に金属の壁や通路があって、母様とやらがご飯を出してくれる部屋と、子どもたちが寝る部屋と、今は居ないがぬしと呼ばれる人が居て、大人になった洞穴人はそこに行って従者になるんだとかなんとか。

 よくわからんが、わかるような気もする。

 また、彼女の住んでいた洞窟というか集落は数十人規模のもので、どうも女の子しかいないらしい。

 男は全部、主と呼ばれていたそうだが、女の主もいたらしいという話もある。

 他の場所にもいくつか集落があるらしいが、全部でどれ位の人口なのかもよくわからない。

 彼女から聞き出せたのはそれぐらいだ。

 彼女を今後どうするかはまだ決まってないんだけど、しばらく別荘で遊んでもらって、地上の暮らしに慣れてもらうほうが良いだろう。

 まだ分別もつかない年頃の幼女をホイホイ従者にするのもいかがなものかと思うしな。

 今更何を言ってるんだという気もするけど。

 それでもなんというか、あの子は育ちが特殊すぎてどうすればいいのか全然想像がつかないんだよ。

 せめてアップルスターに乗り込んで、あそこの現状とか生い立ちとかを確認してから考えたい。

 もちろん、他の住人についてもだ。

 地上に降りて暮らしてもらうのか、そのままあそこで暮らすのかさえ、わからないしな。


 つまり、今解決すべき問題はいかにして宇宙に上がるかだ。

 それ自体は前と変わってないんだけど、宇宙船をゲットするだけではだめだったので、次の手段が必要なわけだ。

 スポックロンの話では、この街の上空にある軌道エレベータをつかえば登れるらしいのだが、防御スクリーンとやらがどうなっているのかを先に確認したほうがいいことと、エレベータを使うために、ここの地下にあるノード229とやらの機嫌も取っておいたほうが良いらしい。

 つまり、今日明日というわけにはいかないし、バレンタインの劇や商店街の新装開店も見届けなきゃならないので、ようするに後回しだ。

 ちなみに、スポックロンのご奉仕は、後回しにせず昨夜のうちに堪能しておいたが、なんというか普通だった。

 ロボットとイチャイチャするのにも慣れてきたせいかもしれない。




 別荘組を見送り、大商人のメイフルと一緒に商店街を視察することにする。

 別荘組は劇の当日には帰ってくると言っていたので、数日の別れだ。

 外行きの格好に着替えていると、ホイホイと寄ってきたメイフルがこういった。


「なんや大将、お顔の色が優れまへんな」

「わかるか、メイフル。俺も大所帯を抱える主人としての心労がだな」

「心労やのうて、張り切り過ぎちゃいますのん。昨夜もお稚児さん連中が寝静まったあとに、夜おそうまで頑張ってましたやん」

「そこはおまえ、主人としての義務だろう」

「ま、そうやないと困りますけどな。ところで新人はんはどうしてますん?」


 新人とはもちろん、スポックロンのことだ。


「あいつは地下でミラーたちとなんかやってるぞ、よくわからんが」


 なんかというのは具体的には空に張り巡らされたバリアの調査やら、軌道エレベータのことだが、俺もよくわからないので曖昧にごまかす。


「なんや気難しそうな御仁ですからな、それでカリスミュウルの女将はんは?」

「朝イチでフューエルたちを見送ったら、二度寝したぞ」

「さいでっか、まあよろしゅうおま、ぼちぼちいきまひょか」


 というわけで、家を出る。

 まずは画廊だ。

 中は新築のようにキレイに仕上がっている。

 壁は魔界から仕入れた漆喰で、地上では高級品ということもあり、豪華なイメージだ。

 実はこの壁はパネル式で、この上から張替えたりできるらしい。

 床板もワックスでピカピカだが、こちらも絨毯を敷いたりとか、いろいろできるようだ。

 その壁には額装されたサウのパッケージイラストが飾られ、手前にはガラスケースに入った商品の実物と、解説が添えられている。

 ちょっとした博物館のようだな。

 ラフの変遷なども展示されていて、どういうプロセスでデザインを決定していったかがわかる。

 こう言うのって素人が見ても面白いよな。

 俺も絵心はさっぱりないけど、パッケージなんかを作る過程で、プログラマとしての経験をもとにユーザーエクスペリエンスといった概念を大工組に導入してみたりと協力はしてるのだった。

 そういうところも、サウ視点でまとめられていて面白い説明になっていると思う。


 狭い画廊の壁には若干隙間があるので、まだ全部揃ってはいないのだろう。

 展示スペースの奥は応接室になっており、品のよいソファとテーブルが置かれている。

 ここなら商談なんかもできそうだが、立派すぎて学生は気後れしないかな?

 そのことをメイフルに尋ねると、


「大将の故郷のことはわかりまへんけど、この街で美術の商いをするとなれば、相手は金持ちや貴族ですわな、となると売り込むほうが相手に合わせんとどうにもなりまへんわ」


 とのことだ。

 画廊の奥は、先日までチョコ大好き妖精のパロンが厨房にしていたが、今は新しい店の方に移っている。

 そちらは後で行くとして、今は空っぽの工作室になっていた。


「ここで、展示する絵かきはんやらが、細工をしたりするそうですな」

「ふむ」

「将来的には裏に小屋を立てて、もう少し大きいもんもいじれるようにするそうでっせ」

「ほほう」


 画廊の次は、モーラの店を挟んで隣にあるパロンのチョコショップだ。

 正面は近日オープンとのポスターが貼られた戸板がはられて、まだ閉めているので裏に回る。


「あらー、ご主人さまったら、最近あちこち出歩いてすっかり帰る家を忘れたのかと思いましたわー」

「ましたわー」


 歌っているのはパロンで、ハモっているのはちびっこ妖精のパルクールだ。

 パロンが働く厨房は、新品の設備が整い、ミラーたちが整然と手を動かす。

 甘ったるい匂いも充満して完璧なチョコレート工場と言ったイメージだ。


「今はー、追い込みで忙しいんですのよー、用があるなら三秒でおっしゃってー、ないなら三秒ででていってー、くださいましー」

「ださいましー」


 邪魔以外することがなかったので、二.五秒で外に出る。


「ここは問題なさそうですな、ほな次いきまひょ」


 モーラの店から五軒分は連なった長屋になっており、真ん中に当たる次の店はシロワマガラス工房のアンテナショップだ。

 主に切子のちょっとイケてる食器などをお高い値段で売る。

 中を覗くと、豪華な陳列棚に、商品を並べているところだった。

 指揮をとるのは若女将のハマシロだ。

 日に焼けた姉御肌の子持ち人妻だ。


「おや、大将、帰ってたのかい?」

「まあね、順調じゃないか、いい店になりそうだ」

「おかげさまでね、といっても、こんな立派な店だと、売り子の確保で困りそうだ。あたいをはじめ、家のもんはみんながさつな職人ばかりだからねえ」

「そこはなんとも言えんが、どうするんだメイフル」


 と尋ねると、


「そうですなあ、手配はしとるんですけど、なかなか」

「しかし、もう時間がないだろう。誰か代理でも」

「そうはおっしゃってもですな、商品知識はともかく、貴族相手に尻込みせずに商いできるとなると、ミラーはんはそつはないんですけど、もうちょいウィットやと……」

「うーん、パルシェートはどうだ、あいつならどんな客でもこなせるだろう」

「ああ、よろしゅうおますな。宿の方はまだ先ですし、二、三ヶ月でも入ってもらえば、その間にどうにか。ほなうちはちょいと話しつけてきますわ」


 と一人で出ていってしまった。

 仕方がないので、一人で見学を続ける。

 ガラス屋をでると、長屋の残り二軒はまだ空き家で、コーヒー豆屋などが入る予定だ。

 そこから湖に抜ける少し広いスペースを挟んで、魚屋がある。

 少し間が開くが、ここにしたのは建物の作りの問題と、あとは裏手に桟橋があり、荷物の上げ下ろしがしやすいから、ということもあった。

 あとは魚の匂いの問題もあるようだ。

 基本的に魚を売るのは午前中だけだが、店の組み合わせにもいろいろと難しいものがあるな。

 店の内装はほぼ終わっていて、あとは魔法の冷蔵庫とか什器を入れるだけだとか。

 そのとなりは、小さな倉庫があり、ここには商店街の備品が入っている。

 祭りで使うテーブルとか、のぼりとかだ。

 湖側の並びはここでおしまいで、この先は西岸沿いの小道に通じている。


 反対側は、もう少し伸びているが、少し戻ってエメオのパン屋の次が、西通りに通じる路地で、それを挟んで大きな冒険者ギルドがある。

 今日も繁盛しているようで何よりだ。

 その隣はまだ空き家だが大きな建物で、ここを宿にしてパルシェートに経営して貰う予定だ。

 オープンは早くて秋、もしかしたら来年かもしれないので、まだ工事にも入っていない。

 宿は建物だけでなく設備も揃えなきゃならないし許可もいるし、いろいろ大変らしい。

 都の宿も、料理とかを除けばパルシェートが一人でやってるように思ってたけど、実際はパートやらなにやら、見えないところでいっぱい人を使ってたそうだ。

 そうした人への補償はフューエルがきちんとしてくれてたそうで、あとから知った俺としては、優秀な奥さんでよかったなあ、としみじみと思うだけだった。


 宿の予定地のとなりは小さな建物で、ここは果物屋エブンツの妹夫婦が小料理屋を出す。

 もともとは通りに面した建物だったが、減築して入り口を少し引っ込めてある。

 小さな潜り戸を抜けると、砂利石を敷き、明かりを立てた小さな中庭があり、その奥が店の入口だ。

 店内は対面カウンターと奥に入れ込みがある小さなものだ。

 店主の料理人ハッブに、変わった趣向で高級なものを食わせる店をやりたい、と相談を受けた俺が、サラリーマン時代に通った割烹などを思い出しながら提案したのがこの店だ。

 どことなく和風の作りが、魔界情緒も醸し出し、ハッブにも気に入ってもらえたようだ。

 ここで彼が腕をふるい、アルサの地魚や、魔界仕込みの酒を出す。

 そうして、この小さな店で十人かそこらの客を相手に、単価を上げてうまいものを食わせる。

 彼の腕は確かなので、うまく行けばすぐに軌道に乗るだろう。

 中では、ハッブが何やら準備をしていたので声を掛ける。


「やあ、ハッブ、昨日はすまなかったね、急な用事が入ってしまって」


 ここの内覧会の予定があったのだが、パマラちゃんのために街を出てしまったので、出られなかったのだ。


「お気になさらず、何やら子供が急病だったとか、大丈夫ですか?」

「おかげさまで大事なかったよ。ところで、店の方はどうだい」

「ええ、どうにか準備も整い、明日にでも開けられそうです」

「そりゃあ良かった。うちの方でも、金持ち連中にそれとなく宣伝はしてあるんだが」

「ありがとうございます、それよりも、今朝、湖で上がった鯉を洗いにしたところです。ちょっと味見してもらえませんか」

「それはぜひともいただこう」


 カウンターに腰を下ろすと、俺が見立てた魔界の銘酒がひやで出てくる。

 一口飲むと、やはりうまい。

 もう一口飲んで、落ち着いたところで料理が出た。

 タイミングもいいな。

 皿に盛られた洗いは程よい脂の照りがうつくしく、彼の包丁さばきは絶品だが、何より添えられたあしらいのきゅうりが小洒落ている。

 竜の首をあしらった細工で、箸をつけるのがもったいないほどだ。

 しばし料理を目で楽しみながら、もう一口酒を飲み、料理に手を伸ばす。

 うまい。

 酒が進む。

 いい店だなあ。

 こんな店が徒歩一分なんて、実に贅沢な話だ。

 料理に感動して感想を述べるのを忘れていたが、ハッブは何も言わずとも、わかってくれたらしい。

 いい料理人だ。

 黙って料理を平らげてから、俺は満足してこう言った。


「この店は大丈夫だよ、ハッブ、必ず成功するさ」


 満足して店を出ると、小雪がぱらついていた。

 南の島はさぞ快適だろうなあ、とバカンス中の奥さんに思いをはせるが、たまには一家の大黒柱らしいところを見せなきゃならないので、もうちょっと家のことを頑張ろう。

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