第336話 退院
ゆうべは幼女トリオも一緒にいたので新人であるスポックロンのご奉仕はじめは保留にし、あり物で食事も済ませてさっさと寝てしまった。
そんなわけで、早々に起きてしまったので、まずはパマラちゃんの様子を見に行くと、ちょうど目が覚めたところだった。
「おはよう、よく眠れたかい?」
俺が話しかけると、宇宙幼女のパマラちゃんは元気にうなずく。
控えていたミラーに尋ねると、経過も良いようで、朝食をとって再度検査をしたら退院できるそうだ。
思ったより軽くてよかった。
あるいは、ここの医療レベルが高いのかも知れないが、ここまで自動化されてると凄さの程度もわからないよな。
しかし、先のデュースの件といい、こう言う施設が残ってて助かったな。
よくもまあ十万年も維持できてるものだが、技術が一線を超えてしまうと無制限に長持ちさせたりできるんだろうか。
そんな事を考えるうちに、なんだか基地の中にいるのが落ち着かなくなってきたので地上に出る。
パンテーはすでに起きて乳をしぼっていたが、幼女トリオ、それにカリスミュウルなどもまだ眠っており、他に起きているのは護衛役のエレンやセス、それに紅のように眠らないロボット連中だ。
もちろんスポックロンもずっと起きていたようだ。
そのスポックロンを伴い、空調が完璧な場所から外に出ると、朝の空気が刺すように冷たくて気持ちいい。
せっかくだから、ここで朝飯にするか。
医療設備同様、食料供給の仕組みも生きてるようだが、昨夜ちょっと見せてもらったら、いかにも合成しましたって感じのブロック状の固形物と、ミルクのようでミルクじゃない白い液体しかなかったんだよな。
スポックロンいわく、食材がないのでどうのこうのという話だ。
そんなわけで、手持ちの材料で今から作るとする。
基地の出入り口周辺には、掘り出した土砂を運ぶガーディアンがうろちょろしていて賑やかだ。
その様子を眺めながら、少し開けたところに移動する。
内なる館から自家製焚き火キットを取り出し、火をおこす。
カプルが作ってくれた金属製の焚き火台に、手頃なサイズの薪やら火口箱が揃っていて、俺でも簡単に火が起こせる。
火が安定するまでに、朝食の準備をしよう。
水も食材も内なる館に備蓄があるので、調理器具と一緒に取り出す。
エメオの焼いた日持ちのする固いパンをガリガリとナイフでスライスし、ハムもぶ厚めに切る。
火の脇にフライパンを並べてまずはパンを焼き、ついでハムと目玉焼きを作る。
ジリジリと焼ける音とともにいい匂いがしてきた。
「美味しそう、というのはこう言うことなのですね」
とスポックロンがフライパンを覗きながらそうつぶやく。
「施設内の食事は自動で提供できたのですが、手間をかけて料理するものも一定数おりました。彼らは皆、出来上がりつつある料理を見て美味しそうと言ったものです。当時の私にはわかりませんでしたが、こうして視覚により物性の変化を見る、嗅覚により匂いの変化を知る、触覚で火の発する熱を感じ取る、そのどれもが具体的な刺激となって、世界を実感できます。これは実に美味しそうです」
「そんなもんかい?」
「ええ、エミュレーションブレインは、知覚を備えた体を得て初めて、完成するのだと理解できます」
よくわからんが、そういうものなのかな?
だとしたら五感を失った人間はどうなるんだろう。
視力を失い、他の感覚が鋭くなったというような話を聞いたことはあるが、それとは別に、コンピュータの中だけでエミュレートされた脳とか、そういうまったく外界の刺激がないようなレベルの話だ。
ガラスの中に脳みそが浮かんでるようなやつと言ってもいい。
ああいう肉体からのあらゆる刺激を封じられた状態ってのは、なかなか想像しづらいものだな。
本屋のネトックは、電脳化された状態で体を封印して生きてたっていうけど、生身の刺激がすごすぎてやめられなくなって、逃げ出したそうだからなあ。
むしろ、電脳化されたほうが外部刺激もデジタル化されて、際限なく高めていけそうな気もするのに。
俺もプログラマの端くれだったので、アナログ崇拝みたいなのはないんだけど、もっと想像できないような違いがあったりするのかな?
などと妄想していると、卵が固焼きになってしまった。
幸い、我が家には半熟至上主義者はいないので、パンにハムエッグを載せ、固くなった黄身に瓶詰めのケチャップとマスタードをどっさり乗せる。
パサパサの黄身にケチャップがよく合うのだ。
パンテーが幼女トリオとともに搾りたての乳を持ってやってきたところで、朝食の完成だ。
一口かじると、実にうまい。
ピューパーもうまいうまいと頬張りながら、パマラに持っていかないのかと尋ねるが、
「ちょっとあの子には刺激が強すぎてな、当面は病人食で我慢してもらわないと」
「そっかー、私も熱が出たあとはおかゆばかり食べてた」
「そうだろう、でも、すぐに良くなるそうだから、そしたらいっぱいうまいものを食べてもらおう」
「うん!」
その後の検査で、パマラの体に異常はなく、三ヶ月ほどの体質改善治療を行えば、問題なく地上で生活できるそうだ。
実際、すでに普通に歩けている。
「週に一度程度、検査を受けていただいたほうが確実ですので、そのようにお願いいたします」
とはパマラの通訳係のミラーだ。
当のパマラちゃんは、退院するときに、覚えたてのこちらの言葉でみんなに、
「アリ…ガト」
とそういった。
ガスタンク型宇宙船リッツベルン号は、想定定員は三十人ほどだが、頑張れば百人ぐらいは乗れるそうで、同行している十人足らずならスカスカだ。
スポックロンの話では、
「他の地上用ビークルは現存する車体がありませんでしたので、後日再生産する予定です。代わりに、有志のガーディアンのうち百体を、クロックロンとして任命いたしました。これよりご主人様の直属となります」
クロックロンは勝手に増えるものだと思っていたので、今更言われてもなんだが、いつものザブトン型ではなく、楕円形や円柱型の違うタイプが宇宙船の下層部にすし詰めになっていた。
「諸君、よろしく頼むぞ」
と声を掛けると、一斉に、
「オーケーボス」
と腕だか足だかをあげて、バランスを崩してガラガラと崩れてきた。
楽しそうだな。
そんな新入りクロックロンのいる層から中層に移り、リビング的な部屋に入るとなかなか落ち着いた雰囲気だった。
漆喰か土壁のようなベージュの壁に、分厚い板張りの床。
革張りのアメリカン風ソファなども置かれている。
「いかがでしょう、現代の知識にアップデートされたラグジュアリな内装を実装してみました」
とスポックロン。
「おう、いいんじゃないか?」
早速ソファに腰掛けると、見た目は革のようだが、なんだかよくわからないゴムっぽい質感でふわふわしている。
どうやら古代の超技術で見た目だけ再現したらしい。
俺がなんとも言えない顔をしていると、スポックロンが見咎める。
「お気に召しませんでしたでしょうか」
「いや、見た目が革っぽいのに、質感がゴムっぽいと思ってちょっと違和感がな」
「革、というのは動物の体皮ですね。少々お待ちください」
スポックロンの返事と同時に、ソファの質感がにゅるりと変わって、ワニ革のようなテカテカしたやつに変わる。
「な、なんだこれは!」
隣で腰をおろしていたカリスミュウルが飛び上がるが、そろそろフォローするのも疲れてきたので勝手に驚いてもらうとして、冷静にスポックロンに修正してもらう。
「ちょっと種類が合わないな、牛の皮をなめしたような物にできないか? あとクッションも少し固めに」
「牛ですか、かしこまりました」
シュルシュルと質感が変わり、今度こそいい感じのアメリカンなソファになった。
「おう、これこれ、いい感じだ」
「ありがとうございます、お気に召されたようで、何よりです」
驚きっぱなしのカリスミュウルは、ちょっぴりドヤ顔のスポックロンとすっかり見た目の変わったソファを交互に見ながらあらためてソファに腰を下ろすが、どうやら気に入ったようで、
「うむ、良いではないか、このような魔法の椅子が実在したとは、世の中は広いな」
などと言って満足気に座っている。
こいつに限らず、みんな適応力高いよな。
他の連中もあちこちキョロキョロしたり、座ってくつろいだりしているが、幼女トリオ、じゃなくて幼女カルテットの姿が見えない。
ミラーに尋ねると外周の百メートルトラックを走り回っているようだ。
「走って大丈夫かな?」
「パマラの体調は常にモニターしております。今の所異常は見られません」
とのことだが、一応気になるので様子を見に行く。
外周の通路は、昨日ちらりと見たときは幅二メートルほどの真っ白で無機質な廊下だったはずだが、今はエキセントリックな紋様とサイケデリックな色彩のキテレツな前衛アートみたいなものが全周に映し出されていた。
「ジョギング時に、精神を高揚させ、モチベーションを持続させる効果があります」
とスポックロンは言うが、にわかには信じがたいな。
俺の中で古代文明のイメージがどんどん胡散臭くなっていっているのだが、そんな俺の気持ちとは無関係に、元気が溢れ出していつも前向きな幼女たちが走ってきた。
「あ、ご主人様、いいところに来た、走ろう! ここ走り出したら止まらない!」
そう言ってピューパーが俺の手を引っ張るので仕方なく走り出す。
走ってみると、なんだか盛り上がってきて、いくらでも走り続けそうな気がする。
これ、やばいやつじゃないのか?
などと首を傾げつつも、足は止まらない。
パマラちゃんは、撫子に手を引っ張られて、軽快に走っている。
とても病み上がりとは思えないな。
医療技術だけでなく、根が丈夫なのだろう。
改良されてるとか言ってたし。
「調子はどうだい」
と話しかけると、あ、とか、う、とか頑張って片言の現代語で話そうとするが、難しいようだ。
まあ、そりゃそうだ。
自分の言葉でいいぞというと、勢いよくしゃべり出す。
「これ、おんなじです。お祭りの光、月に一度のお祭で、母様がみんなを集めてやるんです、でも最近はなかったんで、みんながっかりしてたんだけど、こうして走ったり暴れたりすると、次の日からまたみんな頑張って穴を掘るんです。私も頑張って掘ります!」
などと言っている。
別に掘ってもらう穴はないんだけどな。
そうしてしばらく走っていると、カリスミュウルがやってきた。
「おい、貴様いつまでそうして走っているつもりだ、だいたい何だこの奇っ怪な通路は、頭がおかしくなるではないか」
「そうは言ってもお前、一度走り出すと止まらないんだもん」
「なにがもんだ、このバカモノ、安易な術に囚われおって。家に帰るのではなかったのか、早くこの乗り物を動かさぬか」
「あ、そういやそうだったな、すっかり忘れてたぜ」
どうやら本当に取り憑かれてたようだ。
かなり走ったようで汗だくだ。
古代文明ってやつは恐ろしいな、見直したぜ。
シャワールームがあると言うので行ってみると、お湯の代わりに何やら光の泡みたいなのがフワーッとわいてきて、すぐに消える。
それだけで体も服もきれいになってしまった。
すげえな、古代文明。
でも、これでかわい子ちゃんと体をあらいっこするというような、現代の文化的行動は取りづらそうだ。
古代文明も万能ではないとみえる。
さっぱりして古代への知見を深めたところで、俺は最上部に向かう。
リッツベルン号の最上部はコクピットと言うかブリッジと言うか、そういう場所だ。
実際には円周上にソファが並んでるだけなんだけど。
操縦桿の一つもないんだもんなあ。
そういえば、子供の頃に見てたアニメで、宇宙船の艦橋が外に飛び出してるのが意味不明で友達に尋ねたら、なんでそんな事を気にするのかわからんというようなことを言われて喧嘩になったのを思い出した。
今思えば、実在の戦艦なんかをモチーフにしてるだけだとわかるんだけど、いざこうして内部にブリッジが存在して、外見はただのガスタンクみたいな宇宙船を目にすると、あっちのほうがデザインとしては正解だろうなあと思う。
だって、どこの子供がこの船のプラモデルとかおもちゃを買いたいと思うよ。
などと考えながらソファに腰を下ろす。
こちらはなんだかよくわからない質感のままだった。
座り心地はいいので、まあいいだろう。
「目的地はアルサの街で良いでしょうか。ルートの選定はできております」
とスポックロン。
「目的地はいいけど、これでいきなり飛んでいくとみんな驚かないかな?」
「遮蔽装置で視覚的にカモフラージュしておりますので、一定以上の高度かつ低速で飛行する限り気づかれる心配はありませんが、人目の多いところで離着陸を行えば、発見されるでしょう」
「ふぬ、となると、近くの森の中にでも降りるとするか。船自体はその後で内なる館にしまえばいいだろう」
「かしこまりました、では出発いたします」
スルスルと船が上昇し、高度数百メートルといったところで、水平飛行に移行する。
速度は時速二百キロ程度らしい。
新幹線より遅いな。
海岸沿いの上空を進むと、見覚えのある場所を何度か通り過ぎる。
やがて遠くに丸いエッサ湖が見えてきた。
上から見るとほんとに丸いな。
そのまま街の上を通り過ぎる。
西の端っこに我が家も見えた。
あそこに直接降りられると便利だろうが、そのへんは今後の課題だな。
湖の西岸沿いに少し北西に進み、森の上空まで来る。
倒木で少し開けた手頃な場所があるが、そのまま降りるにはちょっと地面が凸凹すぎるな。
「本船は軍用機ではありませんので、エネルギー兵器は搭載しておりません。代わりに爆風弾で整地することも可能ですが、クロックロンを投下して整地する案をおすすめします」
「おすすめされなくても、爆弾とか駄目だろう。クロックロンにやってもらってくれ」
壁の一部にウィンドウが開き、投下されるクロックロンの工作部隊が映し出される。
パラパラと列を組んで落ちていくところは、なかなかかっこいい。
ワラワラと地面に群がり、倒木を切り刻んで運んだり、岩を掘り起こして穴を埋めなおしたりとまたたく間に地面が整地されていく。
五十メートルほどの円形の更地ができたところで、船をおろした。
外に出て地面を踏みしめると、ちょっと落ち着くな。
車やバスから降りてもなんとも感じないけど、フェリーや飛行機から降りたらなんか独特の開放感みたいなのがあるんだよなあ。
そういう感じが、この船にもあるようだ。
全員が降りたところで船を内なる館に収納すると、整地した着地地点の周囲に波紋のような模様が浮き上がっていた。
まるでミステリーサークルだな。
そもそもどういう動力で飛んでるんだろうな。
説明を聞くと長くなりそうなので気にしないことにして、地ならしをしてくれた新入りクロックロンたちには内なる館に入ってもらい、それ以外は徒歩で家路につく。
ここは森のはずれだが、獣道もないので歩きにくい。
せっかくついてきてもらったのに出番のなかった新入り従者のレグが、巨人の体躯を生かして藪を切り開いてくれる。
どうにか森の外に出ると、フューエルが馬車で迎えに来ていた。
俺が戻るまで別荘に行かずに待っててくれたようだ。
「ミラーからの連絡を受けて迎えに来たのですが、また、妙なところからでてきましたね」
「まあね、俺もたまには謎の紳士っぽく行動してみようと思ってな」
「無理をしなくても、年中謎だらけですよ。それよりもうまく行ったのですか? みたところその子のかげんも良いようですが」
ピューパーたちと並んでいるパマラを見て、そういった。
「そっちは大丈夫、例の宇宙船も手に入ったが、アップルスターに行くには、もう少し掛かりそうだ」
「いろいろあったようですね、カリスミュウルの疲れ切った顔を見ればわかりますよ」
今度は俺の隣でぐったりしたカリスミュウルを見る。
「お主もあれに乗ればわかる、古代の叡智は人の想像を超えておるわ、まったく」
と愚痴るカリスミュウル。
「で、そちらの人形が新しい従者ですか」
ついで俺のすぐ後ろに居たスポックロンに話しかける。
「はじめまして、奥様。私、ノード18あらため、スポックロンと申します。古代の叡智の結集であると自負しておりますが、できることは人間とそれほど変わりありませんので、一つよろしくお願いいたします」
などと調子の良い挨拶をしている。
それを聞いたフューエルは面白そうにこう尋ねる。
「よろしく、スポックロン。人間との僅かな違いがあるのなら、ひとつ聞いておきたいものですね」
「よろしゅうございます。と言われても、すぐにお見せするのは難しいのですが、なにか手頃なものがあれば……」
と言って首を傾げる。
そのまま、うーむとうなりつつ、首をぐるりと一周させたかと思うと、首がぽろりともげて前に落ちた。
それを自分でキャッチして、はめ直す。
「今の芸はいかがでしょう、なかなかの出来だと思うのですが」
自信満々に言い放つスポックロン。
フューエルは内心かなりビビっていたようだが、上辺は平静を保ち、
「良いものを見せてもらいました、ですがその芸はとっておきとして普段は人に見せないほうが良いでしょう」
などと言っている。
強いな。
俺は前に魔界で似たような芸を見たので、そこまで驚かないが、カリスミュウルは心底嫌そうな顔をしていたし、ピューパーたちはキャッキャと喜んでいた。
大人が嫌がったりバカにして、子供が喜ぶネタってやつは、将来性があるよなあと思う。
あまり根拠はないけど。
落ち着いたところでフューエルの馬車に乗り込み、家路についた。
家に帰ったら、スポックロンを物理的にかわいがってやるとしよう。
肝心なところで首を引っこ抜く芸とかしなきゃいいけど。
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