第335話 防御スクリーン
突然の警告に続いて、スポックロンが叫ぶ。
「皆さん、動かないで、そのまま待機してください」
その言葉より早く、どこからともなく現れた綿毛のようなものに全身をくるまれる。
あっと思った瞬間、わずかなGを感じて体が揺れる。
だが、ぶつかったり爆発したりというようなトラブルはなく、すぐに綿毛は消えてしまう。
車のエアバッグのようなものだったのだろう。
改めて上を見ると、真っ黒な空間に真っ赤なラインが無数に引かれ、それが全天を覆うように広がっていた。
どうやら、赤いラインの手前で船は静止したようだ。
「申し訳ありません。こんな低い高度に防御スクリーンがあるなんて、なにがなにやら……」
そう言って慌てながら、状況を確認するスポックロン。
その様子を見ながら、カリスミュウルが俺の袖を引く。
「おい、大丈夫なのか、これは」
「まあなんだ、俺は従者に丸投げしたら、最後まで信じるスタンスを取ってるんでな」
「丸投げと信頼は似て非なるものだぞ、時には諌め、時には導いてこそ、信頼も深まってだな」
「そりゃそうかもしれんが、実際問題として、こんな船のこととか宇宙のこととかわからんもん」
「もんとはなんだ、もんとは! ちゃんと理解した上でここに来たのではなかったのか!」
「いやあ、俺の故郷でも空は飛べても、宇宙まではなかなか、こっちのほうが何世代分も技術が上だろうからなあ」
「大体、宇宙とはなんだ! 空と違うのか、なぜ周りが暗くなる!」
仲良く動揺している俺達の横で、スポックロンは首を傾げて、おかしいなあ、なんでかなあ、などとますます不安を煽るような事を言っている。
「と、とにかくだ、スポックロン。原因の究明は後回しにして、一旦地上に戻ろう」
「かしこまりました、それでは降下します」
再び船はスルスルと地上に戻っていく。
真っ赤なラインはいつの間にか消え、上空には静止軌道上のリングが、そして巨大なアップルスターも見える。
やがて周りが黒から青へと変わり、足元には海と森が連なる景色が戻ってきた。
「どうなさいますか、出発地点に戻られますか?」
「そうしよう、ちょっと疲れた」
「誠に申し訳ありません。先程の警報は、防御スクリーンへの接触を警告するものでした。防御スクリーンとは惑星全土を覆う盾、いわゆるバリアですが、本来は軌道リングに沿って静止軌道上に張り巡らされています。これは惑星内への不法入出国を防ぐためのもので、先のゲートバーストにおいてもかなりの被害を防いでくれたのですが……どうもこの一帯で歪みが生じているようですね。今後、観測体制を整えて調査したいと考えております」
「それじゃあ、リングの外側にあるアップルスターには飛んでいけないということか?」
「その可能性もあります。一応、軌道エレベータを利用すれば登っていけるはずですので、お急ぎでしたらそちらを利用するのも良い選択かと思われます」
「なるほど」
そこまで話して、ふと気になったことを聞いてみる。
「前にアップルスターからマザーを載せたシャトルが降りてきたんだけど、あれってそのバリア、防御スクリーンだっけ、それをどうやって超えたんだ?」
「わかりません」
「わからんか」
「今後の調査をお待ち下さい」
どうもこの子は頼りないな。
クロックロンたちは、ああ見えて結構アテにできるんだけど。
いや、そうでもないか。
十のうち二、三体が結果を残してくれれば御の字みたいな運用をしてるからな。
いわゆるひとつの、パレートの法則だ。
別に役に立つかどうかで従者を選ぶわけじゃないのでどっちでもいいんだけど、カリスミュウルの言うように、それなりに気配りのいるタイプかも知れない。
どうにか地上に戻り、船から降りると、さっきまでふわふわ飛んでたせいか、妙に足元がフラフラする。
宇宙旅行も、なかなか前途多難だな。
遺跡内に戻り、パマラちゃんが寝かされている病室へと向かう。
こちらもなにもないステンレス製の部屋だが、彼女が寝ている一角だけは、ベッドの他にテーブルやらが置かれ、天井や壁にはきれいな草原の景色と暖かな太陽が映し出されている。
その人工の太陽の光は、まるで本物のように柔らかく、暖かい。
ベッドで眠るパマラちゃんは、大木の映像が作り出す木漏れ日に照らされて穏やかな顔で眠っている。
顔色もすっかり良いようだ。
「ご主人様、用事はおわったの?」
てくてくと歩み寄ってそう尋ねるピューパーに、もう終わったと答えると、安心したようだ。
宇宙船のことも気にはなるけど、今日のところはこの子達に付き添ってやるとしよう。
防御スクリーンとやらのことも調べてもらわないとだめだしな。
しかし、せっかく宇宙船が手に入ったのに宇宙に行けないとは。
まあ、簡単に手に入りすぎだとは思ったんだよ。
いきなり宇宙を漂流するような羽目にならなかっただけマシだと思うことにしよう。
パマラちゃんは薬がきいてしっかり眠っているそうなので、ピューパーたちと基地内を探検することにする。
案内するのは、新従者で元ノード18ことスポックロンだ。
無機質な通路を抜けると、巨大なホールに出る。
円柱状で、五、六階分の吹き抜け構造のホールは外周部に通路があり、そこからエスカレーターで下まで通じている。
エスカレーターは回りっぱなしの階段ではなく、足を乗せるとそこが動く床になって運んでくれる感じだ。
「しかしすごいな、十万年も前のものが、今でも動くのか」
というと、スポックロンが胸をそらして自信満々に答える。
「それはもちろん、日々のメンテは怠っておりませんでしたので」
「あ、ちゃんとメンテしてたんだ」
「システムの恒常性維持は私の務めでありますから、それはもう怠りなく」
「そりゃそうだよなあ」
と納得しながらホールの中ほどまで歩く。
「ここはかつて国際会議や新兵器の展示会なども開かれたコンベンションセンターです。惑星連合の代表をお招きしてのレセプションでは、私が進行を務めさせていただきました。光栄なことですが、それも今は昔。もはや外宇宙との交流を取り戻すことはないでしょう」
「やっぱ当時は他所から来た連中もいっぱいいたのか」
「そうですね、人口比でいえば一割程度、十三.八%が在留する外宇宙人でした」
「ふーん」
と答えつつも、それが多いのか少ないのかわからない。
日本は外人が少ないとは言われてたけど、あれで何%ぐらいだったんだろうな。
「私も十万年前の災害のあと、機能の大半を停止し、件の司令官が当施設を閉鎖したあとは休眠状態に入っておりました。先程申し上げた維持管理を除いて、ですが。その後、何度か当施設にアクセスするものはありましたが、年を経るごとに文明が後退する傾向にあり、一万年前には化学エネルギーのオーダーにまで戻っていたようです」
「まあ、今もそんな感じだな」
「ご主人様に置かれましては、今後この星の技術開発を促進し、十万年前の技術レベルまで革新されるおつもりはありますでしょうか」
「そういうのは自分達でやることだろう」
「それも一つの見解ですが、文明の進化は往々にして外的要因によるものです。海の彼方の外国人であろうと、星の彼方の宇宙人であろうと、それは変わりません。惑星連合ではゲートの有無で干渉するかどうかの判断をつけておりました」
「というと?」
「ゲートが開いた星は、十分なレベルまで技術文明が発展しているとみなすのが当時の通説でした。言い換えると文明に引かれるようにゲートの枝が伸びる、と考えられていました。それゆえ、ゲートが開いた文明には大挙して乗り込み、一気に惑星連合の基準レベルまで文明を開化するのです。我々ノードの基幹となる技術、エミュレーションブレインなどもそうしてもたらされた技術です」
「ふーん」
「逆に、偶然発見した文明、たとえば電波観測などで文明の痕跡を発見したとしても、ゲートがないのであればこちらからはコンタクトは取りません。もちろん光速でも何千年もかかるのが常なので干渉しようがないのですが」
「ワープとかはないのか」
「通常空間における超光速航法や、ゲートによらない空間跳躍のたぐいはありませんね」
「ないのかあ、宇宙といえばワープだろうに」
「宇宙海賊はいわゆるワープに類するような、ゲートとは違う移動手段を持っていたのではないか、という説もありました」
「ほほう」
「本来、ゲートは厳重に管理された上で運用されていたのですが、宇宙海賊はいくつもの星系を自由に移動していた痕跡があります。これは偽装するにしては多すぎる数で、別の手段を持っていたのではないか、という、ただの推測ではありますが」
「海賊なあ」
俺とスポックロンがそんな話をする間も、ピューパーたちは巨大なホールを走り回り、カリスミュウルらはキョロキョロと落ち着きなく周りを見回している。
「この星は先史文明の遺跡、すなわち現代においては女神の柱とも呼ばれる物が現存していたこともあり、その研究者が大勢訪れておりました」
「あれか。あの柱はなんだったんだ?」
「巨大なレプリケーターである、ということしかわかっておりません。それを用いてこの星を再生したのであろうというのが一般的な見解ではありましたが、当時の最新技術でも解析はできておりませんでした」
「ふむ」
「最大の謎は、膨大なエルミクルムをどのように精製していたのか、ということですが、調査の過程で星系外縁部に巨大なエルミクルム溜まりが発見されて、それを採集する計画がありました」
「例のアップルスターか」
「はい」
「そもそもエルミクルムってなんだ?」
「時間振動波でトラップした膨大なエネルギーの粒子です。これをレプリケーターで物質へと変換することで自在に物を作ることができました」
「ふむ」
よくわからんが、なんでも作れる材料ってことか。
「エルミクルムってのは今風にいえば魔法の元でもあるんだろ、精霊とかも、そのエルミクルムってのからできてるってことでいいのか?」
「自己組織化したエルミクルムが現在では精霊と呼ばれているようです。この研究は当時も行われており、当施設でもいくつかの検体を保有しておりました」
「検体ってもしかしてあの竜のことか?」
「そうとも呼びます。エルミクルムの自己組織化が進むと、あのような形に進化するようです」
「じゃあホロアもそうなのか?」
どっちも精霊の別の形の現れ、みたいなことが言われているようだし。
「不明です。当時、ホロアと呼ばれる存在はいませんでした」
「え、そうなの?」
「はい、私が認識したのは、二万年前でしょうか、ここを訪れた当時の調査チームのような一団に、人ではない存在を検知しております」
「じゃあ、あれは勝手に生まれたものなのかなあ」
「不明ですが、十万年前の時点でも、人型の精霊を作ることは成功しておりません、その後の文明にそれが実現できる可能性は低いと思われます。自然発生である可能性は十分考えられるでしょう」
「ふーん」
「あるいは、ノード7であれば、なんらかの情報を持っているかも知れません」
「ほほう」
「ノード7はエルミクルム研究の拠点でした。その後も何らかの研究が続いていた可能性があります」
「そうなのか」
「我々下位ノードからは、直接情報を引き出すことはできません。現在も、アップルスターへの直接アクセスをノード7により制限されています。それがなければ先程のような不始末もなかったのですが」
「つまり今度はノード7に会いに行けばいいのか?」
「それも一つの手ですが、ノード7、及び一桁台のノードの所在地は不明です。マザー同様、秘匿されております」
「困ったな」
「はい、直接ご主人様が訪れれば、放浪者権限でガツンということを聞かせられると思うのですが」
「それはそれでどうかと思うが」
「そうでしょうか?」
と首をかしげるスポックロンの意図はわからんが、話しながら俺達は次の場所へと移動した。
次に訪れた巨大な格納庫のような場所には、大型のガーディアンがいくつも置かれていたが、大半が作りかけのまま止まっている。
「右手に見えますのはー、次世代型殲滅級ガーディアン、パクトフォールでーす」
下手なバスガイドのような喋り方で一体ずつ名前を上げていくスポックロン。
適当に聞き流していると、カリスミュウルが話しかけてくる。
「これらがすべて大型ガーディアンなのか! 一体古代人は、何と戦っていたのだ? これだけの兵力が必要となるような敵が、大量にいたとでも言うのか?」
「さあ、ただの抑止力じゃないのか?」
俺が適当に答えると、スポックロンが手を打って、
「そう、そのとおりです。これらはすべて宇宙海賊への抑止力として製造されておりました。とにかく奴らは強いのです。謎の技術で武装した宇宙海賊は、宇宙警察機構でも手を焼いておりました。こちらはご主人様風にいえばインターポールのようなものでしょうか、惑星連合内での海賊を始めとした宇宙犯罪に対抗するための組織でしたが、我々もその監督下で防衛にあたっておりました」
「ふーん」
適当に聞き流してるけど、まさか宇宙海賊とかが襲ってきたりはしないよな。
これ以上厄介事に巻き込まれるのは御免だぞ。
まあ、心配してもどうにもならないので、散策を続ける。
このノード18は、非常に広大な敷地を有しているようで、二、三時間の散策ではその一部しか見て回ることができなかった。
途中で疲れたと言うか、ようするに飽きたのだ。
大半はただの通路と空っぽの部屋で、たまにガーディアンが物陰から出てきて変な踊りを見せてくれるほかは、見るべきところがなかったので、いたしかたあるまい。
パマラちゃんの病室のすぐ側に部屋を準備してもらい、そこで一泊することにする。
明日、パマラちゃんの体調が問題なければ、例のガスタンク宇宙船で家に帰るとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます