第334話 はじめての宇宙

 内なる館から取り出したガスタンク風宇宙船の前に立つ俺たち。

 まあ、これはこれで趣がある外見だと言えなくもない。

 スポックロンが手を上げると宇宙船の最下部、六本の足に支えられた部分の壁が、にゅっと開いて一部が変形し、タラップになる。


「さあ、お入りください」


 案内されるがままに階段を登って中に入ると、そこは真っ白な、なにもない部屋だった。

 しかも大きい。

 宇宙船の直径が三十メートルほどだとすると、下三分の一を丸々くり抜いたようなスペースが一つの部屋になっている。

 シミひとつない真っ白な部屋だ。

 目を凝らさないと、どこが壁かも分かりづらい。

 悪趣味すぎる。

 こんなところに閉じ込められると、おかしくなるんじゃなかろうか。


「ちょっと淡白な部屋だな」


 と控えめに表現すると、スポックロンは首を傾げて、


「当時の流行である完全調光型純白スタイルです。あなたの色に染まります」


 そう言ってスポックロンが指を鳴らすと、壁が極彩色に輝き出す。

 ますます悪趣味だ。

 どこがラグジュアリなんだ?

 俺が困った顔をしていると、スポックロンは再び指を鳴らしてもとの真っ白に戻す。


「お気に召しませんでしたでしょうか?」

「もうちょっと、生活感が欲しいかな」

「生活感……日々の営みにより生じた使用感、ということでしょうか」

「そうとも言える」

「この壁は代謝機能を備えており、多少の汚れは自然に分解してしまうのですが、機能を停止させておきましょうか?」

「いやまあ、そういうのは後回しでいいよ。船の中はこれで全部か?」

「いえ、ここは下部のストレージ領域で、小型ビークルやガーディアンなどを積載します。食料などの備蓄物も、ここの領域を区切って配置します」

「なるほど、じゃあ、上が居住区とかか?」

「はい、移動しましょう」


 俺達がいたのはちょうど中央で、真っ白すぎて見分けがつかなかったが、十メートルほど上の天井中央は丸い穴が空いて上層部につながっていた。


「もう少し、こちらにお寄りください。上に参ります」


 スポックロンに手を引かれて、みんなで部屋のど真ん中に立つと、周りに光る手すりが現れた。

 そのまま音も反動もなく、すっと上まで移動する。

 そこは同じく真っ白ではあるが、小さなスペースで、扉と二本の廊下が並んでいた。


「ここが居住区です。円周上に十の個室、その外側にレクリエーションスペースと、一周約百メートルのトラックがあります」

「ふむ」

「さらに、この上がコントロールルームとなっております。先にそちらからご案内いたしましょうか?」

「そうだな、頼むよ」


 エレベータは更に上昇して、最上部のコクピットらしき部屋に入った。

 ここは一辺五メートルほどの直方体の部屋で、やはりなにもない真っ白な部屋だ。


「では、起動します」


 スポックロンの合図とともに、周りの壁が一斉に外の映像を映し出す。

 周囲三百六十度、天井から足元まですべてリアルな映像で表現され、まるで宙に浮かんでいるかのようだ。

 俺はもちろんのこと、一緒に乗っていたセスやエレンも驚いていたし、ネールなどは思わず青白い姿に覚醒して飛び上がり、壁にぶつかっていたぐらいだ。

 そしてカリスミュウルは腰を抜かして俺にしがみついていた。


「な、なんだこれは、急に床が抜け……抜けてはないのか? う、浮かんでおるぞ」

「浮かんでるんじゃなくて、周りの景色を映してるんだよ。前に都の壁の中でも見ただろう」

「そ、そういえばそんな物もあったな、ではアレが壁一面に広がっている、というわけか」

「理解が早いじゃないか。ネールも大丈夫か?」


 変身を解いておでこをさすっていたネールに声を掛ける。


「はい、でもこの壁はステンレス同様、抜けられないようですね」

「そうなのか」


 少し落ち着いたところでスポックロンが話しかける。


「失礼いたしました、事前にお伝えしておくべきでしたね。このコントロールルームでは、全周囲を投影することが可能です。本来は搭乗員固有の視覚拡張で映像情報は十分なのですが、皆様はそのようなインターフェースはお持ちではありませんので、目で見てコントロールできるこの船を選ばせていただきました」

「じゃあ、普通の船は目で見て飛ばさなくていいのか」

「厳密には見るのですが、目の機能を拡張して、必要な情報を合成できていたので、目の前で光学的な投影を行う必要がなかった、ということです」


 ARってやつかな。

 違うかも知れない。


「とりあえず、椅子がほしいんだけど、たしか床からでてくるんだっけ」

「そのとおりです、では、一式お出しします」


 床の一部が不透明になったかと思うと、ソファとテーブルが円形に浮き上がってきた。

 みんなで座ると、テーブルの上に、丸い立体映像が浮かび上がる。


「これが惑星ペレラールの概要です。現在地がここ」


 とスポックロンが言うと、地球儀ならぬペレラ儀とでも言おうか、それの一点が光る。


「目的地のメテルオール、すなわちアップルスターがここ」


 今度は軌道上のわっかの一部が光る。

 見ると軌道上には三本の輪っかが表示されている。


「この輪っかは軌道リングってやつか」

「そうです、当時、宇宙へのアクセスを容易にするため、というよりは地表への侵入をコントロールするために、軌道エレベータでこのリングまで上がったうえで、ゲートや他惑星、コロニーなどと行き来するのが主流でした」

「この配置から行くと、もしかしてこのあたりの真上にもあるのか?」

「はい」

「全然見えないな」

「こちらはまだ、遮蔽装置が生きておりますので。南方のリング・アメルナのみが、地上から観測できます」

「隠れてるのか」

「はい」

「そういや、アルサの地下が軌道管理局だっけか、軌道エレベータを管理してた基地なんだっけ」

「そうです。エレベータはまだ可動していると思われます」

「そうなのか? そんなもんがアレばすぐわかりそうなもんだが……もしかしてそれも遮蔽装置とやらで?」

「はい。ターミナルが地上千四百メートルのところに浮かんでいるはずです。当時は地上からリムジンバスが運行されておりました。こちらはすでに存在していないようです」

「あー、駅が空にあって隠れてたのか、そりゃわからんわな」

「本船はすでに出発可能ですが、どういたしましょうか」

「よし、とりあえず飛んでみるか。ちょっと上空からこの辺をぐるぐる回ってみてくれよ」

「かしこまりました」


 そう答えると同時に、周りの景色がふわっと流れて、たちまち空高い場所まで飛び上がった。

 足元には雪のつもる森が広がる。

 視線を南に移せば広大な海が、その反対には険しい山並みが続いていた。


「現在、高度千メートルです。ブラックホール・リアクタは安定稼働中。周辺住民からの観測を避けるために遮蔽モードに移行します」


 スポックロンの説明を聞き流しながら、俺は外の景色に見とれていた。

 いやあ、高いところはいいなあ。

 足元がないのが更にゾクゾクして股間がキュンときてたまらない。


「だ、だ、だいじょうぶなのか、これは、おい、お、おちないのか?」


 怯えて俺にしがみつくカリスミュウルには悪いが、俺は珍しくワクワクしてきたのでスポックロンにこう頼んだ。


「よし、そうだな、とりあえずアルサの……アルサってわかるか?」

「ご主人様の住居がある街ですね」

「そうそう、そっちに向かって、景色を堪能できる速度で飛んでみてくれ」

「かしこまりました。この高度では速度制限がありますので、時速二百キロ程度で巡航いたします」


 スポックロンが話し終えると、なんの反動もなく船が動き始めた。

 景色がドローンの空撮映像のようにスルスルと流れていく。

 うわー、これいいなあ。

 こういうのが欲しかった。

 こっちに来てからというもの、女の子方面ばかり異様に充実してた割には、こういう素敵メカとの出会いがなかったもんな。

 俺の喜びが顔に出ていたのか、スポックロンは満足げにうなずく。


「ご満足いただけたようで、何よりです。では、上をご覧ください」


 彼女の言葉に空を見上げる。

 冬の重い空には、まばらに雲が浮かんでいた。


「現在、本船はリング・テーベーのほぼ真下にいます。これより映像を重ねます」


 すると雲の向こう側に細い筋が一本、映し出された。


「あれが目的地であるアップルスターが係留されている軌道リングであるです。高度三万六千キロ、静止軌道上に存在します」

「遠いな」

「ご心配なく、本船であれば五百秒ほどで到達可能です」

「そりゃすごい、ちょっと登ってみてくれ」

「かしこまりました」


 船の進行方向がきゅっと変わるとたちまち上に向かってすごい速度で登っていく。

 あっという間に水平線が見えてきた。

 そしてそこから上は真っ暗だ。

 つまり宇宙だ。

 すげぇな、宇宙だぞ。

 俺が見とれている横で、他の連中は驚いたり慌てふためいたりしているが、宇宙を堪能するのに忙しくて、なだめている余裕がなかった。

 すると突然、


「警告、衝撃に備えてください」


 と無機質なアナウンスが響きわたった。

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