第333話 リッツベルン号

 新従者のスポックロンは早速、基地を案内してくれる。


「当施設は二つの組織、技術院の下部組織である航空技術開発部と、いまひとつはペレラ警察隊、こちらは惑星連合の構成国家により組織された宇宙警察機構の一部でもありましたが、そことの提携により構成された合同施設でした。要するに、防衛用ガーディアンを作って配備、訓練する施設ですね。そのため、当施設には通常ノードよりも多くのガーディアンが配備されており、今も即時可動可能な状態で二十万体のガーディアンが待機、その他百万体が整備中、ないしは休眠などの準待機状態となっております」

「ずいぶんいるな」

「当時はゲートから訪れる宇宙人とのトラブルも有りましたし、地下の住民との紛争も定期的に発生しておりました。また宇宙海賊の被害もあり、これがなかなか大変でした」

「なるほどねえ」


 歩くうちに大きな倉庫に出る。

 前に宇宙船を見つけた場所とは違うようだ。

 あそこよりもっと広い。

 きょろきょろ見回す俺の横で、スポックロンはお構いなしに話を続ける。


「また、深刻なエルミクルムの欠乏により、新たな採集計画が立案された頃でもあります。先日帰還したメテルオールもその一環でした」

「ああ、あれな」

「あそこに向かうための船をご所望とのことですので、すでに用意は整っております。最新鋭の美しい球形フォルムを御覧ください」


 そう言ってスポックロンが手を挙げると、広い倉庫にスポットライトがいくつも光り、大きな丸い塊が照らし出された。

 直径はどれぐらいだろう、三十メートルはあるんじゃないだろうか。

 下の方にはおまけのように細い足が六本、垂直に伸びて本体を支えている。

 なんだか、ガスタンクみたいな感じだな。


「当時最新鋭の機能を備えた多目的フォシークラフト、リッツベルン号です!」


 どうみてもただの銀色の巨大なボールなんだけど、自信満々に紹介するので、一応感心しておいた。

 従者の機嫌を取るのも主人の努めだ。


「わずか十七分でペレラールを一周する機動性、無反動加速に対応したローンチコントロールにより静止状態から高度百kmに到達するのに要する時間はたったの三十秒! また船内重力も完備で、エレガントでラグジュアリな内装も必ずやご満足いただけると思います。リッツベルン号はご主人様の快適な空の旅をお約束いたします!」

「よくわからんがすごいな。さっそく乗れるのか?」

「それがその、乗るのは乗っていただけるのですが、さきほどご覧頂いたように、ハッチの地上部分が土砂に埋もれておりまして、掘り返すのにあと最低三日は見ていただかないと」

「まあ、それぐらいなら構わんよ。でもこれ、俺が内なる館に入れて外に出れば済むんじゃないか? このサイズなら多分いけるだろうし」

「内なる館とは何でしょう?」

「俺は自由に出入りできる不思議空間を持っててな、そこに何でも入れて運べるんだよ」

「ショートゲートのようなものでしょうか?」

「まあ、そうとも言えるし、違うとも言えるが、試してみるか」


 内なる館の出入り口は、資材などを出し入れするためにかなりのマージンをもたせてある。

 それでも一応先に中にはいってスペースを確認してから取り込んだ。


「こ、これは不思議な現象ですね。私のデータベースにも存在しない事象です」


 そう言って周りを見渡すスポックロン。


「あの空の模様、ファーツリーのインターフェースイメージに近い気がします。ここは仮想世界なのでしょうか? いえ、ですが私のセンサーはすべて実体として認識していますね」

「ファーツリーとは?」

「恒星間をつなぐゲートを媒体として構築された情報ネットワークのことです。当時のゲート網、すなわちゲートワイヤーはアジャールの末裔を自称するデンパー帝国が構築したもので、ファーツリーもその一環でした。ご主人様風に言えば、インターネットですね」

「よくしってるな」


 そういえば本屋の異世界人ネトックからも聞いた覚えがあるな。

 でもあれはもうちょっと異なるレイヤーの、平行世界とかの話じゃなかったっけ?

 問いただそうと思ったが、スポックロンは自信満々に説明を続けるので、話の腰を折るのはやめておこう。


「ミラーを通して地球の知識も一部学習済みです。も学習中ですよ、スキヤキ! ハラキリ!」

「頼もしいな」

「話がそれてしまいましたね、それで、ここからどうするのでしょう」

「こいつを持って地上まで移動してみるか。パマラの治療はどんなもんだ?」

「あと三十分ほどの予定です」

「ふむ、気になるので少しあの子の様子を見てからにするか」


 ミラーやパンテーが付いてるとは言え、不安になってるかもしれないからな。

 宇宙船を残して内なる館から外に出ると、ふたたび医務室に向かう。

 中に入ると、ピューパーたちが治療室の窓ガラスに張り付いて中の様子を見ていた。


「おう、どうだ、パマラちゃんの様子は」

「んーとねえ、なんだかいっぱい細い紐がくっついてる」


 ピューパーの言葉どおり、パマラの体は点滴っぽいチューブが何本も刺さっている。

 紅の話では、膵炎の一歩手前だったとかなんとか。

 あぶねえなあ。


「治療が終われば、体質改善のための薬物療法を行うべきだとの診断です。また、サンプルが一体なので断定はできませんが、合成生物である可能性が高い、とのことです」

「どういうことだ?」

「遺伝子に加工の痕跡が見受けられます。推定では彼女の寿命は三千年ほどで、十万年前の生体寿命の平均である千年よりも大幅に長く、純粋な遺伝改良ではなく、強化された人造人間などであると見るのが妥当だとのことです」

「それはつまり、長く生き延びて戻ってくるために、子孫にそういう改造をしたと?」

「それも一つの可能性です」

「別の可能性は?」

「低コストな労働者として生産された、というものです」

「ふむ、倫理的にはけしからんが、それはそれとして、彼女たちを使役している別の連中もいるかも知れないってことか」

「そういう予測も成り立ちます。大穴の主、というものの存在も彼女の言葉にあったそうです」

「そんな事も言ってたっけ」

「いずれにせよ、アップルスターに乗り込む前に、もう少し彼女から情報を取得しておくべきでしょう」


 そんな事を話していると、メーナがそばに寄ってきた。


「ご主人様、パマラちゃん、治りますか?」

「ああ、大丈夫、もうすぐ元気になるぞ」

「よかった、まだ言葉が通じなくて、ちゃんとお話もできてないから、元気になったらいっぱいお話できるようになりたいです」


 パマラちゃんは、なんだかよくわからんけどすごく苦労して生きてきたんだろう。

 同じく苦労しっぱなしだったメーナも、どこかそういう空気を感じ取っているのかもなあ。

 あるいは、アップルスターに住んでる他の連中もそうなのかも知れないが、彼女は俺が拾って連れてきちゃったわけだ。

 その責任の範囲内だけでも、よくしてやらないとなあ。

 丸っこい宇宙船リッツベルン号も早く試したいが、優先順位的にはパマラちゃんの方が気になるので、治療が終わるまで付き合うことにする。


 三十分などあっという間で、パマラちゃんは治療を終えた。


「具合はどうだい?」


 と尋ねると、少しぼんやりした顔で、大丈夫だと答える。

 ミラーが車椅子のような物に移動させながら、こう言った。


「まだ麻酔がきいているのでしょう、別室のベッドで、あと数時間は休ませたほうが良いと思います。また現在、体質改善プログラムを設計中ですので、いずれにせよ今日はここで休ませるほうが良いのではないでしょうか」


 というので、ミラーに任せて、パマラちゃんは休ませることにした。

 デュースのときみたいに即退院とはいかんか。

 ピューパーたちにもしっかりあとのことを頼む。


「お前たちもしっかり頼んだぞ、パマラちゃんが寂しくないように、ついててやってくれ」


 というとメーナが、


「ご主人様は、どうするんですか?」

「まだちょっとだけやることが残っててな、すぐに戻るよ」


 そう言って頭をなでてから、数人の従者やカリスミュウルともに地上に戻った。

 あのサイズの宇宙船を出すために、少し開けた場所を探す。

 日の当たる乾いた岩場を見つけて、我らがリッツベルン号……ちょっと言いにくいな、とにかくそれを出した。


「おお、やはりこれは、なんとも摩訶不思議な現象ですね」


 とスポックロン。


「若干のフォス波の変動を検知しておりますので、ショートゲートと同じ原理だと思いますが、移動先の内なる館というのが実に奇妙な空間です。いずれ調査させていただきたいものですが、よろしいでしょうか」

「いいぞ。むしろ、こっちから頼んで調べてもらいたいぐらいだよ。それよりもまずはこの宇宙船だな」

「では、こちらにどうぞ」


 さて、いよいよ宇宙船に乗り込むか。

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