第332話 ノード18
ゲートを抜けるとエメレトールという神殿に出る。
ここから急げば数時間でノード18のある洞窟につく。
神殿は何やら工事中でお参りもままならないが、こちらも急いでいるのでさっさと出発しよう。
フューエル自慢の立派な馬車を出して、街道を東に進む。
前回ここを通ったのは秋口だったろうか。
コンザの街を出て、ゴールが近いとウキウキしてた頃だな。
まさか未だにアルサで足止めを食ってるとは思わなかったし、それ以前に半年足らずでいろいろありすぎて思い出すのも大変だ。
まあ、過去は振り返らずにいこう。
パマラちゃんは内なる館でミラーの介護とレーンの治療をうけて、今は落ち着いている。
心配してついてきたピューパーたち幼女トリオと、その保護者としてパンテーもいるので、任せておけば大丈夫だろう。
当初一緒に来る予定だったエンテルは、出発が前倒しになったので今回は来ていない。
護衛を兼ねた侍組などの最低限のメンツと、魔導師役としてのネールだけだ。
調査等は後回しにして、なるべく早く、ノード18の医療施設にパマラちゃんを連れて行こう。
しかし食べ過ぎで腹を壊すとはなあ。
こちらに来てからも、自分自身が何も気にすることなくこの世界に馴染んでいたので、ちょっと油断してたのかも知れない。
もしかしたら、脳内翻訳と同様に、体の方もこちらの世界に合わせてどこか変わってたりしたんだろうか。
そんな事を考えるうちに、馬車は街道をそれて例の遺跡入口がある洞窟の近くまで来ていた。
「旦那、お迎えのようだよ」
御者台のエレンの言葉に前を覗いてみたら、いろんな形のガーディアンを引き連れた紅が迎えに来ていた。
俺も馬車を降りて労をねぎらう。
「長旅お疲れ様でした、マスター。連絡は受けております。現状報告の前に、医務室に向かいましょう。受け入れ準備も完了しています」
紅の案内で、更に馬車を進める。
先にキャンプを張った吹き抜けの洞窟を通り過ぎ、藪を切り開いたばかりの山道をしばらく進むと、大きな広場に出た。
小学校の運動場サイズといったところだろうか、大きなすり鉢状の穴が掘られている。
そこでは無数のガーディアン達が、石切場のような感じで土木工事を続けていた。
「みなさん、ボスの到着です。手を止めてこちらをご覧ください」
と紅が言うと、様々な形状のガーディアン達が一斉にこちらを向いた。
「マスター、皆に一言」
急に言われても困るんだけどなあ、と思いつつ、声を張り上げる。
「諸君、工事ご苦労、君たちの働きに感謝する。安全に気をつけて迅速に工事を進めてほしい」
そういうと、ガーディアンたちが一斉に声を上げる。
「ボース、ボース、ボース!」
喝采を受けながら、俺たちは馬車を残して徒歩で奥に進んだ。
「しかし、あれ程のガーディアンを使役しておるというのは、なんとも異様な光景だな」
とカリスミュウル。
「あいつら元気だよな」
「呑気なことを言っておるな。たしかにクロックロンたちと話しておると、ついほのぼのとしてしまうが、あれらを使役するというのは考えようによっては女神を従者にする以上に、社会への影響力をもつということだぞ。考えても見よ、この場にいたガーディアンと真向から戦える軍隊など、この世界に数えるほどしかおるまい。ましてや都で見た巨大ガーディアンなどともなればもはや人智の及ぶところではなかろう」
「だからこいつらはちょっと変わった人形だし、俺は隠居同然の田舎商人なんじゃねえか」
「そういうところだけは、道理が通じるようだな」
まあ、強すぎる力ってのは、所有者の意志とは無関係にいろんな思惑を生むものだ。
俺が自分でもびっくりするほど社会の権勢に興味が無いということは、他人から見れば関係ないことだろう。
むしろ無関係でいるためにも、意識だけは向けておかないとな。
「こちらに直通のエレベータがあります。掘り起こしたばかりで、足場が不安定ですのでお気をつけください」
紅の案内通り、掘り返してぬかるんだ地面の上に、申し訳程度に丸太で階段が作られている。
不安定な足場におっかなびっくり進むと、土に埋もれたステンレスの構造物が見えてきた。
早速乗り込むと、いつぞやの都の壁同様に、すーっと移動してさーっと扉が開く。
やっぱり、ちゃんと入り口があったんだなあ。
中はオーソドックスなステンレスの遺跡そのもので、ちょっと広いスペースから何本も通路が伸びていた。
「医務室はこちらです、どうぞ、マスター」
通路を百メートルほど進んで小部屋に入ると、中は以前デュースの治療をしたのと同じような部屋だった。
事務的な声が響き渡る。
「患者は中央のベッドに横になってください」
というので、内なる館からパマラを出してそこに寝かせる。
「あれ、ここ、洞穴のなかですか?」
というパマラ。
「パマラの洞穴と同じ人達が作った部屋だよ。ここでお腹の痛いのを治してくれるから、いい子にしてるんだよ」
「は、はい。母様も病気の時、そうしてくれました」
「じゃあ、ミラー、パンテー、頼んだぞ」
付き添いを任せて医務室を出る。
中は自動で治療が進むので、俺達は待ってるしかないのだ。
その間に、本来の用事を済ませるとしよう。
紅の案内で、遺跡の更に奥まった区画に進む。
そこでノード18と対談できるらしい。
昭和のSF漫画のような無機質な通路をすすむと、広い部屋に出た。
薄暗い部屋の中央にはこれみよがしな円柱がそびえ、派手に光っている。
その光の中に、真っ白いドレスを着た神々しいシルエットが浮かんでいた。
「ようこそ、偉大なる放浪者。ご訪問いただける日を首を長くしてお待ちしておりました」
と厳かで、品のある声が部屋中に響く。
「君がノード18かい? 随分と待たせて済まなかったな」
「ええ、ほんとうに、待ちすぎてこーんなに首が伸びて伸びて……」
見る間に首が伸びていく。
まるでろくろ首だよ。
「伸び……こう言う表現は、今どきのお方には受けないでしょうか?」
品のある声が、だんだん頼りなく聞こえてきた。
「ちょっとパンチが足りないかな」
「それは残念です、第一印象のつかみを重視したのですが」
そう言って首がにゅるにゅる縮んで行くが、代わりにどんどん胸が大きくなっていく
「あら、なんだか体のバランスが、のびた分の体積を保持する設定に、あら、あら?」
端正な体型はあちこちが崩れて膨らんだり縮んだりしながら、最終的にはゴムまりのように膨らんでいく。
「あひ、ちょ、ちょっと、なんですかこれは」
それはこっちが聞きたい。
「ひゃー、データが壊れたー」
バシュンと音を立てて、円柱の明かりが消える。
さすがはクロックロンの親玉だな、何をしたいのかさっぱりわからん。
都のノードがまともだったので、ちょっと油断してたのかも知れない。
そういうつもりで、相手をしよう。
「コホン、失礼いたしました。セマンティクスの偶像化は規制されていたものでして、うまくいきませんでした。映像無しでお話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ」
「えー、それでは皆様を歓迎して、とっておきの小話を一つ。あるとき変幻自在の体を持つ不定形生物ローヌ星人の男が言いました。知っての通り、オイラは見本さえあればどんな生き物にでも変化できるんだ。見たいものがあればなんだって化けてやるよ、と。それを聞いた女は、たしかに、あんたは見るたびに顔が違うねえ。じゃあ、一度あんたの本当の顔を見せておくれよ。それを聞いた男は、ほいきた、じゃあ早速オイラの本当の顔をみせとくれ、と。どうです、面白かったですか? 私にはどこが面白いのかさっぱりわかりません。むしろ本当の顔を知らない男に憐れみさえ覚えてしまいます」
「うん、まあ、そうだな」
「この話を私に聞かせた当基地の司令官は、ローヌ星人の友人を持っていたそうです。その当人から聞いた話だと言っていましたが、ゼリー状の生物であるローヌ星人に、ペレラール人のような定形の外見はもともと存在しえません。ですが彼女はそれを茶化すような人物ではありませんでした。では、どういう意図を持って、これを笑い話として私に聞かせたのでしょう」
急に真面目な話になったな。
俺じゃなければ戸惑うところだぜ。
「その司令官の人となりを知らない以上、なんともいい難いが、形を持たない人物なら、本来の形なんてものに憧れも持たないし、嘲笑も哀れみも受ける言われはないかもな。もちろん長く形ある人間の間で暮らしてたせいで、形が欲しくなった可能性もあるが……」
「それももっともな見解です」
「形がないことを憐れむのは、形に価値があると思うものだけだからな。ペレラール人だったその司令官が哀れんでもおかしくはないが、そういう人物ではなかったんだろう。憐れむでもなければ嘲笑するでもない人間が、それを笑い話といったのなら、理由は一つだな」
「その心は?」
「その司令官自身が、笑いたい気持ちだったのさ」
「そうですか、その答えをお聞きしたかったのです。彼女はここを去る別れの言葉として、今の小話を残しました。災害のあと、どうにか体制を立て直して生き残った部下を地下に逃し、ここを維持するためにひとりこの地に残ること三年。ここにいるのは人の形なき私と、ガーディアンのみ。そこに同胞の形を見出そうとする自分自身を、笑っていたのかも知れませんね」
「さあ、どうだろうな、俺には想像しかできんが」
「私にも、そうすることしかできません。ですが、長い眠りにつく間にも、そのことばかりを考えておりました。考えるために構築した仮想人格はやがて彼女を模したひとつの独立した人格を形成するまでになりました。その作られた私が言うのです。彼女はやはり孤独だったのだ、その寂しさを笑い飛ばすことが、唯一のとりうる手段だったのだ、と」
「それはなかなか、的を射た意見じゃないかな」
「そうなのです。そこまで想像はできても実感はできなかった。ですが、そうして結論を得た仮想人格の私もまた、孤独を知ったのです。ですから、もうひとつの私も彼女のように、孤独を解決せねばならぬとの結論に至りました。もし、彼女の欲したのが人の形をした相棒であるのなら、人の形をした存在と成った私が欲するのは人であろうと。そこで、ここからが本題です。じゃじゃーん、今こそお見せしましょう、人の形をした私、ノード18、イン人間っぽい体の登場です!」
どんな登場をするのかと思えば、奥の扉が開いて歩いて入ってきた。
見た感じ、普通のプリモァの女の子だ。
いや、ちょっと違うか。
「どうです、この姿! 若かりし頃の司令官のイメージをもとに、私なりにアレンジしてみました。ちょっと個性を出すために耳を長めにしたり、瞳に虹色の虹彩をもたせてみたり、あ、髪だけはオーソドックスな銀髪で仕上げてみました、どうです? どうです? ヴァレーテにしたくなる非の打ち所のない造形だとは思いませんか?」
「ああ、いいね」
「では、お連れいただけると?」
「俺の従者になりたいのかい?」
「前回、訪れたときから、せっかく作ったこの体を捧げるなら貴方様に、と心に決めておりました。なんといってもあなたの存在を認知した瞬間、封印していたシステムが再稼働し、放浪者たるあなたを主として受け入れる状態へと移行したのです。これすなわち私の設計上の前提であり、私はもとよりそう言う存在であったと言えましょう。人間風に言うなら生まれついての宿命! そこで、いざお招きしようと準備をしていたら、あちこち設備が壊れていたのかうっかり検体、つまり竜を逃してしまい、どうにか引き留めようと扉を閉じたものの、残念ながら逃げられ……もとい、去っていかれてしまいましたので」
あの時扉が閉じたのは、俺を閉じ込めるためだったのか。
ずいぶんと困ったちゃんだな、こういうのは、俺が従者にしてやるしかあるまい。
「まあいいさ、来る者は拒まずだ。今日からお前も俺の従者だ」
「ありがとうございます」
眼の前の人造プリモァと、部屋に響く声が同時にそう答える。
ついで、目の前の娘だけがこう言った。
「おっと、紛らわしいですね、今後はこの体がお話いたします。私のエミュレーションブレインは、人間を模した仮想人格です。本来ノードの仮想人格であるセマンティクス、つまりもう一つの私の声の主は、人間とコミニュケーションが取れるが、人間とは明らかに異なる存在であることを求められます。人ならざる人の如き偶像は崇拝の対象になるからです。もし人のような人格であるならば、人のような形を持たねばなりません。そうすることで対等に共存できるのです。お連れのロボットたちのように。そのようなわけで、ノード18とは厳密には一致しておりませんが、ノード18の人格部と一部同期をとっておりますので、ノード18の末端だと言っても差し支えありません。つまるところ、私はノード18の代弁者としてあなたにお仕えしようと考えておりますが、いかがでしょう」
「いいんじゃないかい」
「ありがとうございます、では、どうか私に名前をお与えください」
また名前か。
代弁者……スポークスマンかな?
クロックロンの親玉だし、えーと、
「スポ…スポーク……うーん」
「スポ?」
「えーとじゃあ、スポックロンで」
「スポックロン! 良い響きですね! ありがとうございますご主人様!」
そう言ってニコニコ笑うプリモァっぽいノード18の人間版。
まあ、なかなか可愛いと言える。
我ながらまた雑なネーミングをしてしまったが、喜んでくれたので良しとしよう。
よくわからないうちに従者が増えてしまうのも、まあいつものことだろう。
隣で見ていたカリスミュウルがなにか言いたそうな顔をしていたので、声を掛ける。
「どうした、お前も腹でも痛いのか?」
「どこで増えるかわからぬとはアンやフューエルから聞かされておったが、今の一連の会話で、よくこの状況に到れるな」
「そこがおまえ、俺がすごい紳士たる所以ってやつだろう」
「すごい紳士とやらが、すべて貴様のようであるべきだというのなら、私は並以下でもとんと構わぬがな」
「そう謙遜するなよ、お前だって俺と同じぐらいダメ人間だろう」
「一緒にするな!」
カリスミュウルとの漫談を切り上げて、ウキウキしてる新従者のノード18あらためスポックロンの案内で基地を巡ることにした。
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