第331話 青い空
「お湯があんなにいっぱいあって、じゃぶじゃぶつかえて、感動しました」
風呂上がりのパマラちゃんはそう言ってニコニコしていた。
やっぱり水が自由につかえないところだったのかな。
昼飯にはもう少し時間がかかるようなので、ちょっと湖を見せてやろうと裏庭に連れ出す。
外に出たパマラちゃんは、湖より先に空を見上げて呆然となった。
「上が青い、あおい……天井がない、土もない、やっぱり、ここが母様の言ってた、帰るべき天国なんだ、きっとそうだ……、うぅ、うわーん、あーん」
そう言って泣き出したパマラちゃんをなだめながら、あわてて家に連れ帰る。
どうにか泣き止んだパマラちゃんはゆっくりと話し始めた。
「母様はいつも言ってました、帰りたい、帰りたいって。どこに帰りたいのって尋ねると、みんなを連れて帰りたいっていうの。だから穴を掘れって。みんなが帰りたかった天国に、少しでも早く帰れるようにって……ひっく」
泣きすぎてしゃっくりが出るパマラちゃんの背中をミラーがさすってやると、少し落ち着いて続きを話す。
「天国には、真っ暗い外じゃなくて、真っ青な空があるって。青い青い、すごく広くて、青くて綺麗なの。昔の人はもう一度それが見たくて、でも帰れなかったんだって、だからその思いを全部持って、母様は私達を天国に連れて行くって、だから頑張って穴を掘れって。やっとついたんだ。みんなにも、早くおしえてあげたいなあ」
話すうちに落ち着いたのか、出されたホットチョコをグビリと飲む。
すると目を見開いて、まじまじとカップを見る。
今度は恐る恐る口をつけて、また一口。
「ひゃー!」
とさけぶ。
「て、天国の飲み物です、これは絶対に間違いなく、すごい、すごい飲み物です。やっぱり天国は違うなあ」
感心するパマラちゃんに、ピューパーたちがこれもすごい、あれもすごいとお菓子を薦めると、喜んで食べていた。
まあ、腹が膨れれば落ち着くだろう。
ちょうど飯ができたところだ。
今日の昼飯は、からあげだ。
醤油のつけダレにしっかり漬け込んだからあげは最高にうまい。
大皿三つに山盛りされたからあげがみるみる減っていく。
俺はご飯でくうが、他の連中はパンに挟んだり、パスタと一緒に食べている。
まあどうやって食っても、からあげはうまいのだ。
パマラちゃんも、おそらくは初めて食うであろうからあげを、最初はおっかなびっくり、そしてすぐにもりもり食べはじめた。
しこたま食って落ち着いたところで、パマラちゃんに話しかけた。
「どうだい、お口にあったかな?」
「すごく、美味しかったです。母様の出すパンも美味しかったけど、これは食べたことない味です。こんなにたくさんのごちそうと、それにこんなにたくさんのヴァレーテを抱えて、あなたは大穴の主様なんですか? 昔はそういう人がいたって母様が言ってました」
「うーん、まあ似たようなもんだが、ここには穴ってのはないんだ。パマラちゃんの住んでたところは穴ばっかりだったのかい?」
「そうです。穴がないところは、全部土です。土をほって穴にしないと住めないから、洞穴人、あ、母様が私達は洞穴人だって言ってました。あなたは何人ですか?」
「うーん、みんなバラバラだけど、強いて言うならアーシアル人かなあ」
「ふーん、ごめんなさい、知らないです」
「まあ、おいおい知ってくれればいいさ」
俺との会話は例の宇宙人語で行われているでの周りには通じない。
代わりにミラーが同時通訳して集まった連中に聞かせている。
一番興味を持っているのはやはり考古学者のエンテルとペイルーンだ。
二人とも今日は休みで、午前中はミーシャオちゃんを街の見学に連れて行っていたらしい。
「じゃあ、君の住んでたところはずっと土の中の穴だったのか」
「そうです。時々、鉄です。そこは掘れないんだけど、母様がいます」
「母様?」
「はい。私達を生んだ母様です。声が聞こえます。穴を掘れっていつも言ってます」
「そうかあ」
「でも最近はあんまり声が聞こえなくて、お声が聞きたくて本当は入っちゃいけない母様の部屋に入ってお昼寝してたら、ここに来たんです」
「なるほど」
例の都で落っこちてきたシャトルのことかな。
ってことはもしかして、母様ってのはマザーのことだろうか。
宇宙の果てで、十万年前の災害かなんかで帰れなくなったアップルスターの住民を、マザーコンピュータがどうにか連れ帰ろうとしたけど、とうとう十万年も経って、当時のことを知る人間もいなくなって目的地のこの星を天国と呼んでたとか、そういう感じかなあ。
あのマザーを取り込んだミラー八十八号に聞いてみるとこんなことがわかった。
「マザー本体は、複雑に暗号化された上に圧縮されているので、そのままではアクセスできません。そこで事前にマザーが残した情報と、他のノードから収集した情報に基づいた推測となりますが……」
と前置きをしてから、ミラーはこう続ける。
「アップルスターの中で世代を重ねて生き延びていた以上、十万年の生活を維持するだけのエコシステムが成立していたと見るべきですが、あのコロニーの規模を考えると、何らかの付加要素が必要です。すなわちレプリケータのように物質を生成する仕組みです」
「要は魔法と同じアレか」
「そうです。ですが、この星の魔法という仕組みは、地下にある巨大なレプリケータによるものだということですので、あのコロニーが太陽系の外縁部まで行ってそれをなし得たかは疑問です。ただ、小型の簡易レプリケータを搭載していたという情報はありますし、その原料となるエルミクルムの採集があのコロニーの目的だったそうなので、それによって生態系を維持していたと想像されます」
「ふむ、つまり天然物では足りない食料やらなんやらを、何でも作れる装置で補っていたと」
「はい。そこで考えられるのは、まず空気と水、そして土を作っていた可能性です」
「土?」
「レプリケータは簡易型ですから、長期間、維持できるかどうかはわかりません。そこで食物を栽培できるだけの土壌を作り出していた可能性があります。それが何らかの理由でコロニー内に充満していたのではないかと」
「むちゃするなあ」
「推力が失われた状態で、あれだけの巨大構造物をここまで運んでくるには、あらゆる手段を講じたことでしょう。そもそもどうやって移動したのかも謎のままです。姿勢制御用の非常用化学燃料ブースターが数機残っていただけのようですので」
うーん、よくわからんが、きっとすごい方法で帰ってきたんだろう。
詳細を知りたければアップルスターに行かねばなるまい。
どうせ、いくつもりだったけど、眼の前のかわいい幼女のためになにかしてあげようというほうが、まだ前向きだよな。
食事を終えると、エンテルたちが注意深くパマラちゃんから情報を聞き出そうと頑張っていたが、たいしたことはわからなかったようだ。
まあ、幼女だしな。
毎日穴をほって、いろんなものを探して母様というのに渡していたらしい。
どういうことだろうな、あのアップルスターの中は土だらけなんだろうか。
そのへんも行けばわかるか。
改めてパマラちゃんを連れ出して、空を見上げる。
「あの丸いやつが見えるかい?」
「はい」
「あそこが、君の住んでた穴だ。君はあそこから降りてきたんだ」
「ええ!? あんなところから? どうやって?」
「説明すると長くなるんだけどね、空を飛ぶ乗り物でやってきたんだ」
「よく、わからないけど、それで帰れるんですか?」
「うん、でも今はここにはなくてね、近い内にそれを取りに行くんだ。そうしたら一緒に君の故郷の洞窟に帰ろう。そして仲間もみんな、ここに連れてくるんだ」
「ほんとうに? いいんですか? みんなも! 母様も!?」
「ああ、みんな一緒に、連れてこよう」
「やった、すごい、やったぁ、やっぱりあなた、神様です、そうに決まってます!」
やけに持ち上げるなあ。
パマラちゃんがあんまり喜ぶので、ピューパーたちも嬉しくなったのか、一緒に万歳三唱を始めてしまった。
ちょっと安請け合いし過ぎな気もするが、言ったからには頑張らないとな。
そもそも、どれ位人数がいて、受け入れ体制をどう整えればいいのか、とかあるよな。
「健康状態のチェック、体質の変化などの確認も必要でしょう」
とミラー八十八号。
「そうだな、この子も大丈夫だろうか?」
「簡易検査では問題ありません。マザーの残した情報では、コロニー内に疫病のたぐいはなかったようです。十分に管理された状態で宇宙に上がったのでしょう。それでもノード18には施設が完備されていますので、そちらで精密検査をすべきでしょう。また、それが済むまで、内なる館にとどめておくほうが安全かと思われます」
「ふむ、うっかりパンデミックとか洒落にならんしな」
「逆にパマラが風邪などを羅患した際に、重篤化する危険性もあります。閉鎖空間で世代を重ね、抵抗力が低下している可能性もあり、そちらのほうが心配されます。」
「でももう、風呂に入って一緒に飯も食ってるよな」
「はい。軽率でした、申し訳ありません」
「まあ、しょうがない。それじゃあ、明日一番で、ノード18のところに出発するとしよう。紅にもそう伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
異世界交流は大変だな。
そもそも、俺だってインフルエンザとか持ち込んでここの住民を全滅させてたかもしれないんだし。
ピューパーはパマラを連れて外に遊びに行こうとしていたが、うまく説得して、内なる館で遊ばせることにした。
一緒にいさせて大丈夫かどうかが気になるが、心配するより早く、パマラちゃんが青い顔をしてダウンしてしまった。
すわ一大事かと思いきや、どうやら食べ過ぎらしい。
「油の多い食べ物を、食べ慣れていなかったようです。内臓に負担がかかっていますが、今後どうなるか予測がつきません。早めに検査したほうがよいかもしれません」
とミラーが言うので、予定を切り上げて今すぐノード18に出発することにした。
見送るフューエルに、
「というわけで、あとは頼んだぞ」
というと、後のことは心配するな、早く治療してやれ、と送り出された。
忙しくなってきたな。
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