第330話 パマラ
「そろそろ内なる館を出たほうがいいのではないか? 食事の時間だろう」
カリスミュウルに言われるまでもなくそのつもりなのだが、先にピューパーたちを見つけて合流しないとな。
居住区の中央近く、鉄棒を据え付けた公園まで歩いてくると、姿が見えない。
あいつらは常に走り回ってるので、ちょっと目を離すとすぐに見失うんだよなあ。
ミラーに尋ねると、北東の花畑の方に走っていったという。
カリスミュウルと連れ立ってそちらまで歩くが、やはりここにもいない。
近くで一本足で立ち、カカシの真似事をしていたクロックロンに尋ねると、南西の森の方に行ったという。
「逆ではないか、何という速さだ」
と呆れるカリスミュウル。
来た道を戻って、さらにてくてくと歩く。
内なる館を東西に貫く石畳の道は、すでに出来上がっている。
道沿いに進むと、このあたりは建物がまだ揃ってないが、ウッドデッキのような足場の上に、テーブルやベンチなどがいくつか並べられている。
これだけでも十分くつろげそうだな。
カプルが楽しそうにやっているので気が付きづらいが、内なる館の土木事業は地盤の補強とかからやってるのでけっこう大変らしい。
シャミは技術的に困難なほど燃えるタイプのようだが、カプルは規模が大きいほど燃えるようだ。
もっとじゃんじゃん巨大構造物を作ってもらおう。
かっこいいし。
子供っぽい感想を胸に更に進むと、またクロックロンがいた。
水路に掛かった橋の上に立ち、前後にヘコヘコと動いている。
「何やってんだ?」
「ボスノマネ」
「そうか、それをやるなら、二人でやったほうがいいぞ」
「ナルホド、誰カ探シテクル」
「がんばれよ」
おっと、ピューパー達のことを聞きそびれてしまった。
まあいいか。
更に進むと、ピューパーのよく響く声が聞こえてきた。
妖精の森の縁で、騒いでいる。
手を上げて声をかけると、すぐにこちらに気がつくが、何故か驚いた顔で森のなかに走り込んだ。
ははあ、あれは何かしでかしたに違いあるまい。
こっそりと隠れながら後を追うと、キラキラと光る森のなかで、幼女たちが四人集まって何か相談している。
何の悪巧みをしてるのかなー、と一瞬考えてから、はたと気がつく。
四人?
はて、妖精かなにかの見間違いだろうか、とよく見ると、やはり同年代の幼女がいた。
土に汚れた薄汚いボロをまとっているが、見たことのない小さな女の子だ。
いや、もしかしてあれか、例の宇宙船の中から連れ出して行方不明になってた女の子か?
そもそもなんで逃げるんだ?
後を追いながら悩んでいると、ミラーが駆け寄ってきた。
「オーナー、お伝えしたいことが」
「俺も聞きたかったんだ。あの子は誰だ? 例の迷子か?」
「外見の特徴は一致します、まず間違いないでしょう。ついさきほど、撫子があの娘と話しているのに気が付きました。問いただそうとすると、ピューパーが手を引いて森のなかに逃げ込みました。マザーから引き継いだ当地の住民情報と、今観察した情報を合わせ見るに、危険性は感じられませんでしたので、あまり刺激しないように、ひとまずオーナーが来るのをお待ちしておりました」
「ふむ」
「お役に立てて居ないでしょうか」
「いや、大丈夫だ。とはいえ、あまりこうしてても飯の時間に遅れてアンに怒られるからな」
と言って、ピューパーたちの方に近づいていった。
とりあえず、気がついてないふりをする。
「おーい、ピューパー、撫子、メーナ、飯の時間だぞ、隠れんぼなんてしてないで、でてきなさい」
大きな声で呼びかけると、ピューパーが物陰からひょこっとでてきた。
「あ、ご、ご主人様いたんだ、き、気が付かなかった!」
わざとらしくごまかしてて、かわいいなあ。
「ご飯、食べる、食べるからちょっと待って」
と言って、再び物陰に引っ込む。
「おーい、俺をのけ者にしないでくれよう、寂しいじゃねえか」
などととぼけたことを言いながらずんずん近づいていくと、またピューパーが飛び出してきた。
「あ、あのね、えっと、ちょっとまって、待ってってば!」
「いいや、待たないね」
「ご主人様のケチ!」
そう言って再び物陰に隠れる。
「うわー、ピューパーが俺のことをいじめる! 泣こうかな」
と言うと今度はメーナが出てきて、
「な、泣いちゃ駄目です。あの、えっと」
と何か言いかけるが、ピューパーが出てきてメーナを物陰に引っ張り込んだ。
そうこうするうちに、三人、いや、四人が隠れている場所までたどり着いた。
「ははは、もう隠れても無駄だぞ。さあ、出ておいでー」
と物陰を覗き込むと、大きな木を背に、ピューパーが何かを隠している。
まあ小さな体なので丸見えなんだけど。
「おやあ、ピューパーの後ろにいるのは誰かなー」
「だれでもない、誰もいないってば!」
「うーん、おかしいなあ、誰かいるようにみえるけどなあ」
「いないー、いないー」
駄々っ子のようにごまかすピューパーの袖を引いて、撫子が首を振る。
「もうバレてます、説明するので、そこをどいてください」
「うう、でも、怒られる」
「怒られません、ご主人様はこういうことでは怒らないです」
「ほんとに?」
「本当です。さあ、出てきてください、パマラ」
と言って撫子が手を引いて引っ張り出したのは、同年代の小さな女の子だった。
白い肌に長い耳とプリモァっぽい外見で、やはりあのときの幼女だ。
「彼女はパマラです」
と言ってから彼女に向き直り、
「この人が私達の主人です。たぶん、言葉は通じるので、挨拶してみてください」
そう紹介された娘はペコリと頭を下げて、こう言った。
「はじめましてパマラです。母様のお声を聞きに来て、少しお昼寝してたら、気がついたらここに居ました。ここ、天国ですよね? 真っ白いところも通ったし。天井がすごく大きくて、でも青くないけど、おとぎ話の妖精がいっぱい居て、光るキノコとかがあって、リンゴ以外にも見たこと無い実もいっぱいなってて、それに、えっと、私きっと母様の言ってた天国ってこう言うところだと思ってたんです。たぶん、ホントの私は穴に埋もれて死んじゃって、隣穴のタマラも三年前に穴に埋もれて死んじゃったんです、だから私も死んじゃって、思ってたような光がキラキラした天国に来れて、でも、昔の人が誰も居なくて、みんな天国にはいけなかったのかなあっておもって、あ、でももしかしたら、生まれ変わったあとだったのかも、母様は、死んだ洞穴人は、生まれ変わってアシハラに行けるっていってたから、たぶん私もそこに連れて行ってもらえるのかなあ、っておもって、それで、えっと、リンゴがおいしくて、妖精がきらきらしてるのをじっと見てたら、ナデシコが話しかけてくれて、他の人は言葉が通じないらしくて、あの、あなたは通じてますか?」
と畳み掛けるようなマシンガントークがそこで途切れたので、俺は一言、
「うん、通じてるよ」
と応えると、パマラと名乗った娘は嬉しそうに頷いて、
「よかった、それで、あなたが神様ですか?」
「残念ながら俺は神様じゃなくて、ここも天国じゃないんだ、ごめんよ」
というと、急に涙目になり、
「ええ!? じゃあ、私、天国に行けなかったんだ、ちゃんと穴を掘らなかったからかなあ? 昔の洞穴人が誰もいないから、もしかしたらそうなのかもしれないと思ってたけど、やっぱりそうかあ、青くないから違うかもって思ってたんだけど、私、天国に行けなかったんだ……」
「うーん、でも神様の友達ではあるから、もう少しいい子にしていれば、そのうち連れて行ってあげられるかもしれない」
「ほんとうですか? よかった! そうですよね、こんなに綺麗なところだもの、天国じゃないにしても、それに近い所に違いないと思ってたんです。やっぱり、そうだったんだ! 三つ隣の穴のリキルは、パマラは妄想ばかりして手を動かさないから母様にも見捨てられるって言ってて、でも母様はそんなことしないって思うんだけど、そんなことを聞いて悲しませても困るって思って、でも、私が死んだから、やっぱり悲しんでるかなあ?」
「じゃあ、悲しませないように、まずは母様のところに帰らないとな」
「ええ!? 死んだ人は母様でも生き返らせるのは無理だって言ってましたけど、神様のお友達ならできるんですか?」
「いやあ、それは俺にも無理だけど、なんと運の良いことに、君はまだ死んでなかったんだ」
「えええ!? ほ、ほんとうに? でも、たしかに死んだにしてはリンゴは酸っぱいのもあったし、躓いたら痛かったし、おかしいなあ、とは思ってたんです。そうかあ、死んでなかったのかあ、おかしいと思ってたんです、ほんとうに」
「ははは、それで君は、どこから来たんだ?」
「私の穴から来ました」
「穴か、じゃあ、ここにはどこから現れたんだい?」
「えーと」
と首を傾げるパマラ。
「彼女は、ゲートから現れました」
代わりに撫子が応えると、ピューパーがあわてて、
「あ、ちが、その、あそこは入っちゃ駄目って言われてるから入ってない! 見てただけ、あれ、すごくきれいだから、たまに見たくなるけど見るだけ。ほんとうに! でも気がついたらパマラが居たの! 彼女は知らなかったから怒らないで!」
「ははは、怒らないさ、そうかあ、ゲートからなあ」
内なる館にはゲートの出入り口があるが、どこに通じているかわからないので出入りできないように柵を作ってあるんだよな。
特にピューパーたちには近づかないように言い聞かせてるんだけど、じゃあこの子が見つからなかったのは、そこに飛び込んでたからで、それがさっきまた出てきたってことなのか。
あと、言葉が俺と撫子にしか通じないらしい。
俺の方はいつもの自動翻訳だとして、撫子は……まあ、この子も良くわからんよな。
「よし、せっかくうちに来てくれたんだ、まずは一緒にご飯にしよう」
と言うと、パマラは言葉が通じなかったようでキョトンとしているが、ピューパーが飛び上がって喜ぶ。
「よかった、近づいたら駄目なとこから来たから、追い返されるのかと思った!」
「ははは、俺がお前たちの友達にそんなことするわけ無いだろう。さあ、みんなそばに寄って。外に出るぞ、急がないと俺じゃなくてアンに怒られるからな」
慌てて外に出ると、幸いアンはまだ怒ってなかったが、いきなり人数が増えたので流石に驚いたようだ。
「まあ、その子はどうしたんです?」
「パマラちゃんと言ってな、例の迷子になってた子なんだけど、なんか見つかったんで昼飯に招待したんだ」
「そうですか、まあそういうことなら」
「あと、なんか言葉が通じなくてな」
「それは困りましたね」
そこで俺と一緒に出てきたミラーが、
「先程の言語でしたら、概ね理解できます。若干の変異が見られますが、惑星連合公用語三型だと思われます」
「惑星連合? 例のゲートがあった頃の宇宙人のなんたらってやつか」
「はい、そちらの公用語の一つです」
「通じるならお前が通訳してやってくれ」
「わかりました、お役に立ちます」
と頷いて、ミラーがパマラに話しかける。
「パマラさん、私の言葉がわかりますか?」
「わ、わかります! よかった、言葉が通じる人が他にも居て。ここは一体どこですか? 急にまわりが変わって……」
「ここはオーナー、つまり我々の主人の屋敷です。主人の命により、しばらくはあなたの通訳とサポートを行います。今から昼食の時間ですが、その前に入浴して衣服も着替えることをおすすめします。もし何らかの事情で入浴の習慣が無いのでしたら他の方法を検討します」
「入浴って、水浴びですよね? 水浴びは好きです、時々しかできないですけど」
「では、ご一緒しましょう」
といって、浴室に連れられていった。
人が話しているのを聞くとわかるが、だいぶ違う言葉のようだな。
「ピューパー、お前たちも一緒にひと風呂浴びてこい。泥だらけだぞ」
三人共頷くと、後を追って浴室に飛び込んでいった。
それを見送ったアンが、
「それにしても、何日も閉じこもっていた割には元気そうですね」
というとカリスミュウルが、
「あそこにいれば、肉体は変化せぬからな、なんとなれば飯など食わぬとも平気だ」
「そういうものなんですか」
「うむ」
「それで、どうなさるんです?」
と改めて尋ねるアンに、
「まあ、まずはメシだメシ。食いながら相談しよう」
「では急いで支度を」
そう言って台所に戻るアンを見送りながら、さてどうしたものかと頭を捻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます