第328話 経済談義

 エブンツと別れて集会所を覗くと、今日も繁盛していた。

 カリスミュウルがここで少し遊んでいくというので、俺も付き合うことにする。

 午前中は年寄りしかいないが、午後は子供も増える。

 妙齢の御婦人がいないのが俺的には残念だが、この時間になると学生もやってくる。

 中には女学生の常連も何人かいるようだ。


「良いところに来たな、ちょうど相手が欲しかったところだ」


 一人でお茶をすすっていた魔族のプールが、カリスミュウルに声をかけると、こちらもうなずく。


「うむ、昨夜のリベンジと行こうではないか」


 などと言って勝負を始めた。

 腕はだいたい互角らしいが、よく考えたらこの二人って似たタイプだよな。

 そばに寄ってダブルでなじられるとうっかり人前で興奮してしまうかもしれないので、そっと離れて、別の場所で遊ぶことにする。

 チェスはやっても負けるので麻雀かな。

 先日新しい卓が追加されて、現在集会所には三セット常備されている。

 年配はチェス一辺倒の者も多く、麻雀で遊ぶのは若い子が多い。


「サワクロさん、どうです、一局」


 と声をかけたのは、卓を囲んでいた男子学生だ。

 たしか寮長をやっていて、以前シルビーの件で世話になった覚えがある。

 名前は……なんだったかなあ。

 左右に女学生を侍らせているあたり、なかなか見込みがある学生だな。

 片方は前も一緒にいたガールフレンドだったはずだが、もうひとりは初顔だ。


「やあ、久しぶりだね。じゃあ、混ぜてもらおうかな」


 メンツ合わせで入っていたミラーと代わると、さり気なく状況を解説するように、メンバーの名前を教えてくれた。


「ルールはアリアリ。対面のワンザン氏が起家で東三局、オーナーが親です。トップは上家のカーシー氏、ついで下家のシェキウール氏です」

「俺の点棒が少ないな」

「一局目に、倍満を上家に振り込みました」

「本走がそんなにサービスしちゃいかんだろう」

「もうしわけありません。確率的には非常に薄い手だったのですが」

「ははは、まあ確率だけで麻雀は打てんよ、どれ俺が本場の実力を」


 と言って牌を並べる。

 全自動卓が恋しくなるが、こうして手で並べていると、学生時代を思い出すな。

 山岳部の部室に入り浸って朝まで打ってたりしたなあ。

 それはさておき、勝負開始だ。

 手牌を見ると悪くない。

 不要な牌を整理しながら数順が過ぎ、改めてメンツを見る。

 対面のワンザン君は寮長を務める優秀な学生……だったはず。

 上家、つまり俺の左手のカーシーちゃんはワンザン君のガールフレンドだったと思うが違うかもしれない。

 ワンザン君はちょっと癖の強いブルネットだが、カーシーちゃんとやらは烏の濡れ羽色とでも言うべき見事な黒髪のストレートだ。

 前髪も長い後ろ髪もきれいに切りそろえていて、こう言うのは姫カットっていうのかな、よくわからんのだけど、十二単とか着てても似合いそうな和風美女、いや美少女だな。

 残る下家の一人は、プリモァの小柄な女の子だ。

 初めて見る顔だが、なかなかかわいい。

 まあプリモァはみんなきれいな銀髪が映える細面の美しい顔立ちなんだけど、この子は襟を立てて顔をうずめるようにしている。


「このマージャンという遊戯は、サワクロさんの故郷のものだと聞きましたが」


 とワンザン君。


「そうなんだ、学生の頃は友人と集まってはこればかりやっていてね」

「なるほど。しかし、このような高価なテーブルなどを用意するのは学生には難しそうだ」

「いやいや、私の故郷ではもっと安価なものもあったのさ。いずれは学生でも気軽に買えるものを用意して、君たちをカモにさせてもらうよ」

「それは楽しみです、おっとそいつを鳴きます。ええと、同じものだから……ポン」


 真ん中のいいところを鳴かれてしまった。

 一つだけあった五筒の赤ドラがますます浮いてしまうじゃないか。


「そちらのお嬢さんは初顔だね。同じ専攻なのかい?」


 とプリモァ少女に話を振ると、自分の手牌に見入っていた彼女ははっと顔を上げる。


「あ、その、いえ、私は美術を……」

「へえ、作るほうかい?」

「はい、油彩と造形を……少し」


 と縮こまる。

 内気なタイプかな?


「実は今日は、画廊の見学に来たんですよ」


 もじもじして話が進まない彼女の代わりにワンザン君が助け舟を出す。

 相変わらずできた青年だ。


「ほう、じゃあ君も展示希望なのかな?」

「い、いえ、私なんて、まだ……。あの……」

「うん」

「学校に貼ってあったポスターが気になって」

「ああ、うちのもんが描いたやつだね」

「はい。その人の展示があるって聞いて、そのことを話したらカーシーが帰りに覗いてみようって言ったので、下見に。でも、まだだめみたいで」

「そうだったのかい、今はまだ工事中でね。それでも来週には予定通りオープンするから、ぜひ覗きに来てくれたまえ」

「は、はい。あ、それ……」


 と俺が無頓着に捨てた真っ赤な五筒を指さして、控えていたミラーを呼ぶ。


「大丈夫、それでアガリです。ロンと宣言してください」

「じゃ、じゃあ、ロン」


 と言って、慣れない手付きで手牌を倒す。

 どう見ても全部筒子だ、やばい。

 よく見ると捨て牌もミエミエだった。

 女の子の顔しか見てなかったよ。


「て、点数とかわからないんですけど」


 そういうとミラーが変わりに申告する。


「門前清一色ドラ一です。一翻足りないので跳満ですね、一万二千点です」

「ハコじゃねーか!」


 役の判別もままならない、おそらくは今日はじめて麻雀をやったであろうお嬢さんに速攻で飛ばされた俺は、早々にギブアップした。


「ははは、若いもんにはかなわんね」


 そう言って勝負を投げた俺は、代わりに学生諸君にお茶をごちそうすることにした。

 ルチアの喫茶店に席を移し、特製のケーキを注文してから話を聞く。


「カーシーが近頃、春のさえずり団の追っかけをやってまして、僕もいつもつきあわされてるんですよ」


 とワンザン君が彼女の話を出す。


「それが先日の突然の引退発表でしょう。事あるごとに僕に八つ当たりが飛んでくるんです。こう言うときはどうしたら良いのでしょう」

「ははは、ワンザン君、そういうとき、男は黙って耐えるものさ」


 などという自分への批判をすまし顔で聞き流していた黒髪の綺麗なカーシーちゃんは、ティーカップを優雅にテーブルに置くと、こういった。


「サワクロさんは彼女たちの後援者なんですよね? もし差し支えなければ、引退の理由をくわしくお聞きしたいのですが」

「ふむ、そうだなあ。直接の原因は、南方からの留学生であったペルンジャがもうすぐ帰国してしまうんだよ。もともと彼女の奏でるリズムに惹かれて始めたグループだからね、今後はともかく、春のさえずり団としては解散せざるを得ないといったところかな」

「そこまでは理解しております。ペルンジャさんは留学生ですけど寮生ではないので、我々も交流がなくて。もし留学費用の問題であるのなら、我々のカンパでどうにかできないか、という話も持ち上がっていまして」


 カーシーちゃんはキビキビと話す聡明な優等生タイプだな。


「ですが学生だけではなかなかまとまった額を確保するのも難しく、寄付を募るのはどうか、ということを検討していたのです」

「ふむ、それでその話は当人にはしたのかい?」

「いえ、それはまだ。ですがメンバーのオーイットとは交友がありまして、彼女と相談して出たアイデアなんですが、どうもオーイットの話だとペルンジャさんは金銭が理由ではないようなことを匂わせていたと。そこのところがわかればなにか手の打ちようがあるのではないかと思いまして」

「そうか」


 さて困ったな、ペルンジャ本人が話さないことをどこまで話したらいいのやら。


「結論だけ言うとペルンジャ君が帰国するのは実家の都合であって、たしかに金銭の問題ではないんだよ。わざわざ南方から留学に来るぐらいだから、それなりに良い家柄の出身でね、本人の一存で簡単に融通がきくものではない。つまり部外者である我々にできることは、ないんだ」

「まあ、でも……それではあんまりです」

「私もファンの一人としてとても悲しく、残念だが、こうなっては最後の解散コンサートを盛大に執り行うしかないわけだ」

「ああ、本当に残念です。応援の仕草も、やっと覚えられましたのに」


 しんみりしたところで、ルチアがケーキを出してくれた。


「あらあなた達、今日は元気が無いのね。これでも食べて、元気出しなさい」


 と言ってから俺に向かって、


「サワクロさん、あなた前途有望な学生に良からぬことを吹き込んでるんじゃないでしょうね」

「まさか、良き隣人、人生の先輩としてささやかに相談に乗っているだけさ」

「どうだか」

「手厳しいな。君も相談事があればいつでも聞くよ?」

「あら嬉しい。じゃあ今度のチョコレート祭りの目玉スィーツをぜひともお願いしたいわね」

「そいつはパロンと相談してくれ」

「彼女、ずっと歌ってばかりでちっとも会話が成立しないんだけど」

「君も歌で返せばいいだろう。賑やかになるぞ」

「じゃあ練習しておくわ。それじゃあー、ごゆうーくーりー」


 歌いながらルチアが引っ込むと、画家の卵でプリモァのシェキウールちゃんが興味を持ったようだ。


「チョコレート祭りってなんですか?」

「うん、近々、この商店街にチョコレートを売る店ができることになってね、商店街を上げてキャンペーンをうつんだよ」

「チョコレートってこれですか? 前に一度たべたんですけど、すごくおいしくて……高いのでなかなかたべられないんですけど」


 と今出てきた小皿を指差す。

 うち特製の銀紙で包まれた、小粒のチョコだ。


「原料のカカオが高いからね、今、輸入先を確保してなるべく原価を下げられるように努力はしてるんだけど、そのためには需要の増加も必要でね」


 そこで再びカーシーちゃんが会話に参加する。


「サワクロさんは南方貿易も手がけているのですか? チェスの小売りだと聞いていましたが」

「本業はそうだけどね、それとは別口でコーヒーやカカオといった南方産のものの輸入を始めたばかりなんだ」

「コーヒーというのは存じませんが、カカオは近年人気だそうですね。伝統の重農主義によって、輸入は自由化されていますけれど、それによって本国の生産業は打撃を受けていると思うのです。カカオのように存在しないものはともかく、この土地の名産である綿花や小麦などは、輸入を制限することによって国内産業を保護することが肝要だと思うのですが」


 いきなり難しい話を始めたな。

 重農主義ってのは、俺の知ってる重農主義と同じでいいんだろうか、たぶん同じだからそういうふうに脳内翻訳されてるんだろう。

 といっても俺も理系だったから教養レベルの知識しかないんだけどな。

 要するに土地から生まれる農作物だけが富の源泉、みたいな話だったっけ。


「たしかに、今のように十分に食糧供給が成り立つ時代において、富の源泉を土地のみに、土地が生み出す農作物のみに求めるのは無理があるだろう。従来非生産階級と呼ばれた私のような小売を生業とするものが、農業生産以上の価値を現実に生み出しているわけだからね。例えば、そうだな……」


 なにかないかとポケットをあさるとチェスのコマがでてきた。

 サウのところにあったガラス細工のやつだが、いつの間にかポケットにくすねていたらしい。

 まあいいや、これで話を続けよう。


「このガラス細工のコマ。ガラスの加工技術にチェスのコマという用途が加わった結果、ただの置物以上の付加価値が生まれるわけだ。こうして生まれた価値は決して虚構ではなく……」


 俺がいい加減な演説をぶっていたら、画家志望のシェキウールちゃんが、俺の手にしたコマを食い入るように見つめていた。


「これが気になるのかい?」

「はい、綺麗な細工です。ガラスもやるんですか?」

「これは取引のあるガラス工房のものでね、うちのデザイナーが考えたものを発注して……」

「デザイナー?」

「そうさ、ただの絵じゃなくて、工業製品に明示的な意図を持たせるための設計をするんだ」

「意図?」

「例えば……」


 ルチアの店で使っている、サウ謹製のメニューカードを手に取る。


「これも従来は雑然と品名が並んでいるだけだったんだけどね、お茶やケーキで分類し、書体にメリハリをつけて整列させることで情報をグループ化するんだ。そうすることで必要な情報をすばやく客は判別できるようになる。さらには、どっかりと腹にたまるデザートが欲しい人向けのセットや、グループでのんびりお茶を楽しみつつ焼き菓子をシェアできるセット、みたいなものも合わせて提案する、更に珍しいデザートには小さく挿絵が入っているだろう。これによって知らない人にも興味を持ってもらいやすくなるんだ」

「ほんとうだ、このメニュー、すごく……変わってます」


 シェキウールちゃんは食い入るようにメニューを見つめる。

 一方のカーシーちゃんは、それを一瞥してから、


「その、デザインというのも付加価値になるんですか?」

「なるね。むしろこれからの時代はそういうところに価値が集約されていくと思うよ。毎日皆が腹を減らしている社会なら、食料だけが価値であり、料理の見栄えなどは二の次だっただろう。だが庶民までもが十分に日々の糧に困らなくなると、ただの食事には価値がなくなってしまう」

「そうですね、それはもう十分にあるのですから」

「だけど、もしもこの店のお茶が有名女優のお気に入りならどうだろう。あの人と同じお茶を飲んでみたい。あるいは貴婦人たちの間で、ある店のチョコレートケーキが流行っていると知れば、そしてそれと同じものが庶民でも買えるとしたら、たとえ相場より高くても同じ物を味わってみたいと思うだろう」

「ええ、そうです」

「ここでは貴族や有名人の愛用品という情報が付加価値になってるわけだけど、デザインはそれと同じ効果をもたらすんだ。たとえばこのチョコレートの包み紙」


 テーブルに置かれたチョコをとって包み紙を開く。


「変わった紙だろう。紙にアルミを貼り付けてあるんだけどね。銀紙と言って油紙と効果は似たものだが、ちょっとお上品だろう」

「ほんとうに、ずいぶん変わったものですね」

「うちの特注でね。さらにきれいな装飾の印刷も施されている。これは試作品で、女神のシンボルが施されているんだ。自分の信仰する女神のシンボルを集めたり、あるいは全種類をコレクションしたりと、そういう収集目的の人も少しは出てきてるようでね、つまり、このデザインも希少性を生むというわけだ。希少性はもっとも有効な付加価値なんだよ」

「宝石のようなものですね」

「そのとおり。ここでしか手に入らないものを求めてここに来る。まだ少ないとは言え、他にもチョコを出す店はあるのに、だ。その積み重ねが無から価値を生み出していく。土地がなくても、価値は生まれるんだよ」

「よくわかります。でもこうした物はすぐに真似されてしまうのでは? そうしたら希少性がなくなってしまいます」

「まねをするためには時間がかかる。この銀紙はうちの依頼した板金工房以外では、すぐには作れないだろうしね。その間に次の価値を作り出す」

「実に興味深い話ですが、どうもその価値には実体がないような気がしてしまいます」

「ないと言えばないんだろうね。それに実体のない価値が高騰しすぎると、バブルという別の問題が出てくるんだが、これは置いとこう。だが、例えば演劇には商品としての実体があるだろうか、音楽には? 音楽に体験はあっても実体はないと言える。それでも君もお金を払って演奏を聞きに行くだろう」

「はい」

「つまり価値というものは洗練されるに連れて形のないものへと昇華していくんだ。それを情報と呼ぶがね。だけど実体がない以上、宝石などのように希少性によってそれ自身に独立した絶対的な価値をもたせることはできない。ではなにがその価値を担保しているかと言えば、人なんだよ。それには価値があると知っている人が多ければ多いほど、情報には価値が出てくる。美味しいお店の情報、面白い舞台の情報、情報そのものが価値だとわかれば、ただの井戸端会議が価値の源泉にもなりうるんだ。話は戻るがデザインというものもそうした情報をコントロールできるようになれば、製品に付加価値を与えるんだよ」


 会社員時代に読みかじった本やイミアたちが普段話している内容をもとに適当にでっち上げた割には、カーシーちゃんは深く感銘を受けたようだ。


「正直なところ、まだ納得できかねる部分はありますが、実に面白いお話です。精霊石の保有量を競う重金主義などとも違う、無形の価値を根底に置くその考え方はなんと呼ぶべきかわかりませんが、ぜひうちのゼミにお越しいただいてお話をお聞きしたいです」

「私は本式に商売を学んだわけではないから、はたして君たちの役に立つかどうか」


 むしろ、確実にボロが出るので勘弁願いたい。


「ですが、まったくの独学というわけではないでしょう。何を専攻なさってらしたんでしょう」

「うーん、強いて言うなら数学かな」

「それは素晴らしいことです。本学には数学の専門家が少ないのです。どちらの学院で?」

「私はスパイツヤーデの出身ではなくてね。東のはてからきたのさ」

「そうでしたか。あちらは数学も盛んだと聞いています。ますます、お願いしたいものです。ほらワンザン、あなたからもお願いしなさい」


 とカーシーちゃんが話を振ると、ワンザン君はうんざりした顔でこういった。


「僕の専攻は歴史だよ。サワクロさんの従者でもあるエンテル教授にお世話になってるからね、サワクロさんにまでご迷惑はかけられないよ」

「そんなことは関係ありませ……、エンテル教授といえば、去年来校されたあの?」

「そうだよ」

「その主人と言えば……、サワクロさん、もしや、そうなんですか?」


 驚いた顔のカーシーちゃんにとぼけてみる。


「何がだい?」

「いえ、その……、だけど噂とはずいぶん」

「見ての通り、どこにでもいる商人さ」

「そ、そうですね、たしかに、そうです」


 複雑な表情のカーシーちゃんにワンザン君が声を掛ける。


「サワクロさんがどうかしたのかい?」

「どうもしません」

「カーシーがそういう顔をしているときは、たいていろくでもないことを考えてるときだからね」

「馬鹿なことを言っていると、つねりますよ」

「おお怖い。サワクロさんからも姉になにか言ってやってください。いくつになっても万事この調子で」


 姉?

 姉弟だったのか、その割には似てないが。


「なんだ、君たちは姉弟だったのか」


 というとカーシーが、


「ええ、あまり似ていないでしょう。母親違いですから。生まれた日は三日ほどしか変わりませんけど」

「たった三日ポッチで姉貴風をふかされるのも困りものですけどね」

「あなたが三日分でも弟らしく振る舞っていれば、問題ないのですよ」


 仲のいい姉弟が言い争っている間、美術学生のシェキウールちゃんはまだメニューに見入っていた。


「なにか得るところはあったかな?」

「……すごく、勉強になりました、ありがとうございます」

「前途有望な学生諸君のお役に立ててよかったよ。このところ立て込んでいてなかなか時間が取れないが、必要とあればいつでも相談に来てくれたまえ」


 とシメにかかるとカーシーちゃんがいたずらっぽい顔で、


「やはりお忙しいんですね。先日も都で大変だったのでしょう?」

「なあに、たいしたことはないさ。商売のついでの道楽みたいなものだからね。そうそう、近い内に情報がどれほどの経済効果を生むかについての実験ができると思うよ。うまくいくかはまだわからないが、希望するなら一緒に見学しようじゃないか」

「それは楽しみです、よろしくおねがいします」


 そう言って善良で優秀なワンザン君と、その姉にしては裏表の有りそうなカーシーちゃん、そしてサウとシャミを足して二で割ったようなタイプのプリモァ少女シェキウールちゃんは帰っていった。

 若い子の相手は楽しいな。

 などと考えていたら、馬車が商店街の東口で止まる。

 降りてきたのはエンテル先生御一行で、ゲストのミーシャオちゃんもいる。

 よほど学校が楽しかったようで、興奮気味だ。


「教室が! 席が劇場みたいに斜めで、黒板が横に何枚もあって! 縦にも動いて、こう、書いた文字が上にずずっと動いて、しかも! ううん、それよりも講義のほうが、何倍もたのしくて、すごい、すごいお話がいっぱい!」


 学校の素晴らしさを熱弁していたが、ちょっと支離滅裂なので聞き流しておこう。

 一緒に講義を受けたらしいアフリエールはニコニコしながらうなずいている。

 そういえばアフリエールは予備学校とやらに入学したいと言っていたな。

 春と秋に一般入試があるそうだが、春から試練なので早くて秋、試練が長引けば来年の春になるだろう。

 俺ぐらいのおっさんになれば一年はすぐだけど、アフリエールの年齢だと長いからなあ。

 どうにかしてやりたいが、おいていくわけにも行かないし。

 難しいもんだ。

 今日は難しい話をしすぎたので、さっさと酒でも飲んで頭を空っぽにしてエディの帰りをまつとしよう。

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