第325話 ビジョン
うちに着くと留守番だったパン屋のエメオや妖精のパロンが出迎えてくれた。
「おかえりなさい。向こうはどうでした?」
俺の顔を見て嬉しそうに話すエメオ。
「いいところだったよ。程よい気候で景色もいいし。親戚づきあいが面倒なのが、玉に瑕だけどな」
「親戚って、貴族様がいっぱいいらっしゃるんですよね」
「そうそう、ああいうのは、俺には無理だなあ。そっちはどうだった?」
「特に滞りもなく。工事の方もカプルが戻ったので、大丈夫みたいですよ。ねえ、パロン」
とエメオが人間モードのパロンに話を振ると、
「大丈夫よー、ちょっと壁紙が生乾きで剥がれてたけどーおー、すぐにきれいにもとどおりだーわー」
ひさしぶりに聞くと、パロンの歌声も耳に刺さるパワフルさがあるな。
メイフルら商売組にも話を聞いたが、工事は順調なようで、予定通り第一弾はオープンできそうだという。
具体的にはハッブの料理屋とチョコレートショップ、それに画廊だ。
あと、魚屋を試験的に、午前中だけやろうという話もあるそうだ。
残りは後日だな。
そして例のバレンタイン劇を、一週間後にやるらしい。
町のあちこちに、ティザー広告として、日付とハートマークが入ったポスターを貼っており、噂になっているという。
うまくいくといいなあ。
ひとまず画廊を覗きに行くと、すっかり仕上がっていた。
「あら、結局戻られたんですのね」
ミラーに指示する手を止めて、カプルがそう言った。
「やっぱり家が落ち着くよ」
「ふふ、そうですわね」
「それよりも、きれいに仕上がったな。これで完成か?」
「明日、調度品が届くので、それを入れて完成ですわ」
「ほう」
「この壁面に絵を並べるんですけれど、内壁は塗装した板を張り替えたり、布張りで模様替えが簡単にできるようにしておりますの。依頼する側もおそらくは低予算の学生や駆け出しの画家などでしょうから、利用する側が自分たちでも準備できるようにして、コストを下げるという観点を重視したつもりですわ」
「ふぬ、いいな」
「中央に応接用のテーブルとソファを置きますわ。簡単なお茶ぐらいは出せるようにして、商談などの際にはルチアの店から出前でも取ればいいですわね」
「なるほど。それで、飾るほうは決まったのか?」
「エンテルが学院に張り紙を出しておいたのが効いたようで、画家志望の学生さんから問い合わせがありますわね。来月以降の予約もいくつか入っておりますわ。ただ……」
「ただ?」
「肝心の第一弾が、まだ未定ですの」
「第一弾か」
つまり、我が家の前衛アーティストであるサウの展示だ。
「連日目にクマを作って唸っておりますわ。ご主人様からも少し声をかけてやってくださいな」
というわけで、カプルと一緒に地下室のサウのところに顔を出すと、大きな会議用のテーブルいっぱいに絵を広げて、ウンウン唸っていた。
「どうだ、調子は」
と尋ねると、顔もあげずに呻くように答える。
「だめ、全然わからない。ほんとさっぱり、何もわからないわ」
「何を悩んでるんだ?」
「なにって、全部よ! ってあら、ご主人様じゃない。いつ戻ったの?」
「今さっきな、それでどうなんだ?」
「もう、さっぱりだわ。どれをどう展示すべきか、何もわからないのよ」
「そもそも、どういうビジョンなんだよ」
「まずそれよ、そこからわからないのよ」
「お前の考えたデザインを展示するんだろう。試しに並べてみたらどうだ?」
「そう思って、ここに引っ張り出してみたんだけど……」
並べられたデザイン画の数々を見ると、思った以上に多岐にわたる。
チェスのパッケージだけでなく、商店街のポスターや、神殿のダンジョンで出店していた時のポップ類。
ルチアの店のメニューカードや、実家の酒瓶のラベル、俺の知らない品物のチラシまである。
もちろんチェスのコマなどもあって、粘土で作った模型から、馴染みのガラス工房に頼んだ綺麗なガラス細工のコマもある。
手にとって見ると実によくできているが、これをデザインとして展示するのはどうなんだろう。
それ以外にも、大量のラフなどもあって、たしかにこれを眺めていても途方に暮れるよなあ、と思う。
「うーん、これは悩むな」
「そうでしょう」
「とにかく、一度強引にテーマを決めてしまおう」
「テーマ?」
「例えば、そうだな……、このチェスのパッケージだけに絞るというのはどうだ?」
「それだと、現状で商品になってるのは七種類しかないわよ?」
「どうせスペースも狭いんだ。それぞれの成立過程、例えば段階的なラフの変遷とか、各段階での商品意図とかを明示してだな、あとは商品のグレードやターゲットに応じてどう違うのか、あるいはどこがブランドとして共通しているのかがわかるような、そういうところをテーマにして並べてみるんだよ」
「たしかにビジョンは感じられるけど、でも、パッケージだけで面白いかしら?」
「大丈夫だよ、お前のデザインはぱっと見のインパクトがあるから。あとは、そうだな、原画と完成品を並べて、それっぽい解説文も添えて、なんか素人でもわかったような気にさせると、満足度は高いかもな」
「絵を文章で説明するの?」
「こう言っちゃ悪いが、絵なんて言葉で説明されなきゃ、ほとんどの人はわからんぞ」
「それは……そうかもしれないけど、それじゃあ、絵の意味が無いんじゃ」
「意味なんてただの解釈だからな、人それぞれなんだよ。俺みたいに絵心のない人間と、お前みたいに絵ばっかりやってるのが同じような解釈で満足することはまずないだろう。そのたたき台を提示する、ぐらいの気持ちでいいんじゃないか?」
「たしかに、イミアも私の考える事とか欲しいものはすぐわかるのに、私の絵は全然わかってくれなかったし」
「そんなもんさ。だから、そのギャップを埋める努力は必要だと思うし、そうすることで、わからなかった人間でも、わかるようになってくるかもしれんぞ。たとえばこれとか、こっちはボツにした案なんだろ、でもなんでこっちをボツにしてそっちを選んだか、とか俺が見てもわからんから、そういうところを解説するのもいいと思うぞ」
「なるほど、そうね、製品を彩るアートとしてのデザインの意味を示すようなものにすべきよね。そうでなければ、今の私が個展なんて開く意味がなくなっちゃうわね」
俺のいきあたりばったりな提案で、サウは少しばかりビジョンが見えたようだ。
うまくいくかどうかは、まだこれからの話しだけど、そもそも時間がないので強引に行くしかないのだった。
「さすがはご主人さまね、なんだか希望が見えてきたわ」
「そりゃあよかった。しかし頑張るのもいいが、ちゃんと寝ろよ。寝不足だと酔っ払い並みに頭が働かないって言うからな」
「そうなのかしら、なんか逆に興奮して、冴えてくる気がするんだけど」
「そりゃ気がしてるだけで、酔っぱらいが酔ってないっていうのと同じだよ。頭が回らなくて回ってないことに気が付けないのさ。主人の言うことは聞いとくもんだ」
「しょうがないわね。実はちょっとフラフラしてやばいかなとは思ってたのよ。少し横になるわ」
と言って部屋の隅にあったベッドまでフラフラと歩くと、そのまま倒れ込んで寝てしまった。
「ずいぶん寝付きがいいですわね」
と、呆れ顔のカプル。
「ああいうのは寝るんじゃなくて気絶するっていうんだよ」
ミラーに健康状態に気を使うように頼んで、仕事部屋をあとにする。
「でも、おかげで助かりましたわ。あれならどうにかなりそうですもの」
「ふむ、まあ、あとはいいようにしてやってくれ」
「かしこまりましたわ」
カプルと別れて上に戻ると、フューエルたちはすでにひと風呂浴びてリラックスしていた。
エディはまだ戻ってないらしいので、俺も先に風呂でも入っとくとするか。
磨き上げてさっぱりと男ぶりを上げていとしのダーリンを出迎えないとな。
などと思っていたら、勢いよく裏口のドアが開いた。
「ハニー、会いたかったわ!」
軽装とはいえ、騎士っぽい鎧装備のままドカドカと突進してきたので思わず逃げそうになるところをぐっと我慢してぎゅっとハグされた。
「おつかれさん、いい子にしてたかい?」
「だめよ、あなたがいないから、ストレスが溜まってすっかり悪い子だったわ、たっぷりしかって頂戴」
「参ったな、俺は甘やかす方が専門でね」
「じゃあ、そっちでもいいわよ」
「よろこんで」
というわけで、いそいそと邪魔な装備を引っ剥がして、お風呂に連れ込み甘やかすことにした。
大工コンビとミラーが丹精込めて作り上げた我が家の浴室は、実に俺の理想が反映された素敵空間なわけだが、今も定期的に改良されている。
御婦人に大人気のサウナは扉が大きなガラス張りとなり、しっとりと汗でとろける女体を鑑賞し放題だし、ベンチで足湯を楽しめるスペースもある。
先日は小さな滑り台が設置され、幼女トリオがザブンザブンと無限ループで滑り続けて、作ったカプルが怒られていた。
大人から子供までまんべんなく楽しめるアミューズメントパークといえよう。
惜しむらくは露天風呂がないところだが、これは二階のバルコニーに風呂桶を設置することでどうにかなるので良しとしておこう。
湖の絶景にまさるとも劣らぬ女体の群れを眺めていれば、十分満足できるのだ。
今もそう広くはない浴槽に十人ほどの従者がそれぞれに湯浴みをしている。
俺は隅っこの足湯ベンチでエディと並んでぼーっとしながらその様子を眺めていた。
「この足湯って結構いいわね。足の疲れは取れるけど、体は出てるから、湯船と違ってあまり疲れないし」
「だよなあ、服着たままでもいけるから、裏庭にも欲しいところだな」
「いいわね、春先とかのちょっと肌寒い季節に足を温めながらお酒でも飲むと最高じゃない?」
「そりゃあ、いいだろうなあ。お湯さえ確保できれば、ダンジョンの出入口にこういうのをおけば、儲かるだろうなあ」
「そうかもねえ」
などと話すうちに湯船から上がったモアノアとパンテーが、むっちりした体を揺らしながら浴室から出ていった。
そろそろ、夕食の支度を始めるのだろう。
入れ違いにチェス組が入ってくる。
燕とプールはさっと体を洗うとそのまま湯船に浸かるが、イミアとエクはサウナに入った。
イミアは年齢的にも一番みなぎっている頃だろうし、さほど絞る必要があるとは思えないが、まあ気になるんだろう。
エクの方は、乳と尻のデカさもあるが、腰のクビレもすごくて、なんというかすごい体型だよな。
鍛えてああなるとも思えないし、遺伝だろうか。
浴槽を挟んだ対面の洗い場では、他の面々が背中を流し合っている。
むやみにタオルで肌をこするとあれるので、手で洗うのがいいぞと教えたところ、みんな実践してるので、結果的に互いの体を素手でなでくりまわすかっこうだ。
こちらの石鹸は泡立ちもそれほど良くないので、ひたすらヌルヌル撫で回している。
実に見ごたえがある。
エディは先程みっちりと俺が洗ってやったのだが、かなりぐんにょりしていた。
やはり疲れているのだろう。
以前は見せたことのない実に頼りない表情で呆けている。
こういう顔もかわいいよな。
そしてだらけていても、体の方はすごいボリュームだ。
胸だけ見ると、パンテーみたいなあからさまな巨乳ほどでかくはないのだが、アンダーバストのしまった肉付きとの格差ですごく大きく柔らかそうに見える。
あと脇のあたりがひきしまってるのも大きいのかな。
お腹も縦に綺麗なラインが入って張りがあるし、ウエストも程よくくびれてる。
そしておしりもキュッと持ち上がっているから実にバランスがいい。
すごい体だなあ。
素朴な少年じみた感想を抱いていると、エディが目を細めてこういった。
「なあに、ハニー、欲しくなった?」
「欲望より気配りが勝ってね。そんな疲れた顔をされると、いかんとも」
「そうねえ、仕事中は気を抜くわけにも行かないし。じゃあ、一杯やりながら、あっちの話でも聞かせてよ」
「聞かせるような話もないけどな」
「どうして? 他の女の尻ばかり追いかけてた?」
「まさか、それなら喜んで自慢話をするところだが、あいにくと親戚のご機嫌取りばかりでね」
「ハニーもちょっとずつ貴族の大変さがわかってきたようね」
「わかりすぎる前に、さっさと隠居したいよ」
暖炉の前に場所を移して、フューエルやカリスミュウルも交えて乾杯する。
「じゃあ、島に魔物がでたの?」
「魔物っぽいものに襲われたって話でね。聞けばあの島ではもう長いこと魔物は見つかってないそうじゃないか。魔界に通じるようなダンジョンもないらしいし」
「そうなのかしら。昔、視察で一度行ったことがあるけど……ねえポーン、どうだったかしら?」
エディと一緒に帰ってきて、一緒に俺に体を洗われたポーンが手にしたグラスをテーブルに置いて、少し考える素振りを見せる。
「私も記憶にありません。ローンであればわかるでしょうが」
「明日聞いときましょ。そういえばランプーンには会ったの?」
とエディが再び俺に話を振る。
さり気なくも罠っぽい質問だが、全力で迎え撃つぜ。
「ああ、実に可愛らしいお嬢さんだったな」
「なあに、その含みのある答え」
「いやいや、おれはただ見たまま、感じたままを正直に伝えただけであってだな」
「まあいいわ、彼女は期待の若手ではあるんだけど、家柄が良すぎて結構気を使うのよね。用兵も巧みだし人柄も良くて政治力も高いんだけど」
「だけど?」
「惜しむらくは、あんまり強くないのよ。騎士としては、ちょっと致命的ね」
「ははぁ」
「しっかり鍛えてるから平均よりマシではあるけど、今のままじゃ、分隊長どまりなのよね」
「ふぬ」
「あれで私やクメトス並みに腕が立てば文句なく将来の団長候補にもなれたんだけど、ままならないわねえ」
「そういえば、彼女はずいぶんとクメトスにあこがれてたな」
「そりゃあ、あの十人抜きを子供の頃に見てた世代にとっては伝説みたいなものだもの」
「そんなもんか。ところでそっちはどうなんだ?」
「ちょっと雑用が多くて駆け回ってたのよね。例の巨人はあのあともう少し西の海岸で目撃証言があったっきりなにもないのよ。クロックロンも見失ったらしいし、シャムーツあたりに移動したのかしら」
「まあ、害がないならほっとくのが一番だよな」
「そうね、あとは黒頭に登る目処がついたわ、これも来週ぐらいからかかりたいんだけど、ハニーはどうする?」
「山登りだろ、付き合うつもりではいるが、来週はチョコレートの劇があるからその後ぐらいでどうだ?」
「わかったわ、そういえば遺跡調査はどうするの? 紅が行ってるでしょう。あっちを巡回してた第五小隊から報告が上がってて、なにか山奥で異音がするって行商人が訴えてたそうよ」
「ふむ、一度行ってみないとだめか」
「それがいいわね。私の方はそれぐらいかしら。黒頭に入ったら他の仕事ができなくなるから、もうしばらくは忙しい予定よ」
「ほどほどにな。となると、そのへんが全部片付くまでは、別荘に戻るのは無理かな。ミーシャオちゃんはどうしよう?」
「だーれ、ミーシャオって」
「あっちの地元民の子でね、フルンたちが仲良くなったから、都会見学に連れてきたんだよ。今は地下の図書室に居るんじゃないかな」
「そういうところはマメねえ」
「まあね」
その後はダラダラと酒と会話を楽しみ、グダグダと眠りに落ちてしまった。
夜通し遊ぶのがしんどくなってきたなあ。
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