第324話 別荘七日目
七日目となる今日は、フューエルとカリスミュウルにつきあって、先日の病弱系お嬢様のお宅へ訪問と相成った。
ちょっと古いが立派な別荘で、執事に出迎えられて、客間でお茶などいただきつつ主人の登場を待つ。
このパターンも慣れてきたな。
しばらくすると、別荘の主人であるラズロフ・シャフ卿とその娘メヌセアラがやってきた。
「やあやあ、お嬢さまがた、よく起こしくださった。それに偉大な紳士様も、お初にお目にかかる。カジホーン領主のラズロフです、お見知りおきを」
ラズロフ卿は五十がらみの気のいいおじさんといった感じだが、フューエルやカリスミュウルの話では、有能な領主で顔も広いんだとか。
「殿下はこの土地は初めてでしょう。今日も暑くなりそうだ、名産の冷えたサイダーなどはいかがかな? なに、もう飲んだ、それは結構、結構」
などとアバウトな出迎えを受けて、だらだらと世間話などをする。
話題は都のことや政治のことが多かった。
つまり、俺にはよくわからないことだな。
「陛下から殿下の支持を依頼されたのは、この暮れのことだったが、いやはや目まぐるしく事態が動いておりますな」
熟年貴族のラズロフがそう切り出すと、カリスミュウルも、
「私とて予想外のことではあったが、この男同様、結局私も紳士であったのだろう。世事からは一歩引いたところが落ち着くと見えてな」
「殿下なれば、陛下以上に民衆に寄り添った政治もかなったやもしれませんが、致し方ありますまい。今の宰相閣下も優秀ではありますが、どうにも政治が中央に偏っておりましてな」
「卿はご存知か? 宰相の引退の噂は」
「噂には……、しかしまことでしょうか? あれほどの逸材が、あの若さでさしたる失態もなしに一線から退くなどと。そもそも彼女をあの地位につけるために、ウェルディウス家がどれほどの根回しをしたかと考えると、むしろウェルディウス家が彼女を次期国王に押すつもりではないかという話もでておりますな」
王様って王家以外からもなれるんだろうか?
それとも徳川御三家みたいに、何かあったら養子を出すみたいな親戚関係なのかなあ、とも思ったが、流石にこの場で聞くのは恥ずかしいので黙って聞き流す。
「失態というのであれば、先の黒竜騒ぎによる被害の責任も、取らねばなるまいよ」
「しかし本当に黒竜などが都に……、いやしかし、あれは殿下とクリュウ殿のお二人が解決なされたのでしたな。ふむ……」
「信じられぬのも無理はあるまい。私とてあの場にいても、まだ信じられぬところがあるのだ。アレは概ねこの男と、その従者たる女神のお力によるものよ」
「では、女神を従えるという噂も本当で?」
「なればこそ、こやつも、そしてこやつと連れ添うと決めた私も、地上の政治からは身を引かねばならぬと考えておるのだ。卿もそのところを汲んでいただけると助かるのだがな」
「たしかに、人の手に余る力でありましょうな。こういってはなんですが、レイルーミアス家は聖女の知名度こそあれど新興の地方領主、異国の紳士を抱えても当代でさほどの影響が出ることはない。リンツ卿から話を伺った際にもそう考えておったが、ペーラー家が二人も紳士を抱える、しかも女神の寵愛も、となると、これはいささか。選帝侯各家も黙ってはおりますまい。妥当な選択と言えるかもしれませんが、しかし……殿下もご苦労が耐えませぬな」
「なに、むしろせいせいしておるよ。今後は一歩引いたところから人の世の移ろいを眺める所存だ」
どこまで本気で話してるのかわからない、たぬきのバカしあいみたいな会話は退屈なので、お茶をすすりながらぼーっと聞き流していると、病弱お嬢様のメヌセアラが俺に小声で話しかけた。
「紳士様、私に政治の話はわかりませんの。良ければ冒険のお話を聞かせてくださいまし」
などというものだから、俺はホイホイと彼女の手をとって、呆れ顔の嫁さんペアの痛い視線にもめげず、中庭に席を移して、美少女に自慢話をすることにした。
落ち着いた佇まいの庭には、小さな花が咲き乱れ、真っ白い木製のベンチが置かれていた。
ベンチの柔らかいクッションに腰を下ろすと、品のいい初老の女がお茶を運んでくる。
「紳士様は、お酒のほうがよろしいのでは?」
「いや、そのいい匂いのするお茶をいただきましょう。酒を飲むと、舌が回りすぎて、冒険談が喜劇になってしまう」
「ふふ、面白い紳士様。わたし、もっと厳格でしかつめらしいお方かと思っていたのですけど」
「よく言われますが、実際の私はただの商人です。果たしてあなたの満足の行くような話ができるかどうかわかりませんが、一つ試してみましょう。私が住み慣れたエツレヤアンの街を出発したのは、昨年のまだ寒さの残る初春の頃でしたが……」
あまり刺激過ぎないような話を、面白おかしく語って聞かせると、お嬢様は目を輝かせて聞き入っていた。
若くてきれいな娘さんと話していると、おじさんもなんだか元気が出てくるね。
コロコロと笑うところなどは、とても病弱だったとは思えない、年相応の娘さんだが、俺の話す日常描写にいちいち驚いているところを見ると、世間知らずというのは本当らしい。
「ああ、私にもそんな大冒険ができたなら、どんなに素敵なことでしょう」
俺の冒険譚は、控えめに話しても、いささか荒唐無稽すぎるんだよな。
今の彼女に必要なのは、もっと身近で彼女が実感できるささやかな冒険だろう。
「冒険というのは、どこにでもあるものです。村の小道での散歩も、健康のための日課だと思えば退屈なものですが、そこに少し想像力を働かせるのです。かつてこの島に起きた戦乱の折、沖に並ぶ艦船との激しい魔法の応酬の痕跡は、数百年の時を経て、今もこの地に残っています。花の咲き乱れる見慣れた小道を、槍を掲げた騎士たちが行き交ったかもしれない。その脇には魔女の作ったと言われる巨大な石垣があったことでしょう。朽ちた瓦礫に過ぎぬ石垣の跡を探してご覧なさい。散歩の折にそうした大昔の痕跡をたどれば、一瞬古代の人々と自分が交差することでしょう。その時あなたは当時の英雄豪傑たちとともにあるのです。それはすなわち、冒険なのですよ」
「まあ、なんて……なんて、壮大なお話でしょう。では私の日常にも、すでに冒険は潜んでいたのですね」
俺の適当な話にうっとりと聞き入るメヌセアラ嬢。
話すうちに、ローンの妹のことを思い出してきた。
この子もなかなか厄介なタイプかも知れないなあ。
同じ冒険好きのフェルパテットとなら仲良く慣れるかもしれないが、蛇女は刺激が強すぎるかな?
機会があったら、会わせてみよう。
その後も他愛ない会話は続いた。
どうにかお嬢様との歓談をおえて、俺達は別荘に戻る。
明日は一度、家に戻ることになっている。
当初は、紅がいる遺跡に行くために、このタイミングで家に戻る予定だったのだが、どうもあちらは受け入れ準備が難航しているらしい。
詳細はわからないのだが、宇宙船の出入りするハッチが埋もれていて使えないとかなんとか。
遺跡の目処がつくまでこちらに残っても良かったのだが、商店街のあれやこれやもあるし、残った従者たちの顔も見たいし、エディのおっぱいももみたいし、あとなんか疲れたので、やっぱり帰ることにしたのだった。
「どうも、例年よりはるかに疲れますね」
とフューエルでさえ言うのだから、俺の苦労はなおさらだろう。
さっさと寝てしまおう。
翌朝。
ピューパーのボディプレスで目を覚ます。
フルンよりは軽いけど、それでもなんだか重くなってきたなあ。
子供は数ヶ月で体型が変わるよな。
まあ、大人も腹だけは数ヶ月でさくっとデブになれるけど。
それにしても重すぎるだろうと思ったら、撫子やメーナも乗っていた。
重いわけだ。
「ご主人様、朝! おきて!」
「そうはいうけどな、ピューパー。そんなに乗っかられたら、重くて起きられないぞ」
「じゃあ、鍛えて! 今!」
「今かあ、よーし、見てろよ、ふんっ!」
三人の声援を受けながら頑張って体を起こそうとするが、無理だった。
弱いなあ。
寝起きで踏ん張りすぎて疲れ切った体を三人に引っ張り起こしてもらい、身支度を整えてテラスに出ると、おめかしした褐色地元少女のミーシャオちゃんがフルンたちと一緒に食事をとっていた。
アルサ見物についてくるそうだ。
「私、島から出たことないからすっごく楽しみで、昨夜も眠れなかったの」
などと楽しそうに話している。
オレンジジュースと目玉焼きの軽い朝食をとり、両親やリースエルに挨拶を済ませると別荘を出た。
ミーシャオちゃんは問題なく内なる館に入れることができたので、向こうに着くまで中に入っててもらう。
安上がりだしな。
「すごい、突然違う世界に出ちゃった、本当に紳士様なんだ……」
ミーシャオちゃんはまだ疑ってたようだが、正直俺も自分が本当は何なのか、未だによくわかってないのでしかたあるまい。
二時間ほどかけて再びゲートのある北テライサの宿場町までやってきた。
ちょっとタイミングが悪かったのか、ゲートは混んでいる。
みると兵士がぞろぞろと出てくるところだった。
先日会ったレルルの元同僚ランプーンが指揮をとっていたので話を聞いてみる。
「これは紳士様、おまたせして申し訳ありません」
「任務ご苦労さま、山狩りをするんだって?」
魔物らしき痕跡を森のなかで見つけたそうで、数を揃えて近隣の森と山を調べるらしい。
エーメスを除くうちの騎士三人も、残って彼女に協力するのだという。
「クメトス卿のご教示をいただけるとあって、少々興奮していますよ」
などと言って笑う彼女と談笑していると、今度は別の集団がやってきた。
例の成金マダム集団だ。
先日俺に声をかけたリーダー格の御婦人がこちらにやってくる。
「一体何事ですの、戦でも始まるんですの? これでは午後の予定に、間に合わなくなってしまいますわ」
それに対して何か言おうとするランプーンを制して、こう言った。
「マダム、彼らは我々のためにこれより危険な探索に赴くところです。ぜひとも励ましのお言葉をかけてやってくださいませんか」
などと言って見ると、彼女は一瞬ポカンと口を開けて固まっていたが、すぐにおほほと笑いだすと、こう言った。
「まあ、そうですわね、それが国民の義務というもの。皆様のご武運をお祈りしておりますわ、おほほほほ」
笑いながら去っていく成金マダムの背中を見送りながら、女騎士ランプーンは困った顔で、
「先日も町であの者たちと遭遇して手を焼いていたのですが、さすがは紳士様、たやすくあしらっておしまいになる」
「紳士のカリスマってやつでね、若い御婦人相手にしか効かないのが玉に瑕だが」
「それは恐ろしい技ですね、術中にはまる前に退散するといたします。ではまた」
と言ってランプーンは兵を率いて出ていった。
可愛い子だなあ。
若いのに俺みたいなナンパおじさんのあしらいがうまいのも頼もしい。
名門貴族の出身らしいし、人当たりもいいのでモテそうだな。
あの騎士団、可愛い子が多いよな。
むさ苦しいおっさんもいっぱいいるけど、個別に覚えてないので居ないのと同じというだけだが。
ただ、全体的に貴族ってやつは美男美女が多いようだ。
やっぱり金と権力のあるところには、綺麗どころの血も集まるのかもしれんなあ。
ゲートをくぐると、アルサだ。
一週間程度でも、離れていると懐かしさがあるなあ、などと周りを見回していたら、懐かしくも顔を合わせづらい眼鏡美人の顔を見つけてしまった。
まあ目があってしまったので声をかけておく。
「やあ、ローン。おつとめご苦労さん」
一瞬、表情を複雑に変化させてから、いつものすましたメガネフェイスに戻ってこう返す。
「おや、バカンスはもうおしまいですか?」
「君たちが働いていると思うと、心苦しくてね」
「それはご愁傷様。置いてけぼりのあなたの婚約者も、やけになって働きすぎるものだから、周りが辟易しております。せいぜい、慰めていただきたいものですね」
「がんばるよ」
ローンはそのまま立ち去ろうとするが、三歩進んで立ち止まると、振りかえる。
「あちらで、ランプーンという騎士に会いましたか?」
「うん、会ったよ」
「なにか事件でも?」
「魔物が出たんじゃないかって話があってね、その調査で別荘地のほうに出張ってくれたのさ。今もクメトスたちが残って手伝ってるよ」
「そうでしたか、クメトス卿の助成があるなら、ひとまず大丈夫でしょう」
「心配事でも?」
「ゲート公社からの報告では兵を動かしたようなのですが、作戦報告がなかったので」
「まずいのかい?」
「いえ、彼女にはその権限をあたえておりますので。ただ、なにか功を焦っているのではないかと」
「大丈夫だろう、素直でいい子だったよ」
と俺が余計なことを言うと、ローンは少し眉を動かしこういった。
「ますます心配になることをおっしゃらないでください」
「ははは、特に身に覚えはないが、気をつけよう。クメトスにもその旨を連絡しておくよ」
「よろしくおねがいします。エディは夜には帰せるようにしますので、せいぜい暖かく出迎えて上げてください」
そう言って今度こそローンは去っていった。
素人に相談するようなことじゃないだろうと思うんだけど、信頼されてるのか、疲れてるのか。
細かいことは気にせずに、さっさとかえるとしよう。
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