第323話 竹馬の友
舞台に満足したところで、酒場を覗くとフューエルたちも戻っていた。
「おつかれさん、目当てのものは買えたのか?」
「ええ、おかげさまで。子どもたちに土産のお菓子も買っておきましたよ」
「そりゃいいね、じゃあ、ぼちぼち帰るか」
「そうですねえ、ここはさほど遊ぶ場所もありませんし」
フューエルがそう言うと、カリスミュウルが思い出したように、
「そう言えば、ここの舞台にボンドール喜劇団というのがかかっておるだろう。リーナルから噂を聞いておったのでな」
リーナルといえば、演出家エッシャルバンの弟子の女の子だ。
カリスミュウルは仲良くしている。
「今、見てきたけど、今日の公演で終わりだってよ。次はアルサでやるらしいぞ」
「むう、そうであったか」
「なかなか面白かったぞ。今度はフルンたちも連れてってやろう」
帰りに、フューエルが寄りたいところがあるというので、寄り道することになった。
別荘からはそう遠くない小さな集落で、漁村のようだが別荘近くの港町とは違い、住むのは年寄りばかりといったかんじだ。
「ここも年々、寂れていきますね。私が子供の頃は、もう少し活気があったのですが」
「誰がいるんだ?」
「子供の頃、世話になった人が。あと孫娘がいるんですが、今は都にいて……」
そこで少し大きな民家の前に馬車を止めると、中から人が出てきた。
「フューエル! 明日あたりご挨拶に行こうと思ってたんですよ」
そう言ったのは、フューエルと同年代の女だった。
地元民らしく肌はほんのり褐色だが、スーツの着こなしなどは下手な貴族より決まっている。
「ラーキテル、戻ってたんですね」
「ええ、都があんなことでいくつか制作が先送りになったもので、せっかくなので休みをと」
「それは大変でしたね。それで、おじいさんの具合はどうかしら」
「おかげさまで、最近はだいぶいいようで。ところでお連れの殿方はもしや噂の?」
「ええ、その噂の人物ですよ」
フューエルの言葉を聞いた彼女は、大仰に頭を下げる。
「お初にお目にかかります、私、ラーキテルともうします。フューエルお嬢様には祖父共々お世話になっております」
そういった彼女の言葉の端々からは、しっかりとした教養と育ちの良さを感じる。
田舎の漁村の娘とはちょっと思えないな、何者だろう。
「ラーキテルは、私の馬車仲間なんですよ」
とフューエル。
「ほう」
「幼い頃に、彼女の祖父が道楽で集めた馬車を持ち出して、二人で勝手に乗り回すうちにやみつきになってしまって」
「幼い頃から馬車マニアだったのか」
「まあ、そうなりますね。カブリオレという小さな二輪馬車ですが、これに二人で乗って海岸沿いの道などを走り回ったものです」
「今とあんまり変わらんな」
「あの頃に比べれば、マシですよ」
などとフューエルが言うと、ラーキテルも笑って、
「そうそう、あの頃はもう、何度怒られてもやめられなくて」
「アレも不思議なものですね。怒られているときは心底反省してるはずなのですが、翌朝になると、すかっと忘れてしまって」
「本当に。それよりもまずは中にどうぞ。祖父も呼んで参りましょう」
建物はなかなか整ったもので、金がありそうな雰囲気だ。
ラーキテルに手を引かれて出てきた祖父は、かなりの高齢で腰は曲がっていたが、まだ元気そうだ。
地主の家系で、別荘の土地を切り売りしたときに、うまくやってひと財産築いたらしい。
「おやおや、じゃじゃ馬が久しぶりに揃って、やかましいことじゃな」
などと口ではいっているが、内心は嬉しそうだ。
フューエルも楽しそうにやっているが、俺の興味は当然のように若い女であるラーキテルに向いた。
初見で教養がありそうだと思ったが、それもそのはず、彼女は学者だった。
「私は現在、都で法律を教えております。リンツ卿の推薦で都の王立学院に進むことができまして、フューエルとも席を並べていたことがあり、そのまま学院に残り教鞭をとっているのです」
とのことだった。
都の王立学院は貴族向けらしいので、庶民から入るのはさぞ苦労したことだろう。
「ところで……」
と法学者のラーキテルはいたずらっぽく俺を見ると、
「教鞭をとる傍ら、先年より宰相閣下のブレーンの末席に加えさせていただいておりまして」
「ほほう、宰相閣下の」
すっかり忘れてた美人の話題が、こんな片田舎で急に出てきたぞ。
そういえばあのエディのお姉ちゃんはフューエルの同門だと言っていたな。
「恩師の紹介もあって務めさせていただいていたのですが、なにやら、閣下はこの春で引退なされるとのことで。先の混乱の責任をとって、と表向きはそういう事になるようですが」
「ふむ、たとえ本人に過失がなくても、最終的には誰かが責任を取るんだろう。政治の世界とは厳しいものだな」
雲行きが怪しそうなのでとぼけてみる。
「私がフューエルの旧知で、しかも同窓であると知った閣下から、いろいろと聞かれてしまいまして。もちろん、近年の彼女の様子はほとんど存じ上げておりませんので何もお答えできなかったのですが」
「ふむふむ」
「閣下の興味の対象はどうやら彼女本人ではない様子。紳士様は、なにかご存知ではありませんか?」
「ありませんかと言われても、いかんとも」
「私もなかなか難しいところでして。閣下が引退してしまえば、私も出世の道が絶たれてしまいます」
「そりゃあ気の毒に」
「とはいえ、今はまだ閣下も政務に就かれておりますし、私もお助けする必要があるのですが、実は今回帰省したのは、閣下に様子を見てきてくれと個人的に頼まれたんですよ。お嬢様と一緒に休暇に入るであろう、あなた様のことを」
「そりゃあ気の毒に」
「お会いしたばかりでお聞きするのも失礼とは存じておりますが、あえてお聞きしたいのです。いったい、何があったんです? 突然の引退発言に、周りのものもまだ混乱するばかりで」
「何と言われてもなあ、強いて言うなら、体がピカッと光ったぐらいで」
「……まあ、そうだったんですか」
女学者のラーキテルは、心底あっけにとられた顔で、固まってしまった。
「それは……、本当に、ああ、困りましたね」
「そうなんだ、君も大変だろうが、俺も大変でなあ」
「たしかに、大変ですね、そうですか、いやしかし……そうですか」
聡明そうなラーキテルは、困った顔で途方に暮れている。
俺もせっかく忘れたふりをしてたのに、こんなところで都でもらった宿題を思い出して困るなあ、という感じだ。
見かねたフューエルが、こう言った。
「もし、仕事に困るようなら、うちに来て領地のまつりごとを手伝ってくれないかしら。特にこの人の従者たちがあれやこれやと商売をするものだから、私だけでは手がまわらないのですよ。もちろん、閣下のもとで働くほどの条件は出せないのだけれど、魔界とも大きな交易をする予定もあるんです。あなた、そちらに明るかったでしょう」
「ありがとうございます、フューエル。閣下も、悪いようにはしないとおっしゃってくださってはいるのですが、そちらも興味深いですね」
「責任の半分ぐらいはうちの人にあるでしょう。あなたもせっかくそこまでになったのに」
「そこはまあ、浮き沈みの激しい仕事ですから、覚悟はしていたのですが……、まさかそのような理由とは。それで、その、閣下とは、先のことはお約束なされているのでしょうか」
と聞かれた俺は、ごまかすわけにもいかず、正直に答える。
「恥ずかしい話だけどね、彼女は体が光っただけで、それっきりなんだよ。彼女は責任と行動の伴う立派な人物だろう、それゆえに今の立場もあってか、俺にどうしてほしいとは言わなかったんだ。そんな彼女の気持ちを考えれば、俺としては今は黙って見守るしかあるまいよ」
「それは……そうかもしれませんが、もう少しあの方の、お気持ちと言うか」
「今は大変な時期だからな。彼女が引退するのであれば、そのつもりでいずれ会いに行かねばとは思っているが」
「そうですね、紳士様も試練があるわけですし」
エディのことを出さないあたり、俺もチキンな男だなあと思うわけだが、だからといって俺にどうしろというのだという気持ちもある。
ほんと、どうすりゃいいんだろうな。
途方に暮れてラーキテルから目をそらすと、少し離れたところでカリスミュウルが呆れた顔でこっちを見ていた。
そんなふうに見つめられると照れるぜ。
「しかし、よもやそんな理由とは……てっきり赤竜姫がらみの……」
特に結論の出ないまま、ラーキテル先生はしばらく難しい顔のままブツブツとつぶやいていたが、急に顔をあげるとフューエルに話しかけた。
「まあいいでしょう。私ごときがどうこうできる問題でもありませんし。もともと用事にかこつけて、祖父やあなたの顔を見たかっただけですし。それよりも、クワドロJr.を連れて帰ってるんですよ。すこし走らせてみませんか?」
「まあ、あの子は元気ですか」
「ええ、最近はますます伸びもよくて」
クワドロJr.というのは、馬の名前らしい。
「でも、うちには手頃な馬車がないんですけど」
「それなら、私の新しいキャブを使いましょう。あなた、ちょっとお願いしますよ」
というわけで、内なる館に何台もしまってある馬車の一台を取り出す。
俺の知らない間に作ってたようで、形式上は車輪が二つしかないカブリオレと呼ばれるタイプらしいが、流線型の金属ボディがレトロフィーチャーでかっこいい。
「なんですか、この馬車は。こんなシルエットは見たことがありません」
と驚くラーキテルに、どこか自慢げに解説するフューエル。
「これはアルミの合金の一体成型で、なんでしたか、モノコックというフレームそのもので強度を出す作りだそうで、家の大工の渾身の一作なのです」
「都でも見たことがない作りですね。そう言えば、紳士様は何やら異国の様々な知識をおもちで、それにより多くの困難を退けたという話も聞いておりますが、これもそうした?」
「ええ、ここだけの話ですが、主人の知識や古代遺跡の技術などを結集した最新の馬車なんですよ」
「すばらしい、早く乗ってみたいものです。この、手元の丸いやつはなんですか?」
「それは速度計といって、現在の馬車の速さを定量的に確認できる仕組みです」
「速度を?」
「ええ、速度を常時把握できることで、馬の負担や、コーナーでの取り回しなどもより厳密に把握し、運転できるようになりますよ」
「そんな馬車があったなんて、とにかく、早く乗ってみましょう」
二人の馬車マニアは周りのことは気にせずに、馬車遊びを始めてしまった。
クワドロJr.という馬はサラブレッド風の立派なやつで、速そうだ。
というか、馬車の性能もあってか実際に速い。
めっちゃ速い。
広い草原を狂ったように走り抜ける。
馬車を駆るフューエルとラーキテルの二人も、ひゃーとかひょーとかはしたなく叫びながらエキサイトしていた。
領主の姫君と、宰相のお抱え学者の遊びとしてはいかがなものかというレベルのはしゃぎっぷりだ。
楽しそうだなあ。
俺と一緒にその様子を眺めていたエレンが一言。
「フューエルの肝っ玉はああやって育まれたんだねえ」
「だろうなあ」
日が傾く頃になって、やっと満足したようだ。
「久しぶりに馬車を飛ばして、すっきりしました。近い内に、アルサの方にも遊びに行きますね」
とラーキテルが言うとフューエルも、
「ええ、待ってますよ。ほかに見せたい馬車もまだありますし」
「それは楽しみですね。そうそう、エムラのお見舞いもしたいですし。具合は良いのですか?」
「もうピンピンしてますよ、それよりも、彼女を都に呼んだのはあなたでしょう」
「彼女が来れば、あなたも領地からたまには顔を出すかと思って。みんな会いたがっているのですよ」
「どうしてそういう発想になるんですか」
「でも、聞くところによると、すっかり仲直りしたそうで。せっかく二人の大立ち回りがまた見られると期待していたのに」
「ご心配なく、傷が治ると同時に、そちらもすっかり元通りになりましたから。見舞いに行くたびに口喧嘩の応酬ですよ」
「あら、それは妬けますこと」
などと言っている。
いい気なもんだ。
フューエルの幼馴染は、才覚と毒を程よく機智でくるんだ、ベリーグッドなインテリ女子で、つまりフューエルと同タイプであり、ほんのり褐色の外見も相まって、ゲームの2Pキャラみたいな感じだな。
そのラーキテル先生は俺の様子をスパイするという用事を済ませてしまったので、明日にも都に戻るという。
後日の再会を約して、俺たちも別荘へと帰った。
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