第322話 別荘六日目

 朝一番の馬車に乗って、カプルとシャミが家に帰っていった。


「大抵の作業はミラーを通じてフォローできると思っていたのですが、やはり難しいですわね」

「そうかもなあ」

「クロックロンのカメラを使えば、リモートワークというものも可能になりそうなのですけれど、今後の課題ですわね」


 ハイテクだなあ。


「とにかく、場合によってはこちらには戻らぬかもしれませんわ。大抵のことはミラーたちでもできますので、うまく使ってやってくださいませ」


 カプルは別れしなにそう言っていた。

 ミラーも、都で大きなコンピュータとつながってから、ワンランクスペックが上がった感じがあり、かなり頼もしい。

 具体的にどれぐらい頼もしくなったかは把握できてないんだけど、たぶんいろいろできるんだろう。

 そのミラーを伴い、馬車で一時間のラスラの町に向けて出発した。

 年少組は今日は留守番するそうだ。

 ミーシャオちゃんと約束してたからだという。

 同じ理由でエンテルも留守番だ。


 内なる館に入れて運んできたうちの馬車に、フューエルの持ち馬をつなぐ。

 田舎道は少々揺れるが、景色は実にすばらしいものだった。


「懐かしいですね、私はここで馬車を覚えたんですよ」


 フューエルは独り言のようにそう言って、馬車を走らせる。

 海岸沿いの道から小さな峠をひとつ超えると、マングローブの林に沿った道になる。

 南の島って感じだなあ。

 南国気分を味わううちに、一時間の行程はあっという間に終わってしまった。


 ラスラはこじんまりとした町だが、所々に立派な劇場や店が並んでいる。

 馬車を仕舞って、まずは酒場で休憩だ。

 大きな酒場には、貴族から庶民まで、雑に入り混じっていた。

 先日のパーティで見た顔も居るようだ。

 貴族といってもいろいろなので、もっと格式のある店でなければ見向きもしないものもいるし、あえてこう言う店を好むものもいる。

 ここに居るような貴族は、比較的馴染みやすい連中だと言えるかもしれないが、今日のところはそうした顔見知りからは距離をおき、奥の大きめのテーブルに揃って腰を下ろす。

 注文を聞きに来たおっぱいの大きな女の子に愛想を振りまきつつ、店の様子をうかがう。

 古びた木造の建物には、あちこちに歴史を感じさせる傷や煤などが見受けられる。

 それでもテーブルはきれいに磨かれていてベトつきなどもない。

 これが冒険者向けの店なら、もっとこ汚いんだけど、やはり別荘地の貴族も利用するからだろう。

 高級ではないが、下品でもないと言ったなんとも言い難いバランスのとり方だな。

 なんにせよ、居心地は良い。

 運ばれてきたエールはこの土地のもので、ちょっと水っぽいが酸味がきいて、喉にきゅっとくる。

 暑い日でもグビグビ飲める味だ。


「私とカリスミュウルは買い物を先に済ませるつもりですが、あなたはどうします?」


 とフューエル。

 フューエルもカリスミュウルも割とカジュアルに自分で買い物をするが、フューエルの二人の母は、基本的に自分で買い物には行かない。

 御用商人が屋敷に訪ねてきて、あれこれ言付けたりするそうだ。

 やってることはネット通販と変わらん気もするな……そうでもないか。

 目に見える形で人を使うってのがキモな気もする。

 俺はというと、特に買いたい物があるわけでもなく、


「そうだな、町をぶらついてもいいが、買い物が終わるまで、どこかで時間を潰しとこうか」

「役所の隣に貴族向けのサロンがあります。その対面に劇場が。あとは、この酒場の隣にカジノがありますね」

「ふむ、悩ましいな。もうちょっと庶民向けの店はないのか」

「ここは周辺の漁師の買い物か、別荘地の貴族を相手にした町ですから、それ以外の庶民向けの店となると、小さな宿があるぐらいでしょうか」

「そんなもんか、しかたない、カジノあたりで時間を潰すか」


 俺はエレンとミラーを連れてカジノに向かう。

 今日のエレンはカツラとドレスを装備したお嬢様バージョンだ。

 のこりは酒場で待っているそうだ。


 カジノは前にエディといったやつよりこじんまりとしている。

 内装は立派だけどちょっとケバいな。

 カードのテーブルについてチップを交換する。

 バカラのようなゲームで、店側の人間が対戦するところに客が掛ける仕組みだ。

 胴元が渋めのおじさんで、対戦相手は胸元を強調した猫耳のねーちゃんだった。

 何も考えずにねーちゃんの方にチップを賭けると、こちらを向いてウインクしてくれた。

 これだけでもとが取れた気がするな。

 残念ながらギャンブルの方は惜敗で、若干お小遣いが減ってしまった。

 何も考えずに全部ねーちゃんにかけたのが敗因かもしれないが、おっさんに賭けるのはなんか損した気がするしな。


 バーに場所を移して、アルコールを頼む。

 エレンは勝手に遊んでいるようで、ミラーは少し後ろに控えて立っており、必然的に一人で飲むことになる。

 聞いたことのない名前のカクテルはキュっと酸味が効きながらも抜けるようなあっさり甘い後口で、実にうまい。

 のんびり味わっていると、隣に誰かやってくる。

 見るとさっきのカードをプレイしていた猫耳ねーちゃんだ。

 エィタ族だろうか、それともつけ耳だろうか。

 見ただけじゃ、ちょっとわからんな。


「さっきはごめんなさいね、せっかく、私に賭けてくれたのに」


 そう言って色っぽく絡むところは、うちに山ほどいる女の子とはまた違った、プロの女っぽさを醸し出している。

 なんのプロかと言えば、そこはまあ、あれだ。


「君が気にやむことはないさ、今日は俺のツキがなかった」

「あら、そうかしら。もう一度試してみるのはどう?」


 といって、彼女はコインを一枚取り出し、指の上でくるくると回す。

 なめらかな手付きは、見ているだけで吸い込まれそうだ。

 油断すると根こそぎ絞られるやつだな。


「やめとこう、ギャンブルでコントロールできるのは、引き際だけってね」

「あら、それは手強いこと」


 彼女はバーテンの差し出したグラスを一息にあおり、立ち上がる。


「その気になったら、声をかけてね、色男さん」


 そう言って彼女は再び、勝負の場に戻っていった。


「いい女だねえ」


 歩き去る立派なおしりを見ながらそうつぶやくと、気の良さそうなバーテンもうなずいて、


「彼女、都の方からきた、臨時のディーラーなんですがね、腕は立つし器量も良いしで、たちまち人気者ですよ。」

「だろうな。彼女、名前は?」

「みんなビコットと呼んでいますよ。夜になれば彼女目当ての別荘組が押し寄せてくるもんです。お客さん、初めてですが、別荘から?」

「別荘は別荘だが、奥様連中のお守りでね」

「そりゃあ大変だ、ならここで遊ぶのは程々にしたほうがいい。この町は博打も女も、貴族様を根こそぎしゃぶりつくそうって連中ばかりです、小金で遊ぶなら都会のカジノがおすすめですよ」

「こわいな。だが、このカクテルは気に入ったよ」

「そうでしょう、はじめてのお客さんには特別製の物を出すんですよ、懐が寂しくなっても、舌だけは満足してもらえるようにね」

「なるほどね。だったら、次は美人に眩んだ目が覚めそうなやつを頼むよ」


 バーテンは笑ってうなずくと、支度を始める。

 ウオッカをベースに氷をたっぷり入れてシェイクする。

 苦味のなかにフルーティさがきいてうまい。

 地元産のワインが味の決め手らしい。

 こういうのを、家でも飲みたいなあ、と思いつつ、グラスで揺れる液体を眺めていると、エレンが戻ってきた。


「よう、景気良くやってたようだが、どうだった?」

「だめだめ、最初だけさ。旦那はどうだい?」

「だめだねえ、だが、ここの酒はいけるな」

「だったら、僕も一杯貰おうかな」


 そうして二人で飲んでいると、ぞろぞろと団体客がやってきた。

 見ると昨日の御婦人連中だ。


「今日こそは勝たせていただきますわよ、おほほ」


 などと言いながらまっすぐ奥のテーブルに向かうのは、昨日俺に道を訪ねた女だった。


「景気の良さそうなご婦人方だな」


 と俺が言うと、バーテンが少し苦笑しながら、こういった。


「ご時世ですかね、遊び方をわきまえないお客さんが増えたようで」

「そういうときは、根気強く遊び方を覚えてもらうまでさ。酒の飲み方だって、そうだろう」

「おっしゃる通りで」


 などと話す間も、奥では賑やかにギャンブルに勤しんでいるようだ。

 そろそろ、買い物も終わった頃かとミラーに尋ねると、あちらはあちらでエキサイトしているようで、まだかかるらしい。

 とはいえ、今日はこれ以上博打をする気にもならんな。

 都会のカジノなら、ショーのたぐいもいろいろあって、暇を持て余す心配はないんだけど、ここではそうもいかない。

 バーテンに尋ねてみると、


「そうですね、小一時間潰すのであれば、劇場はどうです。今かかってるのは喜劇をやる劇団で、私も何度かみましたが、これがなかなかおもしろい」


 などというので行ってみることにした。


 劇場もカジノ同様、こじんまりとしたものだが作りはしっかりとしている。

 席数も少ないながらも二階の個室などもある。

 俺は前の空いた席に腰を下ろして、観劇することにした。

 ちょうど劇は山場のシーンで、主人公の騎士が魔王を討とうというところのようだが、この主人公がオーバーアクションで実に楽しい。

 馬に右から跨がれば左に落ちる、左からよじ登れば右に落ちる。

 それを何度か繰り返した挙げ句に、今度こそうまく行ったかと思えば、槍を地面に置き忘れて取り降りる。

 似たようなやつを前にもどっかで見た気がするが、ベタな天丼芸も、絶妙な演技で見せてくるので、思わず手を叩いて笑ってしまった。

 しまいにはいつまでたっても出発しない主人公にしびれを切らした魔王がやってきて、説教を始める段になると、周りの少ない客も声援を飛ばし始める。

 応援上映だなあ。

 劇が終わると、今度は俳優が歌を歌い始めた。

 完全に大衆演劇のノリだが、お姫様役の女優は、劇の最中はわからなかったが、かなりの美人だ。

 周りの客を見習って、俺も役者におひねりを渡したいが、いまいち作法がわからない。

 思い切って隣の客に聞くと、ちょっと野暮ったい感じのお嬢さんだった。


「カモラナ嬢にお花を渡すんなら、紙に包んで懐に差し入れるんです。前に行って待っていると、歌の切れ間に役者さんが寄ってきてくれるんで、そのタイミングで」


 などと教えてくれただけでなく、お金を包む封筒までくれた。

 お花というのはおひねりのことらしい。

 というわけで、急いで金を包み前に並ぶ。

 貴族っぽいのから庶民まで、別け隔てなく目当ての役者にみつごうと行儀よく並んでいるのは実にいいものだ。

 俺も女優のすごく大きな胸の谷間に現金を挟むというたいへん有意義な投資を行なって満足した。

 時代は博打より投資だよ。

 俺に教えてくれたお嬢さんも、目当ての俳優にあれこれプレゼントしたようだ。

 いやあ、思いの外楽しかった。

 次はうちの年少組でも連れてきてやろうと思ったら、この劇団は今日でおしまいらしい。


「次は私の地元だから、遠征費用がかからなくて済むんですよ」


 とさっきのお嬢さんは笑いながらそういった。


「へえ、追っかけかい、金もかかるだろう」

「そうなんですよ、ゲートが馬鹿にならなくて」

「だろうなあ」

「でも、ここまで遠いと船でもあまり旅費が変わらないんですよね、食費なんかもかさみますし、そもそもそんなに長く休みが取れないし」

「そうだなあ」

「次はスパイツヤーデ西部のアルサで三ヶ月ほどですけど、その後は都で……」

「アルサなのかい? 俺もアルサに住んでてね。じゃあ今度帰ったら、見に行こう。次はじっくり見たいもんだ」

「あら、そうなんですね。私、アルサの王立学院で演劇史を学んでるんですけど、みんなあんまり喜劇は観ないんですよね。古典ならともかく」

「そんなもんかい」

「演劇に貴賤はないと思うんですけど、でもあなたは笑いのツボを心得てるみたいですし、よかったら今度たっぷりボンドール喜劇団の魅力について説明させてください!」


 一人で盛り上がる喜劇マニアのお嬢さんは、馬車の時間があるからと足早に去っていった。

 こっからだとゲートまで三時間ぐらいかかるもんな。

 あまりに一方的すぎて、名前も聞けなかったなあ。

 俺としたことが、何たることだ。


「というわけで、エレン」

「なにが、というわけなんだい」


 隣でうたた寝してたエレンに、彼女の身上調査を依頼した。

 アルサの住人なら、すぐに分かるだろう。


「まあ、いいけどね。僕よりもミラーに頼んだほうがいいんじゃないかい?」

「できるのか?」


 とミラーに尋ねると、


「彼女の顔情報をもとに検索中……でました。史学科の学生で、エンテルの講義を受講しています。名はキスネ。アルサの土木ギルド幹部の娘です」

「すごいな、個人情報ダダ漏れか」

「十万年前は厳格に保護されていたようですが、現代ではそのような規制はありません、現在町の住民のデータベース化を進めております」

「怖いな」

「中止したほうがよろしいでしょうか」

「いや、まあいいだろ。お前の倫理観を信じるよ」

「かしこまりました」

「そのかわり、そういう事ができるとむやみに人には言うなよ」


 と釘を差しておいたのだった。

 しかし土木ギルド絡みで、歴史をやる学生さんか。

 縁がありそうななさそうな、どうだろうな。

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