第318話 夜狩り

 夜のパーティは、あちこちから貴族連中が集まって、俺とカリスミュウルはたいそう疲れることになった。

 疲れた以外は、特に面白いこともなかったので詳細は省くが、一つ気にかかった話題といえば、どうも森のあたりでおばけの噂があるらしい。

 噂の中身はてんでばらばらなので、俺が見た白いやつと同じかは不明だが、魔物だのおばけだのと、忙しい森だな。

 あの森は、別荘地に面している部分はそれほど広くないのだが、今日も通った道路を挟んで東の山手の方までずっと連なっているので、案外いろんなものが居るのかもしれない。


 げっそりして別荘に戻ると、留守番していた面々が出迎えてくれる。

 可愛い従者たちにちやほやしてもらいながら、疲れを癒やしていると、同じく疲れ切った顔のカリスミュウルもやってきた。


「おう、おつかれさん」

「うむ、まあなんだ、仕方あるまい」

「しかしあれだな、紳士の試練とやらを終えて称号を得たら、ますますこういうのが増えるんじゃないのか?」

「であろうな、なんと言ってもホロアマスターというのは人の世でもっとも偉大な称号だ、連日連夜人が押し寄せては讃えまくることだろうよ」

「うへぇ、勘弁してくれ。想像しただけで、胸焼けしてくる」

「まったくだ」

「泣けるなあ、ううぅ、フェルパテット、もっと慰めてくれ」


 と言って、蛇娘のフェルパテットの貫禄のある胸に顔をうずめると、ナデナデしてくれる。


「むう、私も甘やかさぬか」


 などと分けのわからないことを言って、俺にすり寄ってくるカリスミュウルの頭をなでてやりつつ、グダグダしていると、フューエルも戻ってきた。


「ふたりとも、お疲れのようですね」

「まあな、いつもあんななのかよ」

「いえ、普段であれば、もっとのんびり談笑するぐらいで済むのですが、みんなミーハーなんですよ」

「そういう問題か」

「庶民同様、貴族であっても本物の紳士なんてめったにお目にかかれませんからね。しかもそれが二人もいるのですから、媚を売るなどと言った気がなくても、つい物珍しさにあれこれ話しかけてしまうのでしょう」

「珍獣扱いか」

「両親にも釘を差しておきましたから、休暇中のパーティは今日一回きりで済むはずですよ」

「だと助かるけどな」


 やはり別荘なんて俺みたいな庶民には向いてないんだなあ、とげんなりしていたが、柔らかいおっぱいの群れに囲まれているうちに、すぐに元気を取り戻した。

 我ながら、現金なもんだ。

 とはいえ、すでに時刻は深夜の十一時に近い。

 パーティによっては夜通し飲んだくれて踊り明かすこともあるそうで、それに比べりゃ、今夜のやつはマシな方だったのだろう。

 精神的な疲れが取れると、朝も遅かったせいか、まださほど眠くもない。

 飲み直そうかと悩んでいると、庭から物音がする。

 リビングからテラスに出ると、クメトスらが装備を整え、出かける準備をしていた。


「勇ましいな、こんな時間にどこに行くんだ?」


 と尋ねるとクメトスが、


「森に狼が出るという話ですので、様子見を兼ねて狩りに出てみようかと」

「こんな時間にか?」

「夜の狩りも、オツなものですよ」

「しかし、夜の森なんてなんも見えないだろう」

「ですから、火で追い立てるのです。数人が松明を片手に一方から風下に追い込み、待ち構える者が仕留めるのです」

「ほう、なんか面白そうだな」

「では、どうです、ご一緒に」

「面白いな、私も行くぞ」


 と、背後から身を乗り出したカリスミュウルは、俺よりも乗り気なようだ。


「元気だな、さっきまでへばってただろう」

「それはお互い様だ。第一、このまま寝たのでは、鬱屈した気分が晴れぬ。こう言うときは狩りと相場が決まっておるのだ」

「まじかよ、じゃあ行くか」


 フューエルは疲れたので寝ると言い、フルンたちもすでに眠っていたので、起こしてまで誘うこともないだろう。

 手早く支度を整えて、夜の探索に出かける。

 一時間も歩くと、森のなかの少し開けた場所に出た。

 大きな倒木があり、夜空が見える。

 地面も乾いていて、キャンプにもぴったりだ。

 危険な動物がいなければの話だけど。


「では、ここを拠点にして、始めましょうか」


 クメトスの言葉を受けて騎士組やカプル、それにミラーたちが黙々と準備を始める。

 柴を刈って火をおこし、用意した松明にも火をつける。

 こんなに派手にしたら獲物が逃げそうな気もするが、相手によるのかな。

 追い立てる側はクメトス、オルエン、エーメス、レルルの騎士四人で、仕留めるのはコルスとエレンだ。

 樹上に忍んで、弓で射抜くらしい。


 俺は拠点に腰を据えて、狩りの様子を見守る。

 クメトスたちが森に分け入るとすぐに姿はわからなくなるが、手に持った松明だけはよく見える。

 銘々が松明をもったミラーもつれているので、あちこちに光点がきらめいている。

 それがやがて一方向に進みだすと、徐々に方位を狭めるように一箇所に集まりだす。

 光点はそこでしばらくとどまっていたが、やがてこちらに戻ってきた。


「気配はあるのですが、相手もなかなか。猟犬がいれば、また違った狩りの仕方もあるのですが」


 と楽しそうなクメトス。

 それならばと今度は俺も松明を持って参加する。

 弱いことにかけては定評のある俺なので、クメトスと、今一人セスにも護衛についてもらうことにした。

 いつも俺にべったりついてくるカリスミュウルも一緒にやるようだ。


「ははは、貴様がしでかすところを見届けてやろう」

「しでかし具合にかけては、お前もかわらんと思うがな」

「そういうセリフは、終わってから言うのだな」


 というわけで、俺は左手にストック、右手に松明を持って森に分け入る。

 ストックは登山用にカプルに作ってもらったやつで、本当なら二本セットで使うのだが、今日は片手用のT字ストックだ。

 こいつは仕込み杖にもなっていて、先端の石づきを外すと小さな刃がついており、手槍のように使える。

 あとの装備は、改良の進んだヘッドライトかな。

 すでに十分な軽さと光量を得ており、実用レベルだ。


「このライトは良いものだな。手が自由になるのもそうだが、何より軽くて明るい」


 と頭を振ってあちこち照らして遊ぶカリスミュウル。


「いいだろう、実は点滅するやつもあるんだ」

「点滅?」

「ほら、これだ」


 とペンダント風のランプを取り出す。

 まだ試作品で、中にはいったゼンマイでシャッターを動かし、赤いランプが明滅する仕組みだ。


「むう、不思議なものだな。仕組みもよくわからぬが、そもそも点滅することになんの意味があるのだ?」

「普通に光るより目立つんだよ。あとはこの点滅具合によって遠目にも識別できたりな」

「なるほど、そういう使いみちはあろうな」


 そういってキョロキョロおでこのランプで茂みを照らしていると、根っこに躓いて転ぶカリスミュウル。


「ははは、やはり先にしでかしたのはお前だったようだな」

「うるさい、下手に明るいから、足元が見えなかっただけだ」

「キョロキョロしてるからだよ、ちゃんとこうして足元を照らしながら……」


 と言って用心しながら近づくと、迫り出した枝に頭をぶつけてしまった。


「いてぇ」

「ははは、間抜けな奴め」

「ちくしょう」

「ここは痛み分けということにしてやろう。私が上を見るから貴様は足元を見て歩け」

「ふむ、合理的だな」


 というわけで、仲良く分担しておっかなびっくり夜の森をあるく。

 ちょっとバカップルっぽいのではなかろうかと思いながらも、細かいことは気にせずに松明をふるって遊んでいると、前方で獣の叫ぶ声が聞こえる。


「どうやら、仕留めたようですよ」


 とクメトス。

 急いで駆けつけようにも夜の森は歩きづらいのでのんびり進むと、狼っぽいけど鹿のような立派な角の生えたやつが二匹、地面に横たわって息絶えていた。


「角狼でしたか、両方雄ということは、まだ若く、縄張りを求めて放浪中であったか……」


 死体を改めながら、クメトスはそう語る。


「昼間の魔物というのも、案外これのことかもしれませんね。こやつらは昼間も行動しますし、素人目には魔物のようにも見えます」

「ほほう」

「おそらくはもっと森の深いところから出てきたのでしょう。件の騒ぎも、これで一件落着となればよいのですが」


 皮はなめして敷物にでもし、角は加工品の材料になると、カプルが取るようだ。

 何にせよ獲物も仕留めたので、意気揚々と帰路につく。

 時刻は二時だか三時だかといったところだ。

 概ね丑三つ時だな。

 つまりおばけが出る頃合いだ。

 例の白いやつでもいないかなあ、ときょろきょろ探していると、カリスミュウルが俺をつつく。


「なにを落ち着きなくそわそわしておる。もよおしたのか?」

「いやあ、さっきのパーティでおばけの話とか出てただろう、俺の故郷じゃ今時分がおばけが活発になる時間帯なんだよ」

「むう、貴様の故郷ではおばけなどというものが実在するのか?」

「しないよ」

「ではなんなのだ」

「そういう、言い伝えだよ。決まってんだろう、だいたいおばけなんて……」

「ん、どうした、急にかたまりおって」


 それには答えずに、俺は木々の合間にゆらゆらと動く白い何かを見つめていた。

 人のようでもあるし、蝶が舞っているようにも見える。

 俺の視線の先をおったカリスミュウルも、口を開けたまま固まる。

 俺たち二人の異変に気がついたクメトスが、声を上げて剣を抜き、構えを取ると、白い何かはかき消えてしまった。


「何事ですか」


 と先頭にいたエーメスが駆けつけると、クメトスが顔をしかめたまま、


「わかりません、たしかに何かがいたのですが、あの距離で気配も何も感じませんでした」

「何かとは、魔物のたぐいでしょうか?」


 と問いただすと、代わりに少し後方にいたセスがエーメスに答えて、


「私も見ましたが、クメトスが声をだすまで、まったく気が付きませんでした」

「セスも気が付かぬとは……、それは実体のあるものなのでしょうか? あるいは幻覚の類では」

「そう考えたほうが、妥当かもしれません。いずれにせよ、ここは一旦引き上げましょう。森の中というものは、様々な気配がうずまき、読みづらいものです」


 全員、狩りの興奮も忘れて急ぎ足で別荘に戻った。

 別荘につくと、時刻は四時頃だった。

 夜明けはもうすぐだが、妙に気が高ぶって眠れそうにない。

 仕方がないので、カリスミュウルと二人で毛布にくるまり、リビングのソファで、ちびちびと眠くなるまで酒を呑むことにした。


「一体何だったのかな、あれ」


 と俺が口にすると、


「わからぬ、あるいは風に舞った布切れか何かを見誤っただけかもしれぬ。生き物の気配も感じなんだしな」

「まあ、気配みたいなのは俺にはわからんが、セスが気が付かないぐらいだから、生き物じゃないのかもなあ」

「ふむ。しかしダンジョンならいざしらず、どうも無駄に気が張って休まる暇もないな」

「まったくだ、コレじゃあ、家で酒でも飲んでたほうがよかったなあ」


 などといいながら、カリスミュウルのこぶりなおしりをむにむにする。


「よさんか、目が覚めるではないか」

「そうなあ、なんか体が温まると、なんだか眠くなってきた」


 とあくびをして手を止めると、


「むう、もう眠るのか」

「なんだよ、まだ揉んでほしいのか?」

「そんな事は言っておらん」

「この期に及んで意地を張るとは、強情な奴め」


 とあちこち揉みしだく。


「あ、こら、やめんか、おい!」


 口だけで嫌がるカリスミュウルをかわいがってるうちに、さっきのよくわからない物のことも綺麗サッパリ忘れて、いつの間にか、眠りに落ちていた。

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