第317話 別荘三日目

 目を覚ますと、若干、二日酔いで頭が重い。

 日はすっかり昇りきっている。

 今日は義父の別荘でパーティらしいが、それまでにはしゃっきりしとかんとな。

 我が家に比べると別荘の風呂は簡易的だったので、内なる館に備え付けの風呂でリフレッシュすることにする。

 構造的には自宅と同じ追い焚き可能なボイラーを備えた風呂だが、こちらは単純にサイズがでかい。


 内なる館は、現在絶賛分譲中で、中央から四方に伸びる道に沿って、いくつか家が立っている。

 どれも平屋の小屋で、四人単位で寝泊まりできる。

 ミラーもいるので、試練までに三百人程度はここで暮らせるキャパをもたせるそうだ。

 とりあえず、紳士村にようこそ、みたいな看板でもぶら下げとくべきかな。


 風呂は中央から少し西に行ったところに設置された露天風呂で、のんびり湯に浸っていると、妖精の森がよく見える。

 今も無数の妖精が飛び交ってはピカピカ光っていて、なかなか趣深い。

 そこから流れ出た小川は南に下って小さな池を形作っている。


「あの川は、東側に付け替えて、内なる館の中央を通るようにする予定ですわ」


 と湯船の対面で引き締まったいい体をタプタプさせている大工のカプル。


「いいな、建物の間をぬって窓の下に川が流れてると趣があるだろうな」

「そうですわね、あの池も、少し底を掘れば舟遊びもできそうですわ」


 池は直径十メートル程度だろうか、周りはぬかるんだ泥になっていて、池というより沢って感じだな。

 池の手前には木の柵が作られ、それが東西にずらっと伸びている。


「あの柵は何だ?」

「あれは、牛やヤギを飼うと言っていたでしょう、そのための囲いを作成中なのですわ」

「そうだったっけな、つまり牧場か」

「ええ、先日もうちの馬たちを走らせてみたのですけれど、なかなか良い草原のようですわね」

「へえ」

「その時に、小さな足跡を見つけましたの。例の行方不明の幼女だと思うのですが」

「ほう」

「残念ながら、足跡は西の岩場で途切れていましたわ」

「岩場なんてあったっけ」

「ここからだと見えませんけど、妖精の森の向こう側は、最近モヤが晴れて、ゴツゴツした岩肌の荒れ地が続いていますの」

「全部平原かと思ってたよ」

「案外、いろんな地形があるようですわね」

「そのうちきちんと探検しとくか。しかし、岩場に迷い込んで、あの子大丈夫なのかな」

「いかんせん、私どもはその子を見たことがないのでなんとも言えないのですが、例の宇宙船、とやらで星の彼方から来たのでしょう、やはり女神のように頑丈なのでは?」

「逆に十万年の宇宙ぐらしで退化してるかもなあ」

「退化というのは?」

「長い世代を経て、肉体なり何なりが機能的に衰えることだよ」

「宇宙ではそのようなことが起こりますの?」

「それはわからんが、宇宙ってやつは、重力がなくてな、つまりふわふわ水の中に浮いてるような状態なんだよ」

「重力とは、物が落ちる作用のことですわよね。なぜですの?」

「それを話すと長くなるんだが……」


 と重力の話をしているうちに、ちょっとのぼせたので適当に切り上げて風呂を出た。


「重力の話は、またあらためてお聞きしたいところですけれど、そうなると宇宙に行く際には、重力がない状態でも大丈夫な装備品を考えなければなりませんわね」

「なるほど、そうなるな」

「肩掛けのカバンなども、下に引っ張られることを前提としておりますし、ウエストバッグのように固定する形にしなければなりませんわね」

「案外、むずかしいもんだな、まあよろしく頼むよ」


 火照った体を覚まそうと、素っ裸のままサンダル一つで通りを練り歩く。

 たまに行き交うミラーにごく普通に挨拶を返されると、新しい趣味に目覚めそうになるな。

 程々のところで服を着て外に出ると、フューエルがハイキングの準備を進めていた。


「あら、やっと出てきたんですね。そろそろカリスミュウルに呼びに行ってもらおうかと思ってたんですよ」

「最近、酒が抜けなくてなあ」

「運動不足じゃないんですか? しっかり体力をつけておかないと、エディみたいな体力の塊を相手にできませんよ」


 などと物騒なことを言ってわらう。


「じゃあ、ハイキングは歩いていくか」

「構いませんよ、片道一時間程度ですし。では荷物はクロックロンのコンテナに積みましょう」


 ぞろぞろと連れ立って、ハイキングに出る。

 表立って歩けない蛇娘のフェルパテットだけは、クロックロンの上にマウントした大きめの輿に入って、中から外をのぞき見ている。

 不便だろうが、それでも異郷の景色に直に触れるだけで、本人は楽しめているようだ。


「こんな美しい景色の場所を見られるなんて。ああ、姉さんやオババにも、見せてあげたかったなあ」


 とうっとりしながら眺めている。

 たしかに、ここは穏やかな気候に緑が映え、海の碧さもひときわ鮮やかだ。

 眺めているだけで、ここに来たかいがあるだろう。


 フェルパテットの輿の隣には、護衛するように新人巨人のレグがついている。

 巨人が珍しいのか、途中すれ違った荷馬車の農夫は目を丸くして彼女を見ていたが、あの調子だとフェルパテットをみると腰を抜かすかもしれんな。

 異種族交流は難しいもんだ。


「あの、ご主人様、やはり私は、中に収めてもらったほうがよろしいのでは」


 とレグは遠慮がちに言うが、


「お前が居づらければ無理に出てなくてもいいけどな、どうなんだ?」

「いえ、あのような目で見られるのは慣れておりますが、その、ご主人様の名誉に傷がついてはと」

「ははは、俺に名誉なんて無いよ、勝手に勘違いして持ち上げてる連中がいるだけで」

「そういうものでしょうか」

「そうそう、気にしても肩がこるだけだぞ」


 とはいえ、勝手に期待する人間ほど、勝手に失望するからな。

 俺が紳士らしい振る舞いをしないとけしからんとかいうやつもいるようで、どこの世界でもかわらんな。

 まあ俺の場合は、そういうやからとは極力接点を持たないようにしてるので大丈夫なんだけど、従者たちにも余計な気を遣わせないようにしないとな。

 気配りと真心だけが、俺の魅力だよ、たぶん。


 道なりに進むと、切り立った斜面に沿ったゆるい上りに出る。

 しばらくすると見晴らしのよい高台に出た。

 キレイな草原と、その向こうに海が広がる。

 こりゃ絶景だな。

 ひとしきり景色を楽しみ、来たほうを振り返ると森の向こうに別荘群がみえる。

 遠くから見ても、いかにも金持ちが住んでそうだなあ、という感じだが、そこそこ広い森の手前側は、何やら工事中だった。


「あそこは何やってるんだ?」


 と尋ねるとフューエルが答えて、


「聞くところによると、別荘を増やしているらしいですよ。特に金のある商人が増えているでしょう。そういう人向けだということです」

「ふうん、別に分けなくてもいいんじゃないのか? 今のとこも商人とか居るだろう」

「ですけど、たいていは何代も続く大店で、貴族と婚姻関係があったり、形だけでも爵位を持っていたりするのですよ」

「そんなもんか、ぶっちゃけ金持ちも貴族も似たようなもんだろうに」

「今夜は、そういう事を言うと機嫌を損ねる人も大勢来るので、露悪趣味も程々に」

「気をつけたいのは山々だが、いかんせん俺もひがみっぽい庶民だからな」

「本当に庶民なら、成り上がりと嫌われるだけで済むんですけど、相手が紳士ともなると、本当に十把一絡げに見下されていると感じる人も出てくるでしょう。エスプリが通じるのは、同じ精神的土台に立つものだけだと、私も幼い頃に教わったものです」

「テナにか?」

「いえ、以前話したでしょう。都で泊まる予定だった、ホテルの支配人ですよ」

「ああ、なんかしごかれたとかいう」

「そうです、パルシェートの祖父でもあるホテル・バルドッテ元支配人カシートのことです」

「え、そうなの? あの帰り道に入れ違いになった?」

「そうですよ、お祖母様のことを知っていたのでもしやと思いましたが。うちは代々あそこを定宿にしていたので」

「へえ、相変わらず世間は狭いなあ」

「そこのところは、なんとも言えませんが、彼の孫であったという事実は、彼女に宿を任せるにあたっては都合が良かったですね。うちの方を説得して、資金を工面しやすくなりましたし」

「そうなのか」

「そうです、すでに何度か手紙もやり取りして、遠からず彼に来てもらって立ち上げのサポートをしてもらう予定になっています。何事も、実績とコネなんですよ」

「いい話だなあ」


 いい話だけど、そういうめんどくさそうな話は右から左に耳から流れ落ちて、俺の意識は目の前に広がる美しい景色に奪われていた。

 草原に沿ってゆるい坂を上り詰めると、サンゴ礁の見事な湾が一望できた。

 そして海に面した山の斜面にはピンクの芝桜が覆い尽くしていた。

 こりゃあ、すごいな。

 というわけで、きれいな芝の上にシートを広げ、さっそく酒盛りを始めた。

 こちらの名産というスピリッツをグビリとやると、結構きつい。


「それは割って飲むほうが美味しいですよ」


 フューエルがすすめるので、水で割ると少し色が濁る。


「白くなるでしょう。それを女神の乳とこの島では呼ぶそうですよ」

「へえ」

「別荘の食卓に出る酒ではないのですが、これもなかなかいけるものでしょう」

「そうだな、やっぱりご当地の酒とめしをくわんとな」

「まったくです。うちの母などは、そのあたりがわからぬようで」


 フューエルの母親ふたりは、根っからの貴族だからな。

 性格が合わないわけではないが、家のノリでもてなすのは無理がある。

 こちらが、あちらのスタイルに合わせて家族づきあいをするしかないだろう。

 その点、義父のリンツは、話の分かる方でありがたい。


 昼間から酒盛りする我々のそばでは、蛇娘のフェルパテットが長い胴に幼女トリオを乗せてズルズルと草原を這い回り、巨人のレグも、子供のようにドシドシと走り回っている。

 フルンたちは、家から持ってきたボールとグローブで、キャッチボールをしていた。

 フォームもだんだん様になってきてるな。

 そろそろ野球ぐらいできそうな気がする。


 そうしてしばらく遊んでいると、クメトスに先導された馬車がやってくる。

 馬車には腰の悪いリースエルや一応まだ療養中のデュースが乗っていた。

 一緒になって改めて酒盛りをしていると、リースエルがこんな事を言った。


「クリュウさん、あなたのところにはいろんな種族が集まっていて、本当に賑やかね。どうしてみんながこういうふうに、できないのかしら」

「そりゃあ、そのほうが都合がいいからでしょう」

「そうねえ、そうしてそのことに自覚的になることを拒むから、いつまでも仲良くできないのねえ」


 そこでリースエルは手にしたグラスを置いて、話を続ける。


「私の探し求める女神は、私につながりを持てとおっしゃったの。それを当時の私は、種族の壁を超えたつながりのことだと思って、若い頃はそのために活動をしてきたのよ。聖女などという大層な肩書も、その功績を評されてのことだけど……でも、デュースに言わせると、それはもっとシンプルに子を育て孫を残せと言うことじゃないか、とそう言っていたの」

「そんな事を言いましたかねー」


 うまそうに酒を飲むデュースは、本当に覚えていなさそうだが、リースエルは気にせず話を続ける。


「あの頃、私は夫をなくしたばかりで、生まれたてのリンツを育てる自信がなかったのね。だから、無理にでもデュースの言葉を信じて、それこそが神の啓示だと言い聞かせて、どうにか乗り切ったのよ。でもこうして孫のフューエルがあなたに嫁ぎ、そこで実際に種族の隔たりのないつながりを作っているところを見ると、結局は同じことだったと、思えるのよ」


 何やらこじつけのようだが、リースエルはそれで納得しているのだろう。


「私ももう年でしょう。まだ元気とはいっても、足腰が悪くなって、長い旅もできなくなってきたから、もはや自分の女神を希求する旅に出ることもかなわないわね。でも、きっとフューエルやテナが、あるいはあなた達の子や孫の誰かがそれをなすに違いないと、最近は信じられるようになってるのよ」


 そういうと、テナが呆れた顔で、


「大奥様の女神と、私の女神が同じという保証はないでしょう」

「あら、そんなはずはないわ、きっと同じ女神様よ」

「またそんな根拠のないことを」

「根拠ならあるわよ、だってエモースルの付き人としてうちに来たあなたが、いまや孫の従者なのよ、これが女神の思し召しでなくて、なんだというのかしら」

「本当にあなたという人は、なんでも都合よく解釈する」


 そう言って苦笑するテナも、内心はまんざらでもなさそうだ。

 それを聞いていたフューエルが、不意に思い出した顔でこう言った。


「そういえば、神霊術師ではありませんが、エディも名もなき神の啓示を受けて、黒頭にあるという古い神殿を探すと言っていましたね。案外、それこそが我々の探す女神なのかもしれませんよ」


 というとリースエルが喜んで、


「まあ、だったら嬉しいわね。ああ、でも黒頭じゃあ、私には登れないわねえ。昔遠目に見たことはあるけど、ただでさえ険しい上に、魔法も使えないでしょう。本当にあんなところに、神殿があるのかしら?」


 その後は黒頭から各地の旅の話に話題は広がる。

 いつの間にかみんなも集まってきてリースエルやデュースの話す旅の話に、そろって耳を傾けていた。




「風が出てきたな、ぼちぼち戻るか」


 まだ日は高いが、少し雲が出てきたようで、海から吹き上げる風も強くなってきた。

 慌てて荷物をまとめて帰路につくと、道中で馬車とすれ違う。

 乗っていたのは初老の医者で、リースエルも馴染みらしい。


「おや奥様、今日は具合がよろしいようで」


 と医者が言うとリースエルも、


「おかげさまで、先生は、今から往診かしら?」

「あっちの現場でけが人が出たのでな、ちょいと呼ばれた帰りじゃよ」

「それはご苦労さまですこと、怪我はひどかったのかしら」

「いやあ、大したことはないが、なんぞ魔物のようなものに襲われたといいおってな」

「まあ、森で?」

「うむ、このあたりでは、ついぞ魔物なんぞ出ておらんが」

「そんな噂が広がると、村の方でも困るでしょう」

「じゃろうな。ま、秘密にもできんじゃろうが。明日にでも、街の方から兵士どもがでばって来るじゃろうて」


 なんかまたきな臭い話が出てきたな。

 俺は断固たる決意で厄介事にはかかわらんからな。

 今夜はパーティで接待なんぞをちゃっちゃと終わらせて、さっさと寝るとしよう。

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