第316話 バーベキュー

 別荘の裏は少し開けたスペースがあり、手入れもほどほどだったのだが、朝からカプルが中心になってミラー三十人ほどが出て草をむしり、石を取り除いてあっという間に整地してしまった。

 その上に内なる館に備えてあったウッドデッキなどを敷き詰めてバーベキュースペースが出来上がった。


「すげーな、もうできたのか」

「準備ができていれば、設営はすぐに終わりますわ。そのためのトレーニングもしていますし」


 とカプル。

 カプルに限ったことではないが、従者たちの豊富な能力をもっと活かせば俺もひとかどの人物としてこの世界に名を残せるんじゃないかという気がしてきたが、よく考えたらかなり受け身だったとはいえ、すでに結構有名人になっていたので、これ以上は勘弁してもらおう。


 デッキの中央には大きなバーベキューコンロがいくつも並び、すでに火も起こしてある。

 俺のキャンプ経験は山の上でのストイックなものばかりで、のんびりバーベキューをやるようなやつはあまり経験がないのだが、仕事で疲れたときに延々とバーベキュー動画をネットで見ていたこともあるので大丈夫だろう。

 ランチにはまだ早いが、肉を焼くには時間がかかる。

 さっそく取り掛かろう。


 下ごしらえを済ませておいた肉を、じっくり時間をかけて焼いていると、いい匂いがしてきた。

 グッドスメルというやつだ。

 匂いにつられたのか、騎士のエーメスがやってくる。


「ずいぶんと良い匂いがしていますね」

「完成はもう少しあとだぞ」

「待つだけというのもなかなか厳しいものです。しかし、このコンロがあれば、騎士団の野営も、もっとマシな食事が取れるのでしょうね」

「いっちゃなんだが、白象の食事はひどかったからな」

「今にして思えばそうなのですが、当時はそこまでとの自覚はなかったのですよ。無知とは恐ろしいものです」

「だが、一度知った贅沢は、なかなか忘れ去ることはできんからな」

「まったくそのとおりで、女神が禁欲を禁じるのも無理のない話です。より良い暮らしを目指してこそ、人の知恵は発展すると言えましょう」

「まったくだ。よし、ちょっと火の通り具合を……」


 肉にかぶせた蓋を取り、串をさすと、まだ赤い肉汁が出てきた。

 もうちょっとか。

 温度計があると、楽なんだけどなあ。


 隣のコンロではミラーが野菜や魚介類を焼いている。

 今朝水揚げしたばかりの魚らしい。

 うまいに決まってるよな、あれ。


 やがて匂いにつられて食いしん坊どもが群がってくるし、飲ん兵衛たちもつまみを求めて酒瓶片手によってくる。

 俺は焼けた肉を切り分けては振る舞い、切り分けては振る舞いをひたすら繰り返し、全然食うヒマがない。

 うまそうに食ってる姿を見ると、主人としての満足感はあるが、それはそれとして腹が減ったなあ、と思いつつ、更に肉を切っていると、テナがかわってくれた。


「お疲れ様です、ずいぶんとご活躍でしたね」

「まあね、でも柄にも無いことをするもんじゃないな」

「敬愛する主人が手ずから調理したものをいただけば、それはこの上ない喜びではありますが、ご主人様の場合は、だらしなくしているところを面倒を見て差し上げるほうが、むしろ満足度は高いでしょうね」

「俺もそうじゃないかと思ってたんだ」


 というわけで、たべよう。

 まずは焼いたパンに分厚い焼き玉ねぎと、ローストしたビーフをスライスしてからてんこ盛りにし、更によくわからない菜っ葉、かりかりに焼いた大量のベーコン、ふたたび肉を載せてマスタードをゴリゴリかけ回して仕上げにもう一度パンで抑え込んだ特製バーガーを作り、ぎゅうぎゅう抑え込んでからかじる。

 やばい、うまい。

 あと、あごがギリギリだ。

 もう一口くうと、隣でフルンがよだれを垂らしていた。


「すごい、それ、肉と肉で肉挟んでる、ずるい」

「ははは、すごいだろう、どれ、一口やろう」

「うん」


 がぶりと綺麗な歯型をつけてかじるフルン。

 すると当然他の連中も欲しがるので、あっという間に食い尽くされてしまった。

 満足そうな従者たちを見て胸が一杯になったので、今度こそ腹を一杯にしようと場所を移動すると、ミラーが簡易の石窯オーブンでパイを焼いていた。

 直径五十センチ、厚みも二十センチはある巨大なパイで、具は何かと聞くと、チーズだという。


「ほかには?」

「チーズです」

「チーズだけか」

「そうです、オーナー。ラクレットのホールをまるごとパイ生地でくるんで、オーブンにかけたものです。そろそろいけるとおもいますが」

「そんな恐ろしいものは、焼き立てをくわんとな」


 オーブンから取り出されたパイは、周りに芋やら人参やらが程よく焼けている。

 ミラーがパイ生地にナイフを入れると、中にはとろけたチーズがこれでもかと詰まっていた。

 そいつを芋などにからめて食う。

 うまいとかどうとか関係なく、これもやばいやつだった。


 そんなものをもぐもぐ食ってるとすぐに腹が膨れてくるのだが、他の連中はどうかと見れば、フューエルはデュースたちと楽しそうに談笑しながら食ってるし、年少組も走り回りながら行儀悪く食べて、アンに叱られていた。

 オルエンやセスたち前衛組は流石に健啖なのか、ずっと食べている。

 あとはまあ、それなりに楽しくやっているようだが、カリスミュウルはペース配分も考えずに食べすぎたのか、ベンチで寝込んでいた。


「どうした、もうギブアップか?」

「た、たべすぎ……だ、こんなに、食ってしまっては、しゃべるのも億劫だ」

「しょうがねえな、体の左側を下にしてると、少し楽だぞ。逆だと胸焼けするからな」

「そ、そうか」


 側にいたミラーにあとを任せて、お目付け役の透明人形チアリアールを探すと、まだ料理を手伝っていた。

 俺の顔を見ると、流石に気になるのか、カリスミュウルの具合を聞いてきた。


「ただの食べ過ぎだろう、しばらく寝てれば楽になるさ」

「なら良いのですが」


 と一旦区切ってから、


「彼女は周りに気を使う方法は身につけているものの、こうした場ではつい羽目を外しすぎるようです。ペース配分しながら楽しむということに、まだ、慣れていないのですよ。今しばらくは、旦那様に面倒を見ていただかねば」

「しかし、俺はだらしないことにかけては定評のある男だからな」

「旦那さまほど要領よく仕事も遊びもこなす方は、遊びなれた貴族でもめったにいませんよ」

「褒められると照れるんだがな、それでもやっぱり、お前が見てやるのが一番じゃないか?」

「彼女もやっとあなたのパートナーとして、一人前になったのです。まだ教えたりぬことは山程ありますが、これからは主人として立てることこそが、私のつとめなのですよ」


 などというチアリアールの表情は、どこかいたずらっぽい。

 透明な顔色を読めるようになるには、俺もまだ時間がかかりそうだが、彼女もたぶん、テナと同じタイプなんだろうな。

 こうでなければ貴族のお嬢さんのお目付け役はつとまらないんだろうか。


 食事を終えると、もうやることが尽きてしまった。

 別荘なんて二泊三日で十分だよなあ、と思いつつ、フューエルに別荘での過ごし方を聞いてみると、


「そうですね、普通は朝ゆっくり食事をとって一日遅れの新聞などを眺めてから、森やビーチを散策。昼食は出先でお弁当でもいいですし、馬車で一時間ほどのところにあるラスラの町で取るのもいいでしょう。小さな町ですが、別荘地の住民をあてこんで劇場や酒場の他にカジノもあります。夜までそこで過ごす人もいますね。日暮れにはドレスに着替えて、どこかの屋敷のパーティに。そこで夜更けまで飲んで踊って、あとは寝る。それを一月も繰り返せば、立派な貴族根性が叩き込まれますよ」

「勘弁してくれ、三日で鼻から脳みそが腐り落ちるよ」

「私も、あまりやりたくはないですね。まあ、パーティには二、三度顔を出さねばならないでしょうが、明日はハイキングにでもいきましょうか。北側のあの山を回り込んでいくと、美しい草原が広がっています。天気さえ良ければ、一日楽しめるでしょう」

「ふむ、そういうののほうがいいな」


 明日の予定は決まったが、今日の午後はまだ未定だ。

 カリスミュウルはいつの間にか高いびきだし、幼女トリオも昼寝している。

 俺も昼寝でもするかね。

 木陰にハンモックを吊るし、横になる。

 ちょっと幅が足りないので真横ではなく斜めに寝ると、いい塩梅だ。

 遠くで走り回っているフルンたちの声が、風に乗って流れてくる。

 それを聞くともなしに聞きながら、ふわふわと揺られるうちに、すぐに眠りに落ちてしまった。




 目を覚ますと、すでに空は濃い紫色に染まっていた。

 バーベキューは夜の部に入っている。

 前衛組はずっと飲み食いしてるらしい、強いな。

 まだ腹が減ってないので、エール片手にみんなのご機嫌伺いに回る。

 俺が寝てても勝手に盛り上がってるというのは、ちょっとさみしくもあるのだが、実際問題として常時全員の相手をするわけには行かないので、ちゃんと自分たちで楽しんでくれる方がいいのだ。

 そもそも、うちの従者たちは子供を除けばみんな自立してるからな。

 安心して好きなときだけ甘えたり甘えられたりできるんだよ、たぶん。


 裏庭には昼間はなかったキャンプファイヤーがたかれていて、何人かは火を囲んで歌ったり踊ったりしている。

 どこから持ってきたのか、エレンがギターに似た楽器をかき鳴らし、フルンたちがくるくると踊っていた。

 景気が良いな。

 メロディに合わせて、どこかで太鼓もなっているが、誰が叩いているのかわからない。

 手拍子を打っていたフューエルに聞いてみたがそれでもわからず、音のする方を探してみると、みつかった。

 クロックロンが音を出しているのだ。


「お前がならしてんのか」

「オウ、ボス。オドレオドレ」

「どういう仕組だ?」

「音ヲ記録スル、鳴ラス、ソレダケ」

「なるほど」


 つまりサンプラーか。

 先日の巨人の映像を中継したりできるんだから、それぐらいはできてもおかしくないか。

 クロックロンは思った以上にいろんなを記録しているようで、平らな部分を太鼓に見立てて叩いてみると小気味よくリズムを刻む。

 適当に叩いてもいい感じになるので、調子に乗って遊んでると、フルンたちが寄ってきた。


「すごい、クロックロンって太鼓だったの!?」

「おう、お前たちもたたけたたけ」

「うん、やる!」


 みんなで叩きはじめてキャンプファイヤーの周りはまたたく間にラテンのリズムに刻まれてしまった。




 遊び疲れて気がついたら、地面に敷いたラグの上で眠っていた。

 ミラーに尋ねると、夜の十一時ぐらいらしい。

 キャンプファイヤーは消えていたが、代わりに小さな焚き火がたかれて、コルスやエレンが、ちびちびと酒を飲みつつ火の番をしていた。


「やあ、旦那。さっきは熱演だったね」


 とエレン。


「まあな、お前もなかなかうまいじゃないか。はじめて聞いた気がするぞ」

「実はアルサに来てから覚えたんだよ。旅のお供にどうかと思ってね」

「それにしちゃ、ずいぶん様になってたが」

「あはは、あの曲ひとつしか、まだしらないんだよ。それでもなかなか、雰囲気は出るだろう」

「そうだな、やはりキャンプに音楽は欠かせないな」

「試練に出るまでには、もうちょっと色っぽい曲も覚えとくよ」

「期待してるよ。それにしても、こうして夜中に火にあたってると、旅のことを思い出すな」

「そうだね。もっとも毎晩不寝番に立ってた紅がいないけど」

「あっちはうまくやってんのかな」

「彼女がヘマをやるとこってのも、なかなか想像できないけど、なんせ遺跡は僕たちの想像を超えてるからね。ま、何かあればミラーが教えてくれるさ」


 遺跡の一つであるノード18で宇宙行きの下準備をしている紅は、彼女自身中身は女神の生まれ変わりであり、そのボディも古代に作られた高度なロボット……なはずだ。

 たぶん、大丈夫なんだろう。

 だが、側にいないというのは、ちょっと寂しいな。

 家で留守番しているメイフルやイミアたちも、交代で呼び寄せてもいいかもしれない。

 もちろんエディとポーンの顔も、早く拝みたいものだ。


「それはそうと、腹ごなしに夜の散歩でもどうだ。どうも昼間食いすぎてな」

「いいね、コルスはどうする?」


 と尋ねると、コルスはグラスをおいて、側に立てかけた脇差を手にした。


「良いでござるな、今宵は星が綺麗でござる」


 見上げると、見事な天の川だ。

 何という銀河系かはしらないけど、この星は天の川が見える場所にあるんだなあ。

 などと考えながら、散歩に出る。


 火から離れると少し肌寒いようで、木に引っ掛けたまま放置されていた誰かのパーカーを羽織る。

 俺が着ても丈が長いので、オルエンかクメトスあたりのものだろうか。

 ちょっとぶかぶかだが、まあいいや。


「しかし、貴族ってのはいつもこんな暮らしをしてるのかね」


 というと、コルスは首を傾げながら、


「さて、あのような騒ぎ立てる宴会は、あまりやりそうにないでござるが」

「そりゃそうか」

「それにしても、クロックロンにあのような芸ができたとは、驚きでござるな」

「他にもいろいろできるのかもな」

「すくなくとも、夜中の徘徊は得意のようでござるな」


 みると、遠くの丘を数体のクロックロンがわらわらと走り回っている。

 黒い点が虫のようで、ちょっと怖い。

 地元の人がびびらなきゃいいけど。


「そういえば、昨夜森の方で、なんかみたんだよな」

「なんかとはなんだい?」


 とエレン。


「うーん、寝ぼけてたからはっきりとは覚えてないが、なんかこう、頭から白いシーツをかぶった人間が走り回ってるような……」

「貴族には変態趣味者が多いって言うしねえ、旦那もかかわらないようにしないと」

「俺がやりすぎたときは、しっかり諌めてくれよ」

「諌めて聞く人は、そもそもやりすぎないんじゃないかな」

「わからんぞ、諫言を聞く力はあっても、やばさを想像する力がなければ、言われるまで気づかんだろうし」

「旦那ほど想像力のたくましい人間も、そうそういないと思うけどね」

「そうかな?」

「どうだろう」

「アバウトだなあ」

「白黒はっきりさせないのが、良い盗賊の秘訣ってね……ん?」

「どうした?」


 俺の問には答えずに、エレンはコルスに目配せすると、小走りに先行した。

 コルスに促されるままに、木陰に移る。


「ちと、妙な気配がしたでござる。獣のような、なんとも言えぬものでござったが」

「やばそうか?」

「いや、そういうものではござらんな。しかし、夜半の事ゆえ……」


 そこにエレンが戻ってきた。


「姿は見えなかったけど、狼か何かかな。森の方で狩りでもしてるのかも」

「ふぬ、獣の邪魔しちゃ悪いし、ぼちぼち帰るか」

「そうだね」


 というわけで、短い散歩を終えて別荘に戻ると、昼間から寝続けていたカリスミュウルが起きたところだった。


「もうこんな時間ではないか、起こせば良いものを」

「何を言ってる、眠くなったら寝て目が覚めたら起きるってのは、我が家の不文律なんだよ。商売人のメイフルや先生やってるエンテルみたいな特殊な例を除けば、みんなそうするんだから、お前もそうしたまえ」

「わけの分からぬことを力説するな。それで、どこに行っておった?」

「ちょっと散歩にな。どうする、ベッドに戻って寝直すか?」

「ふむ……流石にすぐには眠れぬな」

「じゃあ、酒でも飲むか」


 その後は火の側でダラダラと飲んで、気がついたら眠っていた。

 これこそが我が家のバカンスって感じだなあ。

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