第314話 テライサの村
都から戻って落ち着く間もなく、俺達はフューエルの両親が冬を過ごす別荘地テライサに向かっていた。
ゲートというのは便利なものだが、イメージとしては車や電車より飛行機に近く、必ずしも都合のいい場所にあるわけではない。
その特性上、ゲートのあるところに街ができることも多いのだが、ここ北テライサには駅馬車の駅と、小さな宿場町があるだけだった。
ここから馬車に乗って二時間ほどいくと、貴族の別荘地として有名なテライサ村につく。
ゲートから出た俺の第一印象は、気候の温暖さだった。
日本で言えば、春の連休時期ぐらいのあったかさで、昼間ならTシャツだけでもいけそうだ。
それも当然で、テライサの村はカープル島という南の島に存在する。
アルサからだと距離にして南に千キロはあるとか。
「もうすっかり春って感じだな」
というと、フューエルが背伸びしながら、
「ここに来ると、やっと年が明けたという気がしますね。去年までは年越しと共にこちらに入って、のんびりと前年の垢を落としつつ、英気を養っていたのですが、今年は新年早々、いろいろありましたから」
確かに、魔界に飛ばされたり都でハッスルしたり、平凡なおじさんの俺には無理があるレベルでいろいろあったもんな。
いくらなんでもイベントが目白押しすぎるので、ここいらで一発、なにもしない生活をしてみたいところだ。
馬車に揺られているのは、俺とフューエルの他にカリスミュウル、そしてお供がアンとテナ、チアリアールとミラーの四人だけだ。
あとの同行者は内なる館に入っている。
留守番はメイフルやイミアなどの商売組と遺跡にいってる紅だ。
それともう一組、エディとポーンの現役赤竜騎士も、仕事に勤しんでいる。
「それにしても、エンディミュウムめ、ちっとも家に帰らぬではないか。今回も結局同行せぬし」
カリスミュウルが言う通り、エディは忙しくてなかなか顔を出さない。
たまに帰っても、飯だけ食ってすぐにまた出ていくとか、そんな感じだ。
エディも大変だろうが、なんのかんの言って一番寂しがっているのはカリスミュウルのようだ。
こいつも友達少ないからなあ。
「まあ、そう言ってやるな。上手く行けば、休暇の後半には顔を出すってよ。だいたい、別荘はゲートから遠いらしいしな」
「だからこそ、避寒地としてはありがたいのですけれど」
とフューエル。
別荘なんて縁のない俺にはよくわからんが、あんまり便利な場所過ぎても、スーパー銭湯じみた大衆っぽさが溢れてしまうのかもしれん。
馬車は四人乗りのボックス席が二つ縦につながった八人乗りのもので、前にアン達従者四人が、後ろに俺たち三人が乗っている。
この街道は頻繁に駅馬車が通るのだが、これは貸し切りで借りたものだ。
のどかな田舎道は花が咲き誇り、実にいい眺めだ。
これがサスペンスならここから凄惨な事件現場に叩き落とされるんだろうが、あいにくと俺はこれから可愛い嫁や従者、そして気のおけない親戚連中と面白おかしく過ごすのだ。
あるいは新たな出会いなんかもあったりしてもいいなあ。
などと考えていたら、急に馬車が止まる。
駅馬車に乗りそこねた御夫人が、乗せてほしいと言っているらしい。
御者と話していたテナが、フューエルに耳打ちする。
「まあ、リヨンド夫人が?」
「ええ、侍女を一人お連れなだけなので、前を詰めればお乗せできなくはないですが」
「テライサまでですか?」
「そのようです」
ついで俺たちにこう言った。
「二人共、良いでしょうか。気の良い御夫人ですから、決して退屈はしないと思いますが」
この場合、断っても仕方ないので了承すると、デュース並みにぽっちゃりした御夫人が入ってきた。
「まあ、フューエルさん。あなたの馬車でしたのね、助かりましたわ」
年の頃は不明だが、たぶん四十を過ぎているだろう。
コロコロとよく笑う愛嬌のある御夫人だ。
「ほら、この先のシラフの高台で、渡り鳥が見えると言うものですから、朝からずっと頑張っていたら、沼に足を取られるわ、茨で袖は破くわで、もうさんざん」
「それは大変でしたでしょう」
「でも苦労のかいあって、見事なゼモウ鴨の渡りが見られましたのよ」
と大きな体を揺すりながら笑う。
それから、やっと俺に気がついた顔で、
「あら、素敵な殿方。もしやこの方が?」
「ええ、先ごろ婚約した、クリュウです」
と紹介され、頭を下げる。
表向きは、まだフューエルとも婚約ってことだからな。
「まあまあ、気さくで爽やかな好青年、噂では屈強な大男で、魔界で魔物や竜を相手に一歩も引けを取らない活躍だと聞いておりましたけど、とても優しそうなお顔立ちですこと、夫にするならこのような方がよろしいですわね、リースエル様のお喜びも、ごもっともですわ」
そんな噂は聞いたことがなかったが、桃園の紳士とやらはあちこちで活躍しすぎて、今やアメコミヒーロー並みに噂のバリエーションが豊富らしいからな。
リヨンド夫人は次に俺の隣で小さくなっているカリスミュウルに気がつくと、
「こちらのお嬢様は? フューエルさんに妹さんはいらっしゃらなかったですわよね」
「ええ、彼女もつい先日婚約した……」
フューエルがそこまで言ったところで、夫人は額に手を当てて、考える素振りを見せる。
「どこかでお見かけしたお顔……、誰だったかしら、その輪郭と目の色に覚えが……」
暫く考えるうちに、ピンと来たのかオーバーに手を打って、
「そうそう、カンプ公にそっくりで……えっ? もしや、カリスミュウル殿下!?」
「う、うむ、そうだ、母を存じておるか」
とぎこちなく答えるカリスミュウル。
夫人の方は目を白黒させて、俺とカリスミュウルを見てから、
「ご婚約? なされたんですの!?」
「む、まあ、そうだ」
「ま、まあまあまあ、なんてこと、こんな大ニュース、誰もご存じないのでは!? ご一緒に都の事件を解決なさったという新聞の記事も本当でしたのね。それにしても、まだ公表なさっておりませんわよね? まあ、どうしましょう、私の軽い口が、果たして耐えられるかしら」
「別に隠しておるわけではない、ことさら騒ぎ立てるつもりもないがな」
「まあまあ、でもそう言うわけにもまいらないでしょう? やはりご一緒に試練に? それが終わられてから、ご公表に?」
「た、たぶんな」
リヨンド夫人はなおも興奮していたが、不意に我に返ると、こう言った。
「わかりました、私、口は軽うございますが、その分尻はおもうございます。ここはどんと構えて、あなた様のことは胸に納めておきますわ」
「そ、そうか、そうしてくれれば、そのほうが、助かるが……」
「ええ、もちろんですとも。それにカンプ公とは、婦人会での孤児の支援活動で、何度もご一緒しておりますもの。きっとあの方もお喜びだったでしょう」
「うむ、随分と喜んでくれてな、その、初めて孝行ができた、気分だ」
「それはよろしゅうございました、公も貴方様も、ご苦労がお有りでしたから」
と今度は我がことのように涙ぐむリヨンド夫人。
確かに、気のいい人物のようだ。
その後は話題を変えて、村の様子などを聞いた。
「先日の晴れた日には、りんどうが咲く小道を歩いておりましたら、親子連れのイノシシが出て、私びっくりいたしまして、あれでしょう、イノシシもあの角で刺されると命に関わるとか」
「あの巨体ですからね、特に子連れだと凶暴でしょう」
と相槌を打つと、夫人はオーバーなゼスチャアで、
「もう、こんなに大きなイノシシで、なにを食べたらあんなに大きくなるのやら」
オーバーだなあとは思うが、この間もめちゃくちゃでかいクマに遭遇したしな。
そういうイノシシもいるかもしれん。
そもそも、イノシシは日本の山に出るようなのでも怖いからな。
山道をポクポク歩いてて目の前に突然現れたら、マジでビビる。
歩くだけでドスドス地響きがするし。
イノシシはともかく、リヨンド夫人のおかげで、俺達は長い馬車の旅を退屈することなく過ごせた。
村について別れ際、夫人はフューエルに向かって、
「落ち着いたら、カントーレ夫人を訪ねて差し上げて。彼女、先年夫を亡くされてからふさぎ込んでいたのに、今度は急に年下の人と結婚なさって、そのことで息子たちから随分といじめられているのよ」
と思わせぶりなことを話して去っていった。
実家の執事に出迎えられ、別荘に入ると、すぐに家族揃ってお茶会となる。
カリスミュウルは両親とは一度顔を合わせているので、今日はスムースに輪に溶け込むことができたようだ。
一息ついたところで、俺はピューパー達幼女トリオを連れて、村の散策に出た。
案内役は祖母であり、オズの聖女の二つ名を持つリースエルだ。
世間的にオズの聖女というのは、半世紀も前になにかすごい活躍をした偉大な神霊術師ということだが、俺にとってはデュースの友人でフューエルの祖母だ。
そのリースエルおばあちゃんは、幼女たちをあやしながら、温かい草原の気持ちいい散歩道を案内してくれる。
「小さな村でしょう、この時期はあちこちから別荘に人が入っているけど、春をすぎればほとんどが空き家になるのよ」
「こんな綺麗なところなら、一年中でもいたいところだけど」
「もっとも夏場は逆に暑すぎて、若者にはいいけど年寄りには少し厳しいわね。それでも、例えばあの一際古いレイダ荘のカントーレ夫人は、もうずいぶん長いことあそこに陣取っていらっしゃるわね」
さっき聞いた名だな。
再婚したとかどうとか。
「それから、あちらのガッチリした要塞みたいな作りのお屋敷は、セブン公のものよ。あの偏屈者のご老人は、かつて金獅子の若き虎として名を馳せ、引退後も騎士院で立派な仕事を残しておられたのですけど、腰を悪くしてからは、こちらに引きこもっておいでね」
俺と同じく幼女達、特にピューパーはそうした話には興味が無いらしく、大きな花畑で花輪を作り始めた。
俺とリースエルもしばし一緒になってせっせと内職に勤しんだ。
しばらくそうして遊んでいると、小さな荷馬車がそばを通る。
御者台にいるのは、村に一つしか無い雑貨屋の店員で、ちょっと愚鈍だが、気の優しい若者らしい。
「大奥様、今、でっけえ酒樽を、三つも納めてきただ。あれ、全部飲んじまうだか?」
と男がいうと、リースエルが笑って、
「ええ、大酒飲みが何人も来たから、きっと足らないわね」
「うへえ、そりゃあ大変だ。明日には、港の方からも荷がはいるだで、また持って来るだ」
そう言ってから男は空を仰ぎ、
「雨が降るでよ、はよう帰ったほうがええぞ」
「あら、ありがとう。そうするわね」
見上げると空はいい天気だが、リースエルは彼の言葉を信じたようだ。
花輪づくりを切り上げて、帰路につく。
「彼の天気予報は当たるのよ。デュースも天気だけはよく当てたけど」
「あいつの占いは、天気以外は当たらないようですからね」
「ええ、仲間内で彼女に占いを頼むものは、いなかったわねえ」
そのデュースは、今は屋敷でまったりしているはずだ。
心臓の件があってから、本人以上にフューエルやオーレが心配するので、あまり無茶をしていないようだ。
木立を抜けると、広い道に出る。
俺たちがここに来た街道とは別の道だ。
「ここを少し行くと、新しいホールがあるの。最近住み着いたボーセント卿が、毎晩舞踏会を開いてるのだけれど、クリュウさんはお好きかしら?」
「いやあ、気疲れしそうで、ちょっと」
「ですわねえ、私も、爵位こそ頂いたものの、ただの田舎者の年寄りだから、ああした場は苦手ねえ」
花輪をいっぱいぶら下げて帰ると、フューエルとカリスミュウルが出かける準備をしていた。
フューエルが俺たちに気がつくと、こう言った。
「あら、ずいぶんと可愛らしくなりましたね」
「こういうのも似合うだろう。お前たちのもあるぞ」
と花輪を二人に進呈する。
「あら、素敵」
「それで、どこに出かけるんだ?」
「ちょっとお茶を飲みすぎたので、森を散策しようかと」
「なんか雨が降るらしいぞ」
「まさか、さっき覗いたらずいぶんといい天気だったのに」
と言ってるそばから、雨音が聞こえてきた。
「まあ、本当に。仕方ないですね、カリスミュウル。なにか別のことで、遊びましょうか」
「うむ。雨の中を練り歩くのは、探索の際でも気が重い」
「と言っても、ここは何もありませんからねえ」
「フルンのボードゲーム、というやつがいろいろあっただろう」
というとリースエルが、
「まあ、持ってきているのね。あれは前に遊ばせてもらったけど、とても面白かったわ」
と乗り気である。
俺たちは雨音を聞きながら、しばしゲームに勤しんだのだった。
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