第313話 巨人ふたたび その四
「巨人ですって!?」
俺以上に驚いたエディがミラーに問いただす。
「どこ、トッサ湾の中?」
「いえ、湾の外、南西六キロのあたりです。地下にいけば、映像で確認いただけます」
「エイゾウ? よくわからないけど、頼むわ」
大慌てで地下に降りる。
地下の一室には、テーブルが並び、前方には巨大なスクリーンが設置されていた。
軍隊の基地というよりは、ロケットの管制室みたいなイメージだ。
いつの間にこんなものを作ったんだろうな。
ミラーの一人が立ち上がって迎え入れる。
「クロックロンからの中継が入ります、席にどうぞ」
と促されるままに席に着くと、スクリーンに映像が写った。
薄暗い海。
すでに水平線は明るい。
その狭間に、六体の巨大なシルエット。
たぶん、アレが巨人だ。
「これって、現地のことがそのまま見えてるの? 遠目の術みたいなもの?」
と驚くエディ。
「そうです。このシステムはまだ構築中で、中継映像のほかは俯瞰地図しか投影できません。サイドに表示します」
ミラーの言葉通り、中継映像の横に、俯瞰地図が表示された。
半円を描くトッサ湾の沖に、点が描かれている。
「外見から推測する限り、以前見たカラム29の操る巨人との類似性が見受けられますが、すべて異なる個体です」
「あれは、ウルの召喚でぶっ壊れたみたいだしな」
「はい。今の所、静止しており、動きを見せてはおりません」
「いつからあそこにいるの?」
とエディ。
「現地の話では、夜明けで沖が照らし出されると見えた、とのことです。現在、海岸沿いにいるクロックロン二十二体と、海中で遊泳中の七体が、情報を収集中です」
「ふむ、しかし、なんでまた……、あっ」
と俺が叫ぶと同時に、六体の巨人はかき消えた。
「すべてのセンサーから反応が消えました。水中に小さな熱源が六つ、沖に向かって二十ノットで移動中。クロックロンに追跡させますか?」
「そうだな、でも危険を感じたら、やめさせろよ」
「了解しました」
ふう、都の件が片付いたと思ったらまたこれか。
めんどくさそうなのは勘弁してほしいんだけどな。
とエディをみると、深刻な顔で腕を組んで考え込んでいた。
「どうした、なにか思い当たることでもあるのか?」
「あるのよ。ここ数日、遠洋の漁師や南方交易船の乗員が、海で巨大な人影を見たって報告がいくつもあって。昨夜もその検証であちこち走り回ってたんだけど、まさかここにまで出るとはね」
「新聞なんかには出てなかったと思うが、なにか被害はあったのか?」
「特にないのよ。そもそも、明確に見たって証拠もなくて、薄暗い夜だったり、目撃者が酔っ払いだったりとたよりなかったんだけど、ここのよくわかんないけどすごい魔法で確認したんでしょう? だったら本物ってことよね」
「たぶんな、カラム29の仲間かなにかだろうけど、ちょっと確認する方法がなあ、近々宇宙に行けばわかるかもしれん」
「とにかく、実在するなら警戒させないとね。といっても、あんなのと戦えるのかどうかわからないけど」
「むやみに刺激しないほうがいいんじゃないか? 俺の仕入れた情報通りなら、あいつらはこの星の魔法の仕組みなんかを作った連中の仲間だぞ」
「魔法って女神のお力を授かってるんじゃないの?」
「たぶん、違うっぽいな、作ったのは女神の仲間だと思うが」
「ほんとなの? だとしたらすごい発見じゃない?」
「まあ、詳しいことはわからんので、それについてはまた今度な。それよりも巨人だろう。クロックロンがうまく正体をつかめるとは思えんし」
「そうよね、そもそも、敵なのか味方なのか」
「前みたいに、何かの警告に来たのかもしれんぞ」
「警告?」
「魔界でカラム29が出現したときは、ここから逃げろって言ってたんだよ。要は女神の柱が崩れるから危ないぞってことだったんだろうけど」
「じゃあ、今後そういうアピールをしてくるってこと?」
「一つの可能性としては、だけどな」
「でも、それはつまり味方ということよね」
「敵ではないだろうな」
「その場合は、巨人対策よりも、何らかの起こりうる災害への対策をしたほうがいいってことになるわね」
「そうだな」
「となると、初動で手が打ちやすいように部隊を広く分散させることになるし、他の地域の騎士団や領主、街の民兵とも連携できるように根回ししておく必要があるんだけど」
「ふぬ」
「あの巨人自身が敵だとしたら、逆に兵力を集中して一度に動かさないと、各個撃破されるわね」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
「両方一度にはできんよな」
「それを両方やらなきゃダメなのが、団長ってもんなのよ」
「大変だなあ」
「ほんと、勘弁してほしいわ」
と言って、大きなあくびを披露する。
「すぐ出なきゃだめだけど、ちょっとだけ仮眠を取るわ。せっかく待っててくれたのに、ゴメンね」
「いいってことさ、いつでも待っててやるから思う存分働いてくれ」
「ありがと」
むちゅーっと熱いキスをかわすと、エディはポーンを連れて地下室から出ていった。
あとに残った俺は、スクリーンに映し出された海の映像を眺める。
「ところで、ここって何ができるんだ?」
とミラーに尋ねると、
「現状では映像のモニタリング程度しかできません。そもそも、ここは倉庫を兼ねた我々のメンテナンスルームでした。現在判明している範囲では森の地下基地とも別系統で、当時地上に存在したロボット工場の一部であったようです」
「工場?」
「はい、そこで作られ、ここを始めとした倉庫に保管され、出荷を待っていた状態だったようです。それが十万年前のゲートの爆発でほとんどの施設が消滅し、ここだけが残った、ということのようです」
「なるほどねえ」
「現在、あの大型スクリーン一基が現存していたので、それをもとに各種映像情報を提供するシステムを構築中です。ただし基幹システムが存在しないので、メンテナンスシステムの一部と、我々自身をモジュールとして転用しています。タスク・ノード級のシステムへの接続、ないしは独自の構築が必要です」
「タスク・ノードってのは要はノードだよな、都の191はだめなのか?」
「主要なリンクが全て失われております。現在は低速な無線通信のみで接続しております」
「じゃああれか、地下の、なんだっけ?」
「ノード229です」
「それと仲良くしてもらうのが手っ取り早いか」
「そうなります」
「がんこっぽいからなあ」
「セマンティクス、つまり人格部分を喪失していることが直接の要因だと考えられます。これを復旧させるか、上位ノードのうち可動が確認されているノード7、21、48のいずれかにアクセスし交渉することが望まれます」
「で、どこにあるんだ?」
「所在地は不明です。アクセスも受け付けていません」
「なぜだ?」
「セキュリティ上の問題と、軌道管理局は排他的だ、というのがノード191からの情報です」
「めんどくさいなあ」
「元々は国務院と呼ばれる外交機関の下部組織ですが、ゲート経由できた他星系人の影響下で構築された組織であったそうで、当時から一定の独立性を保っていたそうです」
面倒そうなことにはかかわらないというのが俺のスタンスだが、エディの負担は少しでも取り除いてやりたい。
となるとあの巨人について少しでも調べられることは調べておくべきだろう。
あっちはカラム29、つまり二億年ぐらい前のこの星を再生した女神だかなんだかの関係者である可能性が高く、ノードとかの十万年前の遺跡関係とは別物だと思うので、唯一の手がかりであるカラム29に会いに行くのが手っ取り早いだろう。
こちらは再来週あたりにノード18に出向いて宇宙船をゲットして軌道上まで会いに行く算段になっている。
それにしてもノードとかカラムとかややこしいな。
自分で言ってて何がなんだかわからなくなってきた。
数字とか間違えてそうな気もするし。
ストームとセプテンバーグが早く生まれてくれればもう少し教えてもらえるかもしれんが、あんまり当てにはならんよな。
第一寝不足で、まったく頭が回らん。
エディも寝ちゃったし、俺も寝るとしよう。
いい匂いで目が覚めると、昼飯前だった。
エディはすでに仕事に出ていたので、新人巨人のレグを探すと、裏庭だという。
出てみると、前衛組と一緒になってトレーニングしていた。
ちょっとした丸太サイズの巨大な槍を構えて、ぶんぶんと型を使っている。
なんというか、すごい迫力だ。
一振りごとに空気が歪んで見える。
空気が歪むってなんだよって気もするけど、なんというか、そうとしか言えない感じだ。
「おはようございます、ご主人様」
遠巻きに見守っていたクメトスが寄ってきた。
「すごいな、あれ」
「ええ、我々騎士の槍捌きとはずいぶん違いますが、あれは波岩流の流れをくむ槍術で、名前の通り、波が岩を削り取るがごとく、力で敵を根こそぎなぎ倒す技です。あの槍をご覧ください、変わった形をしているでしょう」
言われるままによく見ると、槍の先には斧と鉤爪がついている。
「あれはハルバートといって、突く、切る、殴るといかようにも使える武器です。通常のハルバートは三メートル程度で自分の背丈より五割増し程度の物を使うのですが、あれは六メートルはあります。そんな巨大な獲物をあの速度で振り回すのですから、まずたいていの相手は近づくこともできません。しかもあの技量。私も一対一で対することは遠慮したいですね」
クメトスがここまで言うからには相当なものだろう。
「そもそも、ハルバートは歩兵が馬上の騎士相手に、あの鉤爪で引きずり落とし、集団で仕留めるための武器なのですが、彼女が使うと、単身で敵を薙ぎ払う無双の武器となりますね。まるで往年のスェードルがガルペイオンを振り回していた姿を思い出させます」
スェードルというのは今は亡きスィーダの祖父で、すごい戦士だったらしい。
何にせよ頼もしいな。
同じく、横で見ていたオルエンが、
「見た目も…派手、ですが……あの一撃は、重い。あれを受け切るには、今より、もっと…丈夫な盾が……必要」
となんだかやる気を見せている。
オルエンも一見ダウナー系だが、根っからの騎士だけあって、実は熱血だからな。
更にそのとなりでクロの上に立ち、見学していたレルルは、
「いやはやすごいものですな、惜しむらくはその体格故にダンジョンに入るのは難しいでしょうが、野戦であれば、まず彼女に立ち向かえるものはいないでしょう。もっとも、個人の勇で勝敗が決まらぬのが戦というものではありますがな」
などとうんちくを垂れている。
レルルはコンプレックスが高まってるときほど舌が回るっぽいので、彼女の恵まれた体型に嫉妬してるのかもしれない。
でも、コンプレックスが自己完結しがちなレルルにしては、他人に嫉妬するのはいい傾向かもなあ。
ずいぶん腕が上がったとも聞いてるしな。
型を終えて汗を拭っていた巨人のレグに声を掛けると、顔を真赤にして恐縮した。
「ご、ご覧になってたんですか。その、お恥ずかしい姿を……」
「いやいや、大したもんだ。メルビエから強いとは聞いてたけど、想像以上じゃないか」
「でも、こんな槍を振り回して、き、興ざめなされたのでは」
「まさか、だいたい、うちは筋肉ムキムキのマッチョも多いからな、むしろそういうのも好みなんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「ほんとほんと、主人の言うことは信じなさい」
我ながら適当なことを言っているが、レグは嬉しそうにうなずいていたので、まあいいだろう。
昼食ができたので、トレーニングは打ち止めとなった。
レグは前衛組とすっかり打ち解けて、武勇談義に花を咲かせている。
仲のいい女の子たちを見るのはいいもんだ。
一方、なかなか友達の増えないカリスミュウルは、俺の隣で昼食のパスタをもりもり食っていた。
「エンディミュウムめ、帰っておったかと思えば、またぞろ仕事に行きおって。あやつはいつ休んでおるのだ?」
「天下の赤竜団長様ともなれば、俺らみたいな引きこもりとはわけが違うんだろ」
「あの様子では、休暇にも行けぬのではないか?」
「まあ、無理そうだよな」
「まったく……」
「それより、今日の打ち合わせは、お前も行くんだろう?」
演出家のエッシャルバンと、商店街の新装オープン絡みで打ち合わせるのだ。
バレンタインの劇などもあるらしいので、春のさえずり団の今後のことなども合わせて相談したいところだ。
「うむ、カプルは三時頃に出ると言っておったぞ」
「じゃあ、まだ時間あるな」
「フルンが今から本屋に行くので、私は時間までそれに付き合うつもりだが、貴様はどうする?」
「うーん、あんまり立て込んでるのもな、俺はそれまで留守番してるよ。微妙に寝不足だし」
買い物にでかけたカリスミュウルたちを見送り、俺は暖炉の前で時間まで腑抜けておくことにする。
ぼーっと暖炉の火を見つめていると、突然炎の塊が飛び出してきた。
「あー、おどろいた? おどろいた? ごめんなさい!」
くるくる回る火の玉の正体は、クントだった。
そしてもう一つ、そのとなりでピカピカ光ってるのは妖精のパルクールだ。
「いまね、パルクールと遊んでた。ぴゅーって空の上から、ざぶーんって湖に潜って、がつーんって壁にあたって、びょーって戻ってきた!」
「ぴゃー」
あとのぴゃーはパルクールの叫びだ。
まだ言葉はしゃべれないようだが、俺にもわかるぐらいすごい力を発している。
外をうろちょろさせてていいのかな、と思うんだけど、パロンが言うには、力が強すぎるんで、ちょっと外に出して発散させないと、他の妖精たちが疲れる、とかなんとか。
まあ、クントの遊び相手になるのでいいだろう。
しゃべるだけしゃべると、また二人は外に出ていった。
元気だなあ。
入れ違いにネールがやってくる。
初対面のおばけじみた陰鬱さは多少影を潜め、今は少し物憂げな美女って感じのネールだが、まだ家事には慣れておらず、家のことを手伝ってはよくしでかしてるらしい。
戦闘でもよくしでかしてたし、根はおっちょこちょいなのかもな。
「今、クントとパルクールがこちらに来ませんでしたか?」
「来たぞ、すぐにまたどっか行ったけど」
「どうも湖の漁師が怪しい光をみたといって不安がっていると、白象騎士団を通じて連絡がありまして」
「まあ、ビビるよな。俺もさっき突撃されて驚いたところだ」
「ご主人様にまで。あの子達は言ってもなかなか聞きませんので」
「しょうがないな、せめて森の方で遊ばせるとかしたほうがいいかもな」
「はい。ところで、あの子の体の件はどうなっているでしょう」
体を持たないクントのために、人形の体を作ってやろうと依頼してたのだが、頼んでおいた人形師が失踪してしまったのだ。
「前回の報告では、例の人形師がまだ戻ってないってことだったな」
「そうですか。しかし、人形を制作する職人が、魔界で何をやっているのでしょう?」
「スィーダの従姉の子は、人形を作る装置みたいなのを、遺跡に探しに行くようなことを言ってたけど」
「その者と、例の人形師は同行しているのでしょう?」
「らしいけどな。ってことはあれかな、依頼してた人形師のとこの装置も壊れちゃったので、新しいのを仕入れにいってるんだろうか」
「そういうものなのでしょうか」
「正直、俺にもわからんけどな。代わりがすぐに見つかるんなら、依頼し直してもいいんだけど、コネも使ってやっと見つけた職人さんだからなあ」
ネールは早くクントに体を作ってやりたいのだろうが、こればかりは仕方あるまい。
消息がわかれば、はっぱをかけに行くこともできるんだろうが、そちらも音沙汰なしだからな。
魔界の某お姫様にお願いしてはいるんだけど、あんまり当てにならんしなあ。
そうこうするうちに、時間になった。
カリスミュウルの帰宅を待って打ち合わせに出発する。
演出家のエッシャルバンがいる大きな劇場はいつも客で溢れているが、今日は休みだそうで閑散としている。
といってもそれは表だけで、舞台ではなにやら人がわらわらと働いていた。
点検か何かをしてるらしい。
ここの舞台は人を吊り下げたりなんやかんやで派手だからな。
「うちはほぼ毎日舞台がかかっているからね、こう言うときしか舞台に手を入れられんのですよ」
しばし見学してから、エッシャルバンのオフィスで打ち合わせをする。
今日の議題はバレンタインをテーマに、パロンのチョコショップの宣伝劇をやる事についてだった。
どうやら、街のあちこちでゲリラライブとして寸劇をやるらしい。
現行案では一話十分程度の短い劇を街のいたるところで何度もやり、毎日一話ずつ進めるという。
全部見られなくても支障がないような脚本にしつつ、全部見たくなるような演出をするとかなんとか。
「先の舞台で、あとを引く口コミというものに味をしめましてね、その方向でアイデアを練ってみたのだが」
とエッシャルバン。
「しかしそれだと、見逃した人がごねそうですね」
「そこで批判されるのは覚悟の上だ。しかし、だからこそ、人々は次の上映場所を求めて情報を集めるために話題にする、そこが狙い目だ。作品の狙いというものは常に一つに絞らなければならない。しかるに本作はあくまでチョコレートの宣伝、であるならば、バレンタインというワードを人口に膾炙させることこそが、唯一の狙いなのだよ」
「口コミが広まると、後半はパニックになりませんかね」
「そこのところは、騎士団とも入念に打ち合わせをしてある。それに、謎めいたチラシを配り、次の場所を暗示するのだ。以前、メイフルさんから拝見したんだがね、紳士の挑戦という謎解きがあっただろう、あれにヒントを得たのだ」
「なるほど、しかしああいう謎解きは慣れてないと難しいですよね」
「たしかに、ああいうものは答えを知ってからだと簡単に思えるが……、サクラが必要だな」
「盗賊ギルドあたりに頼めばいいのかな」
「なるほど、そちらも手を打っておこう。そして肝心なのが最終日、商店街の開店日に、商店街でフィナーレを演じる、という流れでいこうと考えているのだが」
「あざといですね」
「だからこそいい、宣伝というものは、ちょっとやりすぎなぐらいで、やっと通じるものですからな」
「そりゃあ、そうですね」
俺も仕事では経験がある。
うんざりするほど新製品の情報を流しても、誰も知ってくれないんだよな。
「ただ、これは劇による集客の度合いを見て調整せねばならんでしょう。パニックになるほど人が集まれば、むしろ商店街が仕事になりませんからな」
「その場合は、湖を西に抜けたあたりに広場がありますから、そのへんで手をうちまひょか」
とメイフル。
「それが良いでしょうな。いや、楽しみになってきた。私も演劇を志したのは、幼少の頃に街の広場で見た屋台の寸劇でしたからな。原点回帰というわけですよ」
いつも自信満々のエッシャルバンは今日も自信に満ちていた。
こう言う人間は、まず失敗しないんだよな。
たとえ途中で失敗があっても、めげないので最終的には成功に持っていけるというか。
頼もしいなあ。
打ち合わせが終わったところで、気になることを聞いてみる。
「春のさえずり団の面々はどうですかね?」
「ふむ、実はそのことも相談しようと思っていたのですよ」
そう言ってエッシャルバンは、椅子に深く腰掛け、腕を組んだ。
「メンバーのペルンジャが春で抜けるという話はご存知で?」
「ええ、聞いています」
「では、彼女の出自は?」
「それも人づてに聞いてはいます」
「そうですか、他のメンバーは知らぬようですが、私もそれなりに確認したところ、お国の事情とかではっきりとは」
「らしいですね」
「いずれにせよ、我々ではどうにもできぬことのようで。彼女たちの実力なら三人でも、あるいは別の人間を入れてもうまくやれるでしょうが、どうも当人たちがそれを望まぬ様子」
「では、引退を?」
「おそらくは。もったいないとは思うのですが、この業界は、腕は二流でも死ぬまで続けるものもいれば、天性の才能を持ちながら、早々に去るものもいます。いくら周りが望んでも、本人が去ってしまえば、それまでなのですよ」
「私にはなかなかわからない境地ですけど、では、このまま解散させるのですか?」
「そうなるでしょうな。私としては、せいぜい華やかに幕を下ろさせてやるぐらいでしょう」
なんだかあっけないものだなあ、と思うが、花の命は短いと言うし、そういうものなのかもしれない。
打ち合わせ自体は滞り無く終わり、劇場を見学することに。
エッシャルバンは急用が入ったとかで、彼の弟子の若いお嬢さんが案内してくれる。
リーナルという名で、プリモァらしいきれいな銀髪をショートボブでまとめた、ちょっと知性的なお嬢さんだ。
動きはキビキビしてるし、アクティブな文学少女って感じかな。
打ち合わせ中は置物のように押し黙っていたカリスミュウルは、舞台を案内されると、ウキウキとはしゃぎだした。
「おお、客席から見るよりも、ずいぶんと大きなものだな。何だ、あのランプは、あんなに眩しいのか。これでは何も見えんぞ、よくこんな状態で演じられるものだな!」
楽しそうだな。
はしゃぎまわって作業中の大道具っぽい人に怒られてるあたりが、じつに頼もしい。
怒ってる人もまさか相手が王様の姪子様だとは思うまい。
同行していたメイフルやカプルは、その程度のしでかしは気にしないので、ほっといていたが、逆に案内人のリーナルちゃんのほうが気を使って、フォローに回っていた。
「カリスミュウルさん、大道具の人たちは気が荒いので……」
「し、しかしだな、お、あれはなんだ?」
「いけませんよ、あ、ちょっと、ひゃぁ」
「ぬわっ!」
と今度は二人揃って転び、並んで怒られている。
子供かよ。
カリスミュウルは言うに及ばず、さっきまでインテリ風味だったリーナルちゃんも、髪をクシャクシャにしてしょんぼりしている。
かわいい。
その後、場所を楽屋にかえて、カリスミュウルとリーナルちゃんは文芸談義に花を咲かせはじめた。
カリスミュウルが文学好きなのは知っているが、リーナルちゃんは戯曲家、つまり劇の脚本を書く仕事を目指しているらしい。
戯曲家が演出家を兼ねることも多いそうで、一流の作家でもあるエッシャルバンに頼み込んで弟子にしてもらったとか。
「戯曲といえば、アンガー王の御代の作家リンポーゼの戯曲ラムザットが好きでな」
「まあ、リンポーゼお好きなんですね! あれはレーゼドラマなので、私どもはあまり縁がないのですが、不遇の騎士ラムザットの生涯が実に衝撃的で」
「うむ、しかし、エッシャルバンといえば、実現不可能と言われた舞台を次々に成功させているではないか、たしかにあの話は夢と現実が交互に混じり合う不可思議な物語ではあるが」
「同じリンポーゼ作の花と監獄を舞台化しようとしたことはあったそうですけど」
「バラの茨で覆われた高い城壁が、一夜で砕け散る、というやつだな」
「そうなんです、そこをどうしても満足の行く形で表現できなくて……」
などとマニアックな話を続けている。
よくわからんが、楽しそうだなあ。
マニアが思うままに趣味を語り合うのは、聞いてて熱くなるよな。
俺も主人仲間をつくって従者談義に明け暮れてみたいものだ。
今、ルタ島で試練に挑んでいる紳士の中には、俺とウマが合うおっぱい好きの紳士とかいないのかな?
いるといいのになあ。
帰り道、趣味の会話を堪能したカリスミュウルは満足そうな顔で、
「ははは、どこに話の合うものがいるかわからんな」
「よかったな、フューエルなんかもよく舞台を見に行ってるようだし、お前もリーナルちゃんに会うついでに見に行ってやれよ」
「うぬ、舞台がどうこうより、劇場のように人の多いところは好みではなかったが、いささか興味も出てきたわ」
そりゃなによりなことだ。
家に帰ると、紅とエーメスとレルル、それに四人のミラーが旅支度をしていた。
ノード18に宇宙船を貰いに行く事になってるんだけど、他にもいろいろあるっぽいので、紅とミラーが先行してあちらに赴き、事前に準備をしておくそうだ。
エーメスとレルルは道中の護衛で、向こうについたらすぐに折り返してくる。
「先方では、宇宙船の他に様々な設備を譲渡する準備があるということです。マスターがおいでになるまでに、一通りの確認と目録の作成までは完了しておく予定ですが、詳細は現地に到着後、改めて連絡します」
と紅。
「たのんだぞ、といっても、休暇が終わってからでも良かったのにな」
「いえ、私自身、このノードというシステムに興味が湧いています。このボディを生産した技術体系を学ぶことができれば私自身も得るものが多いと考えられます」
などというので、無理に引き止めることもあるまい。
目抜き通りのあたりまで皆を見送り、戻ってくると、果物屋エブンツの義弟ハッブが仕事から帰ってきたところだった。
「よう、ハッブ。今日は早いな」
大きな食堂の料理人である彼は、いつも夜中まで働いている。
「こんばんは、サワクロさん。僕も最近は引き継ぎのために出てるだけですから」
「そりゃそうか、もうすぐだもんな」
このハッブは今度独立して店を出す事になっている。
俺もいろいろ協力しているが、たぶんいい店になるだろう。
ハッブと別れて、ふと空を見上げると、夕暮れ時の空にポッカリとアップルスターが浮かんでいる。
今度はあそこまで行くわけか、異世界ぐらしも大変だな。
その前に別荘で休暇があるんだけど、あまり面識のない親戚のご機嫌伺いという側面もあるので、俺やカリスミュウルにとってはいうほど休暇という感じではない。
それでも従者連中に気分転換のひとつもさせてやれれば、行く価値はあるんだけど。
まあいいか、今のうちに英気を養っておくとするかね。
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