第312話 巨人ふたたび その三
たっぷりケーキを食って、満足したところで、裏庭に出てみた。
雪はやんで大きな月が出ている。
桟橋や井戸に通じる道は雪かきがしてあるので、夜でも問題なく歩ける。
同伴したミラーが手にしたランプを頼りに、夜の散歩といこう。
馬小屋を回って井戸の横を抜け、画廊の脇道から表通りにでる。
この時間は他の店もしまっているし、人通りもほとんど無いが、斜向かいの冒険者ギルドだけは明かりが灯っていた。
中を覗くと、課長のサリュウロとバイトのミラーが三人、事務作業に追われていた。
他のパートや客の冒険者もすでにおらず、奥の騎士団詰め所に、宿直の騎士と兵士がいるだけのようだ。
「あら、サワクロさん、こんな時間にどうなさったんです?」
俺に気がついたサリュウロが嬉しそうに話しかけてきた。
「ちょっと食べすぎてね、かるく散歩さ。君の方はまだ仕事かい?」
「ええ、でも最近はだいぶ余裕ができました。サワクロさんのおかげです」
「そりゃあ何より」
「そういえば、お隣も工事に入ったんですね。宿をやると聞いていますけど」
「まあね、もっともオープンするのは早くて秋だよ」
「そうなんですか、お宿だとそんなすぐにはいきませんよね。でも、来年の今頃にはここも賑やかになってるでしょうねえ。その頃にはサワクロさんも称号をえられて、私達の手の届かない人になってそうですけど」
「人間、そんな簡単に偉くなったりはできんよ。そっちこそ、そろそろ実績が認められて栄転とかないのかい?」
「まさか、そもそもプリモァだからって事故の責任を押し付けて左遷するような組織ですから。せっかくサワクロさんに頂いたチャンスですし、冒険倶楽部だけでもしっかり成功させたいですね。先のことはそれからです」
冒険倶楽部というのは、ゲームっぽく冒険者を管理する仕組みだが、俺の雑なアイデアを俺以外の優秀な連中がきっちり構成してくれたおかげで、わりといい塩梅に回っているようだ。
レベルの上がった冒険者などは、大きな商社や騎士団、さらには貴族からも安定して仕事を取れるようになっているらしい。
短期間で大した成果だな。
「でも、強い方はいいんですけど、駆け出しの素人冒険者のトラブルは、さほど減ってないんですよね。難しいものです」
「命がけの商売だからな、もうちょっと危機感を持ってのぞんでくれるといいんだろうけど」
「冒険に出ないとわかりませんものねえ。舞台なんかで、名だたる英雄がバッタバッタと魔物をなぎ倒す、みたいなのだけ見て冒険者になられても困るんですよね」
「ははは、まあそういうのは仕方ないさ。かといって、舞台で素人冒険者が魔物にやられてボロボロに野垂れ死ぬ話とかやられても困るだろう」
「それはそうなんですけど」
残念ながら、サリュウロちゃんはまだまだ仕事が残ってるようだったので、そこで切り上げて外に出る。
商店街の西側は、かなり工事が進んで、空き家だった古い建物も、外装はきれいに整っていた。
すでに工事は内装に移っているらしい。
まっすぐ商店街を抜けると、大きな三叉路に出る。
右手は湖沿いに北に抜ける道で、左手は学生寮へと至る。
今も学校帰りで勉強に疲れ切った顔の学生や、ほろ酔いで歌など歌っている学生が、まばらに帰路についていた。
学校生活も楽しそうだな。
俺は学生時代に十分堪能したからいいけど、うちの子たちにも、ちゃんと学校に行かせてやりたいよなあ。
一応、年少組は全員、なるべく学校に通わせようということで、準備はしているらしい。
正式の学生になるには、入試がある。
あるいは予備学校というのに通ってから、上に進学するとか。
しかも成績上位の一割程度しか進めないらしいので、相当な狭き門だ。
とにかく、学生になるのは大変らしい上に、春から試練があるので、それが終わってから改めてやらせるという話のようだ。
しばらく学生たちの姿を目で追っていたが、この先は夜中の散歩コースとしては寂しすぎる。
踵を返してもと来た道を戻ると、家の前に馬車が止まっていた。
エディが帰ったのかと思ったら、馬車から降りたのはドレス姿のお嬢さんだった。
もちろん確認するまでもない、変装した盗賊のエレンだ。
「いいドレスを着て、どこぞの夜会で、すごいダンスでも披露してきたのか?」
声を掛けると、スカートをつまんでくるりと器用に回って見せるエレン。
「残念ながら、エスコートしてくれる殿方がいなくてね」
「こんな美人に声をかけないとは勿体無い」
「僕もそう思うんだけどねえ」
見かけより締まって色っぽい生足をぐっと突き出して、ポーズを決める。
「それにしても、最近出てることが多いな。なんかあるのか?」
「いろいろね。残念ながら、今日も成果なしさ」
「そりゃあ気の毒に。俺は大物を一本釣りしといたぞ」
「ほんとかい? エディとカリスミュウルのご両人が来て、流石にそろそろ落ち着くかと思ってたんだけどねえ。で、どんな子だい? 新入りが来たのに、こんな時間に旦那が外をうろついてるってことは、お稚児さんかい?」
「いやあ、心身ともに、大物だよ」
「まさか巨人かい? 村にだれか唾つけてる子なんていたっけ?」
「それがずいぶん遠くからやってきて、即コロリと」
「そりゃあ、なんだね、長旅の苦労が報われたって言っといたほうがいいのかな?」
「俺の口からはなんとも言えんなあ」
軽口をたたきつつ家に入ると、すでに暖炉前の連中は床に入っていた。
俺もかなり眠くなってきたが、もうちょっと起きとかんとな。
高そうなドレスを脱ぎ捨て風呂に入ったエレンを見送ると、ミラーに濃い目のコーヒーを頼んだ。
その足で裏庭の家馬車に移動する。
誰も使ってなかったので暖炉の火は落ち、寒々しいが、火を起こしてもらいソファに腰掛けると、手近な毛布をひっつかむ。
ミラーの一人と一緒にくるまると、すぐに暖かくなる。
ミラーは体温を調整できるので、暖房代わりとしても重宝するんだよな。
コーヒーを運んできたミラーも隣に侍らせて、最高の夜更かし環境ができたところで、裏庭から気配がした。
窓から覗くと、桟橋に人が立っている。
どうやら元白象騎士団コンビのクメトスとエーメス、それにお供のミラーが帰ってきたようだ。
帰宅は明日だと思っていたが、あの二人も俺の顔が早く見たくて帰ってきたに違いあるまい。
せっかく温まったところだが、出迎えてやるとしよう。
「おつかれさん、寒い中大変だったな」
と声を掛けると二人は驚くが、すぐに破顔して、
「これはご主人様、お出迎えいたみいります」
などとエーメスがいうとクメトスも、
「もう、みな眠っているだろうと思い、ミラーにも報告させなかったのですが」
「ちょっと寝付けなくてね」
といいながら、あくびを噛み殺すと、クメトスは苦笑しながら、
「では、少々夜更かしにお付き合いいたしましょう。先に汗を流してまいります」
再び毛布にくるまっていると、なめらかな質感のキャミソール一枚に身を包んだクメトスとエーメスがやってきた。
濃い紫の生地が火に照らされて色っぽい。
「風呂場にエレンもいなかったか?」
と尋ねると、エーメスがミラーからグラスを受け取りつつ、答える。
「疲れたので、あとは任せると言っておりました」
「あいつも何やってるんだろうな」
「先日モアーナ殿に聞いたのですが、なにやら街に得体のしれぬ盗賊が根城を構えているらしいと噂になっているとか」
「ほほう、悪いやつかな?」
「以前でた、七月の血風団のような物騒な輩ではなく、正統派の盗賊だとのことですが」
七月の血風団というのはエットを奴隷にし、イミアの実家に押し入ろうとした非道な強盗集団だ。
今は根こそぎ処刑されて土の下だ。
「ただ、盗賊ギルドにも縄張りというものがあります。そちらの方で揉めているのではないでしょうか」
「ここの縄張りは緑組とかなんとかだよな、エレンは灰色だっけ?」
盗賊は七色のグループに分かれて、それぞれが縦割りで組織化されているそうだ。
「そうなのですが、この街に住む以上は、エレンも客分としてここのギルドに筋を通す必要があるのでしょう。ああしたアウトローの組織のほうが、我々騎士以上にしがらみが強いものだと聞いたことがあります」
「なるほどねえ」
エーメスが話す間、クメトスは暖炉に手をかざしながら、時折ワインを口に運んでいた。
その仕草が妙になまめかしい。
ああ、こんな短期間に女は変わるんだなあ。
「どうなさいました?」
俺の視線に気がついたクメトスに、
「なに、おまえもそうやって人並みに暖を取るんだと思ってな」
「たしかに、一年前の私であれば、戦闘の前でもなければこうして指先を温めるなどということはしなかったでしょうが」
そこで言葉を切って、俺の隣に座り直すと、俺の耳元に手を添えてつぶやく。
「冷たい手で主人に触れるのは、恐れ多いことでしょう」
などと言って艶かしく俺に触れる。
だれだよ、クメトスをこんなエッチな女にしたのは。
俺か。
えらいぞ、俺。
しばらくそうしていちゃいちゃするうちに、またウトウトしてきたが、裏口の開く音で目が覚める。
窓から覗くと、侍師範コンビのコルスとセスがいた。
時計を見ると、夜の三時頃だ。
朝稽古には早すぎる。
となると夜釣りかな、と様子を見ていると、倉庫から釣り道具を出し始めた。
窓から声を掛けると、コルスがやってくる。
「おや、まだ頑張っていたでござるか」
「まあね、そっちもはやいな。何がいるんだ?」
「メバルが釣れると聞いたので、海の方までちょいと様子を見てくるでござるよ」
「そりゃ楽しみだ」
この二人なら雪の夜道でも平気で歩くだろう。
クロックロンのコンテナに荷物を積み込んで、二人は出ていった。
疲れてそうなクメトスとエーメスを下がらせて、ミラーをお供に、また読書に勤しむことにする。
テーブルの隅に積まれたファイルは、ミラーが書き出している十万年前の歴史の一部だ。
パラパラとめくってみると、当時の種族一覧などがあった。
原住民であるプリモァがもっとも多く、ついで宇宙からの移民が一割程度。
いわゆる獣人などは、プリモァとして数えられているようだ。
たしか遺伝改良的なやつで変身した種族らしいからな。
地下には異星人との交流を嫌うプリモァの一部が独立して住んでいたらしい。
地上の人々はモグラなどと呼んでいたとか。
仲は悪かったんだろうな。
他に、従者になったばかりの巨人のことも書いてある。
もっともこいつは、主に南極に定住し大きいものでは体長百メートルを超えるとあるので、メルビエなんかの祖先じゃなくて、女神の柱から出てきたカラム29の仲間なんじゃないかなあ。
あいつは今、軌道上のアップルスターにいるらしいので、宇宙船が入手できたら会いに行って見る予定だ。
それまでにセプテンバーグが生まれてればいいけど、そもそも生まれても撫子みたいにしばらくは言葉も通じないんじゃなかろうか?
しかし忙しいな。
数日後には別荘に行かなきゃならないし。
だいたい、エディはまだ帰らないのか。
とことん焦らす女だな、まったく。
まあ、喜んで焦らされていくけどさあ。
などと考えるうちにまたまどろんでいた。
気がつけば明かりは落とされ、窓から僅かな明かりが差し込んでいる。
外は暗いが、東の空が僅かに白んできたようだ。
ふいに足音が聞こえる。
窓をノックすると、足音の主がこちらに気がついた。
きれいな顔を少しほころばせたかと思うと、すぐに真顔に戻って、優雅にこちらに歩いてくる。
「あら、ハニー。そんなところでいじけてたの? 寝相が悪くて寝床を追い出されたのかしら」
「なあに、ここなら君の足音を誰よりも早く聞けると思ってね」
「甘いささやきを聞かせるなら、どれぐらい近づけばいいかしら?」
「そいつは、肌のぬくもりが感じられるぐらいじゃないと、だめだと思うがね」
と言って彼女を抱き寄せる。
「あんもう、汗も流してないのに」
口ではそう言いつつも、腕を絡めてくるエディの甘い匂いが、ぐっとくる。
隣りにいたポーンも一緒に抱き寄せて、順番にぐりぐりしたり、くんくんしたりすると、なんだかいい感じになってきた。
さてこの極上のじゃじゃ馬をどう堪能しようかと知恵を絞っていると、傍に控えていたミラーが口を開いた。
「お楽しみのところ申し訳ありません。釣りに行っていたセスから通信が入っております」
「うん? 美人の人魚でも釣り上げたか?」
「美人は美人でも、人魚ではなく巨人が出たそうです」
「巨人?」
「はい、体長百メートルをこす巨大な巨人が複数、沖に出現したようです」
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