第311話 巨人ふたたび その二

 レーンを呼んで介抱してもらってる間に、メルビエの話を聞く。


「んだ、あの子はおらの従兄が婿に行ったカジーダのオムル谷から嫁に来ただよ」

「嫁?」

「前に話したべ、村に嫁っ子をもらうって」

「ああ、聞いた気がするな、なんかすごい豪傑でびびって取りやめになったって」

「んだ、それが手違いで結局、来ちまっただよ」

「適当だな、でも嫁に来るってことは、婿の候補が居たんじゃ?」

「見合いでもして、若え衆の誰かってことだったみたいだべ」

「いい加減だな。でもかわいい子じゃないか、豪傑って感じじゃないし、あれなら村の連中でも喜んで嫁にもらうんじゃ?」

「んにゃ、とんでもねえ豪傑だべ。歓迎会っつーことで、おとうと手合わせしたんだども、二人共でけぇ丸太抱えて打ち合うことわずか一合、互いの丸太が砕けちまっただよ」

「すげえな、ロングマンと互角か」


 ロングマンは巨人の中でもずば抜けて大きく、七、八メートルはある巨大な体躯で豪快に戦う、オムル族随一の戦士だ。


「んだ、だもんで、男衆の気力も砕けちまって、みんな青い顔して家に引っ込んじまっただよ」

「しょうがねえな」

「おとうは気に入っただども、肝心の若え衆があれだし、一度引き受けたもんを婿がいねえと送り返すわけにも行かねえだしで、途方に暮れたところで、おらが一旦預かることにしただよ、村にもいずれぇだしな」

「そりゃそうだな」

「んだども、ピカッと光っただで、一件落着だべ」

「いい気なもんだなあ。しかし嫁に来たのに、得体のしれん男の従者になっちまっていいのか?」

「んだ、大丈夫でねーべか? 故郷の村でも強すぎて居づらかったらしいべ。その点うちなら、そげなことで気後れする必要ねえべ」


 そこに治療を終えたレーンがやってきた。


「気が付きましたよ、外傷はないので、精神的ショックで気を失っただけのようです。彼女はとても繊細なお嬢さんのようですから、あまり驚かせないように」


 とのことなので、俺はひょいひょいと彼女のところに向かった。


「驚かせてすまなかったね。体は大丈夫かい?」


 と優しく話しかけると、彼女はうっすらと光る頬を赤く染めてうつむく。

 かわいい。

 仕草も含めて何もかもでかい分、可愛さまでビッグだな。


「お、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

「遠いところを旅してきて、大変だったろう。まずは体を休めるといい」

「いえ、体は、その、頑丈ですので。それよりも……」


 と大きな手を大きな胸元に添えて、


「私、その……巨人ですし、従者なんてことは想像したこともなくて。でも、故郷を出るときも母からは殿方の前で力を見せたらダメだって言われてたのに、村長さんは今まで見たことのないような豪傑で、つい胸の内がカーっと熱くなってつい本気で……。それでやっぱり私は粗忽で、人様のお役に立つような人間ではないと思いますし、その……」


 もじもじと話す間も彼女の様子を観察する。

 強すぎることがコンプレックスになってたのかな。

 強いほうが家では役に立つよと言ってやるのもいいんだけど、そこのところは重要ではない気もする。

 ロングマンに本気で向かっていったということは、自分の剛力に自負を持ってはいるんだろう。

 それが男連中からは受け入れられなかっただけで。

 あの村の男どもは、気が優しいというか、ぶっちゃけかなり軟弱だからな。

 たぶん、俺と同じ程度には気が弱い。

 ロングマンがいつも嘆いてるぐらいだし。

 俺がロングマン並みの豪傑なら力で彼女に惚れさせるという手もありそうだが、どう転んでもそんな選択肢はないわけで。

 まあ、光ってるんだし、いつものように自然体でいいや。

 ありのまま受け入れるという、俺の得意なパターンでいこう。


「俺は見ての通りの道楽者でね、自分と相性のいい子と、仲良く暮らしていければそれで十分幸せだと思ってるんだよ。だからもし君が、俺のそばにいて幸せになってくれれば、それだけで満足なんだけどな」

「そばにいるだけ……でいいんですか?」


 彼女はキョトンとした顔で俺を見る。

 しばらく見つめるうちに、徐々に目元が潤んできた。


「わ、わからないんですけど、あなたを見てると、すごく幸せな気が……します」

「そう言ってくれると、俺も幸せだよ」

「じゃ、じゃあ……でも」

「うん?」

「戦ってるところを見られたら……、やっぱり殿方は興ざめする……から、あなたに、嫌われたくない……ですし」


 そんなことはないと言っても、納得しないだろうなあ。

 少し時間をおいて……、などと考えていたらメルビエがレグちゃんの肩をばこーんと叩いてこう言った。


「なにぐだぐだ言ってるだよ。ごすじんさまの顔見てるとむらむらくるべ? 骨が折れるほど抱きしめて唇に吸い付きてぇと思ってるべ? んだら悩んでる時間がむだだあよ。おらもあれこれ理由つけて先延ばしにしてる間に魔物に襲われて死にかけただあよ。死ぬときは死ぬだで、運命かもしんねぇけど、従者にならねえのは自分のせいだべ、悔いはのこすもんでねえだよ」


 メルビエの強引な説得で納得したのか、あるいは巨人らしく根は素朴なのか、彼女は俺の従者になる気になったらしい。


「よ、よろしくおねがいします」


 と頭を下げる彼女にひとまず血を与えてから、じっくりと時間をかけて神聖な契約をしてみた。

 巨人は大変なんだよな。

 インターフェースの互換性に問題があるというか。

 その分やりがいもあるんだけど。

 ことを終えて放心状態のレグのところに、フルンたちがやってきて引っ張っていった。

 後は頼んだぞ。

 入れ違いに様子を見ていたカリスミュウルがやってくる。


「いつもあんなふうに突然増えるのか?」

「ホロアはたいていあんな感じで出会って即なんだけど、古代種でああいうのは珍しいかもな」

「しかし巨人か。種族をとやかく言う気はないが、自分の倍はある体格を前にすると、なんとも言えない気持ちになるな」

「なんせでかいからな。パンテーがいくらでかくても、巨人のデカさの前ではなあ。あとでメルビエとダブルで挟まってみようと思うんだけど、おまえもどうだ?」

「どうだと言われてどうせよというのだ、他に考えることはないのか?」

「他のことは他の連中が考えてくれるからいいんだよ」

「そうですよ」


 とフューエルが会話に入ってくる。


「この人はうちの女衆を満足させることだけ考えててくれたほうが、バランスがいいんですよ」

「そのようだな、まったく、とんだところに嫁に来てしまったわ」

「そこのところは同感ですね」

「それはそうと、もうひとりの嫁はまだ帰らんのか?」

「ミラーを付けているので、遅くなるなら連絡が入ると思うのですが」


 と言ってフューエルは時計を見る。


「朝の時点で九時には戻ると言っていましたから、もう少しかかるでしょう。それよりも、そろそろ夕食の時間では」


 フューエルの言葉通り、食事の支度が整ったようだ。

 定位置のこたつに陣取ると、左右にフューエルとカリスミュウルが座る。

 普段は正面に台所組の誰かが座り酌をしてくれるのだが、今日は新人のレグが座る。

 アンの指導を受けながら、酌をしてくれるらしい。


「ま、まずは、どうぞ」


 床に座ると、座高が百五十センチぐらいはあるので、かなりの威圧感だ。

 それでも姿勢はきれいだし、ふるまいもどことなく上品で、良くも悪くも田舎臭いメルビエとはだいぶ違うな。

 俺と対面すると緊張するようで、大きな手を震わせながら酌をするレグ。

 ぐびっと飲み干して彼女に杯をわたすと、注いでやる。


「い、いただきます」


 杯を何度か交わすうちに、彼女の緊張もほぐれてきたようだ。


「今更ですけど、ずいぶんと従者が多いのですね」

「まあ、たまたま相性のいい相手がたくさんいる人間だったってだけだよ」

「商売をなさってるんですよね、数字のことは何もわからなくて、用心棒か荷運びならできると思うんですけど」

「なにか向いた仕事があれば、それをやってもらえばいいんじゃないかな。うちはたまに冒険もするから、そっちで腕をふるってもらってもいいんだけど」

「そ、そうなんですか? 私、槍をならってたんですけど、さっきフルンちゃんに聞いたら、従者には元騎士の槍の達人がいるって」

「クメトスかな? うちは騎士がいっぱいいるから、仲良くするといい」


 今日はクメトスとエーメスは砦に行ってて、今はオルエンとレルルしかいないんだけど。


「すごいですね。メルビエはご主人様はすごい人だって言ってましたけど、騎士を従者にするなんて、想像を超えています」

「もしかして、メルビエに聞いてないのか?」

「何をですか?」

「俺の正体みたいなのを」


 いつものように正体をばらして驚いて、というのをひとしきりやってるうちに、酒が回ってくる。


「ううぅ、まさか紳士様の従者にしていただけるとは。旅の道中、ずっと不安で気持ちは沈むし、でも谷にも戻れないしで辛かったんですけど、そう言うのが全部どうでも良くなってしまいました」


 ほろ酔いで涙ぐむ巨人のレグに、酒癖の悪いカリスミュウルも涙ぐみながら、


「その気持はわかるぞ、居場所のないままさまよう、その孤独。だがもはや我らは孤独とは無縁なのだ。ともに手を取り、こやつの名誉を天と地の間に轟かせようではないか」

「はい、がんばります、はい」

「うむうむ、頼んだぞ」

「はいぃ」


 酒癖悪いなあ。

 一方、俺より酒に強い気がするフューエルは、黙々と魚をついばんでいた。


「今日の魚は、また格別美味しいですね」

「そうだな、いつもの鯖の塩焼きだと思うが、なんだか独特の旨味が」


 などと話していると、対面のテナが、


「塩を変えたのですよ、魔界の赤の海で取れた藻塩というものを使っています。まろやかで旨味があるので、料理にはあいますね」

「ははあ、藻塩か。海藻を使ってるんだっけ」

「そうなのですか、私も製法までは存ぜぬのですが、実に複雑な旨味を含んだ塩だと思いますよ。業者の話では、魔界の酒飲みはこの塩をちびちびなめながら米の酒を飲むとか」

「たしかにうまい、そういえばハッブにいろいろ頼まれてたけど、こういうのも合うかもな」


 果物屋エブンツの義弟ハッブは、今度新しく小料理屋を始めるのだが、高級志向で異国情緒に溢れた店をやりたいとのことで、いろいろ相談を受けているのだ。

 俺がモアノアに頼んで作ってもらった料理を元に、一流の料理人であるハッブがまとめ上げて、メニューを作っている最中だ。

 たぶん、いい店になるだろう。

 他の店の進捗も気になるが、なんかずっと工事中で細かいところはわからんのだよな。

 などと考えていたら、フューエルの隣で魚をついばんでいたデュースが、


「お魚といえばー、ホムさん夫婦が出す店の設備でー、魚を冷やす氷が大量に必要だとメイフルから相談されたんですけどー、私もこのあたりの魔導師とのコネがあるわけじゃないですしー、どうしたもんですかねー」


 偉大なる魔女であるデュースは、その力故に多くの実力者から慕われているが、豊富に蓄えた脂肪の半分も実社会へのコネがあるわけではないので、確かに相談相手としては微妙だと思う。

 だが、メイフルがデュースに振ったということは、他に頼む宛がないということなのだろう。


「そうですねー、盗賊ギルドみたいにまとまった組織があればいいんですけど、大抵の魔導師はそう言うのを嫌いますからねー。目処がつくまで、オーレに頑張ってもらいますかー」


 というと、少し離れたところで魚をむしゃむしゃ食べていたオーレは、


「氷か? 山盛りか? てんこ盛りか?」

「てんこ盛りですねー、店が始まったらー、毎朝このテーブルぐらいの板状の氷をー、何枚か作ってもらいますかねー」

「いけるいける、最近、すごくでかいのいける。今作るか?」

「店が始まってからですねー」

「いつだ? 明日か?」

「再来週ぐらいという話ですねー」


 デュースたちと話す間に、巨人のレグはカリスミュウルと馬があったのか、仲良く飲みすぎて酔いつぶれてしまった。

 なんとなく予想はついてたけど、根は図太そうだな。

 うちでもやっていけそうだ。


「冬の雪山をいくつも超えてきただで、疲れてたんだべ、でも従者になれてよかっただよ。まったく、従兄にもこまったもんだべ」


 とメルビエ。

 もともと世話焼きな性格だし、気を使ってたんだろう。

 俺としてはもうちょっとご奉仕してもらいたかったが、今日のところはゆっくり休ませてやろう。


 腹が膨れたので場所を変えて、同じく新人のパルシェートのところに行く。

 宿の女将だった彼女はうちで始める宿の準備で忙しくしているが、いちからやるので、オープンは早くて秋以降、つまり試練が終わってからになる。

 だからこそ逆に、試練の出発前に決められることを決めておきたいのだとか。


「それにしても、やっぱり巨人って大きいですね。都には巨人は居ないので、こっちにきてメルビエをみたのが初めてだったんですけど、もしかして冒険者には結構いるんでしょうか」

「いやあ、居ないんじゃないかな。少なくともダンジョンでは見ないな」

「そうですか、もしいるんなら宿もそういう作りにしないとと思ったんですけど」

「絶対数が少ないのもあるけど、そうした街の施設が使えないのも、めったに村から出てこない理由なのかもな」

「でしょうねえ。都でも獣人の使える施設がほとんど無いので、獣人の旅人は都を迂回して抜けたりするそうですし」

「なるほどねえ」


 ついで隣でチェスに勤しんでいたチェス組の面々に声を掛けると、ショットグラスできついのをあおっていた魔族のプールが、


「都から戻ってまだ日もたたぬというのに、少しはマメさが戻ってきたのではないか?」

「それこそが俺の本分だからな、がんばらんと」

「良い心がけではないか。しかし、従者以外にも貴様の心遣いを必要としておるものはおろう」

「まじで、そりゃいかん、誰が困ってるんだ?」

「歌姫の四人組の一人、ほれ、褐色のオーイットと言う娘が、昨日集会所に来てな」

「ほうほう」

「ただの世間話のような事を話して帰ったが、何やら悩みを抱えておる様子」

「なんだろうな、ペルンジャちゃんが帰っちゃう件かな」

「さあな、差し迫った問題ではないようなので、深くは問わなんだがな。それに」

「それに?」

「音楽のような芸を嗜むものは、心に憂いの一つも抱えておると、芸に艶が出ると、かつて妾の父に仕えた宮廷音楽家が申しておったのでな」

「難しいことを言うなあ」


 明日、彼女たち春のさえずり団の面倒を見ている演出家エッシャルバンに会う予定なので、それとなく聞いてみてもいいかもな。

 隣でミラーに腰を揉ませていたエクは、いつもながら過剰に色気のある仕草で上体を起こすとこう言った。


「レグ殿はお休みになられたのですね。もっとも、あのお人は奥ゆかしい気性をお持ちの様子。夜のお勤めを手引き致すのは、もうしばらく時をおいてからのほうが、よろしいかと存じ上げまする」


 エクは新人のご奉仕教育を一手に引き受けてるからな。

 といっても、別に従者を全員すけべテクニシャンに育てるのではなく、各々の特性に応じた、もっとも魅力を引き立てる振る舞いのコツを指導しているように思える。

 だから積極的な子はより激しく、奥ゆかしい子はより深く誘い入れるように、それぞれに成長していってる。

 おかげで俺も新旧問わず、従者全員といつまでもマンネリ化せずにはりきれるわけだけど。


「あー、まけまけ。二枚落ちでもさっぱり勝てないわ」


 チャンピオンのイミアと将棋を打っていた燕がぼやいた。


「もう少し、深く手を読まないと。例えば四手前のここ」


 といってコマを動かしながら話すイミアに、燕がふてくされた顔で答える。


「そうは言っても、コレだって思った手が、ことごとく裏をかかれるのよ」

「それは、読みが浅いんですよ。こうなってほしいと思う手順だけを読んでいるんでしょう。そういう私心を廃して、あらゆる可能性を読まないと」

「そんなこと言ったら、あっという間に脳のバッファがあふれちゃうわよ。エミュレートしてる範囲で読むのは限度があるわよ」

「またそうやってすぐわからない言葉で言い訳する。だったら、人形の力でも、女神の力でも使って試してみてはどうです?」

「やーよ、今のこの人間っぽい状態がいいの!」

「たしかに、そうやってウジウジ言い訳することろは、人間味にあふれてますけど」

「そうでしょう、こういうのがいいのよ。諦めて、付き合ってちょうだい」

「ほんと、そう言う開き直り方は、集会所に来るお年寄りの皆さんと、変わりませんね」

「いいのよ、私だって十分おばあちゃんよ」

「はいはい、それで、どうします? もう一局指しますか?」

「やるわよ、今度こそ勝つわ」

「その意気ですよ」


 などとやっている。

 楽しそうだし、邪魔はしないでおこう。

 なるべく新しい従者の相手をしようと巫女のサリスベーラを探すが、姿が見えない。

 レーンに尋ねると、馬小屋らしい。

 彼女が信仰する女神を身ごもった母馬がいるからな。

 馴染みの調教師アスレーテに見てもらったところ、母体は順調で、あと一、二週間のうちには生まれるのではないかという。

 そこで毎日祈りを捧げているようだ。

 気持ちはわかるが、毎日坊主に拝まれる馬の気持ちはどうなんだろうな。

 ちょっと覗きに行くと、ちょうどサリスベーラとハーエルが出てきたところだった。


「ご苦労さん、花子の様子はどうだ?」


 と尋ねるとサリスベーラがふへっと笑いつつ、でかい胸をゆすりながらこう答える。


「素人目には、健康そうに見えますよ」

「それで、中の方は?」

「そちらは、安定して魔力を発しておられます。たぶん眠っておられるのでしょう」

「何か、声とかは聞けたのか?」

「いえ、ただ、存在は感じます。祭壇を築いて呼びかければ、なにかお答えいただけるのかもしれませんが、馬は繊細だから、特にこの時期はあまり刺激しないようにと言われておりますので」

「まあ、そうかもな」

「今も、少し距離をおいてしずかに祈りを捧げてきただけなんです」

「生まれるまでのお楽しみにとっとけ。もっとも、燕あたりを見る限り、あいつら神として崇められるのはあまり好きじゃなさそうだが」

「そうなのかもしれません。そういう信仰への心構えを私自身が持つことこそが、今もっとも重要なことだと感じているのです」


 などと真面目そうなことを言う。

 そういや、こいつは秀才タイプなんだっけか。

 乳がでかいのになあ。

 としみじみと見つめていると、俺の視線に気がついて、またふへっと笑う。

 でかくて真面目なサリスベーラは、ハーエルと連れ立って戻っていった。


 そういえば妖精パティシエのパロンはまだ画廊裏の厨房にいるんだろうかと裏庭から覗いてみたら、すでに明かりは消えていた。

 戻って探すと、エメオと一緒に、台所でなにか作っていた。


「こんな時間まで精が出るな」


 声を掛けると、ボールで生地を練っていたエメオが、


「さっき帰ってきたら、新しい子が増えてるって聞いたものだから、お祝いにケーキを焼こうと思ったんですけど、もしかして寝ちゃったみたいです?」

「長旅で疲れてたみたいだからな、あと酒癖の悪いカリスミュウルに捕まったのが運の尽きじゃなかろうか」


 すると隣でシロップを煮詰めていたパロンが、


「あらあ、それは残念ですわねぇ、美味しいケーキがぁ、もうすぐ焼けますのにぃ、と言ってもまだ生地をこねてるんですけどぉ」

「夜食にケーキはヘビーだろう」

「夜中にぃ、お腹をすかせて帰ってくる人もいるんですよぉ、あなたも主人ならそれぐらい配慮すべきですわねえ」

「そりゃそうだ。そういえば配慮で思い出したが、妖精の森が居住区まで侵食してきてるから、広げるなら反対側に伸ばしてくれってカプルが言ってたぞ」

「そんなことを言われてもぉ、花は勝手に生えるものですからぁ」

「そこをなんとか」

「それならみんなで花を摘むんですわねぇ、それがぁ、最善のぉ、方法ですわぁ」

「女王としてビシッとできんのか」

「あいつらが聞くわけ無いじゃろが、このアホンダラ、妖精は自由なんじゃ!」


 変身も解けてないのに素に戻るパロン。


「だいたい、パルクールが生まれてから、森がみなぎりすぎとるんじゃ。ありゃ、相当な大物じゃわ」

「そうなのか」

「あれが成長すりゃ、わしも女王なんぞしちめんどくさい仕事は譲って、パティシエ一筋でええのう」

「まあ、そのへんは当人同士で解決してくれ」


 そんなことを話していると、風呂場からぞろぞろとだれか出てきた。

 幼女三人と、それを背中にのせた蛇娘のフェルパテットもいる。


「おう、特等席だな」


 と声を掛けるとピューパーが嬉しそうに、


「うん、ズルズル進むのすごい。かっこいい! あ、ケーキ作ってるの? 今日できる? 明日?」


 とパロンのところに飛んでいく。


「今からぁ、焼くのでぇ、まだ一時間はかかりますよぉ」

「ええ、そんなにだと待てない、寝ちゃう」

「起きてからのぉ、お楽しみですわねぇ」


 ご飯食っただろうに、よく入るな。

 メーナや撫子はともかく、ピューパーはまだなにか食べたそうだったが、母親のパンテーが寝かしつけにかかったので、諦めて寝床に向かったようだ。

 入れ違いにフルン、エット、スィーダの三人が寝床である外のテントに出ていく。


「おやすみなさい」


 と口々に挨拶をする三人は、それぞれが本を抱えていた。

 テントの薄暗い明かりで読んで、目を悪くしなきゃいいけど。

 でも明るすぎるのも逆に目に悪いとも聞くし、ちゃんとランプがあるから大丈夫なのかな。

 よくわからんな。

 まあ、いざとなったら魔法で治るっぽい。

 魔法はすごいよな。

 たんに指示したとおりにものを作る装置ってことのようだけど。

 それはそれですごいよな。

 どう考えても俺が生きてる間に地球がそのレベルの技術に到達するとは思えんし。


 以前馬車をおいていたあたりは、一時期大工組の作ったガラクタ置き場になっていたのだが、それは再び地下に置き場を作って収納し、今はつい立てで囲まれた一角にテーブルとソファが並ぶ遊戯スペースになっている。

 寝床スペースがじわじわ広がってるので、日常の作業スペースが減ってきてるんだよな。

 ぼちぼち増築したほうがいいんだろうか。

 作業以外にもここでボードゲームで遊んだりするのだが、今はアン達が編み物をしていた。


「あら、ご主人様。レグはどうしたんです?」


 とアン。


「カリスミュウルと一緒に酔いつぶれちまったよ」

「そうでしたか。寝床は大丈夫でしょうか」

「さっきチアリアールがこたつの横に二人を寝かしてたから大丈夫だろ」

「わかりました。ところで、今お茶をいれようと思ってたんですけど、一杯いかがです?」

「じゃあ、いただくか」


 アンはストーブからヤカンを取り上げると、ティーポットにお湯を注ぐ。

 そいつをいただきながら、編み物の様子をうかがう。

 サイズ的に幼女トリオのマフラーかな。

 前にもメーナの手袋を編んでいた気がする。

 編み物というのはどうにもちまちま同じ作業を続けるのが大変そうだけど、パンテーあたりに聞くと、これが楽しいのだという。

 まあ、何に喜びを見出すかは人それぞれだよな。


「先日、モーラさんに教わった編み方で、フィッシャーマンズリブとか言うそうなんですけど、両面で色が違うんですよ」


 とパンテーは嬉しそうに編みかけのマフラーを見せてくれる。

 一方のアンは、


「この編み方は、なかなか手間がかかって大変ですよ、一度編んだところを解いたりしてなかなか進みません」


 などとぼやいているが、手はスムースに動いているようだ。

 のんびりお茶を飲むうちに、時刻は十時を過ぎていた。

 ミラーがお茶のおかわりを注ぎながら、急に思い立ったようにこう言った。


「エディ様からの言伝です。帰宅は日が変わってからになるだろう、とのことです」


 同伴してるミラーから連絡が入ったようだ。

 気をつけて帰るように伝えて、席を立つ。

 地下室に降りると、エンテルとペイルーンが山積みの書類を前に格闘していた。

 アフリエールも手伝っていたが、こちらは先に休むところだったようだ。


「もう、みんな寝ちゃいました?」


 と尋ねるアフリエールに、


「フルンたちはもうテントに戻ったけど、ウクレとリプルはまだ起きてるんじゃないか」

「今日、カリスミュウル様が買ってきた本を少し読んでから寝ようと思ったんですけど」

「リプルはさっき見たときは暖炉の前で読んでたな」

「そうですか、じゃあお先に」


 と言って上にあがる。

 それを見送ったペイルーンは、書類を机に投げ出して、ため息をつく。


「はー、なんか想像を超えた世界で頭がついていかないわね」


 エンテルとペイルーンの二人は、十万年前の歴史を調べているのだが、地球を遥かに超える高度な科学文明を、せいぜい近世止まりの魔法社会の住人であるこの二人が理解するのは大変だろう。


「いまいち、風俗に関する資料が少ないのよね。どうも農業とか工業といった生産をほとんどしてないんじゃないかしら」

「自動化してたんだろう」

「ミラーはそう言ってるわね。ものの生産に特化した特殊な人形のような仕組みで、何億もの人口を支える製品を自動で生み出してたって。想像もできないわね」

「まあ、そんなもんだ」

「あと、情報提供元のノード191ってのが、宇宙に行くのが目的の施設だったせいか、そちらの情報が多いのよね。惑星の果てまで資源の採掘を目的に、あのアップルスターを作って飛ばすための施設で、それにまつわることがいろいろ書いてあるのよ」

「ふぬ」

「それはそれで興味深いけど、やっぱりまずは当時の文化や風俗なんかを知りたいのよね。どんな服を着てたのかとか、はやりの演劇は、とか。じゃないと世間様も興味を惹かないし、ひいては発掘や研究に結びつきにくいじゃない」

「そりゃそうかもしれん」

「ミラーの話だと、当時の、えーと映像? そういう資料を、ここの設備で見られるように、なにか細工してるところらしいから、近々そういうのが見られるらしいわよ」

「へえ、そりゃ楽しみだ」

「ご主人ちゃんのスマホの、動く……なんだっけ、写真? とかってあったじゃない、ああいうのらしいわね」

「ふむ」


 ネトックの話じゃないが、念じるだけでなんでも生み出すような社会だと、文化的な特徴ってのは見出しづらいのかもなあ。

 それでも映像資料が出てくれば、もっとわかるのかもしれん。

 二人には好きなだけ頑張ってもらおう。


 となりの大工部屋をのぞくと、絵かきのサウはへそを出してソファで寝ていた。

 地下室は適温とはいえ、風邪を引かなきゃいいけど、と思っていたら、ミラーが毛布を持ってきてかけていった。

 気が利くなあ。

 シャミはなにかに熱中しているので、邪魔をせずに、中央の製図台でモリモリ線を引いているカプルに声を掛ける。


「遅くまでご苦労さん」

「ご主人様こそ、今夜は夜のお勤めはよろしいんですの? 新人の子も入ったのでしょう」

「カリスミュウルと一緒に酔いつぶれちまったよ、疲れてたんだろう。明日のお楽しみさ。ところで今日はなんの図面を引いてるんだ?」

「頼まれた書庫を作ろうと思いまして」

「そういえばそんな事を言ってたな」

「本だけでなく、ミラーがまとめている歴史資料のたぐいも、膨大な量になりますし、どのように蔵書を収めるかで思案しておりましたの」

「本なあ。俺の故郷の図書館だと、表の開架は、普通の本棚が並んでるだけで、まあせいぜい天井まで数メートル積み上げてはしごで取るとかそれぐらいだったけど、地下にレールで移動する大きな本棚がみっしり詰まっててな、検索して目当ての本がある場所を調べてから、棚を電動で、ようは自動で動かして探す、みたいなことをやってたな」

「なかなか興味深いですわね。検索というのは、ミラーに網羅的に調べてもらうような、ああいう仕組みですわね」

「そうそう、それで……」


 と懐かしい母校の図書館のことなどをしばらく説明した。


「なかなか参考になりましたわ。ミラーを司書として何人かおいて、目当ての本を取り出してもらう仕組みを作ればいいですわね。特にミラーなら目で棚を一つずつ探す必要がないので、そのような可動式の棚で目一杯詰めても、大丈夫そうですわね」


 などと言って、再び図面を引き始めるカプル。

 俺は小腹がすいたので、再び上に戻ると、さっきのケーキが完成していた。


「いいところに来ただな、ちょうど焼き上がったで、味見するだよ」


 とモアノア。

 チーズケーキのようなものが、オーブンから次々と出てくる。

 焼き立てのふわふわでうまそうだ。


「ほんとは冷やして食うだども、焼き立てもなかなかいけるだよ」


 と言って切り分ける。


「チョコクリームをたっぷりのせてぇ、めしあがれぇ」


 パロンがくるくる回りながら、器用にクリームを搾り器で盛り付ける。

 その横では、エメオが紅茶を入れている。

 仕上げにブランデーをたっぷり注ぐあたりに、愛情を感じるなあ。


「うまそうじゃねえか、いただきます」


 ぱくりといくと、ねっとりと甘いチョコと、ふわふわと甘いケーキが混ざり合ってたまらなく甘い。

 そいつを紅茶風味のブランデーで流し込むと香ばしい苦味と相まってうまい。


 暖炉の方を見ると、まだフューエルやアフリエールたちが本を読んだり談笑しているが、あいつらは寝る前は食わないんだよな、太るから。

 日本男児たる俺はダイエットなどという軟弱な行為はしないので、遠慮なく食う。

 かなり下腹がたるんでる気はするけど、そこはそれ。

 ほしいときに食うのが一番うまいんだよなあ。

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