7章 紳士と遺跡
第310話 巨人ふたたび その一
馬小屋の庇の下に小さな花を見つけたのは、朝方までくんずほぐれつして寝そびれたある日のことだった。
まだまだ雪がうず高く積もっているが、そろそろ春が近いんだろうか。
うちの中は一晩中美女の花が咲き誇ってるんだけど。
そんな花たちも朝になるとひっそりと花弁を閉じて、各々の仕事につく。
エディは一風呂浴びると何事もなかったかのように詰め所に出向き、フューエルも別荘行きの前に終わらせる仕事があると屋敷に戻り、カリスミュウルは途中で眠ってまだ起きない。
花を愛でつつ、ひときわ寒い朝の空気を控えめに吸い込んで家に戻ると、台所組が朝食の後片付けを終えたところだった。
手の空いたミラーがお茶を入れてくれる。
「今日のご予定は、いかがなさいますか?」
俺の秘書を兼ねているミラーの問に、
「なんかやることあったっけ?」
と尋ねかえすと、
「何もございません」
と返す。
うむ、良い返事だ。
ならば、何もしないでおこう。
「行ってきます!」
元気よく出ていったフルン達侍組を見送り、大きなお尻と小さなお尻をゆすりながら慌てて支度をしているエンテルとペイルーンも送り出し、ついで開店準備に忙しいメイフルを冷やかしているうちに、時刻は十時になった。
「むう、よく寝たわ。皆はもう、出かけておるのか?」
ようやく起き出してきたカリスミュウルは、すっかりだらしない格好でうちの中を徘徊している。
「ひどい面だな、まずは顔洗えよ」
「あんな遅くまで張り切るからだ、まったく底なしだな」
「そうはいうけどな、そもそも基本的に俺一人で全員相手にするスタイルなんだぞ、もうちょっと負荷の分散みたいなものをだな」
「ふん、それぐらい紳士の甲斐性でどうにかしろ」
「おまえ自分だって紳士のくせに、だいたい紳士なんてちょこっと体が光るぐらいじゃねえか」
「よくわかっておるではないか、ならばあとは自分でどうにかするのだな。それよりも」
と少し目をそらして、
「その、朝風呂に入るのだが、貴様もどうだ」
「寝起きから、元気だな」
「うるさい、入るのか、入らぬのか」
「ちょっと冷えたしな、しょうがねえ、たっぷり磨いてやるよ」
二人でサウナで汗を流したり、洗っこしたりして楽しくバスタイムを過ごしていると、地下に引きこもった職人トリオがやってきた。
だいたいいつも朝風呂だよな、このメンツは。
「あら、ご主人様にカリスミュウル様、朝からお盛んですわね」
とカプル。
「う、うむ、お主らも今起きたのか?」
「いいえ、私どもは、少々仕事が押しておりましたもので、今から軽く寝るところですの」
「そうか、ご苦労であったな。それで何をしているのだ? たしかお主とそちらの、シャ、シャミだったか、その二人は大工であろう。今一人の……」
「サウよ、私はデザイナーね」
と自己紹介するサウ。
以前にも自己紹介はしているが、ただでさえ四十人以上いるし、めったに上に顔を出さないサウのことは覚えづらくても仕方あるまい。
そもそもフューエルもエディも、事前に何度も何度も通いつめてしっかり交流を持ってたからな。
考えてみるとマメだよなあ、俺とは大違いだ。
逆にカリスミュウルの雑さは俺ににてる気がする。
もしかして、紳士ってそういうもんなんだろうか?
「デザイナーとは、服飾などのそれか?」
「いいえ、私は絵を書くの。今はうちの商品の箱絵が主な仕事ね。他にも催しのポスターとかも用意するわ」
「彼女は、企画や商品を絵で説明したり、魅力を引き立てたりする仕事をしてるのですわ」
とカプルがフォローするが、カリスミュウルはいまいちわかってないようだ。
まあ、なかなか馴染みのない仕事だろう。
日本にいた頃だって、実際に仕事で関わるまではデザイナーが何をやってる仕事かなんて、よくわからなかったもんな。
なんかおしゃれな格好でおしゃれなデザインとかしてる人、みたいなイメージで。
「いまいちピンとこぬが、重要な仕事のようだな」
「そうね、私も以前は漠然と絵を書くだけだったんだけど、ご主人様とカプルのおかげで、今の方向性が見いだせたの。まだ新しい仕事だから、五里霧中だけどやりがいは大きいわね」
「それは頼もしいな、あとでゆっくり仕事の成果を見せてもらいたいものだ」
「いいわよ、でも今日はもうヘロヘロだから、明日にでもね」
「うむ」
ところで、押してる仕事ってなんだろうと尋ねてみると、カプルが引き締まった体にお湯をしたたらせながら答える。
「商店街のプレオープンイベントですわ。画廊とチョコショップと魚屋、それにハッブさんの小料理屋があと二週間ほどで店開きしますでしょう。それに合わせてちょっとしたイベントなどを」
「具体的には?」
「春のさえずり団に来ていただくことは決まってるんですけど、前回のチェスのような目玉がまだ決まってませんわね。まあ、売出しセールだけでもいいのですけれど」
「そうなあ、彼女たちの歌もしばらく聞いてないな、歌……カラオケ……のど自慢」
「あら、なにか思いつきましたの?」
「のど自慢大会というのはどうだ?」
「のど自慢?」
「要するに歌が好きな素人に順番に歌ってもらうんだよ。それで客の反応とかで雑に点をつけたりして商品をだすわけだ。締めにさえずり団に歌ってもらう感じで」
「田舎のまつりなどでは、歌唱大会的なものもありますけど……素人の歌を聞いて楽しいものですの?」
「歌うほうが楽しいんだよ。まあ聞く方もそれなりに楽しいぞ」
「なかなか良さそうですわね。明日エッシャルバンさんにお会いするので、少し聞いてみますわ。例のバレンタインとかいうイベントに合わせた劇のことで、進捗を確認に」
「へえ、俺も行こうかな」
「それはよろしいですわね、カリスミュウル様もいかがです?」
とカプルが話を振ると少し驚いて、
「よいのか? 私は商売のいろはもしらぬ。邪魔になるやもしれんぞ」
「邪魔になるかどうかは、能力よりも性格の問題ですわね。無知のでしゃばりはどんな場所でも迷惑をかける者ですけれど、そう言う心配は無用でしょう。それにこうした仕事は、現場の空気に触れるうちに思わぬ才能を見出すこともあるものですのよ」
「ふぬ、そう言われると興味をそそるな。では同行するとしよう」
カプルもエレンと一緒で気配りが効くよなあ。
引っ込み思案のカリスミュウルはちょっとお節介なぐらいに声をかけてやってちょうどいいぐらいの気がするからな。
朝風呂を終えると、カプルたちは仮眠をとるために地下に戻る。
彼女たちの工房には今はベッドまで据え付けてあるからな。
俺たちの方は、長風呂しすぎてふやけた体を暖炉で乾かす。
カリスミュウルを膝に抱いて、床に腰を下ろして火の前に陣取っていると、公園に遊びに行っていた幼女トリオが帰ってきた。
「ただいま! ご主人様とカリちゃんだけ?」
とピューパー。
フルンにならって、彼女もカリちゃん呼びだ。
カリスミュウルと同い年のエディは、つい先日までエディおばさんだったが、最近はエディと呼ぶようだ。
このあたりは非常に繊細な問題なので、注意深く見守りたいところだな。
「みんな忙しくてな、暇なのは俺達だけだ」
「最初のころは、ご主人様全然仕事してなくて、おうち大丈夫かなって思ってたけど、最近はご主人様は何もしてないほうが大丈夫な気がする。どこか行ったりして忙しくて帰れないってなると、だいたい大変なことになって、新聞にのって、みんな心配する」
「困るよなあ、俺はただのんびりしたいだけなのに」
「わかる、私も鉄棒だけしてたい」
「鉄棒なあ、あれ大人になったら体が重すぎてしんどいから、子供のうちにしっかり遊んどけよ」
「うん」
昼飯まで暇なので、幼女トリオと一緒にすごろくなどして遊ぶ。
今一番人気は、試練の塔をモチーフにしたアドベンチャーで、シャミが錬金した金属製のフィギュアを使って遊ぶ本格派だ。
メーナなどは特にこの小さなフィギュアがお気に入りのようで、ゲームだけでなく、ままごとにも使っているようだ。
フルンによると、次に作っているものは、サイコロではなく、アクションを指定したカードを主体に進行するものになるようで、もはやすごろくじゃなくて独自のボードゲームになりつつある。
おもしろそうだ。
何度か遊んでルールを覚えたカリスミュウルはなかなかハマっているようだ。
「こんなおもちゃでも、駆け引きの緊迫感が不意に冒険の感触を呼び覚ますものだな。庶民はこのような遊戯で遊んでおるのか」
「いやあ、これはフルンのオリジナルだから、こういうゲームはまず無いと思うぞ」
「そうなのか、これだけのものを独力で作れるものなのか?」
「あいつは発想がすごいからな。あとカプル達の形にする技術もすごいが」
「表の店で売るわけではないのか?」
「将来的には売るつもりだよ。まずはうちの工場で作るチェスから初めて、この間も遊んだ将棋とか麻雀とかそう言うのに手を広げつつ、このフルン特製ボードゲームもやっていきたいな」
「暇を持て余した貴族にさぞ売れるであろうよ。特に今は冒険者ブームなどといって、それをモチーフにした小説や戯曲などがもてはやされておるそうだ。これも冒険を題材にしておるから、剣など握ったことのない貴族の子女などの妄想を掻き立てるのではないか?」
「そうかもなあ」
貴族への販路が弱いのがうちのネックなんだけど、そのへんはメイフルにも話してみるか。
昼食にあわせてフルン達が戻ると、家も賑やかになる。
今日の昼飯は牛丼だ。
砂糖と醤油ですき焼き風に甘く煮込んだ肉を炊きたての御飯にたっぷり乗せる。
コレをガツガツとかっこむと最高にうまい。
ネギだけのシンプルな味噌汁もナイスな組み合わせだ。
満腹になったところで、フルンがネトックの本屋に行くというというのでカリスミュウルとともに付き合うことに。
カリスミュウルも結構な読書家だそうで、彼女の内なる館の屋敷にはどっさり本が積まれていた。
引きこもり中はずっと本を読んで過ごしていたとか。
そのあたりは本人は語らぬので、こっそりチアリアールに聞いたのだが。
たまには俺も顔を出そうと連れ立ってネトックの店に行くと、うず高く積まれた本の奥でネトックは高いびきを決めていた。
気楽な商売だな。
フルンたちも慣れたもので、そんなネトックはほっといて勝手に本を探している。
最近は、なんとかって作家の本を集めているらしい。
俺はまだ読んでないが、エッペルレンとかいう架空の勇者様が不思議な世界を旅しながらどんどん悪いやつをやっつけるらしい。
まあ、そう言うのは面白いよな。
俺も女の子のご機嫌を取るのに疲れたら、読んでみてもいいだろう。
「うーん、なかった。最近、仕入れが悪い。ネトック具合悪いのかな?」
と奥で寝てるネトックの様子をうかがうフルン。
「サボってるんだろ、ちょっと急かしてみるか。それとも別の本屋に行くか?」
「別の本屋は、明日エンテルが連れてってくれるって。別荘にいって読む本を買うの!」
などと話すうちに、ネトックが目を覚ました。
「んぁ、いらっしゃい。まだ本は入ってないですよ。昨日も問屋を回ったんですけどねえ。キムエリ・ネムエリの本は、最近ちょっと再評価されてるとかで、業者が買い占めてるようですねえ」
「買い占めてどうするの?」
とフルン。
「市場に物が枯渇したところで高く売りつけるんですよ」
「えー、そんなことされたら読めない、困る」
「こっちも商売上がったりですよ。適正価格は買い手だけでなく売り手の市場も保護するものです。度を越して高騰してしまえば投機が入ってあとは焼け野原ですよ」
などとブツブツ言っている。
「そういえばサワクロさん、都から戻ってから進捗を聞いていませんが、どうなんです?」
「それなんだけどな、どうも色々とかみ合わせが悪いというか、なかなか探索に専念できなくてな」
「頼む方の立場で言うのもなんですが、大丈夫なんですか?」
「代わりに、ノードとかいうこの星のネットワークの根幹っぽいところとコンタクトが取れるようになったから、もう少し多角的に調べられるかもしれん」
「ノードというのは、どっちですか? 初期のレプリケーター維持システムと、後世のインフラ管理システム」
「えーと、ここの地下とかにある方、多分後者のほうだな」
「ああ、そちらですか。ほとんどのシステムが死んでた気がしますけど、センサーの一つも生きていれば効果的かもしれませんね。識別パターンは紅さんに伝えてあるので」
「うん。ところでレプリケーターって女神の柱ってやつのほうか、魔法の元みたいな」
「そうです、よくご存知ですね」
「そっちの管理人みたいなのにも今度会いに行く予定なんだ。今、軌道上にいるらしいけど、宇宙船が手に入りそうでな」
「おや、そちらもアクセスできたのですね。これほど高濃度のエルミクルムを集めて物質変換を惑星規模で実現するなんて、正気の沙汰ではないと思いますが」
「アジャールの闘神ってのが、一度ぶっ壊れたこの星を再生するために使ったらしいぞ」
「なるほど、随分無茶をやる連中もいたものです。それにしても、短い間に随分調べましたね」
「まあね」
「少しは進めて頂いてるようですし、何かお話しましょうか」
「うーん、じゃあレプリケーターってのをひとつ。もし自由に使えるなら夢が膨らむしな。そもそも、こんな便利なものが、技術が進めばどこでも使えるもんなのか?」
「そうですね、エルミクルムのような超高エネルギーの素材を得られれば、ですが」
そこで一旦言葉を切って、ネトックはテーブルの冷めたお茶を飲み干す。
「たとえば技術が進歩して、エネルギーや寿命といった問題を解決する所まで来たとします」
「人類の夢だな」
「そうですね、夢を叶えた人類は、そこで困ります」
「困るとは?」
「要因は色々ありますが、一言で言えば、その状態に至った文明は、暇であり、面倒くさいんですよ。言い換えれば、生きることに飽きるというか」
「ははあ、よくわからんが、わからんでもないな」
「移動するのも面倒、食事を摂るのも面倒、しまいには息をするのも面倒になってしまいます。そうなった時に取るべき道は大きく分けて二つ」
「ふむ」
「一つは電脳化、つまり情報だけの抽象的な存在へと昇華し、物質的しがらみから脱却しようとするのです。最終的にはファーツリーへと直結してインフォミナルプレーンにライズし、物質世界から解脱して完全に情報だけの存在になるのですが、その前段階として、脳のインターフェースを機械化し、仮想世界で暮らすようになります」
「ふむ」
「もう一つは物質世界を限りなく便利に改良します。そこで用いるのがレプリケーターですね」
「ほほう」
「これがあれば、なにもないところに物を作り出すことが出来ます。例えばりんごが食べたいとなれば、りんごを出せと念じれば目の前にりんごが出現します。念じるという部分は本質ではありませんが、指示したとおりに本来ないものを作り出す装置がレプリケーターです」
「どこにでも作れるのか?」
「レプリケーターの中であれば。普通はもっとコンパクトなスペースに集約し、そこで利用するのですが、この星の場合は星全体をレプリケーターで覆い尽くしているようですね」
「じゃあ、もしかしてこの人工の大地がそのレプリケーターだってことなのか?」
「全部ではありませんが、概ねそういうことです。つまりこの星は後者を選択し、私の故郷などは前者を選択したのです」
「ははあ。じゃあ、魔法ってのは、りんごの代わりに火の玉や氷を作れって念じてるだけなのか」
「そうなります」
「だったら、美人を作れとか、宝石を作れってのもありか」
「そうですね、実際、あの魔物というものはそうして作られているのではありませんか?」
「そうなのか」
「想像ですが、おそらくは」
「念じるってのは、じゃあ呪文のことなのか?」
「そう考えています。ただ、以前幾つか呪文のサンプルを取ったのですが、意味が解析できませんでした。呪文とは命令そのものではなく、高度な暗号化が施された、符牒のような仕組みを取っているのでしょう」
「お前さんでも解析できないのか」
「暗号というものは、強度だけが重要です。それが一定以上である限り、有限時間で解析することはどのような技術格差があっても困難です」
「なるほど」
「それに、この星の根底にある技術は、相当高いのではないかと考えています。俗にステンレスと呼ばれる物質の大半はセラミックやカーボン樹脂のたぐいですが、解析不可能な物質もありました」
「ほほう」
「私の船は民生品ですから、そこまで高度な解析装置も搭載していないのです。想像ですが単原子セルや中性子プレートの可能性が高いですね」
「なんだそりゃ?」
「高密度の中性子に反重力子をトラップして……ここからさきはまたの機会に」
「うぐぐ、まあいい」
「そうですか。とにかく、そういう高度な先史文明の残した遺物だけを、魔法という形で現在も利用しているのでしょう」
「じゃあ、神霊魔法とか精霊術とかいう区別も関係ないのかな?」
「ただの系統分けの問題じゃないですか?」
俺とネトックが飯のタネにもならないような話をしてる間も、フルンたちは本を買い漁っていた。
カウンターには百冊以上も積まれている。
「随分買うんだな、お小遣い足りるのか?」
と聞くと、フルンは元気よく、
「うん、足りない!」
と答える。
「足りないよな、やっぱ」
「でも、私が買うのはこの二冊だけ、エットが一冊で、あとの残りは全部カリちゃんの」
「ほう、カリちゃんか」
当のカリスミュウルはまだ本棚をあさっている。
「よもやすぐとなりにこれほどの蔵書を備えた書店があるとはな。買い放題ではないか」
「金と権力にまかせて、庶民の読書の機会を奪うんじゃない」
「うるさい、読書の機会は金の前で平等なのだ。それに読んだらまた売れば市場に回ろう」
「そりゃそうだけど」
カリスミュウル自身も、結構な財産や領地を持っているらしいので、本を買うぐらいで躊躇することはないのだった。
「あら、随分とお大尽な娘さんを引っ張り込んだんですね」
「今の王様の姪子だからな」
「どこからそんな人をナンパしてくるんです?」
「俺にもよくわからん」
ほんとわからん。
俺ってなんなんだろうな。
ミラーを呼んで、数箱分の本をうちに運ぶ。
本好きのリプルやウクレは、はじめのうちは驚いていたが、うず高く積まれた本を目の前にして、心底喜んでいた。
「いっぱい読もう、でも、こっちの古い本とか、文体が難しくて読めないかも」
というリプルに、ウクレがうなずきながら、
「私も、昔のスパイツヤーデの言葉のスペルはよくわからなくて、時間かかるかも。あの、カリスミュウル様、読み終わるまで時間がかかっても大丈夫ですか?」
と尋ねると、
「気にするな、本などは自分の読みたいように読めばいいのだ」
などと答える。
エンテルも大量に本を買うけど、ほとんど学術書のたぐいだからな。
その点、趣味で買い漁るカリスミュウルは、小説や戯曲だけでなく、紀行文や歴史書、果ては料理本や滑稽本まで無節操に手を出す。
典型的な乱読家のようだ。
面白そうなので、俺も読もう。
暖炉の前に本を山積みし、みんなで読みふけっていると、フューエルが屋敷から帰ってきた。
「あら、随分と買ったんですね。それだけの数だと、書棚が足りないのでは?」
「読んだ本は、また売ればよかろう。私は蔵書を持たぬのだ」
とカリスミュウル。
「あなたは良くても、子どもたちは何度も読むでしょう」
「む、そうか、ならば仕方あるまい。カプルに頼めば、やってくれるであろうか」
「それは大丈夫でしょうけど、エンテルたちも、資料庫を増やすと言っていましたから、地下室に専用の図書室を作るほうが良いかもしれませんね」
「ふぬ、そうだな」
「エンテルは下にいるかしら、ちょっと様子を見てきましょう」
と二人で連れ立って、地下に降りてしまった。
俺はついていかずに、本の続きを読む。
千年前の大戦後、復興期の紀行文で、古い列車の痕跡をたどるといった記述がある。
かつてはこの世界にも鉄道が走っていたようだが、千年前の時点では、若干残っていたのだろうか、と思い読み進めると、列車とはすなわち馬車のキャラバンだとある。
鉄道自体はもっと前に滅んでいて、列車という言葉だけが残っていたのかな。
難しいもんだ。
昨夜は寝不足だったせいか、気がつけばうたた寝していたが、暖炉に薪をくべに来たミラーの気配で目を覚ます。
ふわふわ揺れる髪の毛を横目に、改めて別の本を手に取った。
フルン達がお気に入りの、キムエリ・ネムエリという作家の本で、さまよい人エッペルレンという主人公が、不思議な世界を次々に旅するというお話だった。
巨大な植物の上に住む国や、天まで積み上げた石の家でできた国、巨大な筒の中に住む国、住民が光の粒になっている国など、色々あって、なるほど不思議なものだなあ、と読んでいるうちに、表でドスンと音がする。
巨人のメルビエが戻ったのだろう。
以前のように実家の姉の面倒を見続けるということはなくなったが、それでも週に一度は帰っている。
出迎えると、山のように荷物を積んでいた。
「おかえり、今日はまたずいぶんと荷物が多いな」
「んだ、ちいとごすじんさまに頼みがあるだでよ」
と申し訳なさそうに話すメルビエ。
「おう、なんでも言ってくれ、できることなら何でも聞いてやるぞ」
適当な返事を返すと、メルビエは返事の代わりに手招きした。
山積みされた荷物の影から出てきたのは、肩をすぼめて小さくなった、すごく大きな女の子だった。
「紹介するべ、カジーダの谷からきたレグだ。ちいとワケありで、しばらくうちに置いてやってほしいだよ」
そう紹介された巨人の娘は、消え入りそうな声で、
「レグドスィと申します、その、よ、よろしく……おねがい、します」
まあ、巨人ってのは見かけの割にお人好しだったり小心者が多かったりするんだけど、この子はひときわ気が弱そうだな。
薄着のメルビエと違い、凝った刺繍の分厚いケープなどを何枚も重ねている。
寒がりなのかと思ったが、大きなカバンも背負っているし、旅支度なのかもしれない。
身長はメルビエと同じで三メートル弱と言ったところか。
巨人の女の子としては気持ち小さめかな。
巨人の場合、のっぽな人間と違い、普通の人間をそのままの比率で大きくしたような体型なので、二メートルの人間と二メートルの巨人では体格がかなり違う。
この子も百五十センチ程度の普通の女の子をそのまま二倍に大きくしたような体型だ。
肌は白くて、くりっと大きな目が可愛い。
「よく来たね、私が主人のサワクロだよ。外は寒いし、まずは中に入りなさい」
分析はそれぐらいにして招き入れる。
「お、お邪魔します」
「入り口が低いから気をつけて」
扉を潜ろうと頭を下げた彼女の手を取るとぴかっと光った。
「ひぇ!」
驚いて飛び上がった巨人のレグちゃんは、その勢いで扉を破壊し、慌てて頭を下げたところで今度は運んできた土産の木箱に頭突きをキメてそのまま動かなくなってしまった。
「ありゃー、おらと気が合うだで、もしかしたらと思っただども、一発で光っただな」
とのんびり構えるメルビエ。
「いや、そんなのんびりしてないで介抱してやれよ、だいじょうぶなのか?」
「んだ、オムルは頑丈さだけが取り柄だべ、水でも引っ掛ければ目を覚ますだよ」
「この寒いのに……」
木箱に頭を突っ込んでピカピカ光っている大きなお客様を前に、俺は途方に暮れるのだった。
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