第307話 故郷 前編

 星が綺麗だ。

 昔よりもずいぶん、綺麗になったな。


 ……昔っていつのことだ?


 気がつくと、俺は夜の交差点に立ち、星を見上げていた。

 雑踏に身を任せて、あてもなく歩く。

 周りの人は、人間っぽいのもいれば、トカゲっぽいのも魚っぽいのもいる。

 宇宙人だなあ、と思ってさらに周りを見渡すと、看板が漢字だった。


「日本じゃねえか」


 いや、でも俺の知ってる日本に宇宙人は居なかったぞ。

 あれか、パラレルワールドの日本か?

 異世界がまったく別の宇宙にあるなら、ほとんどそっくりの複製品みたいな宇宙もあってもおかしくないだろう。

 そもそもSFじゃソッチのほうが多くないか?

 あるいは俺が異世界でハーレムづくりに勤しんでる間に、宇宙人がやってきて侵略された可能性も……。

 あ、でも、前に一度戻った時は、時間が進んでなかったような?


 そういえば、あの時と違って、焦燥感のようなものは感じない。

 俺が自由に世界を行き来して、勝手に戻ることがわかっているからだろう。

 フルンたちを探すのもいいが、せっかくの故郷だ、少しうろついてみよう。


 少し歩くと、見慣れた通りに出る。

 建物にも見覚えがある。

 俺の通ってた大学からほど近い繁華街だ。

 関西の古い都の観光名所だけあって、当時から賑わっていたが、宇宙人にも人気のようだな。


 ここからなら、一時間程度で自宅のボロアパートに着く。

 電車もまだ大丈夫な時間だ。

 と無意識に腕時計で時間を確認してから、その時計が学生の頃に買ったやつだと思いだした。

 登山用に気圧や高度が図れるやつで、ずいぶん愛用してたっけ。

 最近、あんまり山登りもできてなかったからなあ。

 いつの間にか身につけていたスリングバッグにも、お気に入りのアウトドア用財布やウインドブレイカーが無造作に突っ込んであった。

 少し肌寒いので、久しぶりに袖を通す。

 薄いくせに妙に温かい感触が、懐かしい。

 財布には十分金が入っている。

 残念ながら、スマホはなかった。

 あれはアルサに置きっぱなしだからな。


 まずは手頃なコンビニに入る。

 見たことない商品は避けて、とりあえずホットスナックのチキンとおにぎり、そしてペラペラのペットボトルの水を買う。

 そういや、このペラペラ、同僚の評判は悪かったが、俺はお気に入りなんだよな。

 飲んだ分だけ潰せば縮まるので。

 ビニール製のソフトボトルの水筒も使ってたけど、荷物を小さくしたがるのは、アウトドア野郎の習性かもしれんなあ。

 イートインがなかったので、ブラブラと食べる場所を探す。

 たしかこの先に公園があったはずだが、残念ながらケアサービスの事務所が立っていた。

 時代の流れだねえ。

 諦めて駅に向かう。

 財布に電子マネーの類は入ってなかったので、切符を買った。

 路線図を見ると知らない駅がいくつもある。

 関西宇宙港ってのはなんだ?

 まあいいや。


 ホームで電車を待ちながら、チキンをかじる。

 うまいけど、このウソっぽいプリプリ感が、ジャンクフードだなあと感じる。

 おにぎりの方は、米はいいが海苔が紙を食ってるようにパサパサしていた。

 そう言えば俺は海苔を分けずにしっとりさせてあるほうが好きなんだった。

 サラリーマン時代はあれほど食ってたのに、そんな事も忘れるほど、俺は日本を離れてたんだな。


 食い終わると電車が来た。

 ゴミ箱にゴミを投げ捨てて乗り込む。

 車内のモニターでは、知らない芸能人が、知らない商品の宣伝をしていた。

 やっぱりここは、俺の知らない日本らしい。

 とすると、家もないかもな。


 使い慣れた駅を降り、住み慣れた町の見慣れた景色を歩き、安アパートの前まで来ると、そこには立派なマンションが建っていた。

 まあ、そんな気はしてたので、さほどショックは受けずに駅前に戻る。

 馴染みの小さな本屋が開いていたので中を覗くと、顔見知りの親父が頑張っていた。

 はやる心を抑えて声をかけてみるが、残念ながら俺のことを知らなかった。

 こっちは思ったよりショックを受けたが、どうにか抑えて、目についた本を二冊買う。


『千九百九十九年の衝撃、いかにして我々は惑星連合の一員となったか』


 というタイトルの新書だ。

 もう一冊は、


『特集、できる男の宇宙ファッション。最新宇宙グッズ百選』


 というムックだ。

 近場の喫茶店に入り、いつものコーヒーを頼む。

 こちらのマスターも、知ってるけど知らない人物だった。

 でも、無駄に濃いコーヒーの味は同じだな。

 落ち着いたところで新書を手に取る。

 パラパラと斜め読みすると、どうやら一九九九年に、木星近傍に巨大ゲートが出現し、そこから多くの宇宙人がやってきたらしい。

 彼らは非常に友好的で、未開人である我々をまたたく間に啓発し、数年で地球は惑星連合の一員となった、とある。

 この惑星連合ってのはかつてペレラールが属していたというそれと同じなんだろうか?

 それとも名前が同じだけの別のなにかか?

 更に読み進める。

 宇宙警察機構というのが地球に支部を作ったとか、木星の近くにアカデミアと呼ばれる巨大コロニーがあって、外宇宙の出先機関、兼、教育機関になっているとか、そう言うことが書いてあった。

 もう一冊のファッション誌を読むと、いろんな宇宙人の奇抜なファッションがたくさん載っている。

 さっきも少し生で拝んだが、いろんな連中がいるもんだ。

 どうも今は体内にナノマシンのようなものを埋め込み、さらに目玉や耳を改造して情報を拡張するのが流行りらしい。

 たぶんARってやつだな。

 俺が日本に居た頃は、VRメガネが流行りそうとか言ってた気がするが、メガネの類が流行る前にいきなり改造するのが主流になっちまったのか。

 ムックの裏表紙には日帰り入院で即施術できますとうたった広告が載っていた。


 本を閉じてメニューを開く。

 おにぎりでは足りなかったので、なにか頼もう。

 ここのナポリタンはこれぞ喫茶店の味というベタなやつでお気に入りだったんだ。

 店員を呼び、注文する。


「じゃあ、私もそれを」


 そういったのは、いつの間にか向かいに座っていた女の子だ。

 どこかで見たような角の生えた帽子をかぶっている。


「これ、美味しいの?」

「俺は好きだけどね」

「ふーん」


 そこで会話は途絶える。

 しばらくすると、料理が運ばれてきた。

 ガツガツと食べる。

 うむ、懐かしい味だ。

 一気に平らげて、冷たい水を飲み干す。


「ごちそうさま」


 独り言のように呟くと、向かいの女の子も食べ終わって、追加のパフェを頼んでいた。


「なかなかいいわね」

「そうだろう」

「ところで」

「うん?」

「あなた、だれだっけ? 私のこと知ってる?」

「初対面じゃないかな。俺は黒澤っていうんだけど」

「私はピッピよ。あなたここのネイティブ?」

「いやあ、俺の住んでたとこと似てるけど、ちょっと違うんだよな」

「ふうん、微妙に位相が違うもんね。ここ、なんだか時空が込み入ってるでしょう?」

「らしいね」

「誰かいるっぽいから覗いてみたんだけど、あなただったのかしら?」

「誰かって?」

「もちろん、放浪者よ」

「ああ、それね。そう言えば、どこか見覚えがあると思ったら、ロロ君の姉って君かい?」

「あら、ロロは知ってるのね。あの子すぐ迷子になるでしょう。しかも内気だから、死にかけの宇宙ばっかりさまよってるし。私そう言うとこは行かないからさあ」

「男の子には、そう言う時期もあるのさ」

「よくわからないけど、まあいいわ。こういう文明レベルが上がったばかりの星って、活気に溢れてて好きなのよ。ほら、みんな必死に働いて、お金をためて宇宙に飛び出して、新しい知識や刺激、文化を手に入れようとしているわ」

「熱気にうなされてるようなものさ」

「そうよ、だからうなされてる間に楽しむんじゃない。冷めたら全部、つまんなくなっちゃうもの」

「まあ、そうかもしれん」


 パフェを食べ終わったピッピちゃんは、さてと言って立ち上がる。


「お腹が膨れたら、遊びに行かなきゃね」

「そりゃあ、もっともだ」

「どこがおすすめなの、この星」

「さて、知ってるようで知らない世界だからなあ」

「エスコートぐらい、ちゃんとしたら? まあでもあなた、あまりモテそうにはないわよね」

「そんなことを言われたのは久しぶりだよ」

「反省したほうが良いわね」

「そうするよ」

「しょうがない、お互い忙しそうだし、今日のところは出直しましょ」


 店を出て、駅前のロータリーに向かう。

 タクシー乗り場だったはずだが、一台も止まっていない。


「もう来るわよ」


 と空を指差すと、空飛ぶ車がふわりと舞い降りた。

 凄い、SFだ。


「ほら、のってのって」


 座席に押し込まれる。

 クッションはいいな。

 車内も広いが中は無人だった。

 とくに行き先を告げないまま、発車する。

 窓から見下ろす夜景はなかなかのものだ。

 思わず張り付いて眺めていると、ピッピちゃんが呆れた声で、


「ロロもそうだったけど、男ってほんとそう言うの好きね」

「速いとか高いとか、そういうのにたまらない魅力を感じるんだよ」

「わけわかんないわ」


 といいながら、自分も反対側の窓から外を眺める。


「そういえば、あなた闘神のホルダーなのね。前にもそう言う人とあったことあるけど、やっぱシーサとは仲悪いの?」

「どうかな、シーサには一人友人がいるけど、うちの闘神とは仲良さそうだぞ」

「ふーん、私もシーサに捜査官、ん、執政官だったかな? それの友達がいるんだけど、なんか他の放浪者に入れ込みすぎて懲戒処分受けたとかなんとか」

「その子も、いつも張り付いて見張ってるもんだから、気恥ずかしくてな」

「そうよねー、あの子達、人のプライバシーとか全然考えてないから。逆に当事者意識がなくて、本人はチョロいんだけど。そう言えば噂だけど、今シーサってボロボロらしいわよ、やっぱ調子乗ってると新興世界からの突き上げとかきつそうじゃない?」

「そうかな」

「あ、でも闘神は闘神でなんか重くない? すっごい悲劇のヒロインっぽくて」

「俺の知ってる闘神はみんな口が悪くて脳天気だぞ」

「じゃあ、宿主に似るのかしら。あなたもすっごく能天気そうよね」

「そうかもしれん」

「あ、ほらついたわよ」

「どこに?」

「なんだったかしら、えーと関西宇宙港ね」


 降り立った場所は、海に浮かぶ巨大な空港だった。

 広大なスペースに多種多様な宇宙船が止まっている。


「面倒だから、ゲート経由で外に出ようと思うけど、あなたどうするの?」

「特に考えてないけど」

「光速バスで三時間ぐらいだって。乗ってく?」

「そうだな、もう少しここを見学してもいいんだが、うちが恋しいし、帰るか」

「そう。あなた、パスとか持ってる? ここ、認証がいるみたいだけど」

「パス?」

「体内認証は埋めてないでしょう、私もだけど。代わりにこういうチップがあるでしょ」


 と麻雀の点棒のような棒切を取り出す。

 カバンをあさると、革のペンケースに入っていた。


「あるわね、ちゃんとシクレタリィは付いてるのね、じゃあ、切符を取るわ。出発は三十分後よ、行きましょ」


 彼女は喋りながら手続きを終えたらしい。

 小さなシャトルバスに飛び乗り、空港内を移動する。

 チェックインも審査もなしに、そのまま大きな旅客機に乗り込む。


「検査とか無いんだな」

「そこの入り口についてたでしょ。ああやって泥臭く全身を走査されるの嫌いなんだけど」

「ふーん」

「だってちゃんと体が作れてるか不安にならない? 前に珪素生物の世界に行った時、うっかり炭素生物のまま行っちゃって、すっごい浮いてたのよ。お互いに相手が生物だと気が付かないレベルで」


 などと言って笑う。

 冗談なのか本気なのかわかりづらい話だが、この子はちょっと難しいので適当に聞き流しておいた。


 あっという間に飛行機は空に飛び上がり、壁や天井には外の景色が映し出されていた。

 地上から見上げる星空は、やがて全身を包む宇宙の光景へと変わる。

 足元には巨大な地球だ。

 でけえな。

 かつてスペースシャトルはひっくり返って飛んでた気がするが、こいつは違うんだな。

 小一時間で中継ステーションに到着し、そこで乗り換える。

 今度は円柱形の巨大な宇宙船だ。


「この光速バスで直接ゲートを抜けるわ、そのときにこの宇宙からおさらばね。さっきのご飯は美味しかったし、ここはまた来てもいいわね」

「そうかい?」

「次は私のお気に入りの料理を奢るわ、楽しみにしてて」


 宇宙船の中は、バスと言うより、豪華フェリーといった感じで、広いロビーから遊戯施設などもある。

 船内アナウンスによると、ゲートの通過まで三十分、光速航行を終えるまでは席から発たないでください、とのことだったので、おとなしく席に着く。

 あいにくとさっきと違い、外の景色は見えない。

 座席にはモニターみたいなものはついてない。

 飛行機でも付いてるのにな、と思ったが、この世界だとAR的な何かで自分で好きなだけ楽しめるようなので、こういう長距離線では古臭い映像装置など不要なのだろう。

 さっきの地球の映像はアトラクションみたいなもんだったのかな。

 柔らかいシートに身を沈めていると、気が緩んだのか、だんだん眠くなってきた。

 誰かが、じゃあまたね、と言った気がするが、俺は返事を返しただろうか。

 どうも最近、眠くてしょうがないな。

 ちょっと絞られすぎじゃなかろうか。

 起きたらまた、ごっそり絞られるんだろうなあ。

 亜鉛のサプリでも、買って帰ればよかった。

 そんなことを考えていると、突然の轟音に、叩き起こされた。


「なんじゃい!」


 目を覚ますと眼の前にはエディのでかい乳があった。

 どうやら俺とカリスミュウルをかばうように覆いかぶさっていたらしい。


「ふたりとも、大丈夫?」


 尋ねるエディにうなずきかえす。

 カリスミュウルはまだ寝ぼけているが、大丈夫そうだ。


「どうした、熊でも出たか?」


 窓から外を見ていたポーンが、少し顔をしかめて、こう答えた。


「ええ、そのようです。しかしちょっと大きいですね。ここは危険かもしれません、脱出の準備を」


 そう言われて、俺達は慌てて服を着る。

 旅の最中は着るのが簡単な服を着るもので、ステテコとズボンを履いて、チュニックをかぶり、ベルトを締めてベストを羽織れば完成だ。

 エディは当然手早いものだが、カリスミュウルもこう見えて旅慣れているのか、すぐに支度を終えた。

 その時、馬車の扉が開いてクメトスが顔を出す。


「お早く、巨大な熊が暴れております、魔法も使うので気をつけて」


 熊が魔法かよ。

 それはもう魔物じゃないのか?

 コートを手に外に出ると、地響きはするが熊の姿は見えない。

 大きな盾を構えて出口を守るクメトスの背後から見上げると、いた。

 ちょーでかいやつが。

 体長十メートルはあろうかという、非常識なデカさの熊が、目の前の森から頭をのぞかせている。

 まじかよ。

 こんなのばっかりじゃねえか、どうしておとなしくイチャイチャさせてくれないんだ。

 うちの従者は皆大丈夫そうだが、馬車のすぐ横では親衛隊の一人がひっくり返っていた。

 どうやらこの子が吹き飛ばされて、馬車に激突したらしい。


「レクト、大丈夫なの?」


 エディに引っ張り起こされた親衛隊は、頭を振って大丈夫だと答える。


「だったら、張り切って頂戴、ハニーの従者たちに負けちゃ駄目よ」


 とけしかける。

 親衛隊の騎士ちゃんは、うおおぉ、っと雄叫びを上げて、巨大熊に突進していった。

 一方のエディは、腰に短剣を装備しただけで、高みの見物のようだ。


「いいのか、見てるだけで」

「ばかねえ、私が出ていったら、あの子達の面目が立たないじゃない」

「親分は大変だな」

「そうよお、だからさっさと引退させてよね」

「頑張るよ」


 たぶん、ほんとにヤバそうならエディも出るんだろうが、彼女の見立てでは大丈夫ということだろう。

 実際、ポーンもクメトスと並んで大きな盾を構えるだけで、動こうとしない。

 しかし熊は数匹いるようで、あちこちで悲鳴が上がっている。

 逃げ惑う商人や荷運び人足と、立ち向かおうとする冒険者でごった返している。

 まあ、めちゃくちゃだ。

 そもそも熊って、群れで行動するんだっけ?

 よく知らんけど、あの熊はするんだろう。

 あるいはやっぱり、魔物みたいなものかもしれない。


 青豹の駐留部隊は、どうも頼りなさそうな騎士が五人ほどしか居ないらしく、数人の兵士とともに、一匹を相手にするので手一杯だった。

 その先頭に立ってでかい槍ででかい熊の頭をぶん殴っているのが、例の左遷騎士だろう。

 彼だけが強そうだが、夜の闇のなか、木に阻まれた状態ではうまく戦えないようだ。

 クメトスを捕まえて、デュースたちを引っ張り出すか相談したところ、


「いえ、起こすほどのことはないでしょう。奇襲で少々後手に回りましたが、すでに体制は立て直しました。結界も貼りましたし趨勢は決したと言って良いでしょう」


 クメトスの言葉通り、その後はこちらが崩れることなく、じわじわと熊の体力を削り、仕留めていった。

 まったく、人騒がせな熊だな。


 後始末は騎士団に任せて、火の前でけが人の治療をする。

 と言っても、うちで怪我をしたのは最初に吹き飛ばされた親衛隊の一人だけだ。

 レクトと言う名の娘は、甲冑を脱いで、打撲に薬を塗っていた。

 夜警組の控えだったレーンが魔法をかけてやると、非常に恐縮している。

 あの子は先程、おやつを上げた鳶色の瞳の娘だな。

 健康的な肉体が、若々しい。

 年の頃は、まだ十代かもしれない。

 治療を受けながら、こちら、というかポーンをちらりと気にしているようだが、黙っている。


「ポーン、なにか声をかけてやらないのか、お前の部下なんだろう」


 というと、ポーンはめんどくさそうな顔で、


「今声を掛けると、叱責せねばならぬでしょう。私はミアンレブ卿に警護のお礼にいってまいります。慰めたければ、ご自分でどうぞ」


 と言って、歩き去った。

 隣りにいた呆れ顔のエディに尋ねる。


「ポーンってあんなに可愛い性格だったか?」

「さあ、男を知ると女は変わるっていうけど、ほんとなのねえ。私もどっか変わったのかしら?」

「それは帰ってからローンにでも聞いたらどうだ?」

「いやよ、そんな物騒なこと、御免こうむるわ」


 確かに、しばらくは顔を合わせたくないな。

 俺が今顔を合わせたいのは、親衛隊のレクトちゃんだ。

 治療が終わるタイミングを見計らって、ひょいひょいと寄って行く。


「傷はどうだい?」

「これは紳士様、お休みのところをお騒がせして申し訳ありません」

「いやいや、こちらが守ってもらうほうだからね。見たところ、傷は大丈夫そうだ。さすがはエディがしんがりを任せるだけのことはある」


 治療のために甲冑と鎖帷子を脱いで、ポーンと同じスポブラ風のアンダー一枚で肌を晒している。

 どう見ても寒そうだが、一戦終えたばかりの彼女の肌は汗ばみ、夜の冷気に混じって白い湯気を発している。

 若々しい、健康的なエロさを感じる。

 だが、若い彼女はおじさんのスケベ目線には気が付かなかったようで、神妙な顔で、こう言った。


「ポーン副長は、なにか……」

「うん、ちょっと心配そうではあったが、君たちを信頼しているようだね」

「そうでしょうか、いつも期待に答えられず、不甲斐ないばかりで」

「ははは、そう自分を責めたものではないよ。実際に君たちはきちんと任務を果たしたじゃないか」

「ありがとうございます」


 俺の言葉に彼女は少し緊張が解けたようだ。

 アンが持ってきたお茶を受け取ると、一口すすって、ふぅっと可愛らしく息を吐く。


「そういえば、先程の団子、美味しかったです。皆も喜んでおりました」

「そりゃあ良かった。次に行くパツナの町には、美味しい焼き菓子の店があるそうだ。バターをたっぷり効かせたクッキーが名物だというから、今のお礼にごちそうするよ」

「ありがとうございます」


 と喜ぶレクトちゃん。

 そこに倒した熊の見聞を終えたクメトスが戻ってきた。


「土地の者の話では、このあたりの山には住まぬ種とのことです。やはり餌がなくて流れてきたのでしょう」


 と言ってから、レクトちゃんに優しくこう言った。


「ご苦労様でした、若いのに見事な腕前。ポーン殿の薫陶が行き届いているのでしょう」

「き、恐縮です。クメトス様は、先の紅白戦で副長と対峙したときの見事な槍さばきが今も目に焼き付いております。今日は間近でその戦いを拝見できて、感動しました」

「私も団を離れて少々気が緩んでおる気がしておりましたが、若い貴方方の戦いを見て、気が引き締まる思いでした。これからも互いの騎士道のもと、励んでまいりましょう」


 レクトちゃんはクメトスと波長が合うタイプみたいだな。

 となると、ポーンの下では苦労してるんだろうなあ。


 そう言えば今何時だろうと腕を見るが、当然腕時計などついていない。

 何故かついてるような気がしてしまったが、まだ寝ぼけてるのかな。

 後片付けをしていたミラーに時間を尋ねると、五時前だった。

 夜明けにはまだあるが、出発の準備を始めてもおかしくはない時間だ。


「よし、後始末を終えたら朝食の支度をしてくれ。寝直すのも面倒だ、早めに出るとしよう」


 昨夜頑張りすぎてまだ眠いんだけど、馬車で仮眠をとるとしよう。

 六時頃には食事を終えて準備が整う。

 すでに宿泊していた連中の半数は出立済みだ。

 このあたりはアルサよりも更に日の出が遅いのか、七時ぐらいにならないと明るくならない。

 夜明けを待たずに、俺達も出発した。




「今朝はそんなに大変だったのですか」


 準備が慌ただしくて、今朝の出来事をフューエルにちゃんと話したのは馬車が動き出してからだった。

 エディがため息混じりで質問に答える。


「特大のベルビア熊っぽいのが四匹いたから、一個小隊でも状況次第では危なかったかもね。いっちゃなんだけど、左遷組の分隊一つであそこを守るのは難しいわねえ。もし宿や店にまで被害が出てたら、ただでさえ峠は交通が滞るのに大変よ。と言って、こっちが上申するのも差し出がましいじゃない」

「そうですね。特に街道沿いは直轄領ですし」

「そうなのよ。フューエルのところみたいなのだと、直接領主から苦情が入れば対応せざるえないけど」

「しかし、あなたが来る前は、父はずいぶん騎士団との交渉に苦慮していたようですよ」

「あら、そうなの?」

「両騎士団の縄張りのこともありましたけど、ラウンプ隊長はあまり町の外まで手を出してくれませんでしたし」

「彼も若い頃は良かったらしいんだけど、私も今の耄碌した姿しか知らないわね。それにしても、後釜が決まらないのよねえ。あなたの地元だし、私が辞める前に気の利く人間を据えときたいんだけど」

「お願いしますよ」


 異世界でも根回しの文化はあるんだよなあ。

 今日のカリスミュウルは、膝の上ではなく隣りに座って窓の景色を眺めている。


「どうだ、なんかいいものが見えたか」

「いや、枯れ木ばかりだな。このあたりも春になれば鮮やかな緑が、荒野に飽いた都の住民の目を楽しませるものだがな。それでも山を抜ければ、ラージャ河の雄大な流れが見えるぞ」

「へえ、でかい河か」

「うむ。夏なら川下りも楽しめようが、この時期はな。川を下れば、ブソピナという、大きな街に出る。闘牛が盛んで盛り上がるが、これも春にならねば始まらぬ」


 それを聞いたエディも、


「そうなのよ、もうちょっとあとなら、ブソピナ経由で帰っても良かったんだけど、今行っても地味だから」

「パツナの町ってのはどうなんだ?」

「あそこは小さな町よ。でも東西の街道も交わってるから、人は多いわね。宿もたくさんあってパルシェートの両親の宿も、結構大きいらしいわよ」


 人が多ければうまいものもあるだろう。

 楽しみだなあ、と期待に胸を膨らませていると、もともと過剰に胸が膨らんでいるエディがカーテンをつまんでこう言った。


「あら、昨夜のシミが残ってるわね」

「ダーリン、君が張り切りすぎるから」

「どう考えても一番激しかったのはカリよね。こう、腰を鷲掴みにされて、ぐるんぐるん……」


 言われたカリスミュウルは、


「やめい、みっともない。だいたい、人のせいにするな、貴様こそ何だあのざまは」


 と怒るし、フューエルはすねたふりをして、


「ずいぶん楽しそうですねえ。今夜は私も混ぜてもらうとしましょう」


 などという。

 こういうのを針のむしろというんだろうなあ。

 聞き流して狸寝入りを決めるうちに、パツナの町についた。

 なにかうまいものでも食って元気を出そう。




 ブルーム街道は、水源に沿って伸びているらしく、街道沿いは緑が豊かだったが、パツナの町の周辺は、都と同じく砂と岩の荒野が広がっていた。

 その中でひときわ多くの水と緑をたたえたオアシスの町がパツナだ。


 パルシェートの両親は、四十代なかばの人の良い夫婦で母親がプリモァだ。

 事前に手紙で知らせてあったらしく、驚きはしたものの、従者になることを好意的に受け入れてくれた。

 子をなせぬハーフのプリモァは、一般に独り者で過ごすか従者になるしかないので、拒む理由もないのかもしれない。

 ただ、やはり紳士だの騎士団長だの殿下だのと言ったあたりは、驚くというより、あまり真に受けていない気もした。

 娘が新たな伴侶ならぬ主人をえて心機一転、南方アルサの自由な空気のもとで宿を始める、ぐらいに考えているのだろう。

 本質的にはそうなので、そこを納得してもらえれば十分なのだ。


 パルシェートに宿を任せる件は、自宅にいるメイフルとも念話で相談しておいたが、あちらも概ね了承していたので、実務レベルは帰ってから相談すればいいだろう。

 ただ、パルシェートが当てにしていた両親は忙しくて手が離せず、ベテランホテルマンである祖父も、ここに居ないという。


「それがどうも、祖父は私を心配して入れ違いで都に向かったそうなんです」

「どうする? 戻って探しに行くか」

「いえ、またすれ違っても困ります。あちらの親戚に事情は話してありますし、手紙も残していくので大丈夫だと思います。一度祖父にアルサに来てもらって、準備を手伝って貰おうとおもいます」


 とのことだ。

 両親は一泊して行けと勧めてくれたが、留守番してる連中には、今日帰ると伝えてある。

 やはり帰ることにした。

 それならばと両親は、混み合うブルーム街道より、ここからラージャ河にそって西に下り、支流の先にあるポンツの町からゲートを使えばいいという。

 距離は若干遠いが、平易な道で空いているので、夜にはつくだろう、とのことだった。


 話は決まったので、パルシェートの実家の宿で昼食を取る。

 大きな旅館で、大食堂もあり、皆でそちらで頂いた。

 ラージャ河で取れるサーモンや、砂漠で放牧されている牛のグリル料理が目玉だ。

 以前魔界からの帰り道に食った牛もうまかったが、こういう名物があると映えるよな。


「神殿のゲートより南には来たことがなかったのですが、これはなかなか」


 と肉にかぶりつくフューエル。

 そのとなりで揃ってかぶりつくカリスミュウルを見守っていた透明人形のチアリアールは、なにかいいたそうだったが、黙っていた。

 これがうちのスタイルなので、慣れてもらうしかないよな。

 エディも当然のようにかぶりつくが、ポーンはきちんとナイフで切り分けて食べていた。


「どうしました?」


 ついジロジロ見ていたことがバレて、ポーンに問いただされる。


「いやあ、おまえさんが一番お上品に食べていると思ってね」

「お望みでしたら、かぶりつきますが?」

「飯なんて食いたいように食うのが一番うまいだろう」

「おっしゃるとおりです」


 そう言って顎をしゃくると、その先には親衛隊の四人が飯を食っていた。

 鳶色の瞳のレクトちゃん以外も、流石に甲冑を脱いでガツガツと行儀悪く食っている。

 可愛い子ばかりだな、誰の趣味だろう。


「あれが赤竜スタイルかい?」

「残念ながら、集団というものは上に似てしまうのですよ」

「おまえは似ないのか?」

「似ていますよ、体裁を保っているときのエディに。驚かれるかもしれませんが、彼女もこうしてお行儀よく食事を摂ることができるのです」

「そいつは驚いた、ぜひそう言う、俺の知らない彼女の秘密を教えてもらいたいね」

「ええ、今度二人きりのときにでも」


 などと軽口を叩いていたら、エディがこちらをジロリとにらむが、喉まででかかったであろうセリフを飲み込んで、再び肉にかじりついた。

 俺も黙ってくおう。


 食事を終えて、パルシェートの両親に礼を述べようと探すと、親子で深刻そうに話しこんでいた。

 パルシェートは俺に気がつくと笑顔になって、


「どうでした、ここの料理はいけるでしょう」

「ああ、うまかったよ。こういうワイルドな料理は冒険者にもウケるだろうな」

「アルサは魚は豊富だって聞きますけど、肉はどうなんでしょう」

「これほど立派な牛はちょっとな。まあ、俺もそれほどは知らないんだけど。それよりも、どうしたんだ、深刻な顔をして」


 と尋ねると、両親と顔を見合わせてから、


「任せていただけるという宿のことで、ちょっと相談を」

「俺も商売のことは任せっぱなしだから、よくわかってないんだけど」


 話を聞くと、遠い街まで行って商売を始めるのは大変ではないかと心配しているらしい。

 親ってのはありがたいもんだなあ。

 持ち前の胡散臭い説得力で丸め込んでも良かったんだけど、従者の親は我が親も同然ということで、丁寧に商店街のコンセプトや商売の規模、今後の展望などを話して納得してもらった。

 まあなんだ、きっと上手くいくさ。

 根拠はないが、そう思ったのだった。


 ご両親に別れを告げて、パツナの町を後にする。

 ゲートのあるポンツの町までは、それなりにかかる。

 順調に行っても、アルサにつくのは、日が暮れてからだろう。

 ちなみにゲートは二十四時間やっている。

 なんとなれば、星の裏側からもやってこれるからだ。

 もちろんそれほど遠い国からだと相当高額なんだけど、それでも一瞬で何万キロも移動できるというのは凄いよな。


「はー、食べすぎたわね」


 腹を擦るエディの向かいには、同じく食べすぎてグロッキーなカリスミュウルがいた。


「食いすぎて馬車に揺られると、応えるな」

「そうよねえ、ちょっと浮かれて油断しすぎたわ」

「こんなことをしていたら、あっという間に体が丸くなって試練どころではなくなるぞ」

「馬にも乗れなくなるわねえ」


 みっともなくゲップをしたエディがフューエルに尋ねる。


「あなた、全然スタイル変わってないけど、たるんだりしなかった? 結婚太りとか言わない?」

「ええ、おかげで結婚前より相当気を使ってますよ。うちはエンテルが率先してダイエットしてますから、これからは二人も一緒に励みましょう」

「つらいわねえ」


 あまり知りたくない女の日常から目をそらし、窓の外を眺める。

 進行方向の左手に広がるラージャ河は、日本ではちょっとお目にかかれないスケールの大河で、対岸が見えない。

 ほぼ海だな。

 ポツポツと商船や漁船も見える。

 水の流れは穏やかで、泥で濁っている。

 異国情緒だなあ。


 ゆったりとした気分になって、隣に座る新人従者のパルシェートの乳をまったりもみつつ、対面に座る同じく新人のサリスベーラに前をはだけて自慢の胸を見せてもらった。

 眼前には名峰、その向こうには大河、山紫水明だなあ。

 美しい景色に見とれていると、疲れた顔のカリスミュウルが、


「貴様の活力を見くびっておったな。そうでなければあれ程の数の従者も満足せぬであろうが」

「突き詰めれば俺の魅力ってそこしかないんじゃないかと、常々思ってるんだよな」

「はん、世の人々は、よもやかの桃園の紳士がそのような人物だとは、思いもせぬだろうな」

「余人の想像に収まるようじゃ、紳士は務まらないんだよ」

「そういうは貴様一人で十分だな、私はもっと普通の紳士を目指すとする……うぇぷ」

「苦しいなら、前を開けたほうが楽になるぞ」

「すでに襟はみっともなく開いておろうが。チアリアールがいればどやされるところだが」

「いや、もっと」

「もっと?」


 と一瞬いぶかしそうな顔をしてから、意味を理解したようだ。

 情けない顔で頬を染めてから、渋々と前をすべて開けて、こぶりなものをさらけ出した。

 いい眺めだ。

 それを見ていたエディやフューエルも、おそろいの格好をしたので、馬車の中はたちまちのうちに名峰が並び立つ大山脈に変わった。


「馬車の中で、こんな格好をするなんて、かなりドキドキするわね」


 と嬉しそうなエディに、パルシェートは耳まで真っ赤にしながら、


「こ、こういうのもご奉仕の範疇なのでしょうか」

「たぶんそうよ、よそはどうか知らないけど」


 それを聞いたフューエルも、


「私もこの人の変態趣味にだいぶならされていましたが、改めて考えると、これはかなり卑猥ですね」


 サリスベーラも同意してうなずく。

 一方、少し楽になったカリスミュウルは一眠りすることにしたようだ。

 俺も下半身に血が回ったせいか、なんだか眠くなってきた。

 もう少し眺めていたいが、ふわふわと揺れるものを見ていると、もうなんだかまぶたが重くなって、だめだ。




 ふわふわと揺れる地面の上で、俺は流れる星を眺めていた。

 はて、確か馬車で寝ていたはずだが、としばらくぼんやりしていると、不意にウクレが声を掛ける。


「あら、また昔のご主人様に同期なさってますね」


 そう言って大人なウクレは、おさげを揺らす。

 またこっちか。

 どうやら俺たちはすごい速度で宇宙を飛んでるようだ。

 柔らかい地面だと思っていたのは巨大な手のひらで、上を見上げると、俺たちを手のひらに載せた巨大なパルクールが、宇宙を飛んでいるのだった。

 ファンタジーかSFかわからんな。


「パルクールを捕まえてくれたおかげで、探索が楽になりました。時空の不連続面を横断しながら、まっすぐストーム達のところに向かっています。外に出なくて済むので、デストロイヤーの心配もほとんどありませんし」

「よくわからんが、そりゃよかった。それにしても」


 と、改めてパルクールを見上げる。


「でかいな。巨人の比じゃないな」


 するとパルクールは低くくぐもった声で、


「えー、ご主人様が小さいの! 私はもっとでかいほうが楽ー、今百パーセクぐらいしかないから、二十ギガパーセクぐらいまで大きくなれば、宇宙とかひとっ飛びだよ」

「よくわからんがでかいな、一パーセクってどれぐらいだっけ?」


 ウクレが答えて、


「三光年ぐらいですね。現在、私達も非常に大きくなっています。星がチリほどの大きさなんですよ」

「あたったら大変じゃないか」

「大丈夫ですよ、すり抜けちゃうので。ほら」


 とのばしたウクレの手のひらを、小さな星雲がすり抜けていく。


「ふーん、そんなもんか」


 さっぱりわからんな、まあいいや。


「そろそろ、最後の障壁を抜けます。しっかり掴まっていてください」


 掴まれと言われても、パルクールの手のひらの上は、掴まるところがなかったので、とりあえずウクレのお尻に捕まると、急にあたりの景色が真っ白に輝き始めたのだった。


「んっ?」


 鋭い明かりに目を覚ますと、手にランプを持ったアンが、馬車の扉から覗き込んでいた。


「ポンツの町に付きましたよ、ゲートが少し混んでいるようですが、ひとまず支度を」


 馬車から降りると、すでに日はとっぷりと暮れていた。

 馬車を内なる館にしまい、町に入る。

 ゲートがあるにしては小さな町だが、人は多い。

 どうやら、都の一番近いゲートが混雑してチケットが取れないので、近くのこちらにくるのが多く、出発側を少し規制しているらしい。


「しかし、ここからだと都まで遠いよな」


 と尋ねると、エディが答えて、


「ここから船が出るから。ラージャ河を登ると、スピナーダ山、ほら、道中で左手に見えてた大きな山があるでしょ、あれを迂回して、都の東に出るのよ。この時期は風もあるから案外早くつくわよ」

「ほほう」


 土地勘がないとわからんが、まあそう言うもんなんだろう。

 エレンがチケットを手に入れてくれたので、時間が来るまで、土産物でも漁ることにする。

 お昼に食べ過ぎた割には腹も減っているが、帰ったら久しぶりにモアノアの手料理を食うので、腹にスペースを開けておかないとな。


「おみやげ、おみやげ買わないと」


 フルンとエット、オーレとウクレの四人は、財布を握りしめて、他の年少組への土産を買い漁っていた。

 何を買うのかと様子を見ていたら、団子とか干物とか、くいものばかり買っている。

 やはり食い物か、じゃあ俺も酒を買おう。

 酒をガバガバ買っていると、アンとテナ、チアリアールの姿が見えた。

 三人は、何やら土地の名産の織物を見ているようだ。

 こじんまりした絨毯だが、台所で使うのかな?


 フューエル達マダム三人は、買い物はせずに隣の店でお茶を飲んでいた。

 そちらに顔を出すと、フューエルが俺に気が付く。


「あら、なにかいいものが買えました?」

「程々にね。お前たちは買わんのか?」

「買ってはいませんが、味わってますよ。このチョウザメの卵は、ここの名産なんですよ」


 と黒光りする大粒の卵を、スプーンでぺろりと食べていた。

 キャビアか、贅沢だな。


「うまそうじゃねえか」

「ええ、アルサのあたりでは取れないでしょう。輸入したものは塩気がきつすぎてイマイチですが、やはり産地で食べると、なんとも」


 とワインをぐびぐび飲みつつ、パクパクやっている。

 贅沢だな。

 俺も席について一緒に珍味を味わう。

 エディとフューエルは、前からすでに仲が良かったが、フューエルが巧みに話題を振るせいか、カリスミュウルもそれなりに打ち解けているようだ。

 貴族は数人妻を取るのが普通らしいが、それでも家によっては、週の前半は第一婦人の屋敷、後半は第二夫人、日曜だけ第三婦人と渡り歩く亭主もいるとか。

 そうならないように頑張ろう。


 旅の終わりはあっけないもので、ゲートの順番が回ってきた。

 親衛隊の四人は、ここから船で都に戻るらしい。

 何か言いたそうなエディをよそに、たっぷりの手土産をもたせて送り出した。


 チケットが二枚しか取れなかったので、俺以外を全員内なる館に入れて、列に並ぶ。

 一人残って同伴するのはエレンだ。


「しっかりお願いしますよ」


 とフューエルに釘を刺されたのでおとなしく並んでいると、列の前の方が騒がしい。


「また、旦那の好きそうな揉め事かな?」


 というエレンに、


「今日はもう疲れてるんだ、勘弁してほしいね」

「それは贅沢な願いってもんだねえ」

「ささやかな願いだろう」

「ささやかな人間は、お姫様を何人も娶ったりはしないものさ」

「そこはおまえ、めぐり合わせってもんであってだな」

「あちらはめぐり合わせが悪かったのかねえ」


 エレンの言う通り、揉め事の主はカップルだった。

 カップルの冒険者が、何やら言い争っている。

 ってよく見たら、顔見知りのカップルだった。

 以前、アルサのアウル神殿地下の大掃除で知り合った、えーとなんとかという夫婦の冒険者だ。

 二人はこちらに気がつくと、バツが悪そうに頭を下げて寄ってくる。


「これは、サワクロの旦那さん、どうもまずいところを見られちゃって」


 妻の方が頭を下げる。

 名前はファナリだった気がする。


「お二人さん、お熱いのは知ってるが、少しは人目をはばからないとな」

「まあ、その、ええ」


 ふたりとも、俺が紳士だと知ってるが、そこは少しとは言え一緒に冒険した仲だ。

 そこまで余所余所しくはない。


「都に行くのかい?」


 と尋ねると、


「そうです、なんか出たって聞いたもんで、一念発起して」


 冒険者が出たと言えば、試練の塔のことだ。


「ああ、出た出た、ちょっと入ってみたけど、かなり手ごわかったから気をつけたほうがいいね」

「やっぱり!」


 と亭主の方、こちらは名前が思い出せない。


「だから言ったじゃないか、サワクロさんでも手強いっていうんだ、俺達にゃとても」


 この二人は最弱のコロコロあたりを狩って暮らす、いわば最弱の冒険者だ。

 ちょっと難しいかもしれないな。


「今更そんなこと言ってどうするんだい、帰りの足代だってもうないんだよ」

「でもよう……」


 気弱な亭主をみていたら、なんだか気の毒になってきた。

 エレンに目配せすると、腰に下げた袋から、小さな紙切れを取り出す。


「作りかけの地図だけど、こいつに塔の序盤のポイントがまとめてあるよ。あと二、三人仲間を探して上手くやるんだね。それから」


 と地図の裏に走り書きをする。

 この夫婦は赤猫の主人の友人です、よろしく。

 などと書いてある。


「カフェ・スペツナって酒場で、バーテンのリックって男にこいつを見せて人を紹介してもらうんだね。後払いでいいから報酬はケチらないこと。ちゃんとしっかり稼げるから。それから奥のカジノには行かないこと、二度と奥さんには会えなくなるよ」


 と笑ってメモを手渡す。

 亭主は少しびびったようだが、女房の方はエレンと俺の手を取り、何度も頭を下げた。

 船の時間だからと立ち去る二人に手を振り、エレンに話しかける。


「すまんな、気を使わせて」

「いいってことさ」

「どうもあの頼りない亭主をみてると、他人事じゃなくてなあ」

「旦那は甲斐性の塊だと思うけどね」

「そんなことはないだろう、俺は運が良かっただけさ」

「あれだけ周りにちやほやされても、そう思えるところが、甲斐性なのさ」

「そんなもんかね」

「どうかな、ほら、順番だよ」


 エレンと一緒にゲートをくぐる。

 ふわっと世界が広がると、俺は一人で立っていた。


「今度はどこだ?」


 たしか前回はパルクールの手のひらに立っていた気がするが。


「時空検閲審問へようこそ。あなたは時空障壁の突破に成功しました。あなたの文明はシーサに加入する権利が与えられます」


 頭の上から声がする。

 見上げると、巨大な人形のシルエットが上から見下ろしていた。

 どうやら俺を取り囲むように何人もいるようだ。

 いけ好かないなあ。


「そのとおり、彼らはいつもああなんですよ」


 そう話しかけたのは角の生えたヘルメットがよく似合うロロ少年だ。


「よう、かわい子ちゃんはみつかったかい?」

「かわいい子も、かわいくない姉も、まだ見つかりませんね」

「何事も根気強くやるもんさ」

「そのようです」

「それで、あいつらはなにをやってるんだ?」


 と上の連中を指差す。


「何もできませんよ、ただ、あれはああいうものです。変化を認識できず、永劫の静寂にたたずむ残像のようなもの。時の風が吹けば、またたくまに塵と化すのです」

「気の毒に」

「ほっといて、先に進みましょう」


 ロロが床をぽんと蹴ると、巨大な人形のシルエットは音を立てずに崩れ去った。

 あとには、無限の色彩に彩られた宇宙が凝縮されていた。


「こりゃあ、いいながめだな」

「星々が生まれる様は、いつ見ても美しいものです。あなたの探す娘たちもまた、同じく輝いていますよ」


 ロロが指さした先には、巨大な閃光が一つ。

 それが二つに分かれて、やがて人の形に変わっていく。

 闘神ってのは、ああして生まれたのかあ。

 いや、でもセプテンバーグは闘神じゃないよな?

 まあいいか。

 俺は二つの光り輝く人型にふわりと近づいていく。

 それは銀河よりも大きく、手のひらに乗るほど小さくも見えた。


「あら、ご主人様、お早いお出迎えで。もう少しで退屈するところでしたわ」

「いかにも、彼女と二人きりでは、この宇宙は退屈すぎるものです」

「ええ、やはり素敵な主人こそ、私を輝かせる源ですわ」

「まったく、そのとおり」


 二人はくるくると飛び回ると、やがて俺の中に吸い込まれていった。


「せっかくですから、生まれるところからたっぷり堪能したいですわね」

「そうしましょう」

「ええ、そうしましょう」


 二人の声が輪を描いて輪唱し、やがて消えていった。


「二人を見つけたんですね」


 いつの間にか、ロロ少年はいなくなり、かわりに大人ウクレがいた。


「さあ、帰りましょうか。ペレラールでやることは、まだたくさん残っていますよ」

「そうなのか?」

「ええ、ちゃんとわたしたちが大きく育つまで、まずはじっくり可愛がっていただかなくては」

「そいつは楽しみだ」


 色っぽく笑うウクレに手を取られて、その場を離れる。


「ご主人様、帰ろー」


 見ると大人フルンが手を振っている。

 パルクールはどこかと探せば、この宇宙はパルクールの額に浮かぶ刹那の泡沫にすぎなかった。

 なるほど、でかいな。


「用事も済んだし、帰るか」


 そうつぶやいて、一歩踏み出すと、ゲートを抜けたのだった。

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