第308話 故郷 後編(第六章 完)

 ゲートを抜けて最初に目に入ったのは、巨人のメルビエの大きな体だ。

 その肩にまたがった牛娘のピューパーが俺に気がつき手を振る。


「あ、きた! おかえりなさい!」


 飛びついてきたピューパーを抱っこして頭をなでてやりながら、


「おう、出迎えありがとう、もう遅いのに眠くなかったか?」

「まだ平気!」

「撫子やメーナはもう寝たのか?」


 ここに来ていない幼女トリオの残り二人のことを尋ねると、


「あのね、ハナコについてるって、ナデシコが」

「うん、具合悪いのか?」

「ちがうと思う。でも、ナデシコがハナコのそばにいるから行ってきてって言うから、それでメーナも一緒に留守番するって言うから、私が来た」

「そうか」

「ねえ、エディおばさんもお嫁に来るってほんと?」

「ああ、ほんとほんと。ここは人が多いから、ひとまず外に出るか」


 ゲートが運ぶのは人だけではない。

 大きな荷物を運ぶこともあるので、ゲートの周りはスペースが広く天井も高い。

 だからメルビエの巨体でも問題なく利用できるが、それでも人が多ければ混むのだ。

 まあ、ここみたいな大きな街のゲートが空いてる事は、めったにないんだけど。

 建物から出ると、オルエンが馬車を待機させていた。


「おつかれ、さま、でした」

「おう、寒い中すまんな」

「いいえ、それよりも、今回も、大変、だった……ようす」

「まあ、いつものことさ」


 内なる館のみんなを降ろすのは家についてからなので、ひとまず馬車に乗り込む。

 エレンが馬を操り、メルビエは後ろからついてくる。

 俺はオルエンとピューパーを連れて乗り込むと、家路についた。


「そっちはどうだった?」

「特には……。来週には、コーヒーの船が、つくと」

「そうか」

「あとは、レルルが、青い顔をして、おります」

「気の毒に。でもあいつの苦手なローンはまだ口説いてないぞ」

「どうもローン、より、ポーンのほうが、苦手な様子」

「そりゃあ、気の毒に」


 ついでピューパーが、


「あのね、逆上がりいっぱいできるようになった。ぐるぐるまわる!」

「そりゃすごい、明日にでも見せてもらおうか」

「でも、雪がひどいから公園に行くなってママが言う」

「雪かあ、たしかになあ」


 通りは雪かきがしてあるので大丈夫だが、よく見ると路地などは高く雪が積もっていた。


「カプルに頼んで、うちにも鉄棒を作ってもらうか」

「うん、それがいい、すごくいい」


 などと話すうちに、我が家についた。

 内なる館から全員を出し、出迎えの連中と一緒になって盛り上がっていると、騒ぎに気がついて顔を出したお隣のルチアが声をかけてきた。


「あら、サワクロさん、都の剣術大会に行ってたそうだけど、なにか大変だったって? 今朝の新聞に少し記事が出てたけど」

「まあ、ちょっとね。大したことはなかったさ」

「ふーん、あら、エディさんも一緒だったのね」


 常連客のエディのことは、俺の恋人で下っ端の見習い騎士だと思ってるようだ。

 エディもルチアに気がつくと、そばに寄って声を掛ける。


「ルチア、聞いて聞いて、私やっとお嫁に来ることになったから、式はまだ先だけど、こっちに住むことになるからよろしくねー」

「まあ、おめでとう。じゃあ騎士の見習いとかってやめちゃうの?」

「そうなのよ、暇になったら毎日お邪魔しちゃうかも」

「あなたみたいにお茶の味がわかるお客なら大歓迎よ!」


 などと話していたら、店から出た客が、手にしたドーナツの袋をどさりと落とす。


「あら、モアーナ、聞いてたの?」


 とエディがとぼけると、騎士のモアーナが驚いた顔で詰め寄り、ルチアに聞こえないように小声で問いただす。


「今のは本当ですか!?」

「ええ、私もいい年だし、決めちゃった!」

「決めちゃった、じゃないですよ、どうなさるんですか」

「どうって、それなりに根回しはしてあったから大丈夫よ。ローンはきてないの?」

「昼間、定期連絡に来ておられましたが、かつてないほど近寄りがたい雰囲気で……どうりで」

「まあいいわ、明日顔出すから、まだ内緒にしといてね」

「わ、わかりました。とにかく、おめでとうございます」

「ありがと!」


 モアーナも大変だな。

 ルチア達と別れて家に入る。

 土産話はたくさんあるが、ちょっと気になったので、先に裏庭の馬小屋に足を向けた。


「あ、おかえりなさい、ご主人様」


 みんなに混じらず、母親の花子についていた撫子が、俺のところに走り寄る。


「ただいま。花子はどうしたんだ、具合がわるいのか?」

「違います、どうやら、妹ができたみたいです」

「妹?」

「はい」


 馬って、そんな続けて生むものなのかな?

 一緒についてきたウクレは、


「馬は妊娠してから一年以上かかります。人間より長いんです。でも……」


 と花子のお腹に耳を当てながら、こう言った。


「かなり大きいみたい。もうすぐ生まれそう。時期も変ですし。それにここまで育ってれば、出発前にも気がついたはずなのに、どうして……」


 とウクレが首を傾げると、撫子が、


「ついさっき、二人がきました」

「二人って?」


 とウクレが問うと、撫子も首をかしげる。

 俺も一緒に悩むが、すぐにピンときた。


「もしかして、ストームとセプテンバーグか?」

「そう、そうです。あの二人は、その二人です。新しい妹です」


 とニッコリ笑う撫子。

 するといつの間にか顔を出した燕が、


「あら、ちゃんと迎えに行ってくれたのね、さすがはご主人ちゃん」

「俺が迎えに行ったのか?」

「そうよ、ほら、もう光ってる。目覚めるまで、どれぐらいかしら」


 見ると花子のお腹が薄っすらと光っていた。


「しかし、急に妊娠したりして、花子は大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょ、そんなヘマはしないわよ。一応、明日にでも調教師のアスレーテに見てもらえば? 新しい嫁と、新しい従者と、そして姉妹の帰還をいわってお祝いにしましょ」

「ふぬ、大丈夫ならそれでいいか。だれかサリスベーラを呼んできてやれ、あいつストームのことをだいぶ気にしてたからな」


 巫女連中が花子を取り囲んで盛り上がり、撫子もそれを嬉しそうに見ている。

 しかし、馬の腹に宿って生まれ変わるとは、馬人として人の形で生まれるのかな?

 さすがに馬のままだと、ちょっとご奉仕は無理だよな。

 あれ、ってことはもしかして撫子も女神様の生まれ変わりなんだろうか?

 ちょっと気になったが、楽しそうに話す撫子に、わざわざ問いただすようなことでもないと思い返し、俺は居間に戻った。


 久しぶりに我が家の風呂でひと風呂浴びて、遅めの夕食にありつく。

 モアノアが丹精込めて山のようにこしらえた料理が、テーブルからあふれるほどに盛られている。

 気合い入れて全部食わんとな。


「姫さん、やっと嫁に来るだか、あんたいい食いっぷりだから、まってただあよ」


 とエディにしこたま料理をついでやりながら嬉しそうに話すモアノアにエディも、


「そうなのよぉ、これからはあなたの料理が食べ放題かと思うと、逆に太りすぎないか心配だわ」

「気にすることねえだ、まだまだ乳も尻もでかくしても、大丈夫だべ」

「そうかしら、なら、遠慮なくいただくわね」

「んだんだ」


 カリスミュウルの方は、フルンを始めとした年少組に捕まって、おにぎりを食べながらすごろくに興じている。

 あれも楽しそうだな。


 今一人の新人パルシェートは、商売組の紹介を受けて、何やら仕事の話をしているようだ。


「せやから、冒険者ギルドのすぐ側に、古い木賃宿の空き家がありましてな。まだ基礎をやり直しただけで、内装とか手付かずですねん。慌てるもんやおまへんから、じっくり相談した上でやりまひょか。試練のことも考えると、開業ははようても年末でっしゃろ。ひとまず明日にでも現場をみてもらいまひょ」


 だいぶ大商人に近づきつつあるメイフルがグラス片手にそう話すと、実質CFOみたいなものであるイミアが続けて、


「客層は少し金回りのいい冒険者と、中堅の行商人を想定しています。これは商店街のターゲットがそうだからなのですが、昨今の好景気も踏まえて、上客を相手にする方が都合がいいというのもありますね」


 パルシェートも頷きながら、


「万人に受けるサービスって一見理想的ですけど、実際にはありえないですし、そもそも、同じ上客でも家庭的でフレンドリーなサービスと、豪華で格式張ったサービスは両立しません。きちんとターゲットを設定するのは大事ですよね」


 などと話している。

 よくわからんが、良い商売ができるといいな。


 そういえばレルルはどうしたのかと探すと、いた。

 階段下の、子どもたちの遊戯スペースの更に奥で、小さくなって手酌で飲んでいた。

 すぐ後ろには、引きこもった息子を心配する母親のような顔で、騎士仲間のエーメスが付き添っている。

 エーメスはレルルが好きすぎて仕方がないんだろうが、過保護も程々にしないとなあ。

 というわけで、ジョッキ片手にレルルのところに行ってみた。


「おう、留守番ご苦労さん」

「どうもであります、ご無事のお帰り、何よりであります」


 ジト目で部屋の隅を見つめるレルル。


「お前も難儀な性格だなあ」

「ご主人様には、持たざる者の気持ちはわからんであります」

「まあ、わからんのだが、お前がそんなんじゃ、新入りは立つ瀬がないだろう」

「ううぅ……それを言われると辛いでありますが、自分の見習い時代、鬼教官だったローン殿の近くで、岩陰のダンゴムシでも見るような目で見据えるポーン殿の眼差しを思い出すと、自分は、自分は……」

「心配しなくても、そんなものは全部おまえの思い込みで気のせいで被害妄想だから、ちょっと行って、エディに酌でもしてこい。ここではお前のほうが先輩なんだぞ」

「ご主人様は、厳しいでありますなあ」

「愛のムチと言うんだよ」

「エク殿に聞いたであります、変態趣味がこうじると、ムチで殴ったり殴られたりするであります」

「それはそれ、これは心のムチだ。お前ならやれる、ほら、行って来い」

「ううぅ、わかったであります、行ってくるであります」


 レルルは手にした酒を一気に飲み干すと、ズカズカとエディとポーンのところに歩いていった。


「ご主人様、大丈夫でしょうか?」


 と心配顔のエーメスに、


「大丈夫だって、あいつはあれでも神経太いから」


 最初のうちはぎくしゃくと酌をしていたが、すでにエディが酔っ払っていたこともあり、すぐにエディと二人肩を組んで騎士団の歌を歌い始めた。

 オルエンに誘われたポーンも一緒に肩を組んで歌っている。

 いい気なもんだ。


「やはり同じ騎士団の仲間というものは、よいものですね」


 いつの間にかやってきたクメトスがそういうと、エーメスも笑ってうなずく。


「かくなる上は、一日も早くメリーを妻として迎えていただきたいものです。団員の不足は知恵と勇気で補えますが、頭を欠いては如何とも」


 と珍しく冗談を言ったクメトスも、かなりの上機嫌だった。

 テンションの高い騎士連中をほっといて、今度はダイニングの片隅で書類を広げる学者組に話しかけた。

 こっちも負けず劣らず、ハイテンションだ。


「見てください、この膨大な資料!」


 とろけるような声でエンテルがそういうと、ペイルーンも同じくうっとりした顔で、


「そう、これよ、これこそが十万年の時の彼方に秘められたこの星の歴史だったのよ!」


 ノード191と接続されたミラーは部分的にだが十万年前のペレラール文明の歴史を知識として持っている。

 それを地下に控える事務担当のミラーが大量に書類に書き起こしているのだった。

 その一部を確認しながら、ミラーの説明を受けているところらしい。

 僅かの間にエンテルたちの科学文明への理解も進んだようだし、これだけの資料があれば、かなり詳しいことがわかってくるだろう。

 たぶん俺よりもうまく解釈した上で、そのうち講釈してくれるんじゃないかなと思う。

 二人の弟子であるアフリエールもにこにこしながら見守っていた。

 あんまり邪魔しちゃ悪いので程々で切り上げて、台所に行くと、テナとアンがチアリアールを交えて何やら話し込んでいた。


「こっちはなんの悪巧みだ?」


 と尋ねると、テナがすまし顔で、


「もちろん、大貴族のご令嬢を二人もいただくのですから、準備というものはそれはもう大変なものになりますよ」

「ははは、まあ頼むよ」

「お任せください。それはさておき、ひとまずチアリアール殿に、どのように家の仕事を担当していただこうかと相談を」

「ふむ」

「カリスミュウル様お付きの侍女として、家で言えばウクレと同じようなポジションで動いていただくだけで十分なのですが、ただカリスミュウル様は、ご主人様同様無役で無職ですから、エンディミュウム様のようにあれこれと人を使う必要がない御様子。チアリアール殿自身も、もともと乳母として内向きの世話をするために作られた人形とのことですから、身の回りの世話を中心になさりたいとのことですし、そのあたりをこれから決めていこうと言うところですよ」


 こちらもあまり俺が口を挟む余地がなさそうだったので、更に場所を変え、暖炉の前に戻ると、年少組に開放されたカリスミュウルが、エディやフューエルと盛り上がっていた。


「いたるところでみんな悪巧みに興じてるようだが、こっちはなんだ?」


 と尋ねると、エディが答えて、


「当面の計画をね」

「というと?」

「カリはともかく、私はまだ団長はやめられないでしょう。クメトスだってまだちょくちょく顔だしてるじゃない。となると、この近くですぐに動ける場所に家を買っとこうかと思って」

「ふぬ」

「寝起きはここでいいんだけど、来客だとか、親衛隊みたいな常時傍に控えてる騎士とか、事務周りの人間とか常に目の届くところにいないと困るんだけど、ここには置けないでしょう。今はエツレヤアンとスペツナに私邸を構えて処理してるんだけど、それをこの街にまとめようと思ってね。それでどこがいいかと話してたのよ」

「なるほど」

「フューエルの家がある東の高台もいいんだけど、ちょっと不便でしょう。ここからも、騎士団の詰め所やゲートからも遠いから、結局帰らなくなっちゃいそうで」

「でしょうね」


 とフューエルがうなずきながら、町の簡易地図を書く。


「この西通りの横丁に、いくつか古い屋敷が売りに出ていたと思いますよ。うちから十分ほどですし、神殿に抜ける道もありますから、詰め所やゲートにもそれほど遠くありません」

「場所的にはいいわね、明日にでも現物を見に行ってみましょう」


 一方のカリスミュウルはどうするのかと聞いてみたら、


「私は別に、家などなくても、貴様とここで暮せばよかろう」

「それはそうなんだけど、人と会うとかプライベートで仕事をするとかそういうのはないのか? フューエルもたまに自分の家にこもって帰ってこないこともあるが」


 さっきテナは無いと言っていたが、一応本人にも聞いてみる。


「私は……、べつに仕事も面会も、ない!」

「そうかそうか、実は俺もそういうのが全然なくてな、もしかしてだめな男なんじゃないかと心配してたが、だめな嫁が来てくれてバランスが取れそうだなあ」

「わけの分からぬことを」

「まあでも、この家もプライベートスペースがなさすぎるからな。職人連中とか学者組は自分たちの研究室っていうか工房を地下に持ってるんだけど」

「地下があるのか?」

「見に行くか? 実はステンレスの遺跡をそのまま使ってるんだけど」

「まことか」


 と揃って地下に降りる。

 だいぶ内装をいじってあるとはいえ、部屋によってはステンレスそのままの質感でひと目で遺跡と分かる。


「よくもまあ、こんなものを。ここは以前訪れた森の地下遺跡の一部なのか?」

「そうだとは思うんだけど、この一角で分断されてるようでな。奥の扉は湖の下に続いてて、無理にこじ開けていいものかなやんでるんだ。浸水してきても困るしな」

「ふぬ」

「まだ部屋は空いてるし、使ってくれてもいいぞ。あと二階にも少し空き部屋があるな。たまにゲストが泊まるんだけどな」


 あちこちウロウロと案内してから、暖炉の前に戻る。


「そういえば、トイレの横に馬小屋があったが、あの先にもなにかあるのか? 何やら廊下が続いておったが」

「あっちは一軒となりに改築中の家があってな、そこにつながってるよ。近々、新しい商売を始める予定でな」

「変わった家だな、裏庭に櫓はあるし」

「あれはなかなかいい眺めだぞ」

「そういえばフルンの話では、裏庭にテントを張って暮らしているそうではないか」

「あいつらテントが好きなんだよ。まあ俺も好きなんだけど、今はいくらなんでも寒いからな」

「ふむ、私もテントは好きだな。あの薄布一枚で外界の雨風から守ってくれる存在が、なんとも言えず頼もしいではないか」

「そうそう、いいよなあ。明日テントでも立てるか」

「庭にか」

「うん」

「酔狂なやつだな。まあ、付き合ってもよいが」

「そうじゃないとな」


 などと話していると、朝の早い侍組や、台所組がぼちぼち寝室に向かい始める。

 といってもうちに専用の寝室などはなく、広いリビングの東側、階段下の遊戯スペースの手前に寝床を作って寝るわけだ。

 すでにベッドの試作品はいくつかできているのだが、まだ導入はされていない。

 ベッドは設置しちゃうと動かせないからな。


「都の生活とは、程遠いな。以前魔界で見た天幕ぐらしの遊牧民のほうが近い気がするぞ」

「そうかもしれん。みんな一緒にいたがるんだよ」

「そんなものか。どれ、我々もそろそろ、横になる頃合いではないのか? まだ旅の疲れも残っておろうに」


 もっともだということで、場所を変える。

 硬い綿布団を絨毯の上に敷き、羽毛のクッションを並べて寝床を作る。

 小さなテーブルにランプと水差し、寝酒のウイスキーとショットグラスを置いたら、完成だ。

 近くでピューパーたちを寝かしつけていたパンテーとリプルを呼び寄せて、隣に座らせる。


「牛娘が二人も居るのか」


 と驚くカリスミュウル。


「まあね、でかいだろう」

「むう、私もそのうちでかくなる……、かどうかはわからぬが、その、でかいほうが、やはり、いいのか?」


 消え入るような声で尋ねるカリスミュウルも可愛い。


「自分でもたまに悩むんだが、つまるところ何でもいいんじゃないかと思うんだよな」

「いい加減な男だな、私が言うのもなんだが、もっと他に打ち込むことはないのか?」

「おまえ俺がもし真面目一徹でおっぱいにも興味を持たないような男なら、最初に出会ったアンも従者にせずに厄介事に丸腰で首でも突っ込んで即お陀仏だぞ」

「であろうな。認めたくはないが、そこも含めて、私は惚れておるのか。自分にも呆れてしまうわ」


 そう話す間も両サイドに抱えたパンテーとリプルの計八個の脂肪袋を揉み続ける。

 牛娘はちゃんと毎日のように揉んだり突いたりしないと出が悪くなるそうだからな。

 俺が居ない間、難儀してただろうから、こうしてきちんと揉んでやるのだ。

 従者思いの、いい主人だなあ。

 俺が主人の義務を果たす間、カリスミュウルは膝に抱かれてもじもじとしていたが、エディはフューエルと酒を飲みながら、ダラダラと世間話に興じていた。

 ポーンは先程詰め所の方から連絡が来て出向いていった。

 団長がだらしない分、副長が頑張らないとだめなんだろうな。


 ひとしきりもみ終えると、牛娘二人はさがり、エクやプールがやってきた。


「お、夜のレッスンが始まるのか?」


 と俺がいうとカリスミュウルは赤い顔を上げて、


「レッスンとはなんだ?」

「うちに来たのは誰彼問わず、このエクからナアスス家直伝のすごい技をな、伝授されるんだよ」

「むう、ナアスス家といえば、その、あれか、閨房術、というやつか」

「おう、すごいぞ」

「すごいのか?」

「すごいな」

「むぐぐ」


 赤い顔をますます赤くするカリスミュウルは、羞恥の影に僅かな期待も見える……ような気もする。


「そのように急くものではありませぬ。すこしずつ、月日を自然に重ねるように、互いの心と技を合わせていくのが、愛を育む秘訣でございますれば、ゆるり、ゆるりと、学んでまいりましょう」


 などと言いながら、エクはカリスミュウルの少し骨の浮いた肋あたりをサラリと撫でる。

 するとカリスミュウルは電流でも走ったかのように、


「あふっ」


 と声を漏らす。

 あとはまあ、眠くなるまで色々頑張ったわけだ。

 おれも頑張ってばかりだな。

 もう少し楽したいぜ。

 などとまどろむうちに、俺は白いもやの中にいた。

 あれ、このパターンはなつかしいな。


「あ、きたきた、ご主人ちゃんこっちよ」


 燕に引っ張られて、少し大きなテーブルにつく。

 そこには紅とストーム、そしてセプテンバーグもいた。


「結局、生まれ変わるのが一番ですわね」


 とストームがいうと、燕がお茶をすすりながら、


「いきなり大人も悪くないけど、赤ん坊からやるつもり?」

「それでも良かったんですけど、どうも無理やり受肉したので、微妙な年頃のようですわね。もっともご主人様は守備範囲がお広いようですから、大丈夫だと思いますよ」

「結構痛いわよ」

「あら、そうですの? どう思います、セプテンバーグ」

「そうですね、早く陽の光を浴びて草の匂いをかぎたいものです。ずいぶんと待ち焦がれたものですから」

「あなたは良いですわね、なんと言っても故郷の星ですもの」

「事が済めば行けばよいでしょう」

「そうですわね、故郷ですものねえ。ご主人様も、いつか帰られるのでしょう?」

「うん?」

「私達は、あなたの中で生まれ変わったのですから、ご主人様こそが故郷であるのですけれど、そんなご主人様も、郷愁を誘われる故郷がお有りのはず。そろそろ、向き合う時が来ているのでは?」

「そうなあ、未練はなくとも、懐かしさはあるか」

「そうよ、たとえ旅立っても、いつかはそこに帰るのよ」

「ええ、そこに待つものがいる限り」


 曖昧な会話は、誰が何を話したのかも徐々にわからなくなり、俺は意識がまどろむのを感じていた。




 昼前に起きると、すでにみんな起き出して、自分の仕事にかかっていた。

 エディは朝早くに迎えに来たポーンと一緒にでかけ、パルシェートは宿の予定地の見学に、サリスベーラはストームに祈りを捧げ、残りもそれぞれに忙しくしている。

 いつもなら自堕落に惰眠を貪っているのは俺だけだったのだが、これからは自堕落生活をともに歩むパートナーができたようだ。

 俺の横でよだれを垂らして眠っていたカリスミュウルの寝顔を眺めながら、そんなことを思う。


「あらぁ、ご主人様ぁ、やっとお目覚めですのねぇ、ちょっと中に入れてくれませんことー」


 とひらひらのエプロンドレスでくるくる回りながらパロンがやってきた。

 手にはチョコを山盛りのかごを抱えている。


「お子さんが行方不明と聞いてぇ、餌を持って探しに行こうかとぉ」

「そりゃあ、いいね。どら、ちょっと入るか」


 二人で中にはいると、作業中のミラーや遊びまわる妖精とクロックロンで騒がしい。

 つまりいつもどおりだ。

 そんななか、チョコを妖精にばらまきながら歩くパロンが、一匹の妖精の言葉に耳を傾ける。


「あらぁ、新しい子が生まれるんですかぁ、ちょっと行ってみましょうかぁ」


 飛び交う妖精に案内されていつの間にかできていた花畑をあるく。

 中心地から北西の高台は、妖精に占拠されて広大な森が出来上がっているが、その周辺は花畑が広がり、建築中の居住区画まで近づいている。

 せっかく立てた家が花に埋もれる前に、なにか考えないとな。

 そんな古今あらゆる草花が無節操に咲き乱れる花畑の一角に、妖精が集まっていた。

 みると一本のシクラメンが咲いている。


「まあ、立派な花ですわねぇ、きっと立派な妖精になりますわぁ」


 そういってパロンが手を近づけると、バホっと煙を吹いて弾かれる。

 コロコロと転がって変身が解けたパロンは飛び上がって、


「なんじゃい、派手なやっちゃの! まったく、そこまででこうなって、まだ生まれへんのかい」


 そう叫んだパロンは、俺のそばによると、


「われの中で生まれたんじゃ、われが呼んだらんかい」

「呼ぶって何を」

「名前に決まっとろうが、こないでかい妖精は、きっちり名前を決めたらんと、下手に生まれても自分が保てんのじゃ」

「また名前か……、なんかいいのないのか?」

「知らんわい、なんでもええからパーっと決めたらんかい」

「パーっといわれてもなあ、パー、パー」


 その時、ふいに心に浮かんだ名前を口にする。


「パルクールでどうだ?」


 名を口にした瞬間、なにかを思い出しかけた気がしたが、次の瞬間には地に咲くシクラメンの花が、天を覆わんばかりに広がり、ぱっと消えた。

 あとには小さな生まれたての妖精が残った。


「おお、生まれおった、ええ名前をもろうて、よかったのう」


 パロンがそっと手に取ると、今度はおとなしくとどまる。

 羽の生えた赤ん坊のような、野球ボールほどの小さな塊は、すやすやと眠っている。

 パロンは生まれたてのパルクールを頭に乗せると、こう言った。


「こりゃあ、大物になるわい、われの中で生まれたから、われの力を継いどるんかのう」


 パロンと妖精たちは、新たな仲間の誕生を喜ぶ。

 結局、みんな浮かれすぎて例の幼女を探すどころではなかったのだが、まあ妖精たちにそのへんを期待しても仕方あるまい。

 後日ミラーとクロックロンを動員して探すとしよう。


 妖精の輪から逃れて、建築中の町並みを歩く。

 いずれはここでみんな暮らすようになるんだろうか。

 それともアルサで生涯を終えるのだろうか。

 あるいは日本に戻る日が来るかもしれない。

 なんにせよ、いつものように俺の意志とは無関係に、勝手に事件が起こって引っ張り回されるんだろうけど。

 たまにはのんびりさせてもらいたいぜ、と網目状に光る空を眺めて愚痴っていたら、カリスミュウルがやってきた。

 そういや、あいつは自分で入ってこられるんだったな。


「何をたそがれておる、昼食をとったら別荘に出向く準備をするとフューエルが言っておるぞ、急いで支度をせんか」


 カリスミュウルがそう怒鳴ると、周りにいた妖精たちも、


「せんかー」

「せんかー」


 などと叫びながら俺に飛びかかってくる。

 へいへい、と返事を返しながら、やっぱりこうして満遍なくみんなの尻に敷かれてるほうが、俺の性に合ってるなと思いつつ、内なる館を後にしたのだった。

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