第303話 姉

 目を覚ますと色っぽい格好で眠るパルシェートのみずみずしい肢体が目に飛び込んできた。

 以前風呂場で拝んだときもおもったけど、一見、華奢な少女っぽさを残すパルシェートだが、着痩せするっぽくて、肉体労働で鍛えられた体はメリハリがあって大変よろしいものだった。

 いやあ、新しい従者ってのはいいもんだな。

 もちろん古女房ならぬ古従者もいいものだ。

 家に帰ったら従者になった順にかわいがってやろう。

 そういや、今回の旅では一人しかゲットしてないな。

 ま、そういうこともある。


 コテージの窓から外を覗くと、まだ薄暗い。

 隅に控えていたミラーに尋ねると、朝の六時前だった。

 夜があけるにはもう少し時間がかかるだろう。

 もう一度パルシェートの顔を覗き込むと、満足そうな寝顔には、少し疲労の色が見えた。

 俺のことを心配しすぎて、疲れてたのかもなあ。

 パルシェートは寝かしておき、静かに外に出ると、セスやフルンが焚き火にあたっていた。


「おはよー、ご主人様」


 耳をふりふり走り寄るフルンの頭をなでてやり、つぎに隣で順番を待っていたエットの頭もなでてやってから火の前に腰を下ろす。


「今日はどうするんだ?」


 とセスに尋ねると、


「コルスと共に、フルン達の探索に付き合おうと思います」

「そりゃ良かった。お前かクメトスに頼もうと思ってたんだよ」

「ご主人様は今日、国の要人とお会いなさるのでしょう。そのお供であればクメトスのほうがふさわしいかと」

「それもそうか。あとはどうするんだ? レーンもハーエルも今日あたりまた儀式をするんじゃ」

「そこで、後衛全般を兼ねてネールに頼んであります。小部屋を回りながら、前衛における探索の基本を復習させようと思うので、十分でしょう」

「なるほど、まあそれだけいりゃ、大丈夫か。気をつけていってこいよ」


 フルンはシルビーやエットと朝の体操を始めたようだ。

 エットはまだ眠そうだが、あれも修行だしな。

 エディのとこに行くのは九時頃という話だったので、それまでまだだいぶ時間がある。

 早めに雑用を済ませておこう。

 まずは内なる館に入って幼女捜索の状況を聞く。

 これは進展がなかった。

 つぎにエレンに街の状況を聞く。


「そうだねえ、直接的な被害は思いの外少なかったんだよ。聞くところによると崩れた瓦礫に下敷きになると思った瞬間、不思議な力で助けられたとか、そう言う話が結構あってね」

「ほう」

「ストームあたりが、何かの加護を効かせたんじゃないかと思うんだけど、そちらは本職じゃないのでわからないねえ。そのうち神殿から奇跡調査でもするんじゃないかな」

「ふむ」

「あとは復興事業をどうするかだね。ギルドの方でも動いてるけど、なんと言っても陛下のお膝元だ、僕らが先走るわけにはいかないからね。今日の大臣様の呼び出しはそれじゃないかなあ。ほら選挙が近いだろう。国を丸く収めるには庶民の人気は欠かせないけど、その点、金と仕事をばらまくのは民衆の心をつかむのに最適だからね」

「俺の故郷じゃ、バラマキ政策は批判されてたぞ」

「そうなのかい、ずいぶんと民度が高いんだねえ」

「まあ建前だけで、みんな喜んで受け取ってたみたいだけど」

「そりゃそうだよね。でまあ、建前がいるので、女神様とその盟友たる紳士様のお名前をお題目としてちょいと拝借ってところじゃないかな。桃園の紳士様ってシンボルは、すっかり有名だからねえ」

「面倒だな」

「この間の魔界のアレとおなじだよ。でも、どっちにしろ塔の儲けは全部突っ込むつもりなんだろ?」

「まあなんだ、被害の一部は間接的にストームたちが関係ないとも言えないからな、どうせあぶく銭だし」

「ざっと見て七十億はあったとおもうけどねえ、旦那って執着のあるところとないところの差が極端だよね」

「おっぱいだけで持て余してるんだよ」

「だろうね。ま、最終的には十分すぎる見返りが返ってくるだろうけど」

「こわいな」

「でかい金を動かすのが一番儲かるんだよ。そうそう、あとキッツ家がここぞとばかりに寄付したがってるそうだよ。旦那にもアプローチがあるんじゃないかなあ」

「ほう」

「あそこは評判がいまいちだから、都を救った紳士様の協賛がほしいんじゃないかな」

「都を救ったのはカリスミュウルってことにしといてくれよ」

「もちろん、殿下の名前も出てるよ」


 と今朝一番の新聞を取り出す。

 目を通すと見出しにデカデカとこうあった。


「カリスミュウル殿下と桃園の紳士クリュウが再び手を取り合い世界を救う……か。今日これからエディの家に行くんだぞ?」

「話題に事欠かなくていいじゃないか」

「お前も冷たくなったなあ、倦怠期だろうか」

「旦那があまりかわいがってくれないからねえ」

「俺も世間で思われてるほど、絶倫じゃないからな」

「世知辛いねえ、ま、僕の方からはこんなもんかな。お金の使い方は、フューエルと相談するんだね」


 エレンはそう言って立ち上がる。


「また出かけるのか?」

「ここにいたんじゃ、情報は入ってこないよ。まあ今日は頑張ってきてよ」


 でかけていくエレンを見送ると、入れ違いにフューエルがやってきた。


「おはようございます、早いですね」

「まあね、お前こそもう起きたのか」

「デュースに気を使ってあまり飲まずに居たら、早々に熟睡してしまいまして」

「飲んだほうが眠りは浅くて起きづらいよな」

「そのようですね」

「デュースは?」

「もう起きてますよ。まだ寒いと布団にくるまっていましたが」

「俺もくるまって寝直したいね」

「どうかしたんですか?」

「これだよこれ」


 と先ほどの新聞を見せる。


「まあ、お熱いことで」

「他人事みたいに言うなあ」

「あら、やきもちを焼いたほうがよいと?」

「そうは言ってないぞ」

「やきもちを焼くぐらいの初々しさは、まだ残しているつもりなので、お望みならそう言ってくださいね」


 などとすまし顔で答えてから、フューエルは改めて新聞記事に目を通す。


「それにしても、よく見ているものですね。今回、あなたは全然表に出ていなかったでしょう?」

「そう思うんだけどな、冒険者とかは知った顔も何人かいたし、バレるときはバレるのかもな」

「今のうちにせいぜい覚悟を決めておいてください。引っ張りすぎるのも、考えものですよ」

「わかってるんだけど、俺も奥手だからなあ」

「どうだか」

「ところで、例のエディの姉ってどんな人なんだろうな? やっぱりこう、エディに負けないぐらいボイーンって感じの」

「何を言ってるんですか」


 と呆れ顔でミラーからお茶を受け取り、一口すするとこう言った。


「ユーラシウム閣下といえば、実は私の同窓の先輩に当たりますが、面識はないのです。年の頃は三十の半ば、政治家としても脂が乗り始める年頃ですが、若い頃から法学の秀才として名を馳せていました。私が師事し、政治を学んだボウツウェル卿の教え子の中でも、もっとも優秀であったと事あるごとに師が言っていましたよ」

「ほう」

「法理と情理を巧みに使い分け、廉潔の士であると。ただ、噂ではいささか優秀過ぎて、役人連中は苦労しているそうですね。父の友人で今も国政の要職にある、さる御仁から伝え聞いた噂ですが」

「ふむ、エディの姉なのになあ」

「母親が違えば、為人も違うものですよ。私と兄も、そうでしょう」


 フューエルの兄とは数えるほどしかあったことがないが、彼はどちらかと言うと義父のリンツににているかな。

 ただ義父ほど洒落っ気はないようだ。

 今は婿養子だしなあ。

 義理とは言え、せっかくできたお兄ちゃんなので、仲良くしたいんだけど。


「いずれにせよ、そのように破廉恥な噂ばかりが目立つ人は、気を引き締めて会見に臨むべきでしょうね」


 と新聞を指差す。

 それからいろいろと面倒なことを相談しつつ、ミラーが入れてくれたコーヒーを二人で啜っていると、パルシェートが起きてきた。


「お、おはようございます、ご主人様。奥様も、おはようございます」


 ほんのり頬を染めて挨拶する姿は初々しい。


「おう、よく眠れたかい?」

「え、あ、はい、その……」


 どうやらあまり眠れなかったらしい。

 まあ、無理もあるまい。

 彼女にお茶を渡して隣に座らせると、俺が握りしめていた新聞が気になったらしい。


「何をご覧になっていたんです?」


 と尋ねるパルシェートに新聞を手渡す。


「へえ、紳士様が二人も都におこしだったんですね。あの奇跡みたいなのも、紳士様のお力だったんですねえ。桃園の紳士様といえば、私、小さい頃にオズの聖女様にお会いしたことがあるんです。祖父の勤め先の宿にお泊りになられて、とてもお優しい方で、確かお孫様が紳士様とご婚約なされたって聞いたんですけど」


 それを聞いたフューエルが、


「まあ、お祖母様と会ったことがあるんですね」

「はい、ってお祖母様?」

「そうですよ、リースエルは私の祖母に当たります。あなた、まだなにも話してなかったのですか?」


 と言われて、そう言えばご奉仕してもらうことしか考えてなかったと思い出した。


「そういや言ってなかったっけ。その桃園の紳士って俺のことだぞ」

「へ?」

「ほら」


 と指輪を外してみせると、ぶーっとお茶を吹き出した。


「す、すみませ、ってえー、な、なんで、ええっ!?」

「すまんすまん、なんか話すの忘れてたな」

「え、ほんとに? でも、なんで、え?」


 このパターンもいい加減どうにかしたいが、正直、自分が紳士ってことを忘れるんだよな。

 というか、紳士であるという情報を伝えることに意味があるということを忘れてる気がする。

 落ち着くのを待ってから、改めて話して聞かせた。


「そ、そうだったのですね。見た目も振る舞いも、商人そのものなのに、どこか風格があって従者も大勢いて、不思議な方だとは思ってたんですが、その……」

「うん」

「途中からは、お顔を見るだけで胸が高鳴って、そう言う観察みたいなことが……、私の商売では、お客様の立ち振舞から多くを見て取らなければならないのですが、修行が足りませんでした」

「まあいいじゃないか、商売と言えば、まだ確定じゃないんだけど、うちの近くで冒険者向けの宿を作ろうという話があるんで、そこを任せたいと思ってるんだよな」

「それは昨夜アンさんから聞きました。私も立ち上げからやったことはないので、その相談も兼ねて両親に会いに行こうと思っているのですが」

「うん、それは明日行く予定だよ」


 そうして少しだけ今後の予定を話すうちに、朝食となる。

 テーブルを広げてのんびり食事をとっていると来客があった。

 青豹騎士団団長のバティーユ卿だ。

 お忍びらしく、ラフな格好をしている。


「お食事中に申し訳ない、この度は見事なご活躍、さすがは紳士様と拙者、たいそう感服したでござる」


 と恐縮するバティーユに席を勧めると、すぐには座らずにかしこまってこう言った。


「今日はお忍びで、さる御婦人をお連れ申しておってな」


 御婦人と聞いて少し胸がときめくが、彼がかしこまるということは、ちょーお偉いさんに決まってるじゃないか。

 面倒だなあ、と思いつつ、顔には出さずに紹介を受けた。


「カンプ公こと、フェリエニウム・ペーラー殿下でござる。カリスミュウル殿下のご母堂に当たりもうす」


 バティーユの紹介を受けて魔導師風のフードをめくると、初老の品のいい、そしてどこかカリスミュウルに似た御婦人が現れた。

 カリスミュウルの母親にしてはちょっと老けてるように感じたが、そもそもカリスミュウルは見かけは少女っぽさを残すもののエディと同年で三十前だし、もし生んだのが三十代なら六十を過ぎててもおかしくないわけか。


「はじめまして、紳士様。この度は娘が大変世話になったとのことで、母としてお礼を申し上げにまいりました」


 とお上品に頭を下げる。

 礼節をわきまえた相手には、ことさら丁寧になるタイプなので、目一杯謝辞を返すと、焚き火の近くの席を勧めた。


「ふふ、焚き火にあたるなんて、ずいぶんと久しぶりですこと。あの子もこうして世界中を旅しているのかしら」


 独り言のようにそう言ってから、彼女はこう切り出す。


「今日はあなたのお顔を拝見に参ったのです。実は昨日、あの子が初めて殿方の話をしたものですから、私驚いてしまいまして、危うくパンを喉につまらせるところでした」

「それはお気の毒に」

「ですから、母親としてはその殿方がどんな相手か、気になるのも仕方がないことでしょう」


 そう言って、ご母堂はにっこり笑う。

 しばらく雑談のようなことを話してから、彼女はこう言った。


「今日はお会いしに来た甲斐がありました。この時期は亡き夫の命日なものですから、墓所のあるネアル神殿まで参る習わしとなっているのです。あの子も、どこにいてもその日は都まで帰ってくるのですが、墓所まではおもむけぬ様子。未だ傷を引きずっておるのでしょう」

「心の傷は、必ずしも時間が癒やしてくれるとは限りません。むしろ時とともに膿み、やんでしまうこともあるでしょう」

「そうなのです、ですが私にはどうしてやることもできず。あの子には心から仕えてくれる者はいても、あの子が頼り、共に歩める者がいなかったのです」


 そこで一旦言葉を区切ってから、


「もし、夫が生きていれば、あの子も王者としてふさわしい人物に育ったかもしれませんが、傷を背負ったままのあの子には王の姪という地位も、紳士という肩書も重すぎたのです。背負えぬ重荷なら、私の手の届くうちに、解き放ってやりたいと思うのです……」


 そんな事を話して、カリスミュウル・ママは帰っていった。

 何をしに来たのかといえば、もしカリスミュウルが権力を捨てて生きたいと思うなら、親として協力すると伝えに来たんだろう。

 初対面の相手にずいぶんと見込まれたものだなあ。

 まああれだ、そこまで深く考えなくても、母としてきたということなので、母親らしく娘のボーイフレンドの顔を見に来たのだろう。

 そう言うのは、身分ではなく親子の情の深さで決まるものなんだろうな。

 少し羨ましくもある。

 そう思って苦笑していると、近くで窒息しそうな顔で息を潜めていたフューエルが隣りに座って愚痴った。


「まったく、あなたの肝の太さは際限がないですね」

「俺だってガールフレンドの母親と会うときは緊張するよ」

「そう言う問題ですか、まったく」

「まあいいけどな。それより今ので食ったカロリーを全部使い果たしちまった。もうちょっと飯をくおう」


 改めてパルシェートに給仕してもらいながら飯を食っていると、また別の客が現れた。

 同じような年配の御婦人だが、こちらは全然気を使わなくていい人だ。


「お祖母様、いつおいでになったのです」


 とフューエルが駆け寄った相手は、敬愛する祖母のリースエルだ。

 デュースの古い友人で、オズの聖女と呼ばれる偉大な神霊術師でもあるが、何をやったのかは実はよく知らない。

 俺にとっては時々遊びに来てはうまいお土産をくれる、いいばあちゃんだ。


「今ついたばかりですよ。貴方方がいつまで待っても別荘に来ないものですから、アルサの方に訪ねてみれば、都でなにかあるというではありませんか。慌てて来てみればこの有様ですよ」

「そうは言っても忙しいんですよ。うちの人は次から次へとやっかいごとに巻き込まれるし」

「それは紳士様の持つ使命の重みというものでしょう。妻としてその覚悟を持てなくてどうしますか」

「覚悟があろうがなかろうが、つかれるものはつかれるのです」

「まったく」


 孫に小言を言ってから、リースエルは俺に向かってこう言った。


「クリュウさん、あなたもご苦労がたえませんねえ。子どもたちに甘いものを買ってきたのですが、あなたも召し上がるでしょう?」

「そりゃあ、嬉しい。ありがたくいただきます。あの子たちを呼んできましょう」


 テントに篭って冒険の準備をしていたフルンやエットを呼ぶと、


「あ、リースエルだ」

「おばあちゃんだ」


 などと喜んで寄ってくる。

 おばあちゃんは大人気だな。

 微笑ましく見守っていると、パルシェートがお茶を持ってきた。


「あら、あなた、はじめての顔ですね」


 とリースエルが言うと、


「は、はい、こ、この度、従者の、ま、末席に、その」

「まあまあ、そんなに緊張なさらないで。クリュウさんも、フューエルも、しっかりしているようでちょっと頼りないところがありますから、しっかり支えてやってくださいね」

「そ、そんな、滅相もない」

「でもあなた、どこかでお会いしたことが会ったかしら? お声に聞き覚えが」

「は、はい。以前ホテル・バルドッテにお泊りの際に」

「ああ、そうそう、思い出しましたよ。支配人のお孫さんでしたわね、まだ小さい頃で」

「そうです、そうです、覚えていただいて、光栄です」

「縁というものは、どこまでもつながっているものですねえ」


 などと言ってにこにこ笑うリースエル。

 世間は狭い、と感じることはよくあるが、良いにせよ悪いにせよ、印象深い出会いをした相手のことは、いつまでも覚えてるもんだし、覚えているからこそ、できるわけだ。

 何度同じ場所に居合わせても顔も覚えていない相手ってのもいるしな。

 そうして身内同士のささやかな時間を過ごすうちに、出かける時間になってしまった。


 ノコノコと出向くと、難しい顔のエディが待っていた。

 なぜかカリスミュウルもいる。

 さっき母親にあったことは黙っておこう。


「二人仲良く御尊顔を並べ奉ってお出迎えとは、ずいぶんと待遇が良いな」

「ハニーが宰相閣下とどんな悪巧みをするのかと思うと、こんな顔にもなるわよ」

「だっておまえさん、君のお姉さん直々のお呼び立てと聞けば行かずにはおれんだろう」

「分かってるの? あの書類以外は人も物もすべて置物ぐらいにしか思ってない、政治の化身みたいな人間が、何を考えてこんな! しかもプライベートで私とカリまで呼び出すなんて! 謁見所でいいじゃない!」

「プライベートが流行ってるんじゃないのか?」

「何の話よ!」

「いや、こっちの話」

「ふん、さっさと支度をしなさい!」


 二人に手を振って、俺は奥に入って支度を整える。

 まず、なんだかいい匂いのする花の浮いた風呂に入って爽やかな体臭を身にまとい、なんだか胡散臭いスタイリストみたいな連中にあちこち整えられて、なんだか妙にゴージャスなスーツを着込んだら、伊達男の完成だ。

 鏡を見てうんざりしていると、再びエディとカリスミュウルがやってくる。


「あら、ちょっとは見栄え良くなったじゃない、ハニー」

「うむ、いかに外見というものが虚飾に満ちているかがわかろうというものだ」


 コロコロ機嫌の変わる二人も、普段めったにお目にかかれないような美しいお姫様に変身していた。

 どちらも、口を閉じてれば申し分ないのにな、とは言わずに、今一人、負けじと着飾っているうちの美しい奥さんの手をとって出発した。

 甲冑で正装したクメトスと見知らぬ騎士に先導された豪華な馬車で運ばれたのは、壁の中、都の奥まったところにある立派な庭園だった。

 昼間でも日の差さぬこの場所に贅沢に精霊石の火が焚かれ、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 切り整えられた植え込みの間を、自然をもした小川が流れるさまは、和洋折衷でなんとも言い難い雰囲気だ。

 壁の結界が停止したおかげで、純粋に庭園が楽しめるのも良い。

 更に進むと、鮮やかに咲くシクラメンの花壇が広がっていた。


「いい庭じゃないか」


 というとカリスミュウルが、


「冬はこちらを使うのだが、春になると隣のバラ園が満開になる。市民への公開日にはずいぶん賑わうと聞く」

「そりゃあ、見ものだな」

「さて、見えてきたぞ、アレが白園離宮だ」


 アーチを抜けると、地上では貴重なはずの漆喰を贅沢に使った真っ白いテラスが広がっていた。

 その奥には可愛らしい屋敷がある。

 中では着飾った女中がテーブルのセッティングをしていた。

 今日は会食という形での、会合なのだ。

 こんなところで料理の味がわかるとも思えんが、たまにはいいだろう。

 まだ支度中とのことで、俺たちは別室の立派なソファでワインを飲んでいた。


「ここに来るのは久しぶりですが、前に来たときは女学生時代の仲間との会食だったので、こんなに緊張はしませんでしたよ」


 とフューエルが言うとエディは、


「私はここで食事したことないわねえ」

「あら、そうなのですか? 学院の同窓会は、ここの広間をよく使うと思いますが」

「同窓会に出たことがないのよ」


 それを聞いたカリスミュウルが、


「貴様は友達が居なかったからであろう」

「あなたよりは居たわよ」

「ローミリアス卿のことか? 一人ではないか」

「あなたは一人もいないでしょう」

「うるさい、王者は孤高にして孤独なのだ」


 俺はいつものやり取りを聞き流していたが、藪蛇をつついたはずのフューエルも、我関せずと言った顔でワインを嗜んでいた。

 まあ、人生でもっとも重要なのは慣れることだよな。


 そうこうするうちに鐘がなり、主催者の宰相閣下が現れる。

 たしか名前はユーラシウム・ウェルディウス。

 エディとは腹違いで、六つか七つ年上らしい。

 この国の宰相、いわば首相みたいなものだ。

 国王に任じられ実際の政治を取り仕切る、役人のトップだ。

 エディと違って武勇はからっきしで馬にも乗れないらしいが、政治の腕はピカイチでしかも堅物。

 うっかり冗談を言った役人がひとにらみされただけで、己の愚行に世をはかなんで僧になったとかなんとか。

 そのユーラシウム閣下は、シックな赤いドレスにきれいな黒髪を腰まで垂らして、薄い化粧の口元はきりりと引き締まっている。

 日ごろだらしなく飲んだくれているエディとは大違いだ。

 だが、目元と鼻筋は似ているな。

 髪の色のせいで印象がずいぶん違うが、並べれば姉妹だとわかるだろう。


「ようこそ、紳士様。本日は突然の申し出にもかかわらず、ご来臨賜りありがとうございます。女神の盟友たる貴方様をお招きできて、光栄の極みでございます」


 言葉遣いも凛々しく上品で厳格。

 威圧的ではないのに、威圧感を感じる。

 権力者としての圧倒的な実力と実績に裏打ちされた自信のなせる技だろう。

 そして歩の進め方一つとっても、人はここまで上品になれるのかと驚かされる。

 思わず見とれそうになるのをぐっと我慢して、丁寧に挨拶を返し、差し出された手にそっと口づけた。


「あっ!」


 と叫んだのは誰だったろう。

 たぶんエディとカリスミュウルとフューエルと、更に傍に控えていた侍女も叫んだかもしれない。

 もちろん俺もそう叫び、顔をあげると、体中を真っ赤に光らせて、顔も真っ赤にして目を白黒させたユーラシウム閣下、いやエディのねーちゃんが、


「ぴゃーっ!」


 とこの世の終わりのような悲鳴を上げて、ひっくり返ったのだった。

 まじかよこれどうすんの、と思った瞬間、俺は水面にドボンと落っこちた。


 口と鼻からゴボゴボと入る水の苦しさにもがくうちに、なんだか苦しくなくなってくる。

 どうやら、俺は水中に馴染んで来たらしい。

 息をしなくても苦しくないし、水の中でもよく見える。

 気がつけばずいぶんと沈んでいたが、冷静に水面の方向を確認すると、泳ぎ始めた。


「ぶはーっ」


 ここは海のど真ん中らしい。

 見渡す限りの水平線が丸く弧を描いている。

 空は赤く分厚い雲が揺らいでいて、薄気味悪い。

 風の音に振り返ると、遠くに巨大な建造物があった。

 さっきはなかった気がするが、まあ細かいことはいいだろう。

 ひとまずあそこまで泳ごう。


 オリンピック選手も真っ青な速度で泳ぎ切ると建造物に上陸した。

 積層状のマンションみたいな構造で、あちこち錆びている。

 廃墟の海上都市って感じだな。

 魚をくわえたカモメが、目の前を横切る。

 うまそうだな。

 いや、よく見ると魚はいびつな形だし、カモメの羽もどす黒く汚れている。

 あまり食いたくはないな。

 どうせならもっとうまそうなものが食いたい。

 そう言えば、今から昼食会だった。

 エディの姉ちゃんに呼び出されたかと思うと、勝手に光って倒れたんだよな。

 そうだ、なんで俺はこんなところで遠泳してるんだ?

 早く帰ってさっきの続きを……、いや、でも絶対面倒なことになるな。

 そういやエディも初対面で体が光ったんだった。

 かくあるを予測してしかるべきだったのではなかろうか?

 興味本位でホイホイ行くんじゃなかったよ。

 それよりも現状だ。

 たしか、大人のフルンとウクレとともに、ストームたちを探してるんだった。

 しばらく待ってみたが、誰も現れない。

 仕方ないので、ここを探索してみよう。


 上陸してわかったが、この海上都市っぽいものはかなりでかい。

 そして誰も居ない。

 一階部分は吹き抜けのロビーのようで、ゴミがあちこちに散らかっているが、人が居なくなって相当経っている。

 ブラブラと散策すると、ギターの音色が聞こえた。

 やっぱり、誰かいるのかな。

 物悲しいしらべに導かれるままに、古びた階段を登ると、鬱蒼と茂る庭園に出る。

 さっきも見たシクラメンの花が、まるで雑草のように生い茂っていた。

 シクラメンと言えば、かのソロモン王が冠の意匠に用いたいとシクラメンに頼むと、嬉しさと恥ずかしさでうつむいたままになったとかなんとか。

 だが、ここの花は我が物顔で咲き誇っている。

 それもまたいいものだが、やはりひっそりとはにかむ姿も美しいものだと、控えめに咲いていた花を一本つまむ。

 かいでみると甘い香りがした。

 これがシクラメンの香りかあ、しかし、腹減ったな。

 これって食えるのかな?

 などと情緒もへったくれもない事を考えていると、花びらがボワッと燃え上がり、なにかが出てきた。


「呼んだ、ご主人様」


 俺をご主人様と呼んだのは、どうも妖精らしい。

 パロンによくにたふわふわした姿だが、顔立ちはずいぶん違う。

 しゅっとした輪郭で、髪もストレートだ。


「あのう、大変申し訳無いのですが、どちら様でしょう?」


 控えめに尋ねてみる。


「自分で呼び出しといて、どちらさまもないでしょ。この妖精大魔王パルクール様を忘れたの? ご主人様、スカポンタン?」


 パルクールってどっかで聞いた名だな。


「よくわからんけど、お前が俺の従者っぽいのはなんとなくわかった。ところで俺はここでなにしてるんだ?」

「やっぱり、おつむがアカンタレに……」

「ほっといてくれ。まあいいや、それより腹が減ったんだけど、なんか簡単なものでいいので、ないかな?」

「ごはん? めんどくさいなあ」


 といいつつ、妖精ちゃんはどこかから布切れを取り出すとさっと広げた。

 それはまるでテーブルクロスのように広がるとなにもない空中に敷かれる。

 見ると布の下にはテーブルが出現していた。

 そして布の上には湯気を立てたカップ麺が。


「え、そんな手品みたいなことしてコレ?」

「だって、ご主人様が簡単なものって言ったじゃない、ご主人様の簡単のイメージがこれなんでしょ」

「まあそうかもしれん、よく見るとうまそうだな、いただくよ、ありがとう」


 久しぶりに割り箸を割って、カップ麺をすする。

 モアノアの家庭料理に馴染んだせいか味がきつく感じたが、なかなか感慨深い味だな。

 だがしょっぱくて喉が渇く。


「飲み物はないか?」

「はい!」


 今度はペットボトルが出てくる。

 とろけるような甘みと炭酸の刺激がたまらない。


「はー、のんだくった、ごちそうさん」


 食ってる間、俺の周りを落ち着きなくふわふわと飛んでいた妖精ちゃんは、食べ終わったと見ると話しかけてきた。


「ねえ、こんなところにいて楽しい? お家帰ろうよ」

「帰りたいのは山々だが、ストームとセプテンバーグを探さないと」

「ふーん、どこにいるの?」

「わからん」

「わからんものを探すなんて、ワカランチンなことしてるなー」

「俺もそう思う」

「ねえ、あの音なに?」

「音? ああ、ギターの音か」


 風に乗って流れてくる音色に導かれるように散策すると、古びたベンチに腰掛けて演奏する若者がいた。

 残念ながら少年のようだ。

 スィーダみたいに角の生えた丸いヘルメットをかぶった、年の頃はまだ十代だろうか、大きめのギターを抱えて静かに弾いている。

 声を掛けるタイミングをはかっていると、不意に演奏がやんだ。


「お久しぶりですね、黒澤さん、お元気でしたか?」


 とよく響く声で話しかけてきた。


「多分はじめましてだと思うが、元気だよ。君は?」


 そう答えると、男の子は驚いた顔で、


「おや、ではこれが記念すべき初対面でしたか。僕はロロといいます、よろしくおねがいします」

「よろしく、黒澤だよ」

「それよりも、こんな寂しいところでどうしたんです? あなたはいつも大勢の女の子をはべらせているのに、今日はその大きな子が一人だけとは」


 大きな子ってのはこの小さな妖精のことだろうか。


「それが人を探していたら、急にこんなところにね」

「それはそうでしょう。僕たち放浪者というものは、望むと望まざるとにかかわらず必要な時に必要な場所にいるものです。必要とするのが自分であれ、他の人や物、世界そのものであれ、僕たちはそこにいること自体が、存在する目的だそうですよ」

「ふむ、そういうものか」

「世界を渡ることには、まだ慣れていないようですね」

「まあね」

「きっとその必要がなかったんでしょう。それが今、急に必要になったから、ここにいるんですね」

「なるほど、実は俺の大事な女の子が二人ほど、宇宙の外に飛んでっちまってね、きっとそれを追いかけてきたんだろうな」

「それは一大事ですね。僕は闘牛のように猪突猛進して帰らぬ姉を探して星々を渡り歩いているのですが、これがまたまったく見つからずに、途方に暮れているのですよ」

「そりゃあ、気の毒に。お互い、女に振り回されるタイプとみえる」

「まったくです。パフにはもう会いましたか?」

「いや、どんな人だい?」

「もっとも古い放浪者の一人と言われています。あなたに縁の深い、アジャールの闘神たちの種を蒔いた、リリーサーですよ」

「よくわからんが、放浪者というのに会ったのは、君が最初だな」

「そうでしたか。であれば、ファーツリーギルドへの加入を、おすすめしておくべきなのかな?」

「なんだい、そりゃ」

「僕たち放浪者の寄り合いのようなものですよ。ほら、我々は横行闊歩、決して縛られない生き方を好むものですが、シーサやクゥの干渉を一人で避けるのは、これもまた面倒なものです。面倒なことは何より嫌いでしょう」

「嫌いだな」

「ですから仕方なくそういうグループを作って、困ったときに最低限助け合いましょうといったものですよ」

「めんどくさそうだな」

「そうですね。まあ、勧めたところで僕にキックバックが入るわけでもないですし、気が向いたら事務所をお尋ねください」

「どこにあるんだい?」

「気が向いたら自ずと訪れていますよ、僕たちはそういうものです」

「なるほど」


 その時、突然落雷が響く。

 建物のてっぺんに落ちたようだ。


「大きな雷だな、ここはなんなんだい?」

「この星はジベーリアと言って、ベヘラ枝のとある宇宙、とある銀河に存在するベーラ星系の四番惑星です。かつてはリゾート惑星として有名だったのですが、気候変動で人が住めなくなってしまいました。水も空気も汚れてしまっている」

「割とうまい空気だと思うがな」

「それは僕たちがこの空気をおいしく吸える肉体を持って、この世界に受肉しているからですよ」

「便利だな」

「そう思うときも、ありますね」


 そう言ってロロと名乗る少年は歩きだす。


「この奥が劇場になっていて、宇宙一の歌姫が美声を披露したそうです。今や舞台に立つのは崩れた瓦礫の山ですけどね」


 ステージらしきところは、腐った床板がめくれ上がり、崩れた天井の残骸が散らばっていた。


「華やかな景色は移ろうもの。それが人の手によるのなら、更に寿命は短い。僕たちはそのほんの断片を垣間見るだけ。人生の大半は次に上がる幕を探し求めて瓦礫の中をさまようのみ。そうすることに、寂しさを覚えることはありませんか?」

「さあねえ、俺は女の尻を追いかけたり、追いかけられたりするだけで手一杯だからな」

「それは楽しそうだ。僕は同じ女の尻でも、厄介な姉の尻拭いをするためだけに、さまよっているようなものです」

「俺は一人っ子だからなんとも言えないが、姉離れをして、いい女を探すときがきてるんじゃないのかい?」

「そんなことは考えたこともありませんでしたが、なるほど、そういうことをしても、いいわけですね」

「男の子に、しちゃだめなことなんてほとんどないさ」

「いいことを教えていただきました。次は久しぶりに、人の住む星に行ってみようと思います」

「それがいい、孤独ってのは人生に飽きたときにほんのちょっぴり楽しむもんさ、たぶんね」

「心がけますよ。おや、もう時間が来たようですね。この宇宙の最後の文明の火が消えたようです。観測者がいなくなれば時間の流れは加速するものです」


 外に出ると、ピカピカと空が輝いている。

 雲はすごい速さで流れていき、太陽はぐるぐると天を廻る。

 時間が高速に流れているのだ。

 瓦礫の山だった劇場も庭に咲く花も塵と化し、景色は灰色に塗りつぶされていった。

 灰色の虚空に浮かぶ俺と少年ロロ、そして妖精のパルクールは、無言のままその場に漂う。


「さて、僕はそろそろ行きます。またお会いしましょう」


 そう言って純朴そうな若者は俺の前からかき消えた。

 妖精のパルクールは、俺の頭にしがみつくとこう言った。


「ご主人様、そろそろ帰ろうよ」

「そうしたいのは山々だが、ストームはどうするんだよ」

「でも、ここはもう終点だよ」

「そうなのか?」

「この世界はもうおわってるもん、次行こう、次」

「そうか、何しに来たんだろうな」

「ご飯食べに来たんじゃない?」

「そうか、じゃあ次だな」

「うん、次もまた私を呼んだほうがいいと思うよ、ご主人様だけじゃ、すぐにハラペコリンのペコちゃんだよ」

「そりゃそうだ」


 そう答えると同時に、灰色の風景が闇に閉ざされる。

 はっと気がつくと、俺の目の前ですごい美人が倒れていた。


「え、あれ!?」

「ちょっとハニー、何やってるのよ」


 動揺して姉を抱えるエディ。

 なんか今一瞬意識が飛んでた気がしたがなんだったっけ。

 そうだ、エディの姉ちゃんが体を光らせてぶっ倒れたんだった。


「閣下、気をしっかり、だれか気付けを持ってきて」


 エディが叫ぶと、そばにいた侍女がすぐにグラスを持ってくる。

 それを口に含ませると、宰相閣下は意識を取り戻した。


「え……わ、私は、一体」


 ふわふわと輝く体のまま、混乱するエディの姉は、ぼんやりした眼で中を見つめている。


「閣下、大丈夫ですか? あなたは急に意識を失って」

「あら、エディ、なんで私ったらこんなところで」

「あらエディじゃありませんよ、閣下」

「あなたこそなによ、閣下閣下って、たまには姉上とかお姉ちゃんとか呼んでくれたらどうなんですか」

「何を寝ぼけているんですか!」

「え、あれ? 私……」


 キョロキョロ周りを見回して、状況を把握したのか、慌てて立ち上がる。


「コ、コホン、えー、お見苦しいところをお見せしました、突然のことで、あんな……あんな?」


 と自分の手を見てから、次いで目の前にいる俺をみて、また固まる。


「閣下、大丈夫なのですか?」


 再びエディが尋ねるが、固まったまま動けない。

 固まったままの体は、徐々に小刻みに動き始め、顎がガクガクと震え、顔は真っ赤に染まっている。

 かわいい。

 その可愛い姉上は、震える体で、どうにか声を振り絞ると、俺に向かってこう言った。


「わ、わたくし、ユーラシウム・ウェルディウスと、も、もうします、ユ、ユリィとお、およびください。現在はさ、宰相などやらされておりますが、この春で、任期も切れますので、その、この、あの、わ、わたくし……」

「ちょっと閣下、しっかりして」


 と腕を掴むエディにすがるようにして、叫ぶ。


「ああ、エディちゃん、お姉ちゃんどうすればいいの? こんなこと、体が光るなんて、今胸がドキドキして、頭が真っ白で何を言えばいいのかもわからないのよ、ねえどうしよう」

「どうしようってこっちが聞きたいわよ、なんであの鉄面皮が急に小娘みたいに動揺してるのよ」

「誰が鉄面皮ですか! 皆が幼い頃から私にウェルディウスの長女たるを押し付けるから! あなたこそ小さい頃はお姉ちゃんが留学先からお土産をどっさり買って帰っても眉一つ動かさずに無視してたくせに!」

「今頃そんなこと引っ張り出さないでよ! あの頃の私はコアの具合が悪かったのよ!」

「知ってるわよ、だから世界中を駆け回ってお医者様を探して……、それなのによくなったかと思えば今度は騎士になるとか言って槍ばっかり振り回してそんなにたくましくなっちゃって、お姉ちゃんとは全然遊んでくれないし、だから今日も一緒に食事ができると思って、楽しみにしてたのに、ううぅ」

「ああもう、悪かったわよ。姉上がこんなに面倒な性格だとは思わなかったわ」

「エディちゃん、いま姉上っていった?」

「言ったわよ」

「うれしい! 七年ぶりよ」

「そうかしら、よく覚えてるわね」

「忘れるわけ無いでしょう」

「それよりも、その光る体をどうにかしたら?」

「ど、どうにかって、ああ、どうしようエディ、お姉ちゃん、告白されてしまったわ」

「何が告白よ、ちょっと相性が良かっただけでしょう。私だって光るんだから」

「え、そうなの? じゃあ二人がお付き合いしてるって本当だったのね」

「ま、まあ、そうね」

「じゃあ、お姉ちゃんは邪魔者ね、いいわ、だってこの年まで男を知らずに来たのだもの。今更、恋など知らずとも生きていけます」


 ふうとため息をつくと、すっと光が消えた。


「皆様、お見苦しいところをお見せしました。私の未熟さの為せる技と、お笑いください」


 どうにか冷静さを取り戻した宰相閣下。

 だが、周りの俺たちまで冷静になれと言われても、かなり無理がある。

 カリスミュウルはあっけにとられているし、フューエルはそっぽを向いている。

 お供のクメトスも、門前に立つ衛兵のように我関せずの顔だ。

 そしてエディはこれまたなんとも言えない顔で途方に暮れていた。

 仕方がないので、俺が一言。


「さて、折角の料理が冷めてしまいます、皆さん、席に付きましょう」


 するとみんな、急に舞台の幕が上がった素人劇団のように、ぎくしゃくと自分の席についたのだった。

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