第300話 決着

 召喚の儀式を邪魔しようとする黒竜の雑兵どもの攻撃は続く。

 無数の黒い塊が鳥の集団のように空を舞い、襲いかかってくる。

 意図はあるが意思はないとでもいうか、淡々と襲ってくる姿は、今までどの魔物からも感じたことのない空恐ろしさがある。

 それでも、この雑兵からは、シャトルの中で見た黒竜の鱗とやらが発する背筋の凍るような不気味さを感じないだけましだった。

 それに、こちらの戦力は十分だし、なによりデュースの火炎壁が絶好調だ。

 燃え盛る炎の壁は、まるで真昼のように周りを照らしている。

 問題はないはずなので、俺は黙ってみんなを応援する。

 特に護衛の爺さんに迷惑かけないようにおとなしく座っていると、そちらから話しかけてきた。


「坊主、貴様が魔女の主人だったな」

「ええ、そうですが」

「やつはどうした、仇敵を前にして今日はまたずいぶんと腑抜けた術を使っておるではないか」

「いつもより調子が良さそうに見えますが」

「ふぬ、わしの知る魔女は、あんなものではなかったがな」


 改めてデュースを見ると、特に問題なく杖を振るっていたが、言われてみると、何か気になる。

 胸騒ぎというやつだ。


「ちょっとデュースの様子を見てきます、殿下をよろしくおねがいします」


 と言って席を立つと、無言で老将軍は頷く。

 その瞬間、急にあたりが暗くなる。

 見上げると、ふわっと火炎壁がかき消えた。

 あっけにとられていると、フューエルの悲鳴のような声が響く。

 みると、デュースは胸を抑えてうずくまり、フューエルとテナが支えていた。


「デュース! おい、デュース!!」


 俺はとっさに叫びながら、デュースに向かって駆けよる。

 デュースはフューエルに抱きかかえられながら、顔を青くして、胸を押さえていた。

 その隣にいたミラーが首筋を抑えながら、説明する。


「心機能が大幅に低下中。狭心症だと思われますが、正確な症状が判別できません。壁の中に医療施設がありますから、そこに搬送するべきです」


 もう一人のミラーは手首から出たチューブで、デュースの腕に何かを注入していた。

 すぐにレーンも駆け寄り、術をかける。


「よし、俺の中に入れて運ぼう。行くぞ!」


 悩むより早く、デュースを取り込む。

 一緒に中にはいったフューエルは、動揺している。

 その分、俺はちょっとだけ冷静でいられるようだ。


「フューエル、デュースを頼むぞ、俺はひとっ走り、病院まで運ぶからな」

「わ、わかりました。大丈夫、大丈夫です」

「よし」


 すぐに出ようとすると、デュースが震える声で、


「あれを…逃しては……」


 俺はデュースの手を握り、優しくこう話しかけた。


「みんなを信じろ、うまくやってくれるよ」


 俺の言葉に静かにうなずくと、ぐったりとうなだれた。


「あとは頼む!」


 そう言い捨てて外に出ると、火炎壁が消えたせいで状況は混乱していた。

 炎に遮られていた黒竜の雑兵共が外に溢れ出し、空に浮かぶセプテンバーグに襲いかかる。

 彼女自身は黒竜を抑えるのに必死なのか、バリアのようなものを張っているだけで、満足に戦えないようだ。

 代わりにラケーラとネールが空中戦で迎え撃っているが、戦力が足りない。

 とはいえ、残りはアンたちの召喚を守るので手一杯だった。


「クロックロン、橋の上の護衛を頼む。あと誰か乗っけてくれ、全力で向こうに渡るぞ」

「オーケーボス、マカセトケ」


 そばにいたクロックロンたちが一斉に橋の上に展開してバリアを発生する。

 今の所敵の攻撃は召喚の儀式と、シャトルの方に集中しているのでこちらは手薄だ。

 さっさと走り抜けたほうがいい。

 俺はそばにいた従者に声をかけ、最後にカリスミュウルにこういった。


「俺は壁の中まで行く、あっちで治療できるらしい」

「うむ、案ずるな、貴様は貴様の従者を助けてやれ」

「おう、あとは任せた」


 俺は目の前にいたクロックロンにまたがると、橋の上を駆け始めた。


 それにしても、まさがデュースが……。

 クロックロンの背中にしがみついたまま、そのことばかりを考えていた。

 以前に一度、アンが倒れたこともあったが、ホロアってのは基本的に頑丈らしいので、そういうことを思いつきもしなかった。

 でも最近デュースはしんどそうにしてたじゃないか。

 太り過ぎとか茶化してないで、ちゃんと調べておけばよかった。

 心臓かどこかを悪くしていたのかもしれない。

 なんと言っても千年も生きてるのだ。

 何があっても、おかしくない。

 今、そんなことを反省しても仕方ないんだけど、どうしても考えてしまう。

 とにかく、まずは医療施設に急がなければ。


 幸いなことに、俺は一度も攻撃を受けずに橋を渡りきった。

 敵の対象が明確に決まっているからだろう。

 俺に同行するのは同じくクロックロンにまたがったミラーが一人と、エーメスだ。


「あちらのハッチから中にはいれます」


 ミラーが指差す先には、先ほどと同じようなエレベータの入り口があった。

 そこに飛び込むと、すぐに移動が始まる。

 壁の中は、流石にステンレスの鉄壁の守りのせいか、外の騒乱も聞こえない。

 扉が開くと、こじんまりした部屋に、ベッドが置かれていた。


「受け入れ体制は整っています。患者をベッドに寝かせてください」


 今の声はノード191だった。

 俺は急いで内なる館からデュースを連れ出した。

 皆でデュースの重い体をベッドに寝かせると、俺たちに離れるようにアナウンスが有り、するするとベッドがガラス張りの隣室に移動した。

 ついで周りからにょきにょきとアームが伸びてデュースの体に取り付く。

 一分もしない内に、苦しそうだったデュースの顔が穏やかになった。


「循環系の代替機能は正常に作動中」


 ノード191とは違う、すこし機械的な声が響く。

 たぶん、この治療装置だろう。


「心機能の著しい低下がみられます。人工心臓のバッテリー老朽化が原因と思われます。現在構造解析中」


 うん?

 人工心臓?


「人工心臓ってどういうことだ?」

「患者の心臓は、機械的な補助をうけた人工の心臓です。形式は不明、構造からしてハンドメイドの粗悪品と考えられます。より安定した製品への置き換えを望む場合は、後日担当医にお問い合わせください。保険が適用されない場合があります」


 いやいや、デュースの心臓は作り物だったのか?

 それとも、ホロアはみんなそうなのか?


「と、とにかく、治せそうなのか?」

「解析終了。応急処置として、代替バッテリーを注入します。バッテリーの生成に一時間ほど要します。その後、二十四時間以内に日常復帰可能ですが、半年以内の心臓の交換をおすすめします」

「わかった。よろしく頼む」


 隣で青い顔をしているフューエルが、


「あなた、それでデュースは大丈夫なのですか?」

「大丈夫、ここで治療できてるようだ」

「そ、そうですか、よかった。しかし、まさかデュースが……」

「俺もびっくりしたよ」

「何やら、心臓がどうこうといっていましたが、やはり年齢のせいなのでしょうか」

「そこのところはちょっとわからんのだが、全部片付いてから相談しよう。たぶんミラーがうまくやってくれるだろうが、お前はここでデュースについててやってくれ」

「わかりました。あなたは?」

「俺もここに居たいが、アンたちがあそこで頑張ってるんだ、俺がついてなきゃ様にならんだろう」

「そうですね、気をつけてください」

「おう」


 ついで隣りにいたウクレに、


「ウクレ、フューエルを手伝ってやってくれ」

「わかりました、お気をつけて」

「うん、オーレもデュースについて……」


 と隣りにいたオーレに言うと、何時になく深刻な顔で、


「オーレ、行く。弟子だから、かわりに倒す。やれる」

「そうか……よし、じゃあ行こう。ガッツリ倒して、後でデュースに聞かせてやれ」

「やる!」


 後のことをフューエルに任せ、俺は再び壁の上に出た。

 出た瞬間、爆音が響く。

 どうやら雑兵の攻撃で、アンテナが一つ壊れたようだ。

 シャトルはまだ保持されているが、召喚前に落っこちると大変だろう。

 デュースの火炎壁がなくなったせいで、試練の塔上空に抑え込まれていた敵が、拡散している。

 一部は召喚の儀式を、別の一部はセプテンバーグを、残りは壁のアンテナを攻撃している。

 地上の市民にまで手を出していないのは助かるが、これ以上攻撃されるとまずい。


「オーレ、お前は壁の上の飛び出した棒を襲ってる奴らをやってくれ。あの棒が壊れるとまずいんだ。できるか?」

「やる、壁作る、壁」


 そう言ってオーレは小さな杖を振って呪文を唱える。

 たちまち、アンテナの周りに大きな氷の壁ができて黒竜の雑兵を弾き返すが、追突の衝撃ですぐに氷のほうが崩れてしまう。

 更に呪文を重ねて次々と氷壁を作るが、あまり防げているとは言い難い。


「どうしよう、だめ、デュースの代わり、できない」


 焦りながらも必死に呪文を唱えるオーレに何かアドバイスしてやろうと思うんだが、何を言えばいいのかわからない。

 たぶん、俺もだいぶ混乱しているんだろうが、混乱してるときにはそれも自覚できないもんだ。

 オロオロしていると、俺を護衛していたエーメスが、オーレに向かってこう叫ぶ。


「オーレ、無理にデュースの真似をしようとしてはいけない。今の貴方にデュースの代わりは無理です。もっとも得意な術で、確実に一体ずつ倒しなさい!」

「得意? 得意はなんだ? つぶてか? つぶてだな。氷礫、あてる、全部当てる!」


 そう言って再び小さな杖を振ると、無数の氷の粒が渡り鳥の群れのように整列して空中を飛び、黒竜の雑兵に襲いかかる。

 ダメージは低そうだが、凄まじい数の連打で、氷に覆い尽くされた雑兵は、そのまま壁の外壁に衝突し爆発する。


「やった、倒した!」

「その調子です。あなたとご主人様は私が守ります。だから着実に、今できることからすれば……」


 会話の途中でエーメスが手にした盾を殴りつけるように振るうと、ゴンと鈍い音がして何かが砕け散った。

 どうやらこっちも狙われているらしい。


「ここは手勢が足りず不利ですね。塔に戻るか、こちらに人を呼ぶかしないと」


 エーメスと並んで盾を構えていたレーンがそう叫ぶ。

 前衛にエーメス一人では、俺達を護衛しつつ戦うのは無理があるだろう。

 ミラーは戦闘向けではないし、クロックロンも防御に徹している。

 しかも、敵の数がじわじわ増えてきている。

 よく見ると、分裂してるっぽい。

 分裂はやばい。

 あっという間に手に負えない数になるぞ。

 とはいえ……


「確かに、数が足りないな。そもそも敵が飛んでるからな」


 一部は壁や塔に張り付いて這いずり回っているが、こういうやつは逆に倒せてるんだよな。

 飛んでるやつを倒すのは難しい。

 空中戦の要はネールとラケーラだが、その二人は、シャトルを抑えるセプテンバーグの護衛に回っている。

 セプテンバーグが敵の本体を抑えてなきゃ、話にならんわけで、あそこが最重要なんだよな。

 なにか、いい手はないものか。

 以前の竜退治でもそうだったが、空中を高速に飛ぶ敵を地上から攻撃するのはちょっと無理がある。

 空中戦だとやっぱりそれ用の魔法がいるんだよな。

 塔から時折魔法攻撃が飛んでいるが、たぶんカーネだろう。

 威力は強いが、敵の数が多すぎる。

 オーレもバリバリ撃ち落としてるが、火力が足りない。

 やっぱりデュースに頼りすぎだったか。


 いや、そもそもここは都なんだから、他にも強い連中がいっぱいいるだろう。

 ここで負けたら避難しても無意味なわけで、腕に覚えのある連中は、みんなで戦ってもらおう。

 しかし、この状況だといつものノリで演説しても聞こえるわけないし……。

 キョロキョロと周りを探すと、いいのがいた。

 謎の避難勧告巨人ことカラム29の義体とかいうやつだ。


「だれか、カラム29に頼めないか? 地上にいる連中もみんな協力して敵をやっつけるように言ってくれ」


 近くに居たミラーの一人がうなずく。


「伝えました。また、ノード191が希望者をこの屋上まで運べるそうです。地上の入り口を開放したと言っています」

「そりゃよかった。召喚まであと少しだろう、みんなでやるしかない」


 そこで突然、頭の上から声が響く。


(女神の子らよ、勇者たちよ、忌まわしき暗黒の使者、死と混沌の象徴、黒き竜が解き放たれる。腕に覚えあるものは剣を取れ、さもなくば愛するものとここより去れ。この地は今より決戦の血潮に染まるであろう)


 空飛ぶ巨人、カラム29が発したメッセージだ。

 一瞬の間をおいて、どこからともなくときの声が上がる。

 壁の上から下を覗くと、どうやら試練の塔でも、外周の階段を登って、腕に覚えのある連中が登ってきているようだ。


「時間はあとどれ位だ?」

「順調に行って十七分です」

「まだ結構あるな」


 下の方は賑やかになってきたようで、地上からも火の玉が飛び始めた。

 どうやら魔法で攻撃を始めたらしい。

 ただ、かなり気合の入ったでかいやつもあるんだけど、ひょろひょろと頼りない打ち上げ花火のように飛んできたかと思うと、途中で減速して落ちていくのもあって、かえって危ないんじゃないかという気もする。

 隣ではオーレががむしゃらに魔法を使いまくり、時折襲ってくる小さいのをエーメスが叩き落としている。

 その周りではクロックロンがワラワラと徘徊しながら防御している。

 なんかもうめちゃくちゃだ。

 やっぱり精鋭で確実に倒すほうが良かったんだろうか。

 でも、手数は足りてなかったしなあ。

 それに、こちらの攻撃が分散することで、敵もばらけて各個撃破がやりやすくなったようにもみえる。


 そうこうするうちに、壁屋上にエレベータの出入り口がいくつも現れ、中から武装した騎士やら冒険者が一斉に出てきた。

 そのまま壁に取り付いていた黒竜の雑兵に攻撃を始め、あっという間に混戦となる。

 こうなると、もはや良いも悪いもなく、見守ることしかできない。

 見守ってるだけなのに、興奮しているのかフラフラしてくる。

 気をしっかり持たねば。

 塔の上に目をやると、屋上を覆っていたドームはほとんど壊れて中の様子がよく見える。

 祭壇のあたりは今やまばゆく輝いていて、ここから見てもパワーが溜まってそうなことがわかる。

 その周りでは、セスやクメトスが戦っているようだ。

 細かいところは見えないんだけど。

 そういえば、あっちに残してきたカリスミュウルはどうしてるだろうと探してみるが、見当たらない。

 塔の下に潜ったのか、いや、そう言うタイプじゃないな。

 と目線を動かすと、塔と壁をつなぐ橋の上に、戦闘中の集団が居た。

 襲いかかる黒竜の雑兵をなぎ払い、じわじわとこちらに進んでいる。

 どうやらあれが、カリスミュウルのようだ。

 エディと例の金ピカ爺さんもいる。

 俺を心配してこっちに向かってるのかもしれない。

 あっちに残るように言っておけばよかった。

 ああもう、なんか後手に回ってるな。

 俺も混乱してるんだろう。

 デュースが倒れたあたりから、ずっと混乱してる気がする。

 こんな状態でまっとうな判断を下せるわけがない。

 なんだか、急に回りの音が静かになった気もする。

 戦況はどうなってる?

 そもそも、俺はなにやってんだ。

 黒竜から都を守るんじゃないのか。

 いや、そうじゃない。

 そう言う大それたことは勇者か何かの仕事であって、俺のやることじゃない。

 俺は俺の従者のそばに居てやるんだ。

 今までもずっと、俺はそれしかできないじゃないか。

 ほんと俺ってやつは成長しないな。

 そこまで考えたところで、何かが爆発する。

 その轟音で、俺は我に返った。


「ご主人様、気を確かに!」


 俺の前にはレーンが立っていた。

 どうやら少し意識が飛んでたらしい。


「お疲れでしょうが、もうひと踏ん張りお願いしますよ。ご主人様がそこに立っているだけで、我々は力が湧いてきますので」


 そう言ってレーンは呪文をかけてくれる。

 疲労と緊張で心身ともにかなりまいっていたようだが、その言葉と呪文で少し楽になった。

 周りはいろんな連中が入り乱れて戦い続けている。

 そうだ、彼らは彼らで勝手に守るものを守り、得るものを得るのだ。

 もちろん俺も、それしかできないのだ。


「状況はどうだ?」

「膠着していますね。壁と塔の敵は、こちらの数が増えたことで徐々に押し返しつつありますが、上空のセプテンバーグ殿が……」


 言われて見上げると、セプテンバーグがいたところは、黒竜の雑兵に取り囲まれて黒い塊になっていた。


「大丈夫なのか、あれ」

「シャトルがそのままのところを見ると、大丈夫だと思われますが、それ以上はなんとも言い難いですね」


 代わりにミラーが、


「大丈夫ではあるようですが、シャトルをトラップしているネットワイヤーが、保たないかもしれません」

「といっても、頑張ってもらうしかないよな」

「はい、召喚まであと十分弱でしょう」

「ふむ」


 遠目に見たところ、塔の上で戦闘に参加してる従者たちは大丈夫だ。


「地上にいる連中は大丈夫か? パルシェートちゃんとかは?」

「そちらはすでに丘の向こう側まで避難が完了しています。現状では大丈夫でしょう」

「じゃあ、あとはエディとカリスミュウルだな。エーメス、彼女らと合流できるか?」


 エーメスは橋の方をちらりと見やると、


「先ほどまで姿が見えていましたが、今は人が多くて……」

「ミラー、あっちと連絡はつくか?」

「確認済みです、百メートルも移動すれば合流可能です」

「わかった、エーメスはオーレを守ってやってくれ、ゆっくり場所を移るぞ」


 これだけ数がいると、強い魔導師もいるようで、飛び交う黒竜の雑兵は次々と撃墜されていく。

 その時点でトドメはさせなくても、周りに居た連中が取り付いて仕留める。

 増えるペースと倒すペースが拮抗して、文字通り膠着状態ってかんじだ。


「ハニー、無事だった!?」


 どうにかエディやカリスミュウルと合流したものの、相変わらず乱戦状態だ。


「それで、魔女様はどうなの?」

「大丈夫、壁の中の凄いやつでバッチリ治してくれてるよ」

「よかった。あと五分ぐらいよ、どうにか守りきりましょ」

「とにかく、あのアンテナっていうか、壁から飛び出た棒を守りきらないと。召喚の方は大丈夫そうか?」

「たぶんね」


 その時、再び大きな音が空から響く。

 見上げると、緑のお姉さんカーネが乗ってきた巨大ロボット型ガーディアンが、指先からレーザーを何本も撒き散らして黒竜の雑兵を迎撃している。

 いつの間にか、よく見るラグビーボール型の大型ガーディアンもいる。

 そういや、頼むの忘れてたけど、来てくれたのか。

 わけがわからんが、ハルマゲドンって感じだ。

 それでも、ガーディアンの参戦で戦況はこちらが有利に傾いたようだ。

 ジリジリと時間が過ぎていく。


「あと十五秒です」


 とのミラーの言葉に、祭壇の方を見ると、今や祭壇は神々しく輝き、その霊圧のようなもので、敵は弾き返されていた。


「あと五秒、四、三……」


 シャトルを見上げる。

 セプテンバーグを取り囲んでいた黒竜の雑兵も、今やほとんどが倒されていた。

 すぐ上空にはカラム29の大きな義体が浮かんでいる。

 あれに女神ウルが乗り移るのか

 ウルってどんな感じなんだろう。

 やっぱりスク水着てるのかな?

 とにかく、頼むぞ。


「二、一、ゼロ……終了しました」

「え?」


 とあっけにとられる間もなく、空に残っていた黒竜の雑兵たちが消えていた。

 そしてカラム29の義体も。


「ターゲットの消滅を確認。成功です」

「いや、その、召喚は?」

「知覚できませんでしたが、熱センサーに約0.47秒ほどのスパイクが発生しています。私の測定範囲を超えていますので規模は測定不能ですが、これがおそらくは召喚の痕跡だと思います」

「つまり、終わりってこと?」

「はい」


 まじかよ、こんなのアクション映画だと大ブーイングだぞ。

 まあいいけど。

 周りの連中も、あっけにとられているのか、しばし呆然としている。


「どうやら、無事に片が付きましたわね」


 いつの間にか隣りにいたストームが、ピカピカ光る体でそういった。


「さて、では私は体を回収して、素敵なご褒美ライフを……」


 言い終わるより早く、シャトルが爆発し、中から丸くて黒い何かが現れる。

 それはまるで水風船のようにみるみる膨らんだかと思うと、突然ピタッと止まった。


「え、なんだ!?」


 と慌てて周りを見渡すと、こちらも止まっている。

 一瞬混乱したが、これはあれか、時間が止まってるのか。


「そのとおり」


 そう答えた声は判子ちゃんだった。

 ただし、隣に住んでる判子ちゃんじゃなく、たまーに現れる、本体とやらだ。


「実に困ったことになりました。不測の事態は世の常ですが、この時空にまだ卵が残っていたとは、予測できませんでした」

「あれって、君らのとこのじゃないのか?」

「そうとも言えるのですが、黒竜というやつは、どこにでも偏在するものなのですよ。黒澤さんにわかりやすく言うなら、不要な情報を食らう、時空のガーベージコレクションのようなものでしょうか」

「便利そうじゃねえか」

「たしかに、かつては便利だったのですよ。時間のないインフォミナルプレーンで非可逆な事象を作り出し、擬似的に時間を生み出したり……まあ、その話はいずれまた。ウェルビネ・レッサーチとペレラ・エンツィのレプリカを用意しました。彼女たちにやってもらいましょう」

「何を?」

「もちろん、悪い竜退治ですよ」


 そう言ってニッコリ笑うと、判子ちゃんはまばゆく輝く。

 次の瞬間、時間は動き出す。

 今や黒い水風船は空を覆い尽くさんばかりに膨らんでいる。

 そして俺の目の前には、シャトルの中で見たのと同じような真っ白い女性風のロボットと、四本脚の球形の舟が浮かんでいた。

 ロボットの顔は牙をむいてて結構怖い。

 でも乳と尻はでかいな。

 一方の丸い舟は、丸に足が四本生えてて、世界初の人工衛星って感じでチャーミングだ。


「あらご主人様、今時間が止まっていませんでした?」


 と言ったのはストームだ。


「ちょっと逢引にね」

「まあ、口惜しい。それで、あれがお土産ですの?」


 とロボットを見上げる。


「まあね、よろしく頼むよ」

「あんなまがい物をどこで工面してきたのやら。レッサーチって紅の体でしょう、コピーとは言え、あまり人の体には、乗りたくありませんわねえ」


 とストームが言うと、いつの間にか現れたセプテンバーグが、


「まあ、エンツィ。私のカタキをとって、紅を倒した妹分の舟じゃありませんか、誰かは知りませんが、粋なことをなさいますね」

「悪趣味ですわよ」

「悪趣味はお互い様でしょう?」

「それはごもっとも、ではひとつ、二億年ぶりに宇宙最強の戦いというものをお見せいたしましょう」


 二人が性根の悪そうな笑いを浮かべつつ、それぞれロボットと舟に消えた。

 次の瞬間、ロボットが光り輝き、パチンと指を鳴らすような音が聞こえる。


「なんだ?」


 周りを見回すと、四方八方からじわじわと、虹色の壁のようなものが迫っていた。

 壁も地面も俺たちも関係なく、あらゆる方向から障害物をすり抜けて黒い水風船に迫っていく。


「スフェロマック・フィールドでしょう。闘神はあれで敵を捉え、近接戦闘に持ち込むんですよ」


 声の主は判子ちゃんだった。

 こちらは、隣でバイトしてる方の判子ちゃんだ。


「ところであんなもの、どこから持ってきたんです?」

「こっちが聞きたいよ」

「では、やはり先程はが来てたんですね」


 とへそを曲げる判子ちゃんに気を取られている内に、水風船のように膨らんでいた黒い何かは、虹色バリアの中で窮屈そうに形を変え、うにのトゲのような無数の針でロボットを攻撃し始める。

 ただ、動きが早すぎるのかなんなのか、順番をめちゃくちゃにしたパラパラ漫画のように、不連続に形が変わり、またロボットの位置もつかめない。

 見てると目がチカチカしてきた。


「あれ、何やってるんだ?」

「戦ってるんですよ」


 と判子ちゃん。


「不謹慎ながら、もうちょっとかっこいいメカ戦を期待してたんだけど」

「光速の数パーセント程度で動いているので、見るのは無理ですよ。あれはフィールドに写った残像のようなものです」

「せっかちだなあ」

「人間の知覚できる時間やエネルギーの範囲は狭いものです。そこを大幅に超えてしまうと、正確に理解するのは難しいものですよ」


 話す間にもじわじわフィールドは狭まっていく。

 時折、隙間から黒いシミのようなものが漏れてくるが、フィールドの外側に浮かんでいた丸い四本足がキラリと光ると、黒いシミはプシュッと蒸発してしまう。


「精度が悪いですね、そろそろ平衡点に達するのでは?」

「うん?」

「デストロイヤーは情報を飲み込むブラックホールのようなものですが、攻撃によりアレの境界領域に戦っているという膨大な情報を生み出すのです。情報の無いところから情報を引き出すのですから、その分デストロイヤーのもつエネルギーが情報の形で失われます。そうやってデストロイヤーを蒸発させるのですよ。破壊はもっとも創造的な行為ですからね」

「ほう」

「今丁度、情報素子が沸騰状態にあるんですが……」

「ですが?」

「あのばった物ではなかなかインフォミナルプレーン上の本体までは届かないのでは……どうするつもりでしょうか?」


 判子ちゃんのよくわからない説明を聞き流しながら眺めていると、ふいに頭に声が響く。

 ストームの声だ。


(ご主人様、少々手間取りそうなので、後腐れなく始末して参りますわ。後で迎えに来てくださいまし)


 続いて、セプテンバーグの声が聞こえる。


(私も付き合いましょう。カラム29のことを、頼みますよ。では後ほど)


 俺が返事を返す間もなく、黒い水風船を包むフィールドは、にゅーっと空の彼方に吸い込まれるように消える。

 そして、ロボットと丸い舟も一緒に消えてしまった。


「どうやら、決着のようですね」


 と判子ちゃん。


「え、いや、あの二人は?」

「この宇宙の外に出ていきました。あとで迎えに行ってあげてください」

「どうやって?」

「知りませんよ、あなたならどこにだって行けるでしょう。あの二人なら大丈夫です。今はひとまず、勝利を祝うときでは?」


 そう言われて周りを見渡すと、みんな空を見上げたまま呆然としている。

 キョロキョロしながら歩み寄ったエディが、


「ねえハニー、終わったの?」

「ああ、そのようだな。女神様が黒竜を始末してくれたよ」

「つまり、その……終わったってこと?」

「まあ、そうだな。おいカリスミュウル」


 エディの隣りにいたカリスミュウルに声を掛けると、こちらもほうけた顔で空を見ていたが、


「な、なんだ」

「お前が勝ち名乗りを上げてくれ。俺はそんな気になれん」

「む、そ、そうか、よし……コホンッ」


 と一つ咳払いをすると、


「スパイツヤーデの民よ、女神のお力で危機は去った、黒き竜の脅威は打倒されたのだ、我らの勝利だ、勝どきをあげよ!」


 しばしの沈黙の後、皆が一斉に声を上げる。

 その声は壁の上だけでなく、やがては地上に、そして都中に響き渡った。

 皆が浮かれる中、俺は苦虫を噛み潰したような顔で、ストームとセプテンバーグが消えた空の彼方をじっと眺めているのだった。

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