第299話 暴走

 試練の塔屋上には、さっきまでの探索メンバーの他に、アンや燕といった後続メンバーもいた。

 判子ちゃんが運んでくれたらしい。

 また干渉のし過ぎとかで、怒られなきゃいいけど。


 すでに三人の巫女は簡易の祭壇を作り、召喚の準備を始めていた。

 声をかけて労うと、アンはさすがにこうしたトラブルにもなれてきたのか、落ち着いていた。

 ハーエルはまだ直接の召喚には成功したことがないからと緊張しているようだ。

 今一人の新人サリスベーラはというと、数日ぶりに俺の顔を見たせいで、「はひっ、ふへっ」と顔を真赤にして取り乱していた。


「大丈夫か? 召喚は大変なんだろう」

「は、いえ、それはアンがついてくれているので大丈夫です。それにポラ……ストームがサポートしてくれますし、必ずや主神ウルを召喚してご覧に入れます……ふへへ」


 大丈夫そうだな。

 邪魔しないように眺めていると、燕が寄ってきた。


「ご主人ちゃんも災難続きね。相変わらず女難の相でもでてるんじゃないの?」

「誰が元凶だと思う?」

「あれでしょ」


 少し離れたところに居た判子ちゃんを指差す。


「じゃあ、あとで寿司でもお供えして鎮めるとしよう。それで、大丈夫なのか?」

「私がハーエルを、ストームがサリスベーラのサポートをするから、多分大丈夫でしょ」

「アンは誰がサポートするんだ?」

「アンはもともと女神の召喚に成功してるらしいから、平気じゃない? 三人の中じゃ、ウルが一番素直だと思うし」

「そうなのか。まあいいや、俺は高みの見物だ。みんな頑張ってくれ」


 アンたちのところに戻る燕を見送ると、俺は近くにあったベンチに腰掛ける。

 元々据え付けられていたらしい。

 これで遊具があれば、百貨店の屋上遊園地みたいなのにな。

 もっとも、空を見上げるとシャトルが真っ赤に光ってるし、光の網もバリバリと輝いてるし、イルミネーションだけはかなりのものだ。

 ベンチにふんぞり返って、そんな様子を眺めていると、今度はテナがやってきた。

 手にはポットとマグカップを持っている。


「お疲れ様でした、お茶をどうぞ」

「おう、そっちこそお疲れさん」


 お茶を受け取り、ずずっとすすると、少し甘くて温まる。


「殿下も、いかがですか?」

「うむ、いただこう」


 まだ俺の隣りにいたカリスミュウルは、並んで受け取り、同じようにお茶をすする。


「寒いときには、熱い茶が一番だな」


 というカリスミュウルにうなずき返し、みんなの様子をうかがう。

 デュースとカーネが、何やら御札をあちこちにばらまいて、準備をしているようだ。

 心持ちデュースが深刻な顔をしているようにみえる。

 そういえば黒竜とやらとは、因縁が深いようなことを言っていたな。

 何か声をかけたいところだが、忙しそうだ。


 フルンとシルビー、それに炎閃流の二人は固まって屋上中央の入口階段のところにいる。

 レーンが祭壇の支度をおえると合流して、けが人が出たら下層に引っ張り込んで治療する拠点にするらしい。

 ミラーとクロックロンも内なる館と近場に居たものは全てかき集めて配置しておいた。

 何が来るかわからない以上、数は大事だしな。


 その間にコルスとチアリアールが、俺たちが座っているベンチの周りに、杭のようなものを打ち始めた。

 何かと尋ねると、コルスが答えて、


「殿には下層に避難していただきたいでござるが、そうはなさらぬでござろう?」

「まあ、大将だからな」

「そこで、ここに幾重にも結界を張っておくでござる」

「心配かけるなあ」

「召喚さえ無事に済めば、何事も起きぬでござるよ」

「起きないと思うか?」

「起きてほしくないでござるなあ」

「だよなあ」


 コルスもだんだん日和見がちになってきたな。

 まあ、普通の敵なら俺は安全なところに隠れている方がみんなも安心して戦えるんだろうが、相手が相手だけに、下手すりゃこの辺一帯吹き飛ぶ可能性もあるんだろう。

 そんな状況でコソコソ隠れるぐらいなら、しっかり応援でもしてたほうが、まだというものだ。

 などと考えていると、デュースがやってきた。


「おつかれさん、張り切ってるな」

「そうですねー、あれが居たとなるとー、おおごとですからー。とはいえ女神の加護があればどうにかー」

「まあ、みんなを信じてるよ。あまり気負いすぎるなよ、らしくないぞ」

「そうですねー、これほど頼もしい面々もー、現代ではそうは集まらないでしょうからー。いくさに主神を召喚するなんてことは先の大戦以来じゃないですかねー」


 そこに今度は、金ピカ甲冑の老将軍がやってきた。

 のっしりと歩み寄ると、デュースに声を掛ける。


「魔女よ、そのたるんだ腹で、まだ戦場に立っておったか」

「あなたの甲冑よりはかるいものですよー、おいぼれさん」

「ふはは、主人を得ても、口の減らぬものよ」


 と言ってから、老将軍は視線をアンたちの方に向ける。

 いや、その隣で手伝っていたフューエルを見ているようだ。


「あれがカラブの孫か、息子よりも、面影が似ておる」

「そうですねー、立派に育ってくれましたよー」

「仔細は聞いた。わしは殿下をお守りしよう、ついでに貴様の主人も守ってやる。好きに戦うが良い」

「そうですかー、ではお願いしますよー」


 老将軍にそう返事を返し、デュースは俺に向かってこういった。


「あれはー、この世にあってはいけないものですからー、私も久しぶりに本気でやらせてもらいますよー、少々熱いですけど気をつけてー」


 と言って、まだ作業中のカーネのところに戻っていった。

 それにしても、この爺さんも知り合いだったのか。

 相変わらず世間が狭い。

 名前の出ていたカラブというのは、義理の祖母リースエルの亡き夫である、カラブ・レイルームのことだろう。

 若くして亡くなったそうだが、つまり昔の知り合いってことだな。

 その老将軍は、俺達の少し後方で、黙って腕を組んでいる。

 ちょっと怖い。


 そうこうするうちに、皆が配置についたようだ。

 アンたちが火を焚いて、呪文を唱え始めた。


「貴様の従者が、今から主神ウルを召喚するというわけか」


 と、仲良く座っているカリスミュウル。


「らしいな」

「女神の加護があるとはいえ、主神の召喚は危険であろう」

「そうなのか?」

「うぬ、力が強すぎて、命を落としたり、廃人になったりすることもあると聞く」

「まじかよ。でも、ポラミウル……もとい、ストームがやらせるからには、大丈夫だと信じたいが……」

「であるとよいがな」

「とはいえ、俺が焦って取り乱しても、足を引っ張るだけだしな。こうなるとじっと我慢して見守るしかないってことだよな」

「何だ貴様、知らなかったのか? いくら小手先の術を身に着けようと、我らは常にそうなのだ。そうあることしか、できぬのよ」


 と自嘲気味に言う、カリスミュウル。


「俺には向いてないねえ」

「向き不向きで語れぬのが、生まれついての血の縛りであろう」

「あいにくと、俺は数年前まで自分が紳士だとは知らずに育ったんでな。心構えもできてないんだよ」

「はん、ならば私の生き様を見て、しかとまなぶが良いわ」


 と笑う。

 ちょっとは機嫌が戻ったのかな。

 そうこうするうちに、シャトルがじわじわと俺たちの真上に移動してきた。


「あれをあそこで破壊するのかな?」


 と独り言のようにつぶやくと、後ろに控えていた紅が、


「召喚のタイミングに合わせてセプテンバーグがシャトルを破壊。むき出しになった黒竜の鱗を、召喚したウルが消滅させます。ストームが召喚のタイミングを補正し、燕がピコ秒のオーダーで同期していますから、妨害さえなければ失敗することはないでしょう。ノード191とミラーたちも冗長性確保に回っています」

「ふぬ」

「その後、可能であればストームの本体を回収します」


 と喋りながら、紅は腰のベルトをはずす。

 重力を制御するという、すごいベルトだ。


「先程使用して判明しましたが、この反重力子キャパシタは制御機構が私の呪文と干渉するようです。戦闘の際に邪魔なので、預かっていただきたいのですが」


 反重力なんとかの本来の持ち主のカーネは、まだデュースと何かやっているので、返すのはあとでいいだろう。


「じゃあ、俺が付けとくか」


 腰に刺してた西風と、もう一つしまっておいた東風はともに召喚の祭壇に飾ってあるので、俺は丸腰だ。

 身につけると、結構ゴツくて特撮の変身ベルトみたいなかんじだ。

 これはこれで、いいかもしれん。

 逆にこう言うアイテムをゲットしたせいで、高いところから落っこちる羽目にならなきゃいいけどな。

 改めて上を見ると、シャトルの真上には、いつの間にか忠告しかしない巨人が浮かんでいた。


「あれを体にして召喚するのか?」

「そうです。あれはカラム29の義体です」

「義体? あれって、カラム29だったのか」


 カラム29とは、魔界にあった女神の柱の中にいた、管理人みたいな女児だ。

 セプテンバーグの知り合いっぽかったが、こっちは二億年前の超古代文明側のなにからしいな。

 そう言えば、さっき拾った女児は普通のプリモァなんだろうか?

 カラム29のような、特殊な存在でもおかしくはないが。

 気になるけど、今は内なる館に入って確認する余裕はないな。


「まあいいや、それで?」

「ストームの話では、召喚は三十分ほどかけて0.2秒ほど顕現するそうです。その間にマスターの剣で倒す計画です」

「せっかちだな」

「安全に実体化できる上限だそうです」

「それで、なにか問題点とかはあるのか?」

「召喚に成功すれば、まず問題はないでしょう。あるとすれば、その前です」

「たとえば?」

「セプテンバーグがそれまでもたない場合、でしょうか」


 と言った瞬間、上空のシャトルが爆発し、破片が屋上ドームに降り注ぐ。


「どうやら、もたなかったようです」

「まじかよ!」

「小型の敵を検知。敵の狙いは召喚の阻止だと思われます。こちらに来ます」


 紅が言い終わる前に、透明なドームが砕け散る。

 同時に車ぐらいのサイズの黒い何かがいくつか突っ込んできた。

 狙いは召喚中の三人の巫女だ。


 すぐに控えていたセスやラケーラたちが迎え撃つ。

 数秒後に巨大な炎の壁が、塔の屋上周辺を包み込んだ。

 デュースの火炎壁だ。

 いつもより遥かにきつい、青白い炎の嵐が吹き荒れ、そこに突っ込んだ敵が一瞬で蒸発する。


「あれは、シャトルの物質を取り込んでできた、ガーディアンのようなもの。いわば黒竜の雑兵です。彼女たちでも十分対処できるでしょう」


 いつの間にか隣に来ていた女神のストームがそういった。


「セプテンバーグは敵の本体を抑えるだけで、精一杯のようですね。張り出していた末端部分が先にシャトルを破壊して飛び出したようです。私のウェルビネを取り込んでいるので、仕方ないでしょうが……」

「ウルの召喚まで、保つかな?」

「もちろん、保たせましょう、あなたの従者たちですよ」

「そりゃそうだ」


 そこに雑兵の一匹が襲いかかってくるが、黄金甲冑爺さんが槍の一突きで消し飛ばす。

 つえーな。


 敵はむやみに暴れるのではなく、明確な意思を持って召喚の儀式を邪魔しているようだ。

 つまりこちらが何をしているのかわかっているのだろう。

 戦力は拮抗しており、もうしばらくはしのげそうだ。

 特にデュースの魔法が絶好調だ。

 敵の半分は、セプテンバーグを狙っている。

 火炎壁の外側にいる彼女を狙って飛んでいくが、火炎壁に阻まれて燃えつきてしまう。

 こっちに来る連中も、今の戦力なら大丈夫そうだ。

 それでも、用心のためにもうちょっと補充しとけばよかったか。

 エディやクメトスだけでも、呼んできたほうが良かったんじゃ、と思って判子ちゃんを探すが、姿が見えない。


「ありゃ、判子ちゃんはどこいった?」

「あのメス犬なら、逃げたのでは?」


 とストームがいうと、


「誰が逃げますか」


 そう言って、エディやクメトスと一緒に現れた。

 気が利くなあ。


「ハニー、なんだかまた大変な目にあってるわね」


 とエディ。


「いつものことだろ。アンたちが召喚するまで、ここを守ってくれ」

「わかったわ」

「クメトスも頼むぞ。しかし下は大丈夫か?」


 と尋ねるとクメトスが珍しく、ニヤリと笑う。


「大丈夫です、この国の団結力も捨てたものではありませんよ」

「そりゃよかった。とにかく頼んだ」


 走り去る二人を見送り、判子ちゃんに礼を言う。


「干渉を最小限に抑えるために、転送にあなたのモナドを利用したので、むやみに呼べませんでしたから、助っ人はこれで打ち止めですよ。最悪の場合、デストロイヤーの繁殖を防ぐために当該事象ごと現空間を抹消することになるかもしれません。せいぜい頑張ってください」


 それを聞いたストームが、


「相変わらず、シーサのやり方は品がありませんね。我々の目の黒いうちは、そのようなことはさせませんよ」

「だったら、頑張ってその黒いお目々を取り戻すことですね」


 そう言って見上げた空には、例のシャトルが半壊状態で浮かんでいた。

 あそこにいる黒竜の鱗とやらを倒し、ストームの体を取り戻す。

 そのために雑魚を倒して、召喚を成功させる。

 やることはシンプルだ。

 特に俺は見てるだけだからな。

 みんながんばれ!

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