第298話 脱出
突然透明になった床の下では、巨大なロボットと、それに取り付く気味の悪い黒いモヤがうごめいていた。
「ポラミウルのウェルビネは、やはり侵食されています。これでは使いものにならないでしょう。私の本体か、エムネアルのウェルビネがあれば、殲滅できたでしょうが、さてどうしたものか」
セプテンバーグは穏やかな口調でそういうが、あの黒いのはすごくやばい。
本能でわかる。
アヌマールの百倍やばい。
そういうやつだ。
「おい、あれはなんだ、あのおぞましいものはなんなのだ!?」
カリスミュウルが青い顔で震えながら俺の腕にしがみつく。
まあ、気持ちはわからんでもない。
俺もぶっちゃけ、走って逃げ出したい気分だ。
「おっと、彼女が来ましたよ」
相変わらず全身真っ白のセプテンバーグがそういうと、俺のすぐ前に小さな光点が現れた。
光点はたちまちのうちに、人型に広がる。
「おまたせしました、ご主人様。あなたのストームちゃんがやってきましたよ」
姿はぼんやりしているが、その声は女神ポラミウルだ。
自分でストームと言ってるからにはストームと呼ばないと拗ねると見た。
「おう、待ってたぞ、ストーム。俺は今すぐ走って逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、ミラーを置いてけないのでどうにかならんか?」
「残念ながら、私としてはあの中にある私の本体を回収できれば御の字、ですわねえ」
「あの見てるだけでおぞましいのは、なんなんだよ」
「あれは、口にするのも忌々しいシーサのデストロイヤー、またの名を黒竜の鱗、この世界で黒竜と呼ばれるものの一部です」
「黒竜! まじかよ」
驚く俺たちを無視して、ストームは紅にこう言った。
「燕はここまで来ていないのですか、彼女のウェルビネがあれば、どうにかなったのですが」
「燕はそうしたものは持っていないようです」
「今は木星に沈めてあるはず、ゲートは開いているのであれを召喚できれば……、いえ、あの木星は重畳空間にあるのですね、困りました。どうします、セプテンバーグ」
今度は、セプテンバーグに話を振る。
「私に聞かれても困りますよ、今もこいつを抑えるのにパワーの大半を使っているというのに」
「それは私も同じことです。こうして発声可能なレベルで結像させるだけでも無駄にパワーを消費してしまいます。こいつさえなければ、このようなシャトルなどピンボールの玉より派手に飛ばして差し上げましたのに」
「闘神は相変わらず乱暴ですね、船はもっと優雅に飛ばすものですよ」
「あら、ペレラールの船はまっすぐ落ちていくことしかできないものと思っておりましたわ」
「あなたたちこそ、あの巨体で四つん這いのよちよち歩きは大変でしょう」
なんでこいつら喧嘩してるんだ?
仲間じゃなかったのか。
まあ、違うんだろうなあ。
女神とペレラールの騎士って戦ってたみたいだし。
いや、そうじゃなくて、単にこの二人が性格悪いだけな気がしてきた。
もうちょっと詳しく話を聞きたいのに、これじゃあどっちに聞けばいいのかもわからんぞ。
ウェルビネってのが何だったのかも気になってるんだけど。
なんか聞き覚えはあるんだけどな。
それ以前に、あれが黒竜だとすると、世界がやばいんじゃ……。
「おや、いつの間にか呼びもしないのに無粋なメス犬がやってきたようですよ」
突然口喧嘩を打ち切ったストームがそう言うと、セプテンバーグもうなずいて、
「よくもまあ、のこのこと我らの前に現れたものです」
誰が来たのかと振り向くと、判子ちゃんだった。
黒竜の鱗と呼ばれたものを見下ろしながら、こう言った。
「なぜ、こんなものが……、どこから引っ張り出したんですか!」
俺に食って掛かる判子ちゃんを、ストームが突き飛ばす。
「シーサのメス犬風情が、我が主人に気安く触れるものではありません」
「なっ、大きなお世話です。なんですかあなた……って、闘神!? また新しいのが出たんですか!」
「ふん、汚らわしい。どうでしょう、セプテンバーグ。まずはこのメス犬を戦勝祈願の生贄として血祭りにあげるというのは」
「さすがは我らの宿敵。立場は違えども心意気は通じるものがありますね」
急に仲直りしたらしいセプテンバーグとストーム。
完全に蚊帳の外だが、さっきまで機械的に事態が進んでたのに、今度は話が進まなすぎる。
ちょっと仕切り直そう。
「ええい、この非常時にしょうもない喧嘩ばかりしてるんじゃない! もっとみんな仲良く! 手を取り合って建設的に! 一致協力してあれもこれも解決するんだよ!」
ストームがあやふやな体のまますねた顔で、
「まあ、つれないご主人様。私よりもメス犬の肩をもつんですのね」
「ばかもん! ここでちゃんとやらんと、今そこで頑張ってるミラー八十八号や、外で避難を頑張ってるクメトスに申し訳が立たんだろうが!」
「それもそうですわね、なんと言っても、この私もあなたの従者の末席に身をおくわけですから」
ウキウキした感じでそう話す。。
もう好きにしてくれ。
で、好きにしてくれてもいいんだが、そのままじゃ話が進まないので、まだ少しは話が通じそうな判子ちゃんに聞いてみる。
「それで、判子ちゃん、あれはどうにかならんのか」
「わかりませんよ、あんなものは主観時間で数億年前にすべて廃棄されたはず。あれはインフォミナルプレーンを喰らい尽くすんですよ」
「よくわからんが、困ったな。そろそろ別の助っ人が来てくれないのか?」
「お得意のナンパで呼んできたらどうです?」
「ナンパに行くなら、ひと風呂浴びて、ひげでも剃ってパリッとしたシャツでも決めたいところだな」
「たしかに、ちょっと汗臭いですね。柄にもなくがんばるから……。それにしても困りました、本体に連絡をとっていますが、果たしてどうなるか……」
そこで再び女神ポラミウルことストームが、
「シーサの手など借りませんよ。だいたい、エージェント風情に何ができるんです?」
「こっちこそ闘神の言うことなど聞く気はありませんよ」
「癪ですわねえ。ねえご主人様、すこしあちらを向いて、耳を防いでいてくれませんこと? すぐに済ませますから」
物騒なこと言ってるなあ。
「とにかくだ、あれを放置するとどうなるのかをまず教えてくれ」
そう尋ねると、セプテンバーグとストームは顔を見合わせ、肩をすくめる。
呆れた顔で判子ちゃんが答えてくれた。
「まあ、この国は一瞬で吹き飛ぶでしょうね。最悪の場合、星ごと……」
「もうちょっと穏便に暴れてくれんかな?」
「そういうものですよ。我々も、そこの闘神も、そういうオーダーの力で戦ってきたんです。それを蒸し返すわけにはいかないでしょう」
「そりゃそうだ。で、どうすればいい?」
というと、今度は判子ちゃんまで肩をすくめる。
「まあ……どうしましょうか」
いつまでたっても話がまとまらないなか、判子ちゃんがそう言うと、今度はストームが、
「仕方ありませんね。じゃんけんでもしますか」
「じゃんけんしてどうなるんだ?」
「負けたものが、あいつを食らって上位次元に引っ張って行くという方向で」
「引っ張っていってどうするんだ?」
「ちょっと自爆でも」
「痛そうだな」
「そうですわね。運が良ければ、今生で戻ってこれるかもしれませんね」
「もうちょっとマシな方法はないのか」
「ご主人様も割と細かいことをおっしゃいますわね」
「そりゃ言うだろう。俺は世界が滅んでも従者を守ることにしてるんだ」
「まあ、嬉しいお言葉。ですけど、私どもはあなたの中に生まれた存在ですから、一時実体を失っても、それ自体はたいしたことではありませんよ」
「俺はそんなにシニカルにはできんよ」
「埒が明きませんね、とはいえ、これを倒すだけの決定的な戦力は……」
そう言いながら、ストームは俺を見る。
「おや、いいものがあるではありませんか。ご主人様、お腰のものを」
と俺が腰に刺した愛刀、西風を指し示す。
「こいつか?」
「ええ、残りはありませんの?」
「東風のことか? 内なる館にしまってあるが」
「これがあれば……でも、誰が使いましょうか。私はとても戦闘ができるほどにはパワーがありませんし。あなたはどうです?」
とストームがセプテンバーグに話を振ると、
「ディメンジョン・ブレードですか、舟があればともかく、今のひ弱な体では、難しいですね。最低でも、恒星ひとつ分ぐらいの出力が必要でしょう? ブラックホール・リアクターの一つでも残っていればよかったのですが」
「仕方ありません。少し危険ですが、かわいいサリスベーラに、ウルを召喚してもらいましょう。依代があればよいのですけれど」
「それは、外にいる私の仲間にやらせましょう」
「くるくる回ってる、巨人のことですか?」
「ええ、0.一秒程度なら保つでしょう」
「召喚に掛かる時間が、三十分として、さて私の新しい姉妹たちで、支えられるかどうか……」
(余裕よ、任せときなさい!)
突然、頭に燕の声が響く。
「あら、聞いてたんですの、相変わらず趣味が悪いですわね、燕さん」
(あんたに合わせてるのよ、なによストームなんてかっこいい名前もらっちゃって)
「あなたこそ、愛らしい名前じゃありませんこと?」
(あたりまえよ! こっちは支度してるから、さっさと始めなさい)
「外は危険ですから、私の建てた塔の屋上で、おやりなさい。召喚の負担も、軽減できるでしょう」
(そこまで登ってる余裕がないわよ)
「ちょうどここに、人を運ぶぐらいしか脳のないメス犬が居ますから、これにやらせればよいでしょう」
(なんでそんなやつに頼まなきゃならないのよ)
「あら、あなたは随分と仲良く遊んでいたようですけど」
(まだ寝ぼけてるみたいね……、ってそろそろやばいんじゃない?)
「そのようですわね、では後ほど」
とストームは一旦話を切ってから、ピカピカ光る体で判子ちゃんの肩をつつく。
「聞いていたんでしょう、さっさと行きなさい」
「何よ偉そうに。やりますよ、やればいいんでしょう。運賃は黒澤さんにつけときますからね。私はお寿司というのが食べてみたいんです。用意しておいてください」
俺をにらみながら、判子ちゃんはふわりと消えた。
「さて、あちらは終わったようですよ」
ストームが今度は、さっきまで丸い球体が光ってた部屋の中央を指差す。
そこには球体の代わりに、ピカピカ光ってるミラーがいた。
88mk2だっけ。
「おう、大丈夫か?」
「マザーのサルベージは完了しました。これより私をマザー・ホルダー、88MHとお呼びください」
「コロコロ変わるな。それで、大丈夫なのか? なんか光ってるけど」
「オーナーとおそろいですね」
「並んで歩くと、みんなが羨むな」
「楽しみにしておきます。ところで、話は聞いておりましたが、それよりも、まずここから脱出しなければなりません」
「ん、このシャトルも止まったんじゃないのか?」
「止まりませんでした」
「え!?」
「マザーの残した情報によると、そこの黒竜と呼ばれた存在が、この船の制御を乗っ取っているようです。提案としましては、現在の地点から、試練の塔の上空まで移動させて爆破する戦術が妥当ではないでしょうか。壁のトラップ圏内で、かつ下の心配も少ないですし」
「爆破か、痛そうだな」
「事前に先の重力制御装置で安全に降りることを推奨します」
「そのほうが良さそうだ」
「成功確率は九十九.二% もう少し、確度を上げたいですが、時間がありません。皆様もよろしいですか?」
と88MHが尋ねると、女神のストームちゃんがこう答えた。
「やはり、シャトルにまで根を張っているのですね。そちらは大丈夫だったのですか?」
「はい、コアシステムを切り離し、物理的に遮断されたこのユニット内にやつを捉えることで、被害を抑えていたようです。そのかわりマザーは機能を停止して、現在メモリ・マトリックスに縮退した状態で、保護しています」
「そのようですね。上の方もだいぶ壊れたみたいですけど。では、その作戦でよいでしょう。そろそろ始めましょうか。段取りは、よろしいですわね」
ストームのセリフに、88MHとセプテンバーグがうなずくが、当然残りの俺たちは全然よろしくない。
よろしくないが、どうせやることもないので、任せることにした。
「よし、やってくれ」
というとストームはふわっと消え、セプテンバーグは、黒竜の鱗とやらの近くまで飛んでいく。
当たり前のように飛んだり消えたりされると、なんか現実感覚が希薄になってくるな。
そもそも、段取りも勝手に決められて話が進んでいくので、ゲームのイベントシーンを延々と見せられてる気分だよ。
「さあ、オーナー、脱出しましょう」
とミラー88MHに促されるままに、外に向かう俺たち。
カリスミュウルはとうとう何も言わなくなってしまった。
「おう、無口だな」
「もはや何を聞けばいいのかもわからぬ」
「そうだな」
「だが、彼女たちの意図はわかる。都を救おうというのであろう」
「まあ、そうだな」
「ならば、信じて任せるのが王者の度量というもの。なにより……」
「うん?」
「私は敬虔な精霊教会の信者なのだ、目の前に顕現した女神がおれば、自ずと頭を垂れ、その意志にしたがおうというものだ」
「そりゃ結構な心がけで」
俺は別の部分がうなだれるよ、と下品なことを言いかけたが、すんでのところで思いとどまった。
ささやかな理性が残っててよかったぜ。
そんなことを話すうちに、突入した小型艇の横を抜けて、壊れた外部ハッチまでたどり着く。
ここからだと外が見えるが、まだバリバリと光が飛び交っているし、足場はぐちゃぐちゃだし、とにかく危なそうだ。
「思ったより、壊れていますね。何れにせよ、そちらは使いません。この下に迂回路があります、こちらへ」
とミラー88MH。
通路の分岐からはしごを下ると、小さな部屋に出る。
どうやら、こちらは人間が出入りする為のハッチらしい。
若干だが床が汚れてたりして人が通った痕跡がある。
ハッチの扉を操作しながら紅が、
「表にラケーラとネールが控えています。チアリアールの結界でネットワイヤーの衝撃を防御しつつ、外に脱出。まっすぐ塔の最上階まで移動します。マスターと殿下のお二人は、紐で保持します。今しばらくお待ち下さい。まだ若干気圧差があるので吸い出されないように気をつけて」
ついで、ミラー88MHが、
「少々、お待ち下さい。忘れ物です」
そう言って、中身が空っぽのロッカーの影からズタ袋のようなものを引っ張り出した。
「なんだこりゃ」
と覗くと、毛布にくるまって小さな子供が寝ている。
よく見ると白い髪に長い耳、どうやらプリモァの幼女のようだ。
もしかして、アップルスターの住人か?
この状況で寝てるとは、大物だな。
「その娘はなぜそのようなところに」
とカリスミュウル。
「わからん、よく寝てるな」
ミラー88MHが子供を抱え上げる。
「ここの住人です。ひとまず内なる館に」
「そりゃいいが、他には居ないのか?」
「はい、オーナー。船内はすべて走査済みです」
「じゃあ、改めて脱出するか」
行き掛けの駄賃に幼女ゲットか。
ちょっとだけ俺のペースが戻ってきた気がするな。
「では、行きます」
紅の声に合わせて、俺達は結界に包まれ、互いに体を支え合いながら、外に飛び出した。
飛び出すとそこは、当然のように空の上だった。
スカイダイビングで飛行機から飛び出した瞬間みたいな感じだ。
やったことはないけど。
「うおおぉぉ……!」
思わず叫ぶ俺。
ここまで高いと流石に怖い。
どうやら紅が身に着けている重力制御ベルトのおかげで落下はしないが、ふわふわと浮いている。
そこにネールとラケーラが飛んできた。
「ご無事でしたか、ご主人様」
「おう、ネールか、急いで塔の上まで頼む」
「かしこまりました」
二人に引っ張られて、俺達はどうにか試練の塔の屋上に戻ることができた。
やれやれ、でもここからが本番な気もするな。
戦闘だと、俺の出番はないだろうけど。
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