第297話 シャトル

 再びエレベータのようなもので移動すると、壁の屋上に出た。

 眼の前には紡錘形の小型艇らしきものが縦に置かれている。

 ワゴン車サイズのラグビーボールとでもいうか、飛行機やロケットの類としては、だいぶ小さく感じる。

 まあ、以前遺跡で見かけた丸いやつもこれぐらいだったが。


「こいつであっちに行けばいいのか」


 改めて落下してきたシャトルを見ると、光の網が増えていた。

 壁の屋上から伸びたアンテナも数を増し、そこからバリバリと伸びる光でシャトルを捉えている。

 試練の塔を見ると、橋の付け根でフルンが手を振っている。

 手を振り返しつつ、紅に状況を伝えるように頼むと、


「すでに概略は伝えてあります。あちらはあのまま待機するようです」

「そうか。じゃあ、乗り込むか」


 小型艇は三本の細い足で支えられており、下部に乗り込み口がある。

 そこまで行くと、以前の球形のやつと同様に、にゅーっと中に飲み込まれた。


 中は白い壁のなにもない小部屋だったが、すぐに床から椅子が飛びだしてくる。

 そこに腰掛けると周りの風景が、壁一面に映し出された。


「なんという仕組みだ。これがすべて太古の魔法だというのか!?」


 と驚くカリスミュウル。


「まあそんなとこだ。それで、持ち込む端末とやらはどこだ?」

「私です、オーナー」


 とミラーの一人がそういった。


「うん?」

「ノード191と接続中です。私の中に仮想端末を形成しています」

「ほう」

「帯域の九割を取られているために、他のミラーとの同期が取れません。よって私88号は、他の個体とは非同期で活動中です。かわりにデータベースが大幅に強化され、バージョンアップしました。mk2とお呼びください」

「88のmk2か。ふぬ、よくわからんが頑張ってくれ。それじゃあ発進するか」


 言い終えると同時に、周りの景色がスルスルと動き出す。

 反動もなにもない。

 あっという間に、落下してきたシャトルのそばまで到着する。

 アップで映し出されるシャトルは、それ自身の輝きは収まりつつあるが、かわりに捕獲するための光の網が派手に絡んでいて、どこから入ればいいのかわからない。

 シャトルの大きさからして、乗り込むハッチの一つぐらいあっても良さそうなものだが。


「バリバリやってるけど、中には入れるのかな?」


 と、紅に尋ねると、


「ネットワイヤーの力場を完全には回避できません。セプテンバーグがサポートしてくれるようです。強引に突入します」

「おう、頼んだぞ」

「揺れますので、気をつけて」


 機体ががたがた揺れはじめるが、椅子の周りに柔らかい壁ができて、エアバッグのように衝撃を防いでくれる。

 半端にローテクだなあ、とか思ってると、紅が仁王立ちしたまま微動だにせず、


「突入します」


 そういうと、例のシャトルに向かって速度を上げる。

 たちまち目の前にシャトルの壁面が迫ってきた。


「ぎゃあ、ぶつかるっ!」


 俺の叫び声を打ち消すように、すごい音を立ててシャトルの中に突っ込んだ。




「外に出られるようです、マスター」


 先に小型艇から降りて様子を見てきた紅がそういった。

 小型艇は強引にシャトルのハッチらしき箇所を、壁を突き破って飛び込み、中をぐちゃぐちゃにしながら数十メートル突き進んで止まっている。

 周りを映し出すモニターも半分ぐらいが消えている。

 むちゃしたもんだ。

 シャトルを止めるには、中心部まで行って、端末になってるミラーが物理的に接続される必要があるという。


「よし、時間がない、急ごう」


 全員でぞろぞろと小型艇を降り、シャトルに乗り込む。

 シャトルの中は赤いランプに照らされ、警報が鳴り響き、ビリビリと細かく振動していた。

 今にも爆発しそうで怖い。

 小型艇を見ると、外装が壊れてて、もう飛べそうにない。

 この辺はステンレスじゃないんだな。

 そもそも、ステンレスも超技術の不思議素材から、セラミックやプラスチックレベルのものまでいろいろあるっぽいけど。

 まあ、今はいいや。


「これ、どうやって脱出するんだ?」

「このシャトルを安全に降ろすしかないでしょう」


 と紅。


「そうかもしれん。それで、どっちに行けばいい?」


 と尋ねると、ミラー88mk2が、


「誘導します、オーナー。こちらへ」

「おう」

「足元に気をつけて」

「だいじょう……おわっ」


 と転びかけたところを、ミラー88mk2に支えられる。


「ちっとも大丈夫じゃねえな」

「私がお役に立ちます、オーナー」

「頼むよ」


 カリスミュウルはお供の透明人形チアリアールに手を引かれてついてきていた。

 深刻な顔をしているので、少し緊張をほぐしておこうかな?

 と眺めていると、ジロリと睨み返された。


「何をジロジロ見ておる」

「いやあ、こんなとこまで来るなんて、お前もたいがい、肝が座ってると思ってな」

「当然だ! 貴様こそ、なにか重要な秘密を隠しているのだろう。今思い出したが、放浪者とは聖書において女神の友として、紳士と並び称される存在ではないか、貴様がそうなのか!?」

「さてなあ、俺だって身内にしかあかせない秘密があるのさ。教えてほしければ、もう少し仲良くなる努力をしてみたらどうだ?」

「ば、ばかめ、まさかこの私を口説こうというのではあるまいな! 貴様のような女たらしの甘言に乗るのはエンディミュウムぐらいのものだ!」

「俺ぐらいになると、口説く前に口説かれるんだよ」

「自慢するようなことか!」


 なんか妙な方向に話がそれてきたな。

 気にせず先に進むことにしよう。

 シャトルの内装は、樹脂っぽい壁面の通路で、ステンレスの遺跡とも少し違うようだ。

 どこも綺麗なもので、とても十万年前のものとは思えない。

 人が使っていたような痕跡もない。

 なんなんだろうな。

 よくわからないまま、何事もなく最短コースで中心部に向かう。


「この先です、オーナー」


 ミラー88mk2が扉を開けると、中は大きな部屋で、中央に直径十メートルほどの光る球が浮いていた。


「これが、マザー・グランダールです」


 とミラー88mk2。


「マザーってノードの親玉の?」

「はい、三つあるマザーの一つが、今、地上に帰還しました」

「これは、動いてるのか?」

「コアシステムから分離され、メモリ・マトリックスに縮退した状態です。今から回収します」

「おう、がんばれよ」

「お任せください、オーナー」


 ミラー88mk2はマザーと呼ばれた巨大な光球の下まで歩いていき、手を伸ばすと、球に吸い込まれてしまった。

 大丈夫なんじゃろか。

 それにしても、淡々と進むな。

 なんというか、用意された攻略法を見ながらパズルゲームをやってるような、妙な感じだ。


(……)

「うん?」


 なにか聞こえた気がして声を上げると、隣で神妙な顔をしていたカリスミュウルが、声を掛ける。


「どうした」

「いま、なにか聞こえたような」

「とくに気が付かなかったぞ」

「そうか、まあ気のせいかな」

「しかし、なぜ今頃、このような古代の遺跡が蘇るのだ。貴様の説明は半分も理解できんが、何らかの害意を持って落ちてきたのではないのだろう?」

「たぶんな、たんに故郷に帰りたかったんじゃないかなあ」


 と言って、部屋を見渡す。

 中央でピカピカ光る球の上部からは、何本かのケーブルが伸びている。

 足元は通路と同じ、樹脂っぽいフラットな床で、これと言ったものはない。

 入り口は俺たちが入ってきたものだけのようだ。

 光球に飲み込まれたミラーは、まだ出てこない。


「八十八号は大丈夫かな?」


 と尋ねると紅が、


「認証工程が複雑なようです。今、第一障壁を解除しました」


 球に黒いラインが入ったかと思うと、パカっと左右に割れて、中からまた小さな球が出てきた。


「大変そうだな、ミラーに頑張るように伝えてくれ」


 ミラーは頑張ってくれてるようだが、俺達はかなり暇だった。

 普通こういうときって次々妨害が起きて、必死に守ったり逃げたりするサスペンスシーンじゃないのかなーと思わなくもないが、余計なこと考えてると、また余計なことが起きそうなので、黙ってることにしよう。


(……)


 あれ、またなんか聞こえたような……。


「やっぱ、なにか聞こえなかったか?」


 というと、紅が、


「現在、ここには様々な音が入り乱れています。どのような音でしょう」

「なんかこう、声みたいな」

「我々以外の会話は確認できません。ノイズに寄る聞き違いの可能性が高いですが、念話に類するシグナルが届いている可能性もあります」

「ポラミウルかな?」

「あるいは、セプテンバーグか」

「表のセプテンバーグからなにか言ってきてないか?」

「……安定したので、こちらに来るそうです」


 言い終わると同時に、俺達のやってきた通路から真っ白い霧のような塊が飛び込んできた。

 と思えばあっという間に真っ白い人型に変化する。


「ごきげんよう、放浪者さん。それにエムネアル、二億年もの間、あなたのことを片時も忘れたことはありませんでしたよ」


 というと紅は、


「申し訳ありません、私は覚えておりません」

「まあ、つれないこと。あなたの代わりに柱を支えていたというのに」


 そういうと、セプテンバーグはマザーをちらりと見る。


「あちらは大丈夫そうですね。ですが時間がありません。私一人で抑えられればよいのですが……、やってみましょう」


 セプテンバーグは右手を掲げ、床の中央に向かってさっとふる。

 するとたちまち床が透明になり、その下から巨大な空洞が現れた。

 空洞の中央には十メートル以上はある人型のロボットと、それに食い込むように揺らぐ、黒いものがある。

 どす黒いモヤを発するそれは、見るからにおぞましいなにかだった。

 なんだありゃ……。

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