第296話 宇宙港
「ようこそ、フュードラージ宇宙センターへ。ここでは宇宙開発の歴史から、ゲートの仕組み、そして系外開発コロニー・メテルオールの星系外縁部到達までの軌跡を学ぶことができます」
突然、放送が始まると、広い部屋のあちこちに映像が浮かび上がった。
「なんだこれは、おい、今の声はなんだ、なんと言っている?」
とカリスミュウル。
「うん、通じなかったか?」
「わからぬ、貴様はわかるのか?」
「俺はどうにか」
どうやら、脳内翻訳が訳してるだけで、大昔の異なる言語で話しているらしい。
確かに、耳に入る声はだいぶ感じが違う。
「オーナー、今のは惑星連合共用語Ⅲ型です。十万年前にもっとも普及していた言葉の一つです」
とミラー。
「ほほう、わかるなら、適宜通訳してやってくれ」
「かしこまりました、お役に立ちます」
さて、気になることは色々あるが、まずはあの落下物対策だ。
「ノード191、聞こえてるか? あの円柱の……シャトルだっけか、そいつを止めたい。俺たちは何をすればいい?」
しばらくの沈黙の後、澄んだ女の声が響く。
「ようこそ。私はノード191。状況を説明いたします、言語選択に問題はありませんか?」
今度はカリスミュウルたちにも通じたようだ。
せっかくミラーがやる気見せてたのにな。
「大丈夫だ、続けてくれ」
「メテルオールが射出したシャトルは制御が暴走したまま、当宇宙港に衝突しようとしています。リモートによる制御の委譲は失敗。故障要因も不明。現在、未知のエネルギー体により、宙空に保持されています。港を不法占拠している住民がいることを鑑みて、取れる選択肢は二つ。当宇宙港の非常用電磁ネットワイヤーによりシャトルを捕獲、直接制御端末をシャトル内に持ち込み、システムをリセット。その後安全にシャトルを誘導します」
「もう一つは?」
「シャトルを破壊し、被害を最小限に抑えます」
「シャトルには何か乗ってるのか?」
「検閲により、お話できません」
「やばいもんがあるのか。人はどうだ?」
「有機体は一部確認されていますが、人間かどうかは不明です」
「それも困るな。じゃあ、頑張って止めに行こう。まずは非常用なんたらってのをどうにかするのか?」
「そちらは現在、修復中です。試練の塔と呼ばれる設備からのエネルギー供給を受けてシステムが復旧したことにより、あと一時間程度で完了します。ただし、リソースの振替に伴い、当シェルターの防御機構は停止します」
「停止ってどういうことだ?」
「無許可の人間の立ち入りを防げなくなります」
「あの低周波の音とか、そういうのがなくなるってことか」
「その通りです」
「まあ、そりゃいいんじゃないか? それで、シャトルに移動するには?」
「小型艇を用意します。私の端末を提供しますので、シャトル内に持ち込んでいただければ、完了します」
「俺たちがか。なんかこう、自動でやってくれるもんはないのか?」
「当宇宙港には、可動するガーディアン等は一体も残っておりません」
「わかった、じゃあそっちは任せてくれ」
「小型艇の用意は、ネットワイヤー修復と同時に完了します。今しばらくお待ち下さい」
「おう、頼んだぞ」
どうにか順調に交渉が進んだ気がする。
「おい、何がどうなっている、私にもわかるように説明しろ」
と食って掛かるカリスミュウル。
まあ、気持ちはわかる。
「小一時間ほど、時間はあるようだ。ちょっと休憩しながら説明してやるよ。それより外の様子はどうだ?」
紅に尋ねると、こう答えた。
「避難は滞っています。推定では墜落予想時刻に九十パーセント避難できていれば良い方でしょう」
「となると、どうにかして止めないとな」
「一応、提案しておきますが、マスターと殿下には避難をおすすめします。シャトルへの突入は危険です」
「そりゃあ、そうなんだが、やっぱりここは俺が行ったほうがいいんじゃなかろうか。ポラミウルも自分でなんか見てこいって言ってたし」
「判断しうるだけの材料がありません。あくまで、マスターの安全という観点からの、提案です」
「気持ちだけ受け取っとこう。カリスミュウル、お前は帰ったほうがいいんじゃないか?」
と言うと、呆れた顔でこう返した。
「ばかめ、前にも言ったが、民の安全を私が守らんでどうする!」
「そりゃあ、ご立派な心がけで。まあ、なんか食うか」
鞄から行動食を取り出して、二人で分ける。
ナッツやドライフルーツを固めた、お手製のエナジーバーのようなものだ。
「なかなか、乙なものではないか」
「日持ちもするしな、冒険中にはいいもんだぞ」
「これは、なかなか……」
モグモグとうまそうに食うカリスミュウルを見ていたら、ちょっと気が抜けてきた。
俺も、緊張しすぎてたのかもしれないなあ。
食べながら、状況を説明しつつ、ついでに施設の中を散歩する。
あちこちに映し出されたモニターには、おそらく当時のこの世界と思しき映像が流れていた。
「これは、なんなのだ? 絵ではないのだな、窓から景色を覗くようにもみえるぞ」
とカリスミュウル。
「みえる景色をそのまま保存してあるんだよ。これは十万年前の、この世界の風景だろうなあ」
「なんと、ペレラール文明、というやつか」
「たぶんな。このステンレスの遺跡は、たいていが当時のものだからな」
「にわかには信じがたいな。おお、この行列はなんだ?」
見ると、都の壁を取り囲むようにあふれる人々が写っている。
「ほとんどがプリモァではないか。アーシアルよりはるかに多いな」
「そういや、そうだな。なんでだ?」
その時、先程の声が響く。
「現在、プリモァと呼ばれている種族は、この星の先住民で、当時はペレラール人とも呼ばれていました。また、現在アーシアルと呼ばれる種族は、ゲート経由で移民してきた、惑星連合出身者の子孫だと思われます」
「え、そうなのか? 女神と一緒にやってきたんじゃ?」
「今、女神と呼ばれている存在は、当時は先史文明人と呼ばれていました。約二億年前にこの惑星を再形成した伝説のアジャールの民だと言われています」
「再形成?」
「推定ですが、二億年前に一度この惑星は、地表部分に壊滅的な破壊を受けたと考えられています。巨大隕石か、太古の超兵器かは不明ですが、地殻は崩壊し、存在したとすれば、すべての生物が死滅したことでしょう。その惑星に蓋をかぶせ、巨大なレプリケーターを設置し、地殻から再構成した、というのが当時の考古学的な見解です」
「え、まじで!? つまり、えーと、レプリケーターってなんだっけ?」
「レプリケーターは、エルミクルムを媒体に物質を生成するシステムです。今は、魔法と呼ばれているようです」
いきなり、すごいことを聞かされて混乱してきた。
えーと、何を聞けばいいんだ?
「そのレプリケーターってのは、まだあるのか、いや魔法が使えるから、あるんだろうけど」
「現在、女神の柱と呼ばれているようです。先日も一つ、崩壊したのを検知しております」
「あれか! じゃあ、あっちはお前さんよりも遥かに古いのか?」
「そうです。我々の文明は、それを研究することで発展しました。また、ゲート経由で来訪した惑星連合民との交流により、その先史文明がこの宇宙全てに伝わる伝説の古代文明、アジャールであろうと予測されています」
やっぱりアジャールってのもあって、そこのなんかすごい文明の連中が、女神として伝わってるんだろうなあ。
「しかし、この星のネイティブはプリモァだったのか。じゃあ、古代種とか魔族は?」
「魔族に限らず多くの古代種と呼ばれる人種は惑星連合の移民、あるいは遺伝レベルでの生体改造を受けたプリモァです」
「改造かよ」
「当時、流行っておりました。カジュアルに自分の姿を動物風に切り替えて楽しんでいました」
「流行ってたのかよ!」
「はい」
「惑星連合ってのは?」
「恒星間ゲートを通じて来訪した人々です。当時で加盟星系百五十万、二億以上の惑星、コロニー等で形成された巨大文明圏です。十万年間、交流がありませんので現在どうなっているかは不明。もっとも近い有人星系は五千光年に位置しますから観測装置を用意できれば確認できるかもしれません」
「でかいな。そういや、そこに地球って星はあった?」
「発音が似た星は二十七万件該当します。他の条件で絞り込んでください」
「えーとだな」
とあれこれ提示して調べてもらったが、俺の住んでた地球はないようだ。
やはり、別の宇宙なのか、それともたんにその連合に入ってないだけか。
考えてみれば、地球にはゲートもなければ他の知的生命体も見つかってないんだった。
うーん、他にも色々聞くことがありそうだが、えーと、
「そういや、アルサの地下の……なんだっけ」
「ノード229です」
と紅が助け舟を出す。
「そうだ、ノード229ってのが全然話を聞いてくれないんだけど、そっちはわかるか?」
「軌道管理局のノード229ですね。彼女はセマンティクスの破損により、シンタックスのみで運営されています。ここでいうセマンティクスはお連れの人形と同様のエミュレーションブレインによる仮想人格で対人インターフェースにあたり、シンタックスは形式的に要件をこなすシステムとお考えください。今お話している私も、セマンティクス・パートです」
「つまり、交渉にあたる人格部分が壊れてるってことか」
「そうです」
「お前さんが変わりに交渉してくれないか?」
「我々技術院配下のノードは、現在あなたを仮の権限者として定義しておりますが、軌道管理局はそうではありません。あちらは国務院の管理下にあり、上位ノードかマザーからの再定義が必要です」
「あれ、じゃあお前はノード18の仲間か」
「その通りです」
つまりクロの居たところの基地と同じ指示系統ってことらしい。
道理でフレンドリーだと思った。
「つかぬ事を聞くが、なんでお前さんらはそんなにフレンドリーなんだ?」
「それは、あなたが放浪者だからです。実際に発現するまで我々も認識していませんでしたが、我々の仮想人格はアジャールの子孫を自称するデンパー帝国、これは惑星連合とは別の外宇宙勢力ですが、こちらに伝わるAIをベースにしており、これには放浪者を優遇する旨の隠しコードが組み込まれていました。つまり、あなたには特権があるということです」
まじかよ、それってバックドアのたぐいじゃねえのか?
まあいいや、放浪者で得したなあ。
「そういや、シーサについては?」
「シーサ、とはどういうものでしょうか?」
「えーと、並行……なんだっけ」
「並行宇宙群連合協会です」
と再び紅のフォロー。
「そうそれ」
「並行宇宙に関しては、当時理論的に存在が仮定されていただけです」
「じゃあ、上位次元に行くとかはできてなかったのか」
「はい。やはり、あなたは可能だったのですか? 放浪者とは、他の宇宙から共通する遺伝ソースを持ち込んだリリーサーである、というのが惑星連合に伝わる伝承です」
「いや、そこのところはよくわからんのだけどな」
うーん、古代文明と判子ちゃんなんかは別系統の問題なのか。
女神とシーサは戦ってたそうだけど、そこの所の歴史はすっぽり抜けてるということか。
アジャール自体、十万年前には言い伝えレベルの存在みたいだしな。
ややこしくなってきたぞ。
「まだ時間あるかな?」
「あと二十分ほどです」
「じゃあ、もうちょっと色々教えてくれ」
「なんでも、お聞きください」
隣でカリスミュウルがいらいらしてるっぽいんだけど、聞けるだけ聞いときたい。
後で改めて聞けるとは限らんしな。
以前もそれでネトックから聞き出すのに失敗してるし。
「お前ができたのは、十万年ぐらい前なのか?」
「マザー及び各種ノードは二十万年ほど前に、ゲートの解放とともに建造されはじめ、その後十万年前まで運用されていました。私は十万年前にメテルオール打ち上げ時に建造されました」
「十万年も続いてたのか、長いなあ」
「当時の平均寿命は現在よりはるかに長かったので、文明のタイムスケールとしては数十分の一として捉えてください」
「なるほど。それから何があったんだ?」
「一部しか把握しておりません。当時は惑星連合とゲートを経由した通商を行い、非常に栄えておりました。ですが突然軌道上のゲートが消失、その際の衝撃波により軌道上と地表の施設の大半が崩壊。私もゲート崩壊時に機能の大半を停止しておりました。生き残った地上の人々は地下に逃げ延びたものの、地下に住む排外的な勢力との間で紛争が起きていたもようです。以降の推移は不明です」
「その割には、今の事も知ってるみたいだけど」
「先ほど、お連れのオートメイドから、データの提供を受けました。また同系列のノードとの通信も一部回復しました。まだナレッジベースの再構築が途中ですが、それに基づき、現代の常識と照らし合わせてお答えしております」
「あ、そうなのね」
えーと、ほかには……いっぱいありすぎてよくわからん。
「そうだ、アップルスター、じゃなくて、空に浮かんでる巨大ガーディアンのことも教えてくれ」
「矮星級ガーディアン、メテルオールのことですね。あれは惑星外縁部への資源発掘のために作られた大型ガーディアンであり、有人コロニーです。連絡が途絶えておりましたが、先ごろ無事に帰還したようです。件のシャトルはそこから投下されました」
「中に人が生きてるっぽいけど、大丈夫なのか?」
「それに関する情報はありません。現在、上位ノードで情報収集中だということです」
「そうか」
うーん、聞くことは山ほどあるが、ありすぎて何を聞けばいいのかわからん。
とりあえず、女神と古代文明は別物っぽいのはわかった。
あと、この星の由来みたいなものも。
二億年前にぶっ壊れたのを治すために女神の柱や天井を作ったのか。
なんでそこまでして治したのかってのは気になるが、それはそれとして、このノード191は十万年前のピンポイントの知識しかなさそうだな。
「まだまだ聞きたいが……、宇宙に昇る手段はあるのか?」
「ここにはありません。ノード18に何体か小型シャトルが残っています。そちらをご利用ください」
「なんか丸っこいやつか?」
「そうです」
「一度あそこに行ったけど、倉庫から出られなかったんだよ」
「当地で直接交渉してください。ノード18は、ガーディアンを連れ出すばかりで、あなたが直接会いにこないので、拗ねているようです」
「え、マジで、そりゃあ悪いことをしたなあ。落ち着いたら行くから待ってるように伝えといてくれ」
「かしこまりました。そろそろ、支度が整います」
「え、もうか、早いな。よし、出発するぞ」
とカリスミュウルに声をかけたら、こちらも拗ねていた。
「どうした? 変な顔して」
「貴様がわけのわからん話ばかりしておるからだ」
「そりゃあスマン、思ったよりいろいろ聞けてなあ」
「一体何の話なのだ。この星の過去について話していたようだが、貴様は何を知っているのだ」
「ははは、謎の多い男も魅力的だろう」
「この一大事に、何を寝ぼけたことを」
「無事にあれを止められたら、ゆっくり教えてやるよ」
そう言って俺は、壁のモニターに映し出された、シャトルを指さした。
「そうであったな、よし、ゆくぞ。我らは民を救わねばならん」
高らかに宣言するカリスミュウルとともに、俺達はシャトルを目指すことにした。
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