第294話 バーゲン二日目 その四

 俺たちは再び、塔の攻略を始める。

 エディとクメトスを欠いたのは痛いが、代わりにカーネちゃんが入ってくれたので心強い。

 支度をしながら相談した結果、当面の方針はこう決まった。


「魔物は一切相手にせず、最短で階段を探す。これはクロックロンに任せよう。塔をクリアして即解決とはいかないかもしれない。たとえば、壁の中に入る手段を与えてくれるだけ、とかもありうる。となると休憩は別にしても余裕を見て半分の六時間ぐらいで攻略したい。つまり一フロアあたり十二分だ。無茶は承知だが、みんな頑張ってくれ」


 俺のセリフに、皆がうなずく。


「あとは休憩もなるべく交代で取ろう。俺の内なる館に入っとけばいいだろう。ボス前には呼び出すから」


 というわけで、適当に選別して何人かに入ってもらう。

 正直、大半はまだ休憩不要に見えたが、一人そうじゃないのがいるからな。

 中に入ってから、その一人に話しかける。


「大丈夫か、フューエル」

「大丈夫そうにしていたつもりですが」

「でも、まだ痛むんだろう」

「実は……そうなんです」


 と言って、急に顔をしかめる。


「どうも、骨か筋を痛めたみたいですね。動くたびに痛みが響きます」

「あんまり無理するなよ。カリスミュウルも、気を使われすぎて、困ってるみたいだぞ」

「そうは言っても、難しいものですよ」

「全部片付いたら、あいつを誘って、一緒にショッピングでもしてやってくれ」

「前向きに検討しましょう」


 治療をレーンに任せて、俺は外に出る。

 俺が外で移動しないと、内なる館の連中も先に進めないからな。

 フューエルの件が片付いたら次は燕に連絡をとる。

 そろそろ着いててもおかしくないんだが、と思ったら、まだらしい。


(都の手前の大きな橋がつかえてるのよ。こっちに逃げてくる人もいて、もう暫く掛かるわね。今、馬車を捨てて徒歩で行こうか相談してるんだけど)

「だったら、その前に改めてポラミウルにお伺いを立ててくれよ。塔を攻略すればいいのかって」


 とあらましを説明する。


(こっちからも見えてるけど、面倒なことになってるわね。わかったわ、それは任せといて)

「頼んだぞ。確認が取れたら、無理のない範囲でこっちに来てくれ。塔にせよ避難にせよ、少しでも人手がほしい」

(じゃあ、先にネールとラケーラに行ってもらおうかしら)

「ラケーラも来てるのか」

(なんか都見物したいって、ついてきたのよ)

「そりゃ助かる。じゃあ、任せたぞ」


 あの二人がいれば心強いが、到着をのんびり待つ余裕はない。

 とにかく、先に進もう。


 クロックロンのおかげで、どうにか一フロア十分程度で先に進めている。

 二時間かからずに、四十階についた。

 さて、ここのボスはどんなやつかな?

 と身構えるが、なかなか出てこない。

 代わりに、バルコニーからネールとラケーラが入ってきた。


「ご主人様、ここにいらっしゃいましたか。下でテナから様子を聞き、外から伺っていたところ、ちょうど窓が開いたので中にはいってみたのですが」


 とネール。


「下はどうだった?」

「相当な混乱です。クメトスが兵を率いて、市民を誘導しているところが見えましたが、ひとまずこちらを優先したので声はかけておりません」


 どこの兵だろうな。

 クメトスは、元白象騎士団副長というだけでなく、十人抜きなどの実績のおかげか、この国の騎士のなかでもかなり評価が高いらしい。

 実力も確かだし、下にやって正解だったんだろう。

 ほんとはそばに居てもらいたかったんだけど、クメトスは民衆のために頑張る紳士様という偶像を崇拝してるきらいがあるからな。

 そういう紳士の従者として、先頭に立って民衆を救うというのは、彼女のもっとも望む行動なんだろう。

 将来的にはレーンあたりに再教育してもらうとして、今のところは従者の希望に沿ってやるのも致し方ないのだった。


「おう、サワクロ殿、ご無事で何より。む、導師もおるではないか。表にアレが居たので、もしやと思ったが」


 とこちらはドラゴン族のラケーラ。

 緑のお姉さんカーネはラケーラに微笑みながら、


「ちょうどよかった。これが片付いたら、迎えに行こうと思っていたのですよ」

「では、例の件は片付いたので?」

「ええ」

「それは重畳。ならば前祝いに、パーッとやるとしよう。ちょうど手頃な獲物も出たようだ」


 強力な助っ人二人を追加したところで、ボスが出た。

 また竜だ。

 今度は白い。


「あらー、白竜とは珍しいー、赤竜や金竜に次ぐ強敵ですよー、最初から全力で頼みますねー」


 デュースが言い終わる前に、透明人形チアリアールの結界がかかる。

 さらに緑のお姉さんカーネが杖をコンと地面に打ち付けると、広いフロア一面に、結界の模様が広がる。


「白竜は無属性魔法を使います。ほぼレジストできますが、それでも衝撃はかなりのもの。気をつけて」


 ついで、ラケーラが愛用の巨大な槍を構える。


「立派な竜ではないか。あれを蒲焼にすれば、どんな味だろうな」


 共食いじゃないのか、と思いながら聞いていると、アンブラールが剣を構えて、


「じゃあ、輪切りにするかい」


 ついでセスが、


「蒲焼なら、三枚におろすべきでしょう」


 などと好き勝手に言っている。

 みんな強気だなあ。

 どう見てもヤバそうな竜なんだけど。

 ここで立ってるだけでも、押しつぶされそうな魔力を感じるし。


「では、ゆくぞ」


 ラケーラは青白い光となって、白竜に突撃する。

 二、三度激突するが、竜の結界に弾かれているようだ。


「うーん、結界が頑丈ですねー。白竜はいわゆる無属性魔法のー、念動力とかを使うのですがー、あれは基本的に物しか動かせないのでー、こうした場所ではこちらが有利なんですけどー、逆に武器も通りづらいのでー、こちらも私とネールの魔法で攻めたいところですがー、あの人達は言うことを聞きそうにありませんねー」


 とデュースが言うと、隣で杖を構えていた緑のおねえさんことカーネが、


「まあ、良いでしょう。時間の猶予は、まだあるのでしょう?」

「あと五分ぐらいですかねー」

「それだけあれば、十分ですよ。さて、一段階、結界密度を上げましょうか。そちらの人形の方」


 カーネがチアリアールに声を掛ける。


「私の方で網を張ります。そちらは魔法結界に専念していただくほうがよろしいかと」

「そのようですね。では、お願いします」

「行きますよ」


 と言って、トンと杖で地面を突くと、ふわっと光る。

 なんだかさっぱりわからん。


「綺麗な術ですねー、あなたのお母さんは、もっと派手でしたがー」

「最近、思うのですが、私の術は父に似たのかもしれませんね」

「なるほどー、フタヒメはああ見えて繊細でしたからー」

「おや、ラケーラが仕掛けるようですよ。またあの変な口上を述べなければいいのですが」


 カーネの声が聞こえたのかどうかはわからんが、ラケーラは巨大な槍を構えてこう叫ぶ。


「相手にとって不足なし! 目覚めよ、魔槍ペレストロン。我が前に真の姿を示せ!」


 またなんかかっこいいのか悪いのかわからない台詞を叫ぶと、彼女の巨大なランスの柄にある球がボコッと伸びて、くるくると回りだす。


「はああぁっ!」


 空いた左手を前に突き出すと、こちらからは炎が吹き出す。

 いちいち前振りが長いな。


「現世の竜よ、古のドラゴンが真紅の一撃受けてみよ、フレイム・イーター!」


 ほとばしった炎が回転するボールに吸い込まれたかと思うと、たちまちランスが真っ赤に輝く。

 その輝いたランスを思いっきり投げると、白竜の胴体、おそらくは心臓のあたりを貫通し、ボコッと丸くくり抜かれる。


「む、違ったか」


 ラケーラが舌打ちすると同時にセスが、


「見えたぞ、首の付根だ!」


 するとアンブラールが大剣を構える。


「つぎはあたしの番だね、いいとこ見せなよ、雷辰剣ランフォール」


 アンブラールが構えを変えると、大剣の側面からいくつもトゲが飛びだし、その先端から稲妻がほとばしる。

 ずるいぞ、みんなあんなかっこいい武器を持ってたなんて。

 俺もほしい!


 俺の見当違いな感想をよそに、アンブラールが剣を振りかざすと、一瞬早く白竜が吠えた。

 と同時に、空中のいたるところに亀裂が走る。

 まるでガラスが割れたみたいな白いヒビが、空中のなにもないところに無数に現れたのだ。

 どうやら、白竜が何かを飛ばし、それを結界で受け止めたらしい。


「でやぁっ!」


 アンブラールが腕を伸ばすと、ほとばしる稲妻が白竜の頭を捉えるようにバリバリと伸びる。

 一瞬の間をおいて、アンブラールが飛び、稲妻で捉えた白竜の首を、叩き切る。

 更に一撃を加えると、切られた頭がみじん切りに。

 同時にボワっと白竜の体が風船のように膨らみ、爆ぜて消し飛んだ。


 どうにか、ケリが付いたようだ。

 いやあ、なかなか派手な戦闘だったな。


「皆の衆、ご苦労。即席にしては良い連携だったな」


 カリスミュウルが皆をねぎらう。

 俺は派手すぎる戦闘にあっけにとられていたが、炎閃流のメシャルナちゃんたちも同様だった。


「こ、こんな戦いが、存在するのですね」

「まあ、あの連中は、世界でもトップクラスだから、今は気にしないほうがいいぞ」

「は、はい。あのような力をどうすれば身につけられるのか、まったく想像もできません」

「俺もさっぱりわからんよ」


 休憩も不要なようで、後始末と最低限の体調チェックだけを行うと、再び上を目指す。

 バルコニーから外を見ると、すでにとっぷりと日は暮れていたが、例の円柱は未だ真っ赤に燃えて宙にとどまっていた。

 どうやらまだ出力が動いてて、ああして固定してないとまっしぐらに都に飛び込んじまうようだな。

 セプテンバーグも大変そうだなあ。

 そもそも、なんで彼女はあれを支えてくれてるんだろう。

 都を守るためだろうか。

 それとも、あの落下物を守ってるんだろうか。

 あの正体不明の巨人も、わざわざ警告だけしに来てるみたいだけど、どこの誰がなんの目的でやってるんだろう。

 なんにもわからなすぎる。

 そろそろ、かわい子ちゃんが出てきて納得の行く説明と、俺のやる気を補充してくれてもいいと思うんだけどな。

 出てきそうにないよなあ。

 だいたい、みんな説明が足りないんだよな。

 まあ、そういうときは往々にして、誰も真相を知らないだけだったりするんだけど。

 しかたない、急いで、上に行くか。

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