第293話 バーゲン二日目 その三

 空から落ちてきた光の玉は、周りに轟音を撒き散らしながら、まっすぐこちらに向かって落ちてきていた。


「マスター、時間がありません、建物の中に!」


 紅にバルコニーから塔の中に強引に引っ張り込まれる。

 あの速度なら、衝突までほんの数秒だ。

 何も考える間もなく、その時間が過ぎた。

 だが、何も起きない。


「どうなったんだ?」


 恐る恐る外を見ると、巨大な塊が、都の上空で静止している。


「と、止まったのか!? ありゃ……いったいなんだ?」


 真っ赤に光ってる上に上空なのでよくわからないが、サイズが二百メートルはあると思われる円柱状の塊だ。


「人工物ではあるようです。現在、何者かの発生させた力場でトラップされています」


 と紅。

 みると、こちらも光ってて見づらいが、塊の上に何かがいるっぽい。

 そこから光のネットのようなものが出て、円柱を捉えている。

 なんなんだ?


「都の壁にも、変化があります」


 とのことで、そちらを見ると、都を取り囲む壁の上辺から、何本かアンテナのような細いパイプが伸びていた。


「あっちはなんだ?」


 アンテナからもビリビリと光がほとばしっていて、落ちてきた円柱まで達している。


「あれで、受け止めてるのか?」


 そうつぶやくと、紅が答えて、


「反動から見て、そういう力が働いているようですが、概算では出力が足りません。それ以前に、あの人工物は推力を持っています。今のままでは、都の上に落ちるでしょう」

「なんだと!」


 隣であっけにとられていたカリスミュウルが叫ぶ。


「あそこには母上がいるのだぞ! どれだけ保つ! 急いでお助けに行かねば!」


 動揺して紅に食って掛かるカリスミュウル。

 どうやって落ち着かせようかと思っていたら、透明人形のチアリアールが彼女の腕を掴んで引き離した。


「な、なにをする!」

「落ち着きなさい、カリスミュウル。もう二度と取り乱さないと約束したでしょう。他ならぬ母君に」


 カリスミュウルは一瞬の間をおいて、うつむいたまま、こう答えた。


「そ、そうであったな。それで……どうすればいい?」

「母君も陛下も、おそらくはすでに脱出にかかっていることでしょう。あなたが今できることはありません、であるなら、今は自らの安全を確保なさい」

「う、うむ……」


 ひとまず落ち着いたようなので、改めて落ちてきた何かを見る。

 多分、空の上から降ってきたんだろう。

 船と言うには大きいが、タンカーなら、あれぐらいの大きさはあるだろう。

 逆に先日空に現れたアップルスターは四百キロぐらいと言ってたから、それに比べると小さすぎる。

 宇宙船か、人工衛星のたぐいだろうか?

 壁の上から伸びたアンテナは、四本。

 間隔がまばらなので、たぶん数が足りてないんじゃないか?

 だから、出力が足りなくて、あれを受け止められないのではないだろうか。

 その足りない分を、あの上にいる光る何かがフォローしている、とかそういう感じで。


「あ、セプテンバーグだ!」


 とフルンが叫ぶ。


「なに! どこだ?」

「あれ! あの上で網で引っ張ってるの、セプテンバーグ」

「まじか?」


 俺の目では確認できないが、フルンが言うなら、間違いないだろう。

 どうやら、先日突然現れて去っていった、自称ペレラールの騎士セプテンバーグが、あの円柱を引っ張り上げてるらしい。


「紅、なにかわかるか?」


 セプテンバーグと聞いて、そちらを見つめていた紅が、こう言った。


「やはり記憶にはありませんが、メッセージを受けました。暴走した推力をフォローしきれず、この状態では、約十二時間しか保たない。それまでに着陸装置を再起動してシーケンスを完了させろ、とのことです」

「着陸装置?」

「おそらくは、あの壁のことかと」

「あれか!」


 ってことはなにか、あの壁は宇宙船の発着場か何かだったのか。

 たしかに周りを取り囲んでて、そういう用途に使えなくもなさそうだが。


「じゃあ、壁の中に入って何かすればいいのか?」

「不明です」

「まあ、そりゃそうだな」


 うーん、どうすりゃいいんだ。

 とりあえず下に降りて、壁の入口を探すか?


「おい、なにかわかったのか?」


 少し落ち着きを取り戻したカリスミュウルが、そう問いかけてくる。

 俺はなるべく全員にわかるように、説明した。


「えーとだな、あの円柱は、空の彼方から落ちてきたんだが、この都の壁は、それを降ろすための設備だったらしい。あのばりばり光ってるやつで、受け止める仕組みのようだが、パワーが足りないので、壁の中に入って、うまく働くようにしてやる必要がある。そのタイムリミットが十二時間ということだ」

「間に合わなければどうなる」

「あれが落っこちて、都は吹っ飛ぶな。まあ、街がなくなるぐらいは覚悟しないと」

「なんということだ」

「というわけで、やることは二つ。なるべく都の住民を遠くに避難させる。もう一つは壁に入る方法を探す。あとの方は俺がどうにかしよう。エディは避難を……」


 とそこまで話したところで、また下が騒がしくなる。

 今度はなんだ?


「巨人だ!」


 またフルンが叫ぶ。

 先日魔界で、崩れかけた女神の柱の周りを周回していた巨人が現れた。

 都の上空を、奴凧のように周回している。

 まるでこの世の終わりみたいな風景だ。


「女神の子らよ。この地より退くが良い。ここはやがて、光の元に沈むであろう」


 なんか前にも聞いたようなセリフが、重低音で響く。

 セリフが同じだと、なんか意思を感じられないのでちょっとチープになるな。


「あ、またなんか来た!」


 とフルン。


「今度はどっちだ!?」

「あっち!」


 指差す方を見ると、今度は魔界でアヌマールを倒した人型巨大ガーディアンが飛んできた。


「あれはー、晴嵐の魔女の使徒ですねー」


 とデュース。


「なんだ、そりゃ」

「かの晴嵐の魔女が使役する人形ですよー、あの魔女はやはりまだ生きてるんですねー」

「まじかよ。先日のカーネちゃんは、あれに乗って去っていったぞ?」

「そうですかー、では今、カーネはパーチャターチの庇護下にいるんですねー。母親のマーネは彼女となにか取引していましたしー」

「で、その魔女は味方なのか?」

「違うと思いますけどー」

「違うのか」

「敵でもないと思うのでー、どうですかねー、どうもあの魔女は苦手でー、覚えてないですけどなーんか面倒くさかったようなー」


 うーん、さっぱりわからん。

 現状はどうなってるんだ?

 あまりに一度にごちゃごちゃ起きると、流石に把握できなくなるぞ。


「おい、あのガーディアンのような巨人は何なのだ! もう一体の巨人も、女神の柱に現れたものであろう! 一体何が起きている、都はどうなってしまうのだ!」


 また動揺してきたカリスミュウル。

 まあ、気持ちはわかる。

 俺もパニックを起こしてフューエルの胸に顔を埋めて寝てしまいたい気持ちでいっぱいだが、カリスミュウルを落ち着かせるためにも、まず今やるべきことを決めてしまおう。

 やることが決まってると、案外どうにかなるもんだ。


「よし、まあ落ち着け。とにかく、俺達にとっての優先事項は、あの円柱を無事に下ろして都の被害を最小限に食い止めることだ」

「う、うむ、そうだな」

「タイムリミットは十二時間らしい。ひとまず、都の住民を避難させるだけの余裕があると思うか?」


 とエディに尋ねると、


「平時ならともかく、このパニック状態だと、難しいわね」

「だろうな。とにかく、あらゆる手段を講じて、避難させよう。どれ位避難させればいいのかな?」


 それには紅が答えて、


「安全に着地できたとすれば、壁の外、例えばここから見えるあの丘の反対側まで避難すれば十分かと」

「ふむ、安全じゃなければ?」

「あれだけの質量です。中に動力も存在しますから、それが爆発すれば、壁が爆風の直撃を防いだとしても、反動でこの一帯が吹き飛ぶ可能性もあります」


 そんなのばっかりだな。

 もうちょっと希望の湧く話はないのか。

 まあいいや、とりあえずメンツを分けよう。

 少し相談した結果、エディとクメトスは避難の加勢に行ったほうがいいようだ。

 エディはもちろんのこと、クメトスも騎士としてそれなりに都にコネがあるようだし。

 カリスミュウルは精神的に脆そうだし、仲のいいエディにつけたほうがいいんだろうけど、こっちのメンツが弱くなりすぎるよな。

 とくに透明人形のチアリアールの結界はかなり強力だからなあ。


「よし、エディとクメトスは、コネでもなんでも最大限駆使して、避難を手伝ってくれ。特にスラムの避難民が気になる。何にせよ壁の中から人を全部逃がす必要があるだろ。残りでアレをどうにかしたいが、カリスミュウル、お前はいけるか」


 と落ちてきた円柱を指差す。


「ま、任せておけ。むしろ貴様だけには任せられん!」

「いい返事だ、じゃあ、エディ、そっちは頼むぞ」

「わかったわ、壁の方は任せるわよ。ハニーは壁に近づけるんでしょ?」

「たぶんな、まあ、がんばるよ」


 エディとクメトスを見送って、改めて壁を眺める。


「おい、我々は降りないのか?」


 とカリスミュウルが聞いてくる。


「それなんだけどな、ちょっと考えてたんだよ」

「なにをだ?」

「ポラミウルはなんでこの塔を作ったのかなあ、って」

「ポラミウル?」

「この塔を作った女神だよ」

「聞かぬ名だな」

「前にうちの近所に降臨してな、今は空に浮かぶアップルスター……って知ってるか?」

「突然現れた天体であろう」

「そうそれ、そこにいるらしいんだよな」

「女神がか?」

「うん、で、家の巫女がお告げを受けて、奇跡を起こすって」

「奇跡か」

「最初はこの塔のことかと思ったんだけど、そうじゃなくて、あっちの落下物をどうにかするのが、奇跡なんじゃないかと思ってなあ」

「たしかに、試練の塔自体は、格別珍しいものでもないな」

「だから、あれをどうにかするために、この塔を作ったんじゃないか。だとすると、この塔を攻略することが、問題の解決につながるんじゃないかとな」

「試練をクリアした褒美に、女神がそのお力で解決してくれる、というわけか」

「そうそれ」

「確かに、あり得るな。そのために急ごしらえで作ったのであれば、この塔の雑な作りもうなずける」

「うん?」

「貴様は感じなかったか? 敵の強さといい、迷路の構造といい、実にいい加減であったろう」

「そうかもしれん」


 そういえば、ローンもそんな事を言ってたな。


「ではどうする? 我らの全力を上げて、塔を攻略するか?」

「でも、確証がないんだよな。壁を調べたほうがいいかもしれないし。なんせ十二時間じゃ、残り三十階を攻略するのに、ギリギリだろう。間違ってたら取り返しがつかない」

「不可能ではなかろうが、さほど余裕はないな」

「というわけで、誰か俺の推測を後押しなり、否定なりしてくれる人が都合よく現れないかなー、と思ってな」

「そんな者がおるわけなかろうが!」

「いやいや、案外、ひょこっと……」


 とあたりをきょろきょろ見回すと、緑色の帽子が視界をかすめる。

 例の魔女の使徒とかいうガーディアンの肩の上だ。


「いいのが居たぞ、おーい、カーネちゃーん、カーネせんせーい、おーい!」


 無垢な少年の気持ちで呼びかけると、とても声が届くとは思えない距離だが、こちらに気がついたようだ。

 ふわっと光ると、肩から飛び上がり、こちらにシュワーッと飛んできた。

 相変わらず凄そうだ。


「お久しぶりですね、クリュウさん、あなたもここにいらしたとは」

「先日は世話になったね」

「こちらこそ。あなたがいるということは、もしやデュースも?」

「ああ、そこにいるぞ」


 と指差す。


「え?」


 とカーネは驚いてみせる。


「まさか、あなたがデュース……ですか?」

「まあまあ、カーネ、お久しぶりですねー」

「その声はたしかにデュース! なんですか、そんなにまるまると太って、ああ、まるで別人ではないですか」

「あなたこそー、すっかりマーネに似てー、その帽子もよく似合ってますよー」

「喋り方まで変わって、まるでフェンニのように、おっとりと」

「懐かしい名前ですねー、彼女に会って私もずいぶん変わりましたがー」

「ああ、本当にデュース。こんな時でなければ、夜通し思い出話に浸りたいところですが」

「あなたはー、パーチャターチの使者として来たのですかー」

「お見通しのようですね。あれを回収するよう、言い付かってきたのです」


 と空に浮かぶ円柱を指差す。


「あれは何なんでしょー」

「わかりませんが、パーチャターチは、この星の再生に必要なものだと言っていました」

「うーん、あの魔女の考えることはわかりませんねー」

「私も、取引をしているだけですから。それよりも、このような所に試練の塔ができているとは驚きました。いつできたのです?」

「つい昨日ですねー。それよりもー、あなたはあれを留める方法を何か聞かされていませんかー?」

「いいえ、ただここに行って、全てが片付いた後に回収してこいと」

「そうでしたかー、実はー」


 とさっきの俺の推測を話す。


「なるほど、試練の塔には女神の力が集約されていると聞きます。であれば、そうした奇跡を起こすことも可能でしょう」

「かけて見る価値はありそうですねー」

「それに、あの壁は昔、私も調べたことがありますが、入り口のたぐいはなかったはず。今更、半日程度で見つかるとは思えません。塔を攻略するというのは、ベターな方針でしょう」


 というわけで、俺達は塔を攻略することに決まった。

 決まったら即行動だ。

 そろそろ眠いんだけど、そんなことを言ってる場合じゃないしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る