第292話 バーゲン二日目 その二

 二十一階からも、特に変化はない。

 同じように幅広い強さの敵が、待ち構えている。

 流石に飽きてきたので、戦闘の頻度は極力減らしてどんどん上を目指す。


「しかし、試練の塔というものは、よくわからんな。なにゆえ、女神はこのようなものをお作りになるのだ?」


 カリスミュウルがもっともな疑問を口にする。


「そりゃあ、お前、人間どもが攻略しようと四苦八苦してるところを眺めて楽しんでるんじゃないか?」

「神々の戯れというわけか」

「神様だって、暇なんだろ」

「女神の盟友たる貴様の暇人っぷりを見ていれば、うなずけなくもないな」

「そっくりそのまま返してやるよ」

「やかましい、私は紳士以前に王族として、日々己を律しておる」

「いつもぶらぶらしてるじゃないか、なかなかゆとりのある律し方だな」

「物事の外面だけ見ておるから、内に秘められた行動の意味がわからんのだ」

「少なくとも、見た目がだらしないという自覚はあるんだな」

「そのようなことは言っておらん!」


 俺がカリスミュウルと中学生みたいな会話を繰り広げている間、エディはヤキモチを焼くのも飽きたのか、フューエルとショッピングの話をしていた。

 女同士楽しそうにやってるな。

 あの二人は都で連日買い物ばかりして、何を買ったのか知らんが、紙箱が内なる館に山積みしてあるんだけど、まだ買う気かな。

 一方のカリスミュウルは、あちらの会話に加わりたいのに、無視しているように見える。

 スルーしても良かったが、あえて突っ込んでみた。


「お前も俺と不毛な会話なんぞしてないで、あっちに行って、加わってきたらどうだ?」

「別に……買い物など、興味はない!」


 じゃあ、どうして聞き耳を立ててるんだよ、とは言わずに、こう言った。


「そういや、連れの二人とエディ以外とは、ほとんど誰とも話してないだろう」

「そ、それは、余計な気を使わせるであろうが」

「そうか?」

「普通はそうなのだ! 貴様が無神経すぎる!」

「そりゃあまあ、否定しないけどな」

「そもそも、私が居ては会話の邪魔だろう。貴様の妻に嫌われても困……なんでもない!」


 カリスミュウルはムッとふくれて、よそに行ってしまった。

 何となく感じてたけど、フューエルやうちの従者に気を使ってるんだろうな。

 普通、王族ともなれば皆萎縮してしまうだろうしな。

 可愛いとこばっかりだよな、こいつ。

 でも、やっぱり寂しそうなところもあるんだよな。

 ライバルだからと突っぱねてないで、もう少し優しくしてやりたいところだが……、さてどうしたもんか。


 戦闘も減らし、各階ごとのリドルも俺が解くことで、午前よりもだいぶ早く次のボスが居る三十階に到達できた。

 ここのボスは、三メートルほどの身長で六本の腕に六本の剣を構えたヤバそうなやつだ。

 小学生が考えそうなデザインのくせに、めっぽう強い。

 結界を張っているらしく、攻撃魔法で攻めるのも難しいとのことで、前衛組がひたすら波状攻撃をかけている。


「埒が明かんな」


 後方で腕を組んでいたカリスミュウルがそういった。


「お前は加勢しないのか?」

「紳士の戦いは、常に後ろから従者を見守るものだ」

「まあ、俺は戦いたくても弱すぎて戦力にならんけどな」

「あれ程の魔力を秘めておって、なにをいう」

「あれは、頑張って我慢してないとだめっぽいぞ」

「我慢? 何を我……っ!?」


 途中まで言いかけて、言葉の意味を理解したらしい。

 ウブな乙女のように顔を真赤にして、そっぽを向いた。


「と、とにかく、作戦を立てねばなるまい! ああいう相手には、野戦であればともかく、屋内では魔法で対するのがセオリーだ!」


 というわけで、前衛が頑張ってる間に、手短に作戦を考える。


「要するにー、動きを封じればいいんですよー」


 とデュース。


「あれだけの剣技を支える足腰の動きを封じられればー、それだけで十分でしょうねー」

「具体的にはどうするんだ?」

「片足でも凍らせれば良いですねー、ただあの動きと魔法耐性をみるにー、今のオーレでは直接は無理でしょうねー」

「となると、どうする?」

「そうですねー、人材は豊富ですからー」


 とデュースは周りを一瞥する。

 後衛担当のうち、透明人形のチアリアールだけは、前衛に結界を張るために今も戦闘中だが、残りのメンツの中から、フューエルに向かって、こう言った。

「魔法の触媒になる精霊の針をー、魔物の足に打ち込みましょー、そうすればオーレでも確実に仕留められるでしょー」

「しかし、針を作るのはいいですが、あの結界の中ではうまく打ち込めるかどうか。一本や二本では、足りないでしょう」

「そこは殿下にお願いしましょうかー」


 と今度はカリスミュウルに話しかける。


「む、よかろう。具体的にはどうするのだ」

「フューエルが精霊を集めて針として周りに浮遊させますからー、それを殿下の念動力で打ち込んでくださいー。念動力であればー、結界の魔法干渉も抑えられますからー、物理的にかわすしかなくなるのでより確実に精霊の針を打ち込めますねー。十本も打ち込めればー、オーレが凍らせることができますしー」

「うむ、任せておけ」


 オーバーに胸を叩くカリスミュウル。

 フューエルは少し困った顔をするが、まあ、頑張ってもらおう。

 手短に打ち合わせを済ませると、構えに着く。

 コルスが結界を一段高め、エーメスが大きな盾を構えて前に立ち、その後ろに隠れるようにカリスミュウルとフューエルが並ぶ。


「フュ、フューエルと言ったな、お主の技量、見せてもらおう」

「では殿下、参ります」


 カリスミュウルは微妙に緊張しているようだが、フューエルは、色々言ってた割には平気なようだ。

 俺と同じぐらい肝が太いからな。


 フューエルは静かに呪文を唱え始める。

 ついで取り出した呼子を砕くと、たちまち青白い光が宙に漂いだし、魔物の周りを回り始めた。


「あれだけの精霊を制御するとは、大したものではないか」


 と言ってからカリスミュウルも、小さなスティックを構える。


「ゆくぞ」


 さっと手を振ると、光の塊が、四方から魔物に襲いかかる。

 相当なスピードだが、大半はかわされてしまう。


「ええいちょこまかと」


 とカリスミュウルが声を荒げた瞬間、魔物の腕が一本、妙な動きをした。


「危ないっ!」


 誰が叫んだのかはわからないが、次の瞬間には、フューエルがカリスミュウルを突き飛ばしていた。

 同時に、今さっきまで二人が居た地面に火花が発する。


「おのれ!」


 カリスミュウルが腕を振るうと、残りの光が一斉に敵に襲いかかった。


「オーレ、今ですよー」


 デュースの掛け声に合わせて、オーレが術を唱えると、魔物に食い込んだ光を中心に、氷の柱がにょきにょきと伸びてきて、動きを封じる。

 間髪入れずに、前衛の騎士連中が槍を突き入れ、最後にセスが首を切り落とした。

 どうやら勝てたようだ。


「おい、おぬし、大丈夫か!?」


 カリスミュウルの声に振り返ると、フューエルがうずくまっている。

 慌てて駆け寄ると、足から血を流していた。


「大丈夫、とはいいかねますが、かすり傷です。殿下こそご無事で?」

「う、うむ。しかし、本当に大丈夫か? おい、チアリアール、急いで手当を」


 どうやら、飛び散った火花で足にかすり傷を負ったらしい。

 火花の正体は、魔物が放った、手裏剣のような武器だった。

 見た限り大した傷ではなさそうだが、カリスミュウルが動揺してるので、俺の方は動揺する機会を失ってしまった。


「だ、大丈夫か、なぜ私をかばう、おい、早く治療を……」


 動揺するカリスミュウルに、フューエルが優しく話しかける。


「落ち着いて、殿下。深い傷ではありませんよ」

「う、うむ、しかし、お主にもしものことがあれば、私は……」


 そこにエディ達も戻ってきた。


「フューエル、大丈夫なの?」

「見ての通り、かすり傷ですよ」

「そう、ならいいけど、カリは?」

「わ、私は大丈夫だ、か、かばってもらったから、しかし、彼女が……」


 まだ動揺してるカリスミュウルの肩をぽんと叩いて、エディはこう言った。


「だったら、ありがとうって言っときなさい。それで十分でしょ」

「そ、そうか、その、あ、ありがとう」

「どういたしまして、殿下」


 その場はそれで収まったが、カリスミュウルは思った以上に脆いな。

 大丈夫なんだろうか。

 治療の合間に、デュースがこっそり話しかけてきた。


「うーん、ちょっと失敗でしたねー、怪我が大したことがなかったのが幸いですがー、欲をかくものではありませんねー」

「というと?」

「フューエルと殿下に仲良くなるきっかけを作れればと思ったのですがー」

「まあ、そういうのは、なるようになるもんだからな。しかし、ボスも無事に倒せたじゃないか」

「そうなんですけどー、動きを封じるだけならー、ご主人様の持つ銃というやつでも、十分だったかとー」

「ああ、そういや、そんなのもあったな」


 自分で撃っても当たらないので、すっかり忘れてたよ。

 その場の治療で、怪我はほとんど治ってしまったが、それでも空気が冷めてしまったこともあり、撤収することにする。


 バルコニーに出ると、何やら外が賑やかだ。

 下を覗くと、何やら皆騒いでいる。

 いやまあ、塔ができてから皆騒ぎっぱなしなんだけど、様子がおかしい。


「マスター、上を!」


 紅の言葉に、空を見上げると、真っ赤に光る何かがあった。


「な、なんじゃあ!」


 突然空に現れた光の塊は、すごい速度でまっすぐこちらに落ちてくるのだった。

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