第290話 バーゲンふたたび その四
「よう、待っててくれたのか?」
九階の出口で仁王立ちしているカリスミュウルに声を掛けると、忌々しそうに振り向いた。
「もう来おったか。今ここを開けるから、おとなしく待っておれ」
どうやら、この階のリドルで行き詰まっているらしい。
リドルの大半は、なぞなぞみたいなもんだけど、ああいうのって必ずしも頭が良ければ解けるってもんでもないしな。
というわけで、こっそり覗いてみると、こんな文言が壁に掘られていた。
(ある所にホロアと魔族と人がいた。ホロアは真実を語り、魔族は嘘を語り、人は思いのままに語る)
そのあとには各人のセリフが並んでいるのだが、要するに論理パズルだな。
これは頭が良ければ解けると思うぞ。
俺は自主性を重んじるタイプなので、余計な口は出さずに暖かく見守ることにした。
途中からエディも加わって頑張ってるが、時間がかかる。
「オーナー、問題を確認してみましたが、あれなら、すでに解けていらっしゃるのでは?」
とミラー。
「うん、まあ、そうなんだけど、時に人は効率よりもプライドだったり経験だったりを重視するんだよ」
「かしこまりました」
ミラーは素直に下がったのだが、代わりにフューエルがやってきて、
「良いのですか? そろそろ加勢をしたほうが……」
「あの二人が頭を下げに来るのを待つのも、乙なものかと思ってな」
「あまり良い趣味ではありませんね」
「そうは言っても、最近立場が弱いからなあ」
「べつに最近に限ったことではないでしょう。そもそも自業自得なのでは?」
「そんなことはないんじゃないかな? あるかな?」
「私からは、なんともいいかねますね。もちろん、私はどんなときでもあなたの味方ですよ」
「取ってつけたように言われると、ありがたみが増すなあ」
「自分でも少々、言い回しがあなたに似てきたのではないかと、不安になりますよ」
「夫婦は似てくるらしいぞ、気をつけろよ。まあ、仕方ない、ちょっと様子を見るか」
と顔を出したら、
「貴様の助けは借りぬ!」
「ハニーは引っ込んでて頂戴!」
と仲良く追い返されてしまった。
辛いぜ。
まあしかし、この二人も思った以上に仲が良くてよかった。
フューエルと、幼馴染のエームシャーラ姫もこれぐらい仲が良かったせいで、随分振り回されたが、この二人にも苦労させられそうだなあ。
早く宿に帰って、女将のパルシェートちゃんを口説きたいぜ。
結局、小一時間ほど四苦八苦して、リドルをクリアできたようだ。
「ふはは、見よ、我が手にかかればこの程度のリドルは朝飯前よ」
そう言って、ふんぞり返るカリスミュウル。
「おまたせ、ハニー。さあ行きましょ」
朗らかな笑顔で俺を呼びに来るエディ。
二人ともいい気なもんだぜ。
支度を整えていると、後発のレーンたちが追いついてきた。
「おや、思ったより早く追いついてしまったようですね」
とレーン。
「のびのびと気ままに進む方針でね。外はもういいのか?」
「はい。陛下の肝いりもあったおかげで、神殿と盗賊ギルドが本格的に支援に乗り出しました。青豹騎士団も十分に機能しておりますから、もう大丈夫でしょう」
「そりゃあ、よかった。宿の方はどうだ?」
「残してきたミラーさんが手伝っておりますし、女将の身内の方もみえた様子。まず大丈夫でしょう」
とのことだったので、安心して仕方なく探索を続けることにする。
もうちょっとだけ頑張るか。
俺がやる気を振り絞るフリをしていたら、レーンがとんでもないことをいい出した。
「せっかくですから、交代で休憩をはさみながら、徹夜で探索を続けたいと思うのですが、いかがでしょう」
「いいわね、徹夜行軍も騎士にはつきものだもの」
とエディも乗り気だ。
勘弁してくれ。
仲間を求めてデュースのところに行くと、こちらもだいぶへばっていた。
「いやー、厳しいですねー、まず階段がしんどいですねー、私もクロックロンに運んでもらいましょうかねー」
「だよなあ、あとのことは若いものに任せて、俺達はどっか隅っこで留守番とはいかんかな」
「そうですねー、さっきのキャンプは快適でしたねー」
デュースは出会った頃に比べると、だいぶ腹がたるんでるもんな。
重くなるとしんどさ倍増だからなあ。
昔二、三キロ太っただけで駅の階段で息切れするようになって、びびったことがあるし。
逆に俺はこっちに来てから若干、引き締まった気がする。
まあ、一日中会社に閉じこもってパソコンばかりいじってれば、限界まで体も萎えるよな。
今でやっと人並みぐらいだろう。
そんなことをグダグダ考えながら十階に登ると、急に視界が開けた。
まばらに柱が並ぶだけで、壁がなにもない。
天井も真っ暗で、一瞬、屋上に出てしまったのかと思ったが、塔の高さからしてそれはないはずだ。
よく見ると、天井まで数フロア分の高さがあって、暗くてよく見えないだけだった。
だが、側面は何やら薄明かりがある。
近づいてみると、どうやら外壁が窓のようにあちこち開いていた。
その先はバルコニーのように外に出られるようになっている。
こりゃ、息抜きにいいな。
「ふはー、外の空気を吸うと落ち着きますねー」
深呼吸しながら、デュースがそういった。
バルコニーから下を見下ろすと、遠くの街明かりとは別に、塔を取り囲むような篝火が見える。
いつぞやのバーゲンの時も塔の周りは賑やかだったが、ここは都だけあって人の数はあの時の比ではない。
おそらく素人連中も大勢乗り込んできてるんだろう。
ひどいことにならなきゃいいけど。
まあ、こっちは自己責任と言えなくもないが、むしろスラムのほうが気になる。
この塔のせいで、更にあちこち潰れたようだし、復興もままならないのではないか?
あの性悪そうな女神のポラミウルちゃんがやったのだとすれば、どんな意図があったのだろう。
これだけの被害に見合うだけのメリットが、この塔に有るのだろうか?
だが、俺のことをご主人様と呼んだ相手のやったことだとすれば、俺がフォローしないとなあ。
俺もいい主人だな。
「上に登る階段がないぞ!」
叫んでいるのはカリスミュウルだ。
ライトを取り出して探してみるが、巨大なこのフロアは、外壁と柱の他になにもない。
なんかボスとか出そうだなあ。
と、天井を見上げると、ぼんやり光っている。
うっすらとした光は、徐々に輪郭が顕になっていく。
何だありゃ?
「ご主人様、下がって!」
急にクメトスがやってきたかと思うと、俺を担いで外周部まで下がる。
同時に、バリバリと稲妻が走った。
「なんじゃ!?」
「雷竜です、ここにコルスが結界を張りました、決して出ないように」
俺を降ろしてそう言うと、クメトスは槍を構え直して敵に向かう。
今や明確に竜の形をなした光の塊は、広いフロアの中央に陣取っている。
いつぞやの雷竜の子供とはわけが違う、圧倒的なパワーを感じる。
俺の側ではコルスがあたりに大量の御札をばらまいて、その上で印を組んでいた。
「あの時よりは、一回り腕を上げたつもりでござるが、拙者の結界でどこまで保つやら」
「アテにしてるから頼んだぞ」
「殿は相変わらず、緊迫感にかけるでござるな」
「そうかな」
「さて、おしゃべりはここまででござるな、むんっ!」
コルスが気合を入れると、バリアのようにきらめく光球が一層激しく光る。
バリアの外では、エディとアンブラール、クメトス、そしてセスが対峙している。
銘々の体が光っているのは、俺の隣りにいる透明人形のチアリアールが結界をかけているらしい。
雷竜からほとばしる稲妻が何度もエディたちに襲いかかるが、全て弾かれている。
「さてー、どうしましょうかねー」
とデュース。
「雷竜も成竜となればー、雷撃のたぐいは効きませんからー、私の魔法もほぼ効果がないんですよねー。氷の術が一番効くんですがー、今のオーレの術ではー、まだ当てるのは難しいですねー、フューエルの精霊術も竜には効果が薄いですしー」
「そうなのか?」
「竜は上位の精霊みたいなものなのでー、押し負けるみたいですねー」
「困ったな」
「とりあえず殴って竜のまとう雷を消し飛ばして本体をあらわにするしかありませんねー。その状態でコアを砕くことになるでしょうかー。一応ー、今出てる人はそういう作戦になってると思いますよー」
「ふむ」
「それでだめならー、フューエルに少し雨でもふらしてもらってー雷をちらしたいんですがー、ここだと狭い上に地面が土じゃないのでこっちまで感電するかもしれませんねー」
「怖いな」
「となるとー、火炎壁で炙ってジリジリ追い詰める形でしょうかー、あのサイズだと三日は掛かりそうですねー」
「しんどいな」
「私も体力が持つかわかりませんねー、最近どうも持久力がー」
「まあ、エディたちに期待しよう」
そのエディだが、大きな槍を構えて、雷竜に突進する。
幾筋も襲いかかる雷撃を物ともせず、竜の胴に一撃を加えると、十トントラックよりもさらに大きな、アメリカンなトレーラーぐらいある竜の体が大きく揺らぐ。
ついでクメトスが竜の頭部に槍を叩きつけると、竜の長い首がグワンと揺れる。
仰け反ったところに、アンブラールが長い剣でしっぽに斬りつけると、その反動で竜の巨体が半回転した。
みんなメチャクチャだな。
人間技じゃないぞ。
今一人のセスは、間合いをとってじっとタイミングを図っているようだ。
こちらはゆっくりと歩いているが、何故か雷がすり抜けていく。
こっちもよくわからんな。
俺を守るように立つエーメスも前に出たいようだが、あの調子じゃ出番はあるまい。
そのとなりでは、炎閃流の二人が固唾をのんで見守っている。
「さすがですねー、効いてますよー、雷の結界が剥がれてきましたー」
確かにデュースの言葉通り、竜の体がひと回り小さくなった気がする。
更にエディが一撃加え得ると、竜は全身を痙攣させて天井近くまで移動する。
距離をとって雷を落とすつもりか?
だが、それを追うように、セスが飛びだしていた。
大きく飛んだセスは、さらに空中を蹴り上げるように加速して、またたくまに竜に追いつき、そのまま追い越してしまった。
あれ、と思った次の瞬間。
竜の首がぽんともげた。
ふわっと宙を舞った頭部が、更に空中で切り刻まれて、地面に転がり落ちる。
少しおいて、巨大な胴体も落ちた。
「どうやらー、片付いたようですねー、まーあれだけの前衛を揃えて勝てない相手はそうそういないと思いますがー」
デュースの言うとおり、あのメンツで勝てなきゃ逃げるのも大変だわな。
地面に落ちた巨大な竜は、光の塊となって消えてしまった。
前の竜はちゃんと死体もあったのに。
そのことを尋ねるとデュースが答えて、
「以前の赤竜もそうでしたがー、竜は成長するほど精霊のように実体が希薄になるんですよー」
「よくわからんけど、そうなのか」
「そうですねー」
光が消えたあとには、どちゃっと山のようなお宝が残っていた。
「いやあ、すごいねえ、これだけで一千万はくだらないんじゃない?」
とはエレンの談だ。
「ふむ、このペースなら結構まとまった金になるな」
「いくらごちそうを積んでも食べきれないね」
「となると、別の使いみちを考えんとな」
まあ、すでに考えてはいるけど。
シルビーたちにまとまった金を用意して、あとはスラムの復興に寄付でもしよう。
ひとまず、これもまとめて内なる館にしまっておく。
メシャルナちゃんたちは、竜退治の四人のところに駆け寄って、今の戦いを絶賛していた。
あれ程の戦いは、そうそう生で拝めるものでもないだろうし、彼女たちにはいい勉強になるのだろう。
もちろん、うちのフルンも同様だ。
「ねえ、あの空中で飛んでたやつ、初めて見た! なんて技?」
と尋ねるフルンにセスは、
「あれは以前教えた薄氷の応用です。薄い氷の代わりに、氷よりもさらに薄い空気を踏むつもりで、宙を蹴るのです」
「そっかー、後でやってみる!」
簡単に言うが、空気は踏めないぞ。
そんなことをしていると、エーメスがやってきて、こう告げた。
「バルコニーに階段ができて、地上まで通じたようです」
「ほう、つまりショートカットできるのか、そりゃいいな」
外に出てみると、塔の外周を取り巻くように、螺旋階段ができていた。
顔を出して下を覗くと、待ってた連中の一部が、一斉に登り始めている。
「こっちにも階段ができたよ」
とフルンが示した先には、同じく外周沿いに上に行く階段ができていた。
ただしこちらは、一つ上の十一階までしかない。
「つぎの大物を二十階あたりで倒したら、また階段が増えるのかな」
と言うとデュースが、
「そうかも知れませんねー、以前みんなで登ったペルウルの塔もー、帰りは別ルートでしたしー」
「そいや、そういうのもあったな。とにかく、せっかくだし一旦探索は中断して降りようぜ。さすがにあんな大物を倒したあとは、休憩が必要だろう」
との俺の提案には、誰も異論を挟まなかったので、俺達は塔を降りた。
徹夜にならなくて、良かったぜ。
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