第288話 バーゲンふたたび その二

 列さばきは雑だが、入り口がでかく、おそらくは中のキャパも余裕があるのだろう。

 わりとサクサクと中にはいれてしまった。


「やっぱり混んでるわね」


 エディが言う通り、一階の入口付近は人でごった返していた。

 中の作りはオーソドックスなもので、それなりに入り組んだ通路と、小部屋が並ぶ。

 小部屋の中では定期的に魔物がポップしてるのだろう。

 慣れない連中はそうした部屋に集団で押し入っては、魔物が湧くのをじっと待っていた。

 ベテランの俺達としては、そこには目もくれず先に進む。

 クロックロンを何体か先行させて、情報を集めながら紅がすばやく地図を完成させていく。


「あの子達、そんな事もできるのね。戦闘と荷運びだけかと思ってたわ」


 と驚くエディ。


「そりゃあ、あれでも俺の従者だからな」

「ハニーならそのうち、森の切り株でも従者だって言い出しそうよね」

「体が光れば、やぶさかではないな」


 などと言っていると、状況的に一緒に進まざるを得ないカリスミュウルが、


「おい、ガーディアンなど使いおって、ずるいではないか」

「だったらお前も、もっと従者を増やせよ」

「ふん、数がいればよいというものでもあるまい」

「いいや、俺は多いほうがいいね」

「私は少数精鋭なのだ!」

「俺は精鋭がいっぱいいるんだよ」

「むぐぐ、なぜこのような腑抜けズラに従者が……」

「ははは、目は開いてるか? 寝ぼけてないで、もっと近くでこの凛々しい顔をよく見てみろ!」


 と顔を近づけると、カリスミュウルは急に顔を真赤にして、


「ばばば、ばかもの、急に近づくな!」


 と動揺する。

 かわいいなあ。


「ちょっと、私の目の前でいちゃつかないでよ」


 とエディ。


「誰がいちゃつくというのか!」

「あなたでしょうが、カリ」

「う、うるさい、ちょっと動揺しただけだ!」

「顔を近づけたぐらいで動揺するなんて、相変わらずお子様ね」

「ふ、ふん、この程度、どうということはない。前にキスも、あ、いや、アレは不可抗力だ」

「ちょっとキスってどういうことよ、ハニー、説明して頂戴!」

「ば、ばかもの、余計なことは言わんでも良い!」

「良くないわよ! 私ともキスまでしかしたことないのに、どういうことよ」

「ほほう、貴様、恋人と言いながらまだその程度だったのか、私と変わらんではないか」

「心の持ちようが違うのよ!」

「ははは、キスの一つや二つ、子供でもするわ! 貴様の恋愛など、ガキのままごとだな」

「ムキー、あなたに言われたくないわよ!」

「そっくりそのまま返してやろう!」


 仲いいなあ。

 幸いなことに、周りの連中は金に目がくらんで二人の漫才はスルーしている。

 俺はダンジョンの混雑に紛れて、じわじわと二人から距離を取ることにした。

 パーティの最後尾まで逃げてくると、呆れた顔の奥さんが待っていた。


「そろそろ私も、慣れてきたみたいですね」

「そりゃ良かった」

「しかし、エディはともかく、あの殿下も、相当あなたにお似合いのようで、私も覚悟を決めておいたほうが良さそうですね」

「怖いこと言うなよ。俺は今、女将のパルシェートちゃんを円満に連れて帰る方法を考えるので忙しいんだよ」

「そんな事ばかり考えていると、痛い目を見ますよ。昨日もチンピラに襲われたそうではありませんか。自分の身ぐらい、きちんと守っていただかなくては」

「すまんすまん、ちょっといいところを見せようとか思っちゃったのがまずかったんだろうな」

「頼みますよ。それにしても、ずいぶんと儲かってるようですね。これがバーゲンですか」


 どう見ても素人っぽい連中が、ポケットやカバンから溢れんばかりの財宝を抱えて奥から出てくる。

 突然降って湧いた大金って、ロマンがあるよな。

 分不相応な贅沢をして、その後身を持ち崩したりするのも、趣がある。

 人間、だらしなく生きるのが一番だ。


 ……ちょっと現実から目をそらしたくて露悪的になってしまったが、すぐに現実がやってきた。


「ちょっとハニー、何そんなところで引っ込んでるのよ、ほら、行くわよ」


 エディに腕を引っ張られて、再び最前線に連れ出される。

 つらい。

 なんで俺は都なんかに来てしまったんだ。

 フルンの試合が終わったら、さっさと帰ればよかった。


 一通り地図が出来上がったので、俺たちはまっすぐ階段に向かう。

 結局カリスミュウルもついてきているが、今更言っても仕方あるまい。

 透明人形のチアリアールは黙ってカリスミュウルの後ろに控えているし、アンブラールの姐さんは、うちのクメトスと楽しそうに話している。

 平和なもんだ。


 階段の前は小部屋になっており、人だかりができていた。

 階段がつかえているのではなく、どうやらリドル、つまり謎解きがあるらしい。

 久しぶりだな。

 よく見ると階段の前には格子扉があり、リドルを解かないと進めないのだろう。

 ひょひょいと前に躍り出て調べてきたエレンの話では、


「なんか三つの棒に円盤が刺さってて、それをうまく動かすと扉が開くらしいんだけど、誰も開けられないんだ」

「三つの棒?」

「串団子みたいなやつだけどね」


 と言うので人混みをわけて、奥まで行くと、おいてあったのはどう見てもハノイの塔だった。

 学生のときにプログラミングの教材でやったことがある。

 円盤も五枚しかないので簡単だろう。


「ちょいとごめんよ」


 人混みを押し分けて光る円盤をひょこひょこ組み替えていくと、ペカッと光って階段前の格子扉が開いた。


「おお、開いたぞ!」

「すごい、今のは誰だ?」


 などと口々に叫びながらも、一斉に階段になだれ込んでいく。


「ほほう、やるではないか、さすがは我がライバル」

「ハニー、素敵だわ、さすがは私の恋人ね」


 今度は張り合って俺を褒めることにしたのだろうか?

 カリスミュウルとエディに同時に褒められると、だいぶ怖い。

 再びじわじわと距離をとって、フューエルの後ろに隠れることにした。


「どうです、あなた。私の苦労が少しは分かってきたのでは?」

「わかりたくないことってのも、世の中には結構あるよな」

「それを知れただけでも、試練の塔に登ったかいがあるでしょう」

「塔の成果は、手にした財宝で語りたいね」

「なら、そろそろ魔物退治といこうではありませんか。この階はまだ空き部屋がたくさんありますよ。バーゲンというやつは、最初の一戦目が重要なのでしょう?」


 フューエルの言うとおり、階段が開いたばかりで人が少ない。

 今のうちに少し陣取って倒してみよう。

 なんせバーゲンのお宝は、一発目が一番多いらしいからな。


「ねえ、ご主人様、あそこ入ろう!」


 フルンが袖を引くので、試しに入ってみると、教室二つ分ぐらいの部屋に、ノズが五匹ぐらい居た。

 あれ、まだ二階なのに結構やばくね?


「エット、ご主人様をお願いね!」


 とフルンが叫んで、まっすぐ飛び出す。

 半歩遅れてシルビーが、その後をゆっくり歩きながらセスが進む。

 エットは言われたとおり、槍を構えて俺の前に陣取る。

 まだまだ未熟だと思っていたが、エットが小柄な体で腰を深く落として、両手でしっかりを槍を構える姿は、なかなか様になっていた。

 頼もしいな。


 フルンが手近な一匹に飛びかかると、目に見えない速度で抜刀して首筋を切り払う。

 ポーンと跳んだ首が地面に落ちる前に、隣のノズの足に切りつけていた。

 バランスを崩したノズに、フルンの背後から飛び上がったシルビーがさっと横殴りに剣を払うと、頸動脈が断ち切られる。

 その間に、残り三匹は倒されていた。

 こちらはセスがなにかやったのだろうが、気がついたら終わっていたので、何をしたのかはわからなかった。

 俺の隣では出遅れたのか、猫耳のメシャルナちゃんが剣に手をかけたまま固まっていた。


「大丈夫かい?」

「は、はい。どうも実戦は不慣れで……、あの二人は先日の試合よりも明らかに良い動きですね」

「だいぶ実戦慣れしてるからな」

「やはり慣れ、なのでしょうね。それにしても、お師匠のセス先生は……、あれ程の達人、我が師の他に初めてみました」

「そうかい? 他流とはいえ、せっかくの縁だ。しっかり学んでいくといい」

「ありがとうございます」


 俺が偉そうなことを言ってると、魔物の死を確認していたフルンが手を上げる。


「倒したよー、宝箱あるかな?」


 フルンはそう言って部屋を探し回ると、奥から立派な箱を見つけた。

 中はかなりの財宝が詰まっていた。

 こりゃたまらん。


「あとで山分けするとして、一旦俺がしまっとこう。それでいいかい?」


 と尋ねると、猫耳のメシャルナちゃんは、


「お、おねがいします」


 とのことなので、俺はざっくりと内なる館にしまい込んだ。

 急に財宝が消えたので、メシャルナちゃんは驚くが、


「そういう魔法があるんだよ」


 と適当なことを言っておいた。

 しかし、前回は財宝を運び出すのに苦労したが、これなら体力の続く限り回れるな。

 むしろ内なる館で休憩すれば、ずっと中に籠もれるかもしれん。

 籠もりたくないけど。


「よし、次に行くか」

「うん!」


 元気よく返事をしたフルンとならんで、部屋を出ると、別の部屋に一緒に入っていたらしいエディとカリが、宝箱を抱えて出てくる。


「どうした、貴様ら手ぶらではないか」


 とカリスミュウル。


「内なる館にしまっといただけだよ、それよりこっちはノズが五匹も出たぞ」

「こちらはギアントが十匹だな」

「素人にはまずいんじゃないか?」

「ふむ、そうかもしれんな」


 などとのんきに会話していると、近くの部屋から血だるまの男が転がり出てきた。

 慌てて助けに行くと、中では手長の集団が暴れまわっていた。

 ギアントやノズと同様、人型の大きな魔物だ。

 長いリーチで多彩な攻撃を繰り出してくる。

 ギアントの一種と聞いたこともあるな。


「ちょっとここは素人には無理みたいね、魔物は惹きつけるから、あそこで倒れてる連中を引っ張ってきて」


 エディが騎士の顔でそういうと、槍を構えて突進する。

 猛烈な勢いで敵に飛びかかり、そのまま手長の薄い胴を貫くと、魔物の体ごと槍をしごいて、さらにもう一匹貫く。

 そこで槍を手放し、腰の剣を抜き払うと、豪快に手長の群れを威嚇する。

 それで手長の群れは動けなくなってしまう。


 その間に、俺はクロックロンに頼んで倒れてる連中を助け出す。

 かなりボロボロにやられていたが、見かけより傷は浅そうだ。

 もう少し遅れるとやばかったかもしれない。

 エディは救出が終わったと見ると、残りの魔物は放置して下がってきた。


「他の部屋も心配ね。だれか階段のところで案内を出さないと、この先素人が増えたら流石に人死にが出るわよ」

「ふむ、そういう退屈な仕事にうってつけなやつが居るな」

「自分でやるとか言うんじゃないでしょうね」

「他に誰が居ると言うんだ」

「外から青豹の人間を引っ張ってくればいいでしょ! ハニーは私と塔を攻略するのよ!」

「めんどくさい」

「カリといちゃつく余裕はあるのに、私の頼みは聞けないっていうの?」

「誰もいちゃついてないじゃないか、言いがかりだ!」

「いいから、行くわよ!」


 やきもちを焼くエディというのも珍しいな。

 それだけ、カリスミュウルが特別な存在なのか。

 でもまあ、女の子ってこう言うもんだよな。

 従者が特別すぎるんだよ、たぶん。

 怪我人はクロックロンとミラーに任せて運び出してもらい、あとのことは騎士団に任せると、俺達は塔の探索を続けたのだった。

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