第287話 バーゲンふたたび その一
人々がワラワラと試練の塔に吸い込まれていく。
塔が巨大なだけあって、入り口もでかい。
自警団っぽい連中が、整列させようと頑張ってたみたいだが、すぐに諦めて自分たちも中に突入したようだ。
まあ、あれは訓練された騎士団でもないと、仕切れんよな。
そもそも、目の前にお宝の山があるのに指を加えてみてるのは、難しいもんだろう。
しかし、俺はどうしよう。
あんまり、冒険とかしたくないんだけどな。
正直、前と違って金にも困ってないし。
だいたい、なんで今、試練の塔なんだよ。
なんの脈絡もないじゃないか。
元々、そう言うものなのかもしれんが。
うんざりした顔で、視線をうごかすと、あっけにとられて塔を眺める女将のパルシェートちゃんがいた。
「パルシェートちゃん」
声を掛けると、びっくりして飛び上がる。
「は、はい、なんでしょう」
「試練の塔ができれば、大量に冒険者が押し寄せてくる。となると、ここは一等地の宿屋だ。客もたくさん来るから忙しくなるぞ」
「そ、そうでした」
そう言って慌てて宿に入る。
とはいえ、中で寝てる怪我人を追い出すわけにも行かないだろうし、どうしたもんか。
瓦礫の撤去を手伝っていたカプルが戻ってきたので、相談してみる。
「どうしようか」
「なにをどうしたいのか、具体的に聞いてもらわないと困りますわね」
「そうかな」
「とりあえず、内なる館においてある試作品の小屋をコテージ代わりにここの敷地において、宿として貸し出すのはどうです?」
「わかってるじゃないか」
「そういう時も、ありますわ」
というわけで、パルシェートちゃんと相談の上、小屋を四つほど設置して、ちょっといい値段で貸し出すことにする。
その間に、エレンに頼んで近くの病院と話をつけ、怪我の重い人を引き取ってもらった。
設備の整ったところのほうが、怪我人にも良いだろう。
日が暮れる前にはやっと青豹騎士団もやってきて、事態の沈静化にかかるのだが、見ると例の団長の側にローンがいた。
都の警備が任務である青豹騎士団は、冒険者相手に試練の塔の管理をやったことなどないらしく、アドバイザーとして呼び出されたらしい。
そんな様子をぼんやり眺めていると、フルンたちが帰ってきた。
少し落ち着いたので、試合を見に行っていたのだ。
そういや、今日が最終日だったな。
「最後の方の試合だけみたけど、あんまり人居なかった。大会に出てた人とか、みんな試練の塔に行ったみたい」
とフルン。
「まあ、そりゃそうだよな。道場の連中はどうだった?」
「うん、レンダーが準決勝で負けた、惜しかった」
「そうか」
名前を聞いても顔が出てこないが、まあ仕方あるまい。
たぶんオッサンのたぐいだろう。
「道場のみんなは、これから塔に行ってみるんだって。私達も行ってもいいかな?」
私達というのは、フルン達三人にくわえて、例のメシャルナとラランの剣士コンビのことのようだ。
この二人は、今はエディの屋敷に寝泊まりしている。
引率として、セスも行くようだが、侍ばかりじゃな。
「行くのはいいが、お前たちだけじゃなあ。回復役のレーンかエーメスでもついてくれればいいんだが、今、怪我人を近くの病院に移すために出てるんだよな」
「そっかー、じゃあ、私達も手伝ったほうがいいかな?」
「いや、人手は足りてるんだけどな。どうしようか」
と悩んでいると、いつもの色っぽい声が飛んできた。
「はーい、ハニー。今から一緒に試練の塔に登らない?」
そう言って現れたエディは、まるで冒険者みたいな出立ちだった。
やる気満々だな。
「いろいろあって、カリより先に塔を攻略することになったから、ぜひ手伝って頂戴」
「この大変な時期に、のんきだな」
「ローンを貸し出してるんだから、十分すぎるぐらいよ。これ以上は越権だもの。白象の時とはわけが違うわよ」
「そんなもんか。ちょうどフルンたちが行きたがってたから、連れてってやってくれよ」
「ハニーは?」
「俺は面倒でなあ……」
と断ろうとしたら、宿からフューエルが出てきた。
こちらもフル装備だ。
「あなた、まだそんな格好をしていたのですか。救助の方が一区切りついたのですから、我々も探索に行きますよ」
「まじかよ、お前たちだけで十分だろう」
「なにを言っているのです、ちょうどよい予行演習ではありませんか」
「旅の途中で何度もやったから大丈夫だよ」
「それは去年の話でしょう。さあ、早く支度をしてください。塔のお宝は待ってはくれませんよ」
フューエルまでやる気満々だと、どうにもなるまい。
諦めて宿に戻って支度を整える。
一応、冒険装備は持ってきてるんだよな。
それにしても、めんどくさい。
この都という土地は、とことん俺には向いてないなあ、とぼやきながら支度を終えると、女将のパルシェートちゃんが、心配そうな顔でやってきた。
「塔に登られるんですね」
「ちょっと付き合いでね」
「あの、どうか気をつけて。これ、ありあわせで作ったお弁当です。全員には足りないかもしれませんけど……」
ああ、彼女こそは、都唯一の癒しだなあ。
彼女に余計な心配をさせないように、目一杯探索では手を抜いて、さっさと帰ってくるとしよう。
結局、十人超えの大所帯でぞろぞろと試練の塔に向かう。
スラムの怪我人が増えたら困るので、レーンとクメトスは残すことにした。
代わりに俺の護衛、兼回復役にエーメスを連れて行くことに。
セスやコルスは年少侍集団の引率があるから、あまり俺が面倒をかけるわけにもいくまい。
エディも回復呪文が使えるし、回復が足りないことはないだろう。
例のごとく入り口は混んでいて、青豹の連中がぎこちなく列整理をやっていた。
「あんまり仕切れてないわね、まあ、あんなもんでしょうけど」
とエディ。
「よくやってるんじゃないか? ほら、ローンがこっちを睨んでるぞ」
「ハニーが手を振ってあげると、喜ぶんじゃない?」
「そんな物騒な真似ができるか。とっとと列に並ぼうぜ」
「仕方ないわね、最後尾はどこかしら?」
素人っぽい連中をベテラン冒険者が仕切って、どうにか形成された列の最後尾にたどり着くと、見慣れた顔がいた。
「ふん、今更来おったか、エンディミュウム」
「カリ! あなたこそ、どうみても今、来たんじゃない!」
「うるさい、三分は早い!」
楽しそうだなあ。
俺は気が重い。
エディは楽しそうに喧嘩してるし、フューエルはこんな立派な試練の塔は初めてなどと言いながら、デュースと楽しそうに話している。
ますます気が重い。
メシャルナとラランの二人も、本格的な冒険は初めてらしく、フルンに一生懸命話を聞いていた。
俺は考えるのをやめて、薄暗くなってきた都の空を眺める。
星が綺麗だなあ。
留守番組は、何してるかなあ。
「マスター、燕からの念話です」
紅が急に話しかけてきて、我に返る。
「おう、いいぞ」
と答えると、すぐに脳内に声が響く。
(そっちはどう? なんか楽しいことあった?)
「面倒なことばかりだよ」
(あらそう。ところで、サリスベーラが何やらお告げを受けて、都でポラミウルが奇跡を起こすらしいわよ)
「それならもう起きてるよ、目の前にでっかい試練の塔が生えてきた」
(へえ、塔を作ったのね、でもあれって降臨するときの目印みたいなものかと思ってたけど、そうでもないのね。あの子すでに降臨してるんだし)
「細かいことはわからんが、今から仕方なく登ってみるよ。攻略できれば、なにか話が聞けるかもしれん」
(そうなのね。で、サリスベーラが行きたいって言ってるから、明日の朝一で出発するわ。高速馬車を仕立てれば、夜遅くには着くらしいわよ)
「そうか、気をつけてな」
(じゃあ、何かあったらまた連絡するわ)
と言って、念話は途絶えた。
新人巫女のサリスベーラは発掘やら出土した御神体を祀るとかで忙しいから、置いてきたんだよな。
普通は新人を優先して同行させるんだけど。
同じくフェルパテットやメーナもつれてきてやりたかったが、魔族ってことで今回はパスしたんだけど、連れてこなくて正解だったな。
逆にネールぐらいは連れてきとけば、もう少し回復役の工面で苦労しなかったかもなあ。
と言っても、ただの都見物のつもりだったからなあ。
「燕は何を言ってきたのです?」
そう尋ねるフューエルに説明する。
「そうでしたか、ではこの塔はその女神が作られたのですね。ウル派の塔だとすると、かなり敵は手強いかもしれません」
「そんなもんか。それにしても、でかい塔だなあ」
見上げた塔は、今までのそれよりも明らかにでかい。
魔界の女神の柱に比べれば、まだ小さいが、それでも直径は百メートル以上はありそうだし、高さも相当ある。
高さは都の壁と同程度なので、数百メートルはあるだろう。
中の構造にも寄るが、百階ぐらいあってもおかしくない。
登るだけで気が遠くなりそうだ。
こりゃあ、都は冒険者であふれるだろうなあ。
冒険者は古代種も多いので、都も変わるかもしれない。
あるいは女神はそこを見越してこの場所に塔を……ってのは考えすぎかな。
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