第286話 老騎士
突如俺達の前に現れたのは、黄金の甲冑に身を包んだ老騎士だった。
騎乗の騎士は、こちらにゆっくりと馬を向ける。
「むう、カイオンではないか、面倒なやつが出てきおったな。」
近づく黄金騎士に気がついたカリスミュウルがそうつぶやくと、エディも争いをやめて、
「あら、ほんとう。金獅子の老将軍自ら、なんのようかしら」
ごつい馬にごつい甲冑をつけた爺さんがドーンとあらわれ、馬から降りると、よく通る声でこう言った。
「勅命である! 万民の力を結集し、かかる困難を克服せよ!」
そう宣言すると、いつの間にかそばに置かれた椅子にズーンと腰掛ける。
まためんどくさそうなのが現れたなあ、というのが俺の忌憚ない意見なわけだが、そんな俺の気持ちは無視して、カリスミュウルが難癖をつけ始めた。
「カイオン! 貴公、なにをしにきた、ここは私が仕切っておる!」
それを遮るようにエディが、
「それはこちらのセリフよ! ここは私が!」
と張り合う。
エディも普段は年相応の貫禄があるのに、どうもカリスミュウルの前だと頼りないな。
だが、老騎士はそんな小娘二人は歯牙にもかけず、改めて、
「勅命である!」
と言った。
勅命ってことは王様直々の命令ってことだよな、いくらあの二人でも素直に従うほうがいいんじゃないのかな。
などと思っている間も、エディとカリスミュウルの二人は、ガミガミと食って掛かっていた。
やがて老騎士はしびれを切らしたのか、手にした槍の石づきをズンと地面に打ち鳴らすと、
「勅命であるっ!」
周りの人間がひっくり返るぐらいの大声で、そう叫んだ。
流石に二人もひるんだのか、それで何も言わなくなってしまった。
まあいいや、俺は避難民の様子でも見よう。
このあたりは町外れなので空き地も多く、火をおこして毛布を配れば、ある程度は勝手に暖を取ってくれているようだ。
怪我人もいたが、火で焼かれたのではなく、逃げる途中でころんだとからしい。
といっても骨折した重症の人もいるので、近所の物置小屋や宿にいれて、治療のできる人間をあてがっている。
朝まではそれでしのげるだろうか。
などと考えていたら、エレンがやってきた。
「ひとまず、避難の目処はついたみたいだね」
「そりゃよかった」
「となると、今度は不平不満が出てくるから、そうなる前に口に食い物を詰め込んでやらないと」
「なるほど」
「というわけで、炊き出しをしたいんだけど、時間も時間でブツを工面できなくて困ってるんだ、どうにかならないかな」
「地元のアルサならともかく、ここじゃなあ。こう言う場合は、地元民にどうにかしてもらうべきだろう」
というわけで、エディとカリスミュウルのところに戻ると、二人はムスッとした顔で突っ立っていた。
子供かよ、まったく。
「おい、二人共。食い物が足りん、どっかで仕入れてきてくれ」
「急に言われても、ここにはうちの備蓄はないわよ」
とエディが言うと、カリスミュウルも、
「私とて、そのような伝手はないわ」
という。
「勅命なんだろう、なんでも徴発してくりゃいいじゃねえか」
「それもそうね、カリ、あなたはそこで指でも加えてなさい、避難者の空腹は、私が満たすわ、オホホホホ」
「あ、こら、まて、私も行くに決まっておろうが」
エディってあんな性格だったっけ、女はわからんなあ、と思いつつ、走り去る二人を見送った。
一方のなんとかという老騎士は、微動だにせず座っている。
下手に話しかけたりしないほうがいいだろうな。
一息入れようと宿に戻ると、さっき大活躍したデュースがへばっていた。
「大丈夫か? アレぐらいでバテるなんてめずらしいな」
「どーも最近、すぐに息が上がってー、年ですねー」
「運動不足じゃないのか? 初めてあった頃より、明らかに丸くなっただろう」
「痛いところをつきますねー、ところで、表はどうなってますかー」
「なんかカイオンとかいう騎士の爺さんが来て、場を仕切ってるぞ」
「ははぁ、北伐大将軍みずから出張るとはー、陛下の肝いりでしょうかー」
「勅命とか言ってたな。どんな人物だ?」
「かれこれ四半世紀ほど前にー、ローゼルとの戦で手柄を立てた名将軍ですねー」
「めんどくさそうだな」
「そうですねー、とにかく疲れたのでー、少し休ませてもらいますねー」
「おう、おつかれさん」
その夜は、どうにかそのままやり過ごすことができそうだと判断し、俺も軽く仮眠をとることにした。
疲れてたのか、少し寝過ごして昼前に起きると、また面倒なことになっていた。
エディたちが仕入れた食料での炊き出しは順調に進み、夜が明ける頃には街の方からも支援が入るようになった。
それで一件落着かと思ったら、火事のどさくさに紛れて、地上げ屋っぽい連中が焼け跡に居座り、それを追い出そうとしたスラムの住民と一触即発の状況らしい。
で、焼け野原の瓦礫のど真ん中には例の老騎士が陣取り、スラム民と地上げ屋が対峙しているというわけだ。
「現在、状況は膠着中。先程の早馬で、もうすぐ青豹騎士団が戻ると連絡があったので、ひとまず強制的に双方を退去させることになるかと」
と説明してくれたのは赤竜参謀のローンだった。
眠そうなのは、昨夜エディの代わりに実務を仕切っていたかららしい。
そのエディはさっき家に帰って寝たそうだ。
「なんで、こんな事になってるんだろうな」
「それはこちらがお聞きしたいぐらいです」
「誰か答えてくれるやつがいれば、良かったのにな」
「残念ながら、万能の解決法を知っている聖人など、どこにも居ないものですよ」
「もっともだ。となれば、我々人間は地を這う亀のようにノソノソと一歩ずつ解決に歩み寄るしかないわけだが……」
などと話すうちに、何やら地響きがしてきた。
青豹が到着したんだろうか。
大軍が行進するような、腹の底から響く、鈍い音だ。
えらい大規模な騎士団だな。
いや、なんかおかしいぞ。
そんなでかい軍隊はどこにも見えない。
じわじわと、へんな気配もするし。
そこにデュースが起き出してきた。
「ふわー、我ながら、よく寝ましたねー」
「おはよう、調子はどうだ?」
「お腹が空きましたねー、こう言うときはテナの焼いた分厚いホットケーキでもー、ってなんですかこの気配はー」
「そうだろ、なんか変な気配がするよな」
「なんですかねー、これ」
「なんだろうな、って前もそんな会話をしたような?」
「あー、それは試練の塔ができた時のー、ってこれもそうじゃないですかー?」
「え、まじで?」
「あー、これは来ますねー、しかもでかいですねー、みんなを集めて避難させないとー」
「まじかよ!」
答えると同時に、地響きは大きな縦揺れとなり、立っているのも難しいほどに揺れだした。
思わず隣りにいたローンにしがみつく。
「なにをなさるんです」
「なにって、俺みたいな頼りない市民を守るのも騎士の勤めじゃないのか」
「紳士は市民のうちに入りません、離してください」
「そういわずに、せめて揺れが収まるまで、あわわ」
俺が天性の不甲斐なさを発揮してる間に、ちょうど焼け野原になった跡地に巨大な試練の塔がにょきにょきと生えてきた。
さっきまで、あそこに例の老騎士がいたんじゃなかったっけ?
ってそれどころじゃないな。
時間にすれば数十秒だが、激しい揺れが収まると、巨大な試練の塔がそびえ立っていた。
皆、無言で塔を眺める。
「わーっ!」
しばしの静寂の後に、雄叫びが上がったかと思うと、周りに居た連中はみんな一斉に塔に向かって走り出した。
冒険者風の連中は言うに及ばず、さっきまでいがみ合っていたスラム民や地上げ屋も、棍棒だのなんだのを手に突っ込んでいく。
現金なもんだ。
まあ、バーゲンだしな。
うまくいけば庶民が一生遊んで暮らせるお宝がゲットできるかもしれんのだから。
「あーあ、こりゃ地上げどころじゃねえな」
「そのようですね、それよりも、そろそろ離してくださってもよいのでは?」
「おっとこりゃ失敬、おかげで助かったよ」
「どういたしまして」
「それより、あれだけ揺れたら怪我人も居るだろう。欲の皮の突っ張った連中はほっといて、どうにかしてやってくれ」
「そうでした。といっても、ここに部隊を持ってくるわけには行きませんが、青豹が戻るまでに、できる限り手配をしておきましょう」
「たのむ、こっちもできるだけやっとくよ」
ミラーとクロックロンを全員、内なる館からだして、救助に当たらせた。
指揮はエレンとレーンがうまくやってくれるようだ。
そうするうちに、フューエルたちも表に出てきた。
「おう、そっちは大丈夫か?」
「ええ、宿で全員確認してきました。それにしても、試練の塔とは……」
「前にも出くわしたことがあるが、この塔はかなりでかいな」
今までの塔の数倍の直径がある。
高さも相当なものだった。
「これほどの塔は見たことがありません、さぞお宝も多いのでしょうが」
「潜ってみるか?」
「やることが片付いてからですよ。被害を確認するのでしょう」
「今、エレンたちに頼んだよ」
「では、怪我人を受け入れる準備をしておかないと。と言っても、昨夜の分だけで、宿もいっぱいですが」
「そうだなあ」
これだけのものが突然飛びだしたにしては、むしろ揺れは穏やかだったと言えるが、それなりに被害はあった。
特にスラムの方は結構倒壊したようだ。
ただ、幸か不幸か、火事騒ぎでみんな避難していたので、倒壊に巻き込まれた人は居ないらしい。
怪我人はほとんどが転んだり、破片で怪我をした、と言ったものだった。
やがて神官や医者みたいな連中も集まってきて、避難キャンプが出来上がっていく。
ここまで来ると、もうあまり手を出さなくても大丈夫だろう。
さて、どうしたもんか。
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