第283話 とうもろこし

 午後は本大会の予選があるのだが、俺はもう見飽きたので、都で遊ぶことにする。

 フルンや、炎閃流のメシャルナちゃんたちは剣士だけあって試合が気になるようで、見学に行くとのことだ。

 そちらはセスとコルスに任せて、俺はフューエルやエディを伴って、街に出た。

 まずはカプルの案内で、家具屋に向かう。

 すっかり忘れてたが、俺の書斎用家具を見に行くという話をしてたんだった。

 訪れた店は、たしかに立派なものだったが、どうも俺の好みに合わない。

 バロック建築みたいな派手でごてごてした装飾が流行りらしく、確かに見栄えはするんだけど、そんな机に向かってリラックスできる自信がなかった。

 かと言って、どういうのがいいかと言われても困るんだけど。


「すまんな、せっかく連れてきてもらったのに」


 俺が謝るとカプルが、


「いえ、それでもわかったこともありますわ」

「というと?」

「ご主人様には、具体的に欲しい家具のビジョンがなさそうだということですわ」

「たしかに」

「そういう場合、有名ブランドの高級品を揃えれば、大抵の方は満足なさるのですけど、ご主人様の場合、そういうところにステータスを感じていただけないのが困りどころですわね」

「そうかな? まあ、そうかもしれん」

「となると、ご主人様好みの家具職人をナンパしていただくのが、手っ取り早いですわねえ」

「それはいいアイデアだな」


 その後、都を覆う壁を見に行く。

 やはりフューエルやエディは、壁には近づけない。

 ホロアであるカプルなども、難しいようだ。

 俺はちょっと頭が重いぐらいでそんなに気にならないので、何がだめなのかがよくわからないんだけど。


「しかし、こうしてみるとステンレス製のただの壁だな」


 と言うと、エディが、


「そうねえ、気にしたことなかったけど。都の人間はあまり近づかないから、漠然と鬱陶しいものぐらいにしか思ってないわね」

「一応、先に確認しておきたいんだが、もし俺があの壁を取り除いたり、機能を無効化したら、まずかったりするかな?」

「どうかしら、邪魔なのは確かだけど、建前としては国防の要ってことになってるし、一概には言えないわね」

「頼りないな」

「仕方ないじゃない。立場上滅多なことは言えないのよ」

「しょうがねえなあ。調査だけのつもりで迂闊に乗り込んで、勝手に壊れる可能性もあるしな」

「頼りないわね」

「うーん、なんだか手を出さないほうがいい気がしてきたぞ。だいたい、この街は相性が悪い。何かしてやる義理もないしな」

「じゃあ、もっと景気のいいところで遊びましょ」


 というわけで、俺達は都の豪勢なカジノに向かった。

 景気の良い施設はだいたい、壁の外にあるようだ。

 まあ、壁の中みたいに辛気臭いところで、酒や博打を楽しむ気にはならんわな。


 カジノと言っても、博打は提供されるエンターテイメントの一つに過ぎず、様々なショーや食事が提供されていた。

 有名歌手のステージに喝采を贈り、サーカスの際どい芸に肝を冷やし、バーで一息つく。

 美人で露出度の高いネーチャンからマティーニを受け取ると、なんだかいい匂いがした。

 思わず鼻の下が伸びた所で、フューエルに尻をつねられる。

 都もいいとこ有るじゃないか。

 ちょっと見直したよ。


 口の中でオリーブを転がしながら、そんなことを考えていると、店のものがエディに言付けを持ってきた。


「あら、また野暮用みたい。夕食までには戻るから」


 と言って、出ていってしまった。

 割と忙しいよな。

 忙しい中に、俺と遊ぶ時間を作ってくれてるんだろう。

 そういえば結婚前のフューエルもそうだったなあ。

 自立した女性の、そうしたいじらしさに、おじさんは弱いんだよ。


 時刻は四時頃だろうか。

 このまま、ここで時間を潰してもいいが、せっかくなので日が暮れるまでの僅かな時間、もう少し都を見て回りたい気もする。


「といっても、私もそれほど都に詳しくはないですよ」


 とフューエル。


「観光ツアーはないのか?」

「観光ツアーとは?」

「ガイドが客を率いて名所を案内してくれるんだ」

「有名な避暑地などではそういうサービスもあった気がしますが、都ではどうでしょう?」

「貸し切り馬車で案内しながら回ってくれるだけでもいいんだけどな」

「頼んでおけば、用意できると思いますよ。ただ、明日以降になるでしょう」

「ふむ、じゃあ仕方ない。ブラブラ歩くか」


 壁の内側は避けて、外側を歩く。

 活気はあるんだけど、なんかみんな疲れてる感じで、国の中心がこれで大丈夫なのかな、という気もする。


「都は政治の中心ではありますが、経済の中心であったことは一度もないのです。詳しくはありませんが、商売の規模で言っても、ここはアルサの半分もないのでは?」

「それでいいのか?」

「わかりませんよ。この国は昔からそれほど王権が強いわけではないのですよ。世襲でもありませんし。かつてはあちこちに軍閥がはびこり、神殿や大商人と組んで好きにやっていた時代もあったそうです。今も騎士団の独立性が高いのは、その頃の名残だとか」

「ふーん」

「あなたの言うとおり、壁に元凶があるのであれば、どうにかして取り除く必要があるかもしれませんね」

「いや、都を移すほうが、楽じゃないのか?」

「それは、そうなのですが、建国以来の首都ですし。それにこれだけの人数を移動させるのは、ちょっと無理では?」

「そうかもしれんが」

「先祖伝来の土地への執着というものは、思いの外強いようで。以前水害で崩壊した村の住民を条件のいい土地に移住させようとしたのですが、頑なに拒むもので、途方に暮れたことがあります。結局ずいぶんと金をかけて、治水からやり直したのですよ」

「大変だなあ……」


 などとちっとも大変そうじゃない生返事を返しながら、大通りを抜けて、広場に出た。

 中央に噴水があり、円形に屋台が取り囲む。

 どこの街でもよくあるやつだ。

 沿岸部に比べると古代種の数が少ないが、まったくいないわけではない。

 獣人だって多少はいるが、やはり遠慮して生きてるような、影を感じる。

 この街はやっぱり俺向けじゃないな。


 屋台に季節外れの焼きもろこしがあったので買ってみる。

 なかなかうまい。

 フューエルにも勧めたが、何故か食べなかった。


「都では、そういうことは憚られるのです」

「貴族様は大変だねえ」

「私も貴族をやめて、ただの紳士の妻にしておけば、もっと気楽に生きられそうですね」

「そうだろう、人間気楽に生きるのが一番だよ、ほら、あいつみたいに」


 と視線の先にいた人物を指差す。

 そこには俺と同様、とうもろこしを丸齧りしているフード姿の女の子がいた。

 もちろん、カリスミュウルだ。

 俺の姿に気がつくと、慌てて食べさしのとうもろこしを隠す。


「な、何をしておる、貴様」

「見ての通りだよ、お前こそこんなところで何やってんだ。世間の目が気にならないのか?」

「ふん、どうせ私の顔など誰も知らぬ。公の場に出ることもほとんど無いからな」

「いいのか? もっと国民にアピールしとかないと、選挙で不利になるぞ」

「大きなお世話だ、まったく」

「ゴネるのはいいが、歯にとうもろこしが挟まってるぞ」

「むぐぐ、うるさい、これだからとうもろこしは!」

「うまいもんは黙って食え。それより連れはそっちの彼女だけか。アンブラールの姐さんは?」


 見ると彼女の横には透明人形のチアリアールしかいなかった。


「あれは今、実家に顔を出しておる。さぞ絞られておることだろうよ」

「へえ、実家ねえ。そういえば、前に彼女の妹さんにあったよ。随分堅物で見た目は正反対って感じだったな」

「ふん」

「けど、お前らのことを随分心配してたぞ。あんまり人に、心配かけるなよ」

「わかっておる! まったく、そういう当たり前のことを当たり前に言うやつがあるか! もっと回りくどく取り繕いながら婉曲に言え!」

「ははは、紳士ともあろうものが、そんな面倒なことができるか」

「都合のいいときだけ紳士になりおって! 舌の回りだけは海千山千の貴族共にも引けを取らぬくせに」


 などと言いながら、もぐもぐ食べるカリスミュウル。


「それで貴様、何をしているのだ。剣術大会ではなかったのか?」

「ああ、それはもう終わったからな。うちのちっこいのが子供の部に出ててな。残念ながら、優勝は逃したよ」

「あのグッグの小娘であろう」

「見てたのか」

「相方は、先ごろ話題になっていたスーベレーン家の娘だそうではないか。貴様が付いていながら、なにゆえあのような場でさらし者にするのだ! 名家の娘なら御前試合に出せばよかろうに」

「そりゃあ、彼女が出たいって言ったからさ。あの子が頼れるのは、剣しか無いからな」

「貴族の子女が騎士にもならず剣で身を立てるなどと、そのような甘い夢など、たやすく叶うものではあるまい」

「そうさ、だから少しでも長く、彼女が夢を見続けられるように、俺がついてるんだよ」

「ふん」


 と苦々しく返事をしてから、カリスミュウルが歯に詰まったとうもろこしのカスをペッと吐き捨てると、透明人形のチアリアールにペシリと叩かれた。


「あいたっ」

「お行儀の悪いことを」

「う、うるさい、これはこうやって食べるのだ」

「クリュウ殿はもっとお上手に食べているでしょう。あなたもライバルを見習いなさい」

「うぐぐ……」

「それよりも、他に話すことがあるのでは?」

「む、そうであった。おい、クリュウ」


 と改まってふんぞり返るカリスミュウル。


「お主、あのように獣人を連れておっては、宿にも難儀しておろう。先日の礼を兼ねて、我が屋敷に招待してやってもいいぞ」

「ははは、敵に塩を送るというわけか」

「その通りだ、なんといっても私は偉大な紳士だからな」

「だが俺はライバルの情けなど受けぬ。たとえ雨露を凌ぐ屋根がなくとも、誰に依ることもなく自ら立って歩むのだ」

「何を偉そうなことを」

「まあ、ちゃんと宿は取れたし、なんならエディの所にでも世話になるから、別に困ってないんだけどな」

「なっ、何故貴様はよりにもよって、あやつの所に行くのだ!」

「何故って言われても、普通ライバルよりガールフレンドを頼むだろう」

「むぎぎ、貴様のようなやつに情けをかけてやろうとしたのが間違いであったわ、帰る!」


 と言って、スタスタ歩き去ってしまった。

 かわいいなあ。

 きっとなにか噂でも聞いて、俺が宿に困ってるんじゃないかと心配して、探してたのかもしれない。

 悪いことをしたな。

 だが、彼女は俺の終生のライバルだ。

 甘い顔を見せる訳にはいかない。

 反応がいちいち可愛いので、からかいたくなるわけじゃないぞ。

 あくまでライバルとしてリスペクトしているのだ。

 彼女に手を振って見送っていると、いつの間にかフューエルもとうもろこしを食べ始めていた。


「どうだ、うまいだろう」

「ええ、食べねばやってられませんでしたので」

「ははは、苦労をかけるなあ」

「どうだか」


 ご機嫌斜めの奥さんをなだめながら、俺達はエディの家へと戻るのだった。




 屋敷に戻ると、エディはまだ帰っておらず、代わりにローンがいた。


「これは紳士様、午前の試合は残念でしたね」

「まあ、十分力はつくしたさ。あの子たちはまだ戻ってないのかな?」

「先程使いが来て、宿の方で休んでいるそうです」

「そうか、ところで君は?」

「私は少々打ち合わせで。夜までにはエツレヤアンに戻らなければなりません」

「そりゃあ、おつかれさん。そういえば忘れてたけど、君のおじさんに会ったよ」

「おじ?」

「誰だっけ、えーと」


 男の名前を覚えるのが苦手な俺の代わりにフューエルが答えてくれる。


「道中でカリス辺境伯を馬車にお乗せしまして。馬車が壊れて往生しておられたので」

「そうでしたか、それはとんだご迷惑を」

「いえ、あのお方には、父も随分とお世話になったと聞いていたので」

「それで、今はどこに?」

「アルツェナの町で別れましたが、都に向かうとおっしゃっておられました」

「そうですか……」


 ローンはよく似合う眼鏡をくいっと指で持ち上げて、一瞬悩む素振りを見せるが、すぐに表情を変えてこう言った。


「滞在中に、何かアプローチがあるかもしれませんが、あの御仁は紳士様とは別の方向でしたたかな人物ですので、あまり額面通りに話を聞かないほうが、良いかと思います」

「せっかくの君の忠告だ、憶えておくよ」


 俺のしたたかな方向ってどっち向きだろうな。

 女の子方面には誠実で通ってるはずだしなあ。


 結局、エディはその日は都合がつかなかったので、俺達は宿に戻って過ごした。

 明日はどうしようかな。

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