第282話 炎閃流

「すごかった! あの技、すごかった!」


 控室まで会いに行くと、フルンは今朝とは一転して興奮気味に叫んでいた。

 どうやら、あの最後の技が相当気に入ったらしい。

 シルビーも、やはり頬を紅潮させて、


「エディの言ったとおり、あれはかけがえのない経験となりました。今日の立合いは、きっと生涯忘れ得ぬものとなるでしょう」


 という。

 少なくとも慰める必要はなさそうだな。


「ねえ、挨拶に行っていいかな? 控室どこだろう」


 とフルンは興奮しっぱなしだ。


「ここじゃないのか、そのへんのスタッフに聞いてみたらどうだ?」


 というわけで、相手の控室を聞き出し、ぞろぞろと乗り込んでいった。


「こんにちは! お話させてもらっていい?」


 フルンが突撃すると、凄腕エィタ族の猫耳娘は顔を真赤にしてうつむいて、もじもじと応える。


「え、あの、わたし、その……」

「さっきの試合、すごかったからお礼言いたかったの、ありがとうございます」

「う、うん、その、こっちこそ、その」


 フルンを倒したにしては、奥ゆかしいと言うか、控えめな子だな。

 ちょろいタイプだろうか。


「私フルンって言うの、こっちはシルビー」

「えっと、私、メシャルナ……です。連れがラランで」

「メシャルナの最後の技、すごかった。あれ、なんて技? あ、聞いちゃだめだったら答えなくてもいいけど」

「あ、あれは、炎閃流奥義『泡沫』っていうの、秘技じゃないから、その……」

「そっかー、あれ、すごいよね。剣が一瞬でなんども往復して光の膜みたいに見えた! あっと思ったときにはもう避けられなくて、ひっくり返ってた」

「うん、本当は剣筋が見えるってことは、まだ遅いんだけど、今の私にはアレが精一杯で」

「そうなんだ」

「あの、でもラランがやられたから、これしかないと思って」

「そうだ、ララン、お腹大丈夫?」


 今度はグッグ族の巨乳ちゃんに話しかけると、こちらは素朴でぶっきらぼうな感じでこう答えた。


「大丈夫、グッグの体はアレぐらいじゃ壊れない」


 静かな口調が醸し出す雰囲気は、隠れ里のウェルパテットにも似ているな。

 グッグ族って、こう言うタイプが普通なんだろうか。

 前から思ってたけど、フルンはエレンに似たんだろうな。

 エレンから盗賊のシニカルさを抜いたら、案外フルンみたいな天真爛漫な少女になる気もする。

 本人にそんなこと言ったら、寝てる間に尻の毛を全部ひっこぬかれそうだが。

 俺が間抜けな妄想をしている間に、フルンは朗らかに会話を続けていた。


「うん! でも、痛いよね」

「そうだな、ちょっと痛かった」

「やっぱり!」


 と言って二人が笑うと、エィタ族のメシャルナやシルビーも笑う。

 和んだところでセスが話しかけた。


「二人の師でセスと申します。見事なお手並みで、二人にも良い経験をさせていただきました」


 と言うと二人も改まって、メシャルナちゃんが挨拶を返す。


「これは、ご丁寧に。私どもも良い試合を経験できました。師に成り代わり、お礼申し上げます」

「今日はお二人のお師殿はお見えではないのですか?」

「はい。高齢故に長旅は堪えると」

「さようか。何処の道場に?」

「道場と申しても、小さなものでして。ナモルの町外れにあばら家がありまして、そこで我々二人だけが学んでおります」


 猫耳のメシャルナちゃんは、フルンより一つ二つ年上だろうか、ずいぶんしっかりしてるな。

 まあフルンも振る舞いが子供っぽいだけで、中身はしっかりしてると思うけど。

 そんな世間話をするうちに、表彰となった。

 せっかくの晴れ舞台だが、あまり拍手喝采とならないのは、年少の部だからと言うだけではなく、優勝したのが獣人だからだろう。

 癪なので、立ち上がってみんなの分まで俺が拍手をしておいた。


「普通であれば、年少の部で優勝すれば、騎士団などから誘いの声がかかるものですが、あの二人では難しいでしょうね」


 クメトスもそう話す。

 獣人も大変だな。


「剣だけではありません。チェスの大会でも優勝すれば、貴族のパトロンがつき、そのまま社交界でもてはやされるものですが、イミアもその祖父殿も、獣人故になんの恩恵も受けられてはいなかったようですし」

「そうなのか」

「もっとも、そのおかげでイミアはご主人様に仕える機会を得たのだと思えば、十分かもしれませんが」

「まあ、済んだ話はいいさ。となると、あの二人も誰に祝ってもらえるわけでもないかもしれんな。よし、フルン達と一緒に、あの子達も祝ってやろう。早速声をかけに行くぞ」


 と改めて二人の控室に乗り込む。

 最初は恐縮していたが、都に知り合いもおらず、飲食店でさえ入りづらいので苦労していたらしい。

 フルンが熱心に口説いたこともあって、明後日の試合が終わるまで、二人の面倒を引き受けることになった。


「引き受けるって、結局面倒見るのは私じゃない!」


 とエディ。

 まあ、彼女の言うとおり、実際にはエディに丸投げするんだけど。

 もてなそうにも、俺達もよそ者だから、わからんのだよな。


「頼むよダーリン。なんせフルンのお気に入りの友達だ」

「別にいいけど、じゃあ、私が騎士団に誘ってもいいわよね?」

「そりゃあ、本人次第だからな。そのかわり、うっかりどっかの紳士の従者になっても恨むなよ」

「だめよ」

「けち!」

「どっちがよ! うちは万年人手不足なの!」


 エディがOKしてくれたので、まずは豪勢なランチに出向いた。

 といっても、店には入りづらいので、エディの別宅だ。


「あのう、こんな立派なお屋敷に入っても、大丈夫なんでしょうか」


 というエィタ剣士のメシャルナちゃんに、


「大丈夫大丈夫、この屋敷の主は君たちのような若く才能のある剣客に、援助を惜しまないんだ」


 俺がそう言うと、エディも、


「ようこそ、実にいい試合だったわ。あの試合だけでも、歓迎に値するもの。ゆっくりくつろいでいってね」


 と、にこやかに迎え入れる。

 スカウトする気満々だな。

 幸い、この屋敷は別宅と言うだけあって、フューエルの家よりも地味でこじんまりしている。

 恐縮しすぎるということもないだろう。

 食卓につく頃には、二人の若き剣士もリラックスしていた。


「じゃあ、二人共孤児で、その先生に世話になってるわけか」

「はい。私が七年、ラランが三年ほどになります」

「それで、今度の大会には腕試しに?」

「それもあります。実際、とても良い試合ができましたし。あと……」

「うん」

「運良く賞金がもらえたら、師に療養してもらおうかと」

「悪いのかい?」

「持病のたぐいは無いのですが、もう、お年なので。それで最近は稽古も見てやることができん、ちと早いが……と折紙を頂きまして。あわよくば仕官の口でも、と思ったのですが……やっぱり獣人では無理みたいですね。都に出たのは初めてなんですが、こんなに不自由だとは思ってませんでした」

「そうだなあ、俺も始めて来たんだけど、ひどいもんだよな」

「フルンさんは、あなたの従者なんですね」

「そうなんだ、よく尽くしてくれてるよ」

「そういえば、彼女との試合だけは、野次が飛んでこなくて、すごく集中できました。なんでだったんでしょう」


 どうやら、例のアナウンスは聞いてなかったようだ。


「パートナーのシルビーが貴族だから、気を使ったんじゃないかな?」

「そ、そうだったんですか。し、失礼をしてなかったでしょうか」

「大丈夫、俺達の住んでるアルサのあたりじゃ、あまり種族は気にしないからね。獣人でも普通にしてればそれで大丈夫さ」

「そうらしいですね。うちのあたりもここまでじゃなくて」

「仕事を探すなら、沿岸部がおすすめだよ」


 と言うと、優雅にワインを飲んでいたエディが、ここぞとばかりに提案する。


「もし、騎士に興味があるなら、赤竜騎士団に獣人を集めた部隊があるから、紹介できるわよ」

「き、騎士!? そんな、私達なんて……」

「そうかしら、腕は申し分ないし、万年人手不足で困ってるの」

「あの、エディ……様も騎士でいらっしゃるんですか?」

「まあ、一応騎士の、見習いみたいなもんよ」

「騎士様って、こんな立派なお屋敷に住めるんですか?」

「うーん、ここはそんなに立派でも……まあ、うちは元々貴族だから。庶民上がりだと、若いうちは難しいわね。出世したいなら、十年から二十年ほど頑張って、一つ二つ手柄を立てて株を買い、騎士院に進めば、それなりにいい老後がおくれるわよ」

「そうですか」

「お金が欲しいなら、どこかの大商人の用心棒みたいな仕事もあるけど、汚れ仕事も多いから、私からはおすすめしかねるわ」

「そ、そういうのはちょっと」

「そうね、ナモルからならエツレヤアンが一番近いかしら。紹介状を書いておくから、気が向いたら訪ねてちょうだい」

「あ、ありがとうございます」


 メシャルナとラランの二人は、降って沸いたチャンスに、興奮気味のようだ。

 まあ、庶民が成り上がるなら、騎士になるのが一番王道っぽいしな。

 このタイミングでナンパするほど、俺も節操なしではないので、その後は楽しく食事を取ったのだった。

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