第281話 剣術大会

 剣術大会は三日間行われる。

 一日目の午前は年少の部で、言ってみればこれは前座だ。

 午後には本大会の予選があり、翌日以降へと続く。

 俺が応援するのは、この年少の部に出るフルンとシルビーのコンビだけだ。

 道場の知り合いが本大会に出ているのだが、まあ、気が向いたら応援しよう。


 朝。

 早くから起きて体調を整え、軽い粥だけで食事を済ませた二人は、迷いも不安もないかのように、さっぱりしていた。


「ここに来る道中は、随分と思い悩んだものですが、今朝目が覚めてみると、そうした考えは全て収まってしまいました」


 とシルビーが言うと、フルンも、


「うん、なんか昨日まではどんな人が来るのか、とかすごく楽しみだったんだけど、今はあまり感情が浮かんでこない感じ」


 という。

 よくわからんが、良かろうが悪かろうが、俺が何かコントロールしてやれるわけでもなく、


「みんなで応援してるから、思いっきり頑張ってこい」


 とだけ言って送り出した。




 会場は例のごとく、金髪ナイスボディのコネのお陰でVIP席からの観戦だ。

 道場の面子は一般席に居るので、セスは少々気にしていたようだが、ここは俺の顔を立てて、傍に座っていてもらおう。


 年少組の大会の特徴は二つ。

 武器が木刀などの木製品であること。

 もう一つは対象年齢内のペアであることだ。

 武器に関しては、危ないからだろうが、ペアなのはエディによると、


「子供の頃ほど、個人差が激しいから、数が増えるとそういう部分が埋まりやすいのよ」

「そうなのか」

「あとは、若いと加減がわからないのよ」

「加減?」

「そう、特に負け時の加減がね。もう、剣を握る力もないのに降参しなかったりとかありがちで」

「ふぬ」

「そういうときに、パートナーがいれば、それなりに客観的に見て、降参しやすくなったりもするのよ」

「ほほう」

「まあ、あとは見てればわかるわよ」


 年少組の試合が始まると、エディの言葉通り、試合の様子は実にピンキリだった。

 大人顔負けの剣術を使うものもいれば、俺でもあしらえそうなへっぴり腰も居る。

 そういうのに限って、VIP席から声援が上がる。

 金持ちが道楽で子供に剣をやらせてたりするんだろうか。

 序盤はフルン達も順調に勝ち進むが、そうしたVIPの子弟にあたると、野次もとぶ。

 やれ獣人は引っ込めと言ったたぐいのものだ。


「くそう、俺の可愛いフルンに好き放題言いやがって」

「大丈夫、フルンはあの程度では動じません」


 とセスは言うが、俺がつらいじゃないか。

 そう思っていたら、次の試合の呼び出しで、フルンの名前を呼ぶときに、桃園の紳士の従者にして竜殺しの剣狼フルンなどと言ったコールが入った。

 それでピタリと野次がおさまる。

 現金なもんだが、まあそこのところはどうでもいい。

 それまで厳しい表情で対戦相手を見つめていたフルンが、急に表情を崩すと、俺の方を見て手を振る。

 その試合ももちろん、フルン達が勝った。


「あのナレーションは誰がいれてくれたんだ?」


 と尋ねるが、別にエディが気を利かせてくれたわけでもないようだ。


「まあいいか、二人共順調じゃないか」


 セスにそういうと、


「ですが、そろそろ相手の実力も上がってきたようです。次の相手はなかなかの使い手ですよ」


 セスの言葉通り、次の相手は強敵だった。

 子供とは思えない大柄の男で、顔がかろうじて童顔なので子供のようだが、大きな槍を自在に駆使してフルンと渡り合う。

 パートナーは小柄だが、エット以上の敏捷性で、短い木剣で何度も襲いかかる。

 フルンは小柄な方には目もくれず、正面から大男と切り結び、背後をシルビーが守るという作戦のようだ。


「いいわね、二人の息がぴったりよ。ああして後ろに気を使う心配がなければ、フルンが勝つわ」


 とのエディの言葉通り、フルンの木剣が大男の手首をうち、槍を取り落とす。

 それを見たパートナーの小男も、さっと下がって降参した。

 短いが、見ごたえのある試合だった。


「練習の時よりも、連携が取れているようです。あの二人は日ごとに信頼度が増していっているように思えました」


 と、この所いつもペア戦の稽古をつけていたクメトスが語る。


「ほんとに仲良くなったよな、あの二人」


 と言うと、俺の隣で見ていたエットも、


「うん、すごく仲いい。最近いっつも手を繋いで歩いてるし、シルビーがうちに泊まる時は、同じ毛布で寝てる。夫婦みたい」

「そうかあ、妬けるなあ」

「フルン、もしかしてシルビーの従者になったりしない? ご主人様だいじょうぶ?」

「ははは、大丈夫さ」

「そっか、よかった。シルビーも好きだけど、フルンがよその子になったら悲しい」

「そんな余計な心配してないで、もっと二人を応援してやれ」

「うん」


 しかし、二人の仲はそこまで進んでいたのか。

 俺も頑張らないと。


 何を頑張るのかはさておき、今は応援を頑張るのだ。

 次の試合も、順調に勝ち抜き、とうとう決勝まで来てしまった。

 相手はどうやら獣人らしい。

 一人は可愛い猫耳がついているので、うちのイミアと同じエイタ族かな?

 もう一人はどうやらフルンと同じ、犬耳のグッグ族だ。

 体も大きく、胸もでかい。

 大きな木刀を、軽々と振り回す。

 どうやらフルン達と同じ侍風の剣を使うようだ。


「どう思う?」


 とセスに聞くと、


「これまでの試合も見ておりましたが、少々分が悪いかと」

「そんなにか」

「作戦を誤れば、すぐに勝負がついてしまうでしょう」

「何かアドバイスをしてやれんのか」

「年少の部は、付き人が禁止されているのですよ」

「そうだったな」


 なんでも、子供の場合、作戦次第で結果がいくらでも変わってしまうとかで、師匠などがセコンドに付くことが禁止されている。

 だからセスもコルスも、こうして観客席に居るわけだ。


 今回もフルンが前に立ち、シルビーがフォローする作戦で行くようだ。

 試合開始とともに、フルンが飛び出す。

 そのまま犬耳の巨乳ちゃんに行くのかと思えば、もうひとりの猫耳と切り結んだ。

 同時に飛び出したシルビーが、フルンの側で犬耳を牽制する。

 それを見たセスが、


「まずは良し」

「いいのか?」

「あのエイタの娘、驚くべき使い手です。もし見かけに囚われ、先にグッグの方に向かっていたら、あっけなく一本取られていたでしょう」

「ふむ」


 ちっこいのになあ。

 まあセスも小さいが。

 当然、グッグの娘のほうが強いと思いこんでたよ。


「あとはシルビー次第ですが……」

「というと?」

「私の見立てでは、フルンはあのエイタの娘より若干劣ります。となるとシルビーの助けがいるのですが、今一人のグッグもかなり使う。剣技はまだ未熟なようですが、そこはグッグならではの天性の動きがあります。それをしのぎつつ、フルンのフォローができるかどうか」

「ふむ」


 最初はジャブの応酬と言った感じで、軽い打ち合いのみだったが、三分ほど過ぎたあたりで試合が動いた。

 グッグの巨乳ちゃんが、距離を取って構え直す。

 やあっ、とここまで聞こえるような大声を上げると、シルビーに向かって突進した。

 と同時にエイタの娘もフルンに斬りかかる。

 それをどう受けるのかと思ったら、さっとフルンが飛び上がり、シルビーと場所を変えた。


「うまい!」


 とセスが立ち上がる。


 シルビーが渾身の力で猫耳エイタの猛攻を受けきる間に、フルンが、たあっ! と宙を舞い、巨乳ちゃんの懐に飛び込んでみぞおちに剣を突き入れた。

 がっくりと膝をつく巨乳ちゃん。

 取って返したフルンがシルビーと並んで二対一となる。

 これは貰ったかと思った瞬間、再びセスが、


「いかん、それは!」


 と叫ぶと同時に、エイタの体がふわっと浮いて、ついでキラッと光ったように見えた。

 次の瞬間には、フルンとシルビーが剣を取り落とし、尻餅をついていた。


「あれは炎閃流奥義『泡沫』と呼ばれる技のはず、あのような小娘が使うとは……」

「知っているのか、セス」

「炎閃流とは気陰流とならぶ剣の流派で、我が気陰流以上に今は伝える者も少ないとか。私もコン先生にお聞きしたことはあったのですが、目にしたのは初めてです」


 コン先生とは、工場のあるシーリオ村で用心棒をしてくれている、剣の達人のことだ。


「あの爺さんが、その炎閃流なのか?」

「いえ、先生は自分の剣は独自に編み出されたとおっしゃっていました。若い頃に炎閃流と立ち会ったことがあると、お聞きしたのです」

「ふむ、しかし……」


 どうやら、フルン達は負けてしまったようだ。

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