第276話 偽紳士 前編

 町の中央にある、大きな宿を予約してあったので、そこに馬車をつける。

 すぐに宿のボーイが飛んでくるが、どうも手違いがあったらしく、部屋が取れていなかった。

 宿の支配人とテナがしばらく話し合っていたが、


「剣術大会の見物客で、宿が一杯らしいのです。少し離れた所に、庶民向けの宿があるそうですが、そちらもどうやら満員のようで」

「大会って、そんなに人が集まるようなものなのか」

「本大会で決勝まで進めば、陛下の御前で腕を示せますから、国中から腕自慢が集まります。それだけに見どころもあるのでしょう。あのコンツ殿も、若い頃にそうして名を挙げたそうですよ」

「へえ、クメトスが十人抜きしたってやつもそれなのか?」

「そちらは、騎士のお披露目の儀式でしょう。このような庶民向けの大会とはわけが違います」

「ふーん、でも、コンツも立派な家の出じゃなかったっけ?」

「アルド家は格で言えばそれなりに。ただ、騎士として修行をなさっておられなかったのでしょう」

「格式とか、めんどくさそうだな。まあ平凡な商人としては、そこいらでキャンプするので十分だよ」

「では、そうするといたしましょうか」


 エレンがひとっ走りして、キャンプ場を確保してくれたので、そちらに移動する。

 剣術大会目当ての連中が多いからか、周りの連中も、腕自慢みたいな奴らが多い。

 これ見よがしに筋肉をテカらせて、馬鹿でっかい斧を振り回したりしてる。

 元気だなあ。


 俺の横で焚き火にあたり、一緒にスープを啜っていたフルンも、


「みんな楽しそう。なんかドキドキしてきた!」

「ははは、なんだか俺まで緊張してきたよ」

「きっと強い人、いっぱいいるよね」

「居るだろうなあ」

「そういえば、ホブロブ先生が、獣人には野次が飛んだりするけど、気にするなって言ってた」

「そうかあ、フルンみたいに可愛い子にも野次を飛ばすなんて、都の連中は見る目がないなあ」

「でも、公園に住んでた頃は、石投げる人とかいたから、あんまり変わらないかも」

「しょうがないな」

「優しくしてくれたの、エレンの他だと、ご主人様だけだった!」

「そうかあ、フルンは可愛いからなあ」

「ご主人様が可愛いって褒めてくれたら、他の人がみんなひどいこと言っても平気だと思うけど、最近はそういうことされるの、全然ない。セスは、ご主人様のご威光のおかげだって言ってた」

「そうかあ、もし俺がちょっとでも役に立ってるなら、嬉しいなあ」

「ご主人様って、神様ぐらい偉いありがたい人なのに、全然威張ったりしないの、どうして?」

「そうだなあ、俺だって、何か自慢したり、偉ぶったりしたい時もあるけど、自分のやったこと以上のことで褒められても、結局後でしんどくなるからな。だからほら、俺のおかげで助かった人がありがとうって言ってくれたら嬉しいけど、その嬉しさは、感謝してくれた人にだけ向くものだから、人助けをしたことそのものまで褒めてもらおうとか思っちゃうと、今度は別に助けてない人にまで尊敬されたりしなきゃならなくなるだろ」

「うん」

「でもそれは、言ってみれば尊敬の前借りみたいなもんだから、どっかでツケを払わなきゃならなくなるんだ。そういうのはめんどくさいよな、と思ってな」

「あ、ご主人様、面倒くさいの嫌いだよね」

「そうそう、だから俺は、手の届く範囲だけで、十分なんだよ」

「そっかー、じゃあやっぱり私も、ご主人様の手の届く範囲に居なきゃ、ダメだね」

「そうだなあ」


 子供相手に何の話をしてるんだという気もするが、人はすぐに増長しちゃうので、若いうちから自分の感情を客観視するすべを持っておくのも、いいんじゃないかなとは思う。


 気がつけば日は傾き、遠くの山並みが赤く染まる。

 乾いた冷たい風が、身にしみる。

 こんな日はさっさとテントに潜り込んで寝るべきだな、と思っていたら、キャンプ場の外れで演説が始まった。

 元気なやつだなあ、と思って眺めていると、何やら綺麗な顔のにーちゃんが、物騒なことを言い出した。


「今こそ、都を覆う女神の盾を排除すべき時なのです。あれこそがこの国を蝕む元凶にして、我が国に根付く問題の根源なのです。そのために我々は力を合わせて……」

「ばっきゃろー、ステンレスの壁をどうやって壊すつもりだよ!」

「そうだそうだ、晩飯の邪魔だ、すっこんでろ!」


 と野次が飛ぶが、にーちゃんは怯まない。


「この国の人はまだご存じないと見える。つい先日も魔界を支える女神の柱を、紳士の偉大な力で消し去ったことを」

「私、この間新聞で見たわ? 桃園の紳士様がまたすごいことをやったって」


 と側にいた別の女がそうつっこむと、綺麗なにーちゃんは胸をそらしてこう言った。


「そう、紳士の力があれば、ステンレスの壁でさえ恐れるものではないのです」

「まさか、じゃああなたが噂の紳士様なのでは!?」


 女が尋ねると、にーちゃんは無言のまま答えない。

 だが、周りの連中はざわざわと騒ぎ出す。


「おい、まじかよ」

「でも、どえらいきれいな男で、どんな女もイチコロだって」

「たしかに、男とは思えない、きれいな顔してやがるな」


 などとつぶやいている。

 あんな三文芝居で乗せられてしまうのか、気楽なもんだなあ。

 と眺めていたら、エレンがひょいと隣りに座る。


「ああいうのはどこにでも居るもんだけど、まさか当の本人の前で騙りをやってるとは思わないだろうね」

「ははは、まあいいじゃないか。しかし、詐欺ならもっと上手いこと言って金を集めたりするもんじゃないのか?」

「だろうね。そろそろ、活動のための資金を集めてるとか言い出す頃合いじゃないかな」


 エレンの言ったとおり、エセ紳士のにーちゃんは、壁を壊す活動のために、人と資金を募っていると言い出した。


「私と名誉を分かち合う度量の持ち主は、今こそ名乗り出られたい!」


 周りの連中はヒソヒソと話し合っている。

 こんなのに騙されるやつが居るのかな?

 と思って眺めていたら、少し離れた所から一人の人物が名乗り出た。


「高名な桃園の紳士様にご助力できるとあらば、不肖の身でいかようにもお役に立ちましょう」


 薄暗くてよく見えないが、なんだかどっかで見たことのあるフードをかぶったシルエットだ。

 あと声もチャーミングで聞き覚えのある女の子のものだった。


「おお、よくぞ申し出てくれた。あなたの志は決して無駄には……」

「ところで、紳士様というものは、女神と見まごうばかりの後光がさしていると聞き及ぶが、あなたは見たところ、常人と変わらぬ様子。疑うわけではないが、それはどういうことか」

「よくご存知で。何分、試練を控える身なもので、こうして魔力を打ち消す黒の精霊石の指輪で力を抑えているのです」


 と綺麗なにーちゃんは指輪を見せる。


「ほほう、あなたこそよくご存知で。では、ぜひとも指輪を外して、その神々しい姿を我らにお示しください。さすれば皆も喜んで協力するでしょう」

「ごもっともな申し出ですが、私も女神に誓いを立てたのです。試練をなすその時まで、決して指輪は外さぬと」

「それは異なことを。かの紳士は至る所で指輪を外して、その姿を晒していると聞いたが?」

「そ、そんなことは……」

「無いと申すか? つい先日も我が目の前でその姿を晒したであろうに! 貴様が真に桃園の紳士であるならば、私の顔を忘れるはずがなかろう」

「な、なにを……」

「このうつけがっ! 見るが良い、紳士の輝きとは、こういうものだ!」


 そう言って小柄なお嬢ちゃんは、自らの手にある指輪を外してフードを投げ捨てる。

 ピカピカと派手に全身を光らせているのはもちろん、俺のかわいいライバル、カリスミュウルだった。


「うわ、ほ、本物の紳士様だ!」

「すげえ、初めて見た! なんてありがたい姿だ」

「あのお方、どこのお方かしら?」

「女の紳士といえば、まさか……」


 と周りはどよめき、偽紳士のにーちゃんは驚いて地面にひっくり返っている。


「おろかものめ、我が終生のライバルが貴様のような生白い優男であるものか! やつこそはこの私が命運をかけ、競い合うに相応しき真の紳士!」


 やけに持ち上げるな。


「その偉大な紳士の名を汚す不埒者は、彼の者に変わって、私自ら裁いてくれよう!」


 そう言って、腰の剣を抜く。

 足元のにーちゃんは、顔を真っ青にして震えている。

 おそらくは仲間のサクラであろうネーチャンも同じく腰を抜かしていた。


「旦那もモテるねえ」


 とエレンが囃す。


「うん、知ってる」

「でも、あの姫様、振り上げた剣のやりどころに困ってるんじゃ?」


 確かに、あれぐらいで首をはねちまうのもいかがなものかと思うが。


「困ったもんだな、よし、ちょっとヤジでも飛ばすか。お前も口笛でも吹いてくれ」

「しょうがないなあ、ピュー、ピュー」


 エレンの口笛に合わせて、カリスミュウルちゃんに声を飛ばす。


「よ、偉大な紳士カリスミュウル様! 素敵! かっこいい!」

「だれだ、気安く我が名を呼ぶやつは!」


 と叫んでこちらを見た瞬間、カリスミュウルは目を白黒させ、顔を真赤にして固まるのだった。

 やっぱいちいち反応が可愛いな、あいつ。

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