第275話 脱輪

 気がつけば、日は高く登っていた。

 と言っても、冬の太陽なのでたかが知れてるんだけど、要するに昼飯時だ。

 内なる館では中にいるミラーたちがすでに支度を整えていたので、それを持ち出してランチにする。

 砂漠のど真ん中を抜ける街道沿いに馬車を止めた。

 火をおこして、アルミのマグカップでスープを啜っていると、今にも何処かから馬に乗ったガンマンが現れそうな雰囲気だ。

 おもむろに懐から短針銃を取り出す。

 クロックロンが用意できた銃は、これを含めて三丁ある。

 魔界で大活躍してくれたこの銃は、あれから少しは練習したものの、クロックロンのサポートなしではめったに的に当たらない。

 俺よりもミラーのほうがよほど上手いので、三丁ある銃のうち一つは同行するミラーが持っている。

 もう一つは留守番のミラーのためにおいてきた。

 予備の弾、フィラメントと言うらしいが、それは一セット、懐にいれてある。

 一セットで百発は打てるが、連打してるとあっという間に無くなるのがたまにキズだな。

 たまだけに。


「どうしたんだい、旦那。そんなもの構えちゃって」


 とエレン。


「なに、俺も一家の大黒柱として、いざという時はこれでみんなを守ったりしてみようかと思ってな」

「頼もしいねえ。もっとも、この街道で魔物や山賊が出たなんて話は聞かないけど」


 流石に都の近くで、そんなに物騒なことはないんだろう。

 街道は都に通じるだけあって、定期的に馬車が行き交っている。

 今も大きな乗合馬車が砂煙を巻き上げながら通り過ぎていった。

 自分たちも含めて、みなのんびりしたものだ。

 ここに来るまでも、一定間隔で兵士の詰め所もあった。


「そりゃあ、惜しいことをした。せっかくの見せ場かと思ったのに」

「春の試練までとっとくんだね」


 とエレンが軽く笑った瞬間、ガコンッと大きな音がした。


「何事だ?」

「ちょっと待っててよ」


 そう言ってエレンは馬車の上によじ登る。

 懐から取り出した単眼鏡で街道の向こうを眺めているようだ。


「うーん、馬車がひっくり返ってるね」

「大丈夫か?」

「わかんないけど、手助けはいるだろうね」


 ひとまずエーメスを馬で先行させて俺たちも後を追う。

 さてどんな美少女が、と思ったら、エーメスに引きずり出されたのは、ぽっちゃりした中年男と、でっぷりした中年女の夫婦だった。

 服装は乱れているが、立派なものを着ているので、貴族か大商人といったところか。


「まったくもって、かたじけなく、なんと、お礼を言ってよいか」


 男は汗と埃を拭きながら、息も絶え絶えにそう話す。

 美女じゃなかったのでやる気の無くなった俺は、適当に相槌を打って、エーメスに話を聞く。


「石畳が割れて陥没しておりました。そこに車輪を取られたのでしょう」

「ふむ」

「御者が足を折ったようです。まずは治療しましょう」


 エーメスとレーンが治療を始めると、中年男は改めて礼をいう。


「いやまったく、このようなところで事故にあってどうなることかと思いましたが」

「なに、困ったときはお互い様ですよ」

「その道理が通じんのが都の連中と言うものですがな、いやとにかく、助かりましたわい」


 と男は何度も頭を下げるが、俺がやる気をなくしたのを見て取ったのか、代わりにフューエルが話しかけた。


「私はエサ地方の領主、レイルーミアス家のフューエルともうします。怪我人も居ることですし、ひとまず、次のアルツェナまで、お連れいたしましょう」

「おお、おお、レイルーミアスとは、ではリンツ卿のご息女で?」

「父をご存知ですか?」

「いかにも。昔、都の役所勤めの折に、卿は私の上司でして、大変お世話に」

「まあ、そのようなことが」

「申し遅れました、私、キッツ家のルクサロン、これは連れ合いのパンジューム」

「ルクサロン様! ではカリス辺境伯の……父からお名前は伺っておりました」

「いや、まさか、このような場でお目にかかるとは、それにしても、ご立派な部下をお持ちで」

「この者たちは、夫の従者でして」

「ご主人、ではもしや噂の」

「お聞き及びでしたか、こちらが私の夫である、紳士クリュウです」


 と紹介されてしまったので、俺も丁寧に挨拶をする。

 どうやら、この御仁はいつぞやの恋する姫様、エンシュームちゃんの叔父さんらしい。

 自動的にローンの叔父さんでもあるわけか。

 つまりキッツ家当主の弟だな。

 かなり身分のある人物なわけで、そんな人間が護衛も付けずにこんなところで何をしていたのか気になるのだが、そこのところは、


「ガハハ、実はお忍びで旅などしておったのですがな」


 などという。

 ガハハと笑うおっさんは素直に信用しないことにしてるので、このエンシュームのオジサンのことは、あまり信用しないことにした。

 三人を馬車に載せるために、フルンたちには内なる館に引っ込んでもらい、出発する。

 さっきまでは可愛らしい少女たちが目の前にいたのに、何故か今いるのは脂ぎった中年カップルだ。

 二人で三人がけのスペースにみっちり収まっている

 横にでかい。

 御者は座るスペースが無いので後部のデッキに寝かせてある。


「いや、まことに助かりました」


 という中年オヤジのルクサロンにフューエルが、


「いくら都の近くとは言え、ご身分も考えずに、危険でしょうに」

「ガハハ、しかし私も若い頃はツルハシ片手に山を掘っていたような男ですからな、家ばかりでかくなっても、素行までは変わりませんわい」

「父も、若い頃は随分とやんちゃをしたと聞いておりましたが」

「そうそう、お父上も私と似たような境遇でしたからな、お互い都のいけすかん……もとい、ご立派な家柄の貴族共に顎で使われながら、今に見ておれと、まあそんな感じでやっておったのですよ。いや、お懐かしい」


 そんなことを話しながら、馬車は進む。


「そういえば……」


 と中年オヤジが俺に話を振る。


「先ほど、獣人の娘がおりましたが、やはりあれもクリュウ殿の従者で?」

「ええ、よく尽くしてくれています」

「なるほど。いや、血で結ばれた古代種の忠義というものは、私もよく存じておりますよ。保守的な連中は眉をひそめるものもおりましょうが、なに、それこそ奴らの度量の狭さを表しているというもの。あのような檻のなかに閉じこもっておるから、その程度のこともわからぬのです」

「檻とは?」

「おや、紳士殿は、都ははじめてで?」

「ええ、スパイツヤーデに来てから、まだ間がないものでして」

「そうでしたな、たしか東方のヤパン……でしたかな。都の檻というのは……、そろそろ見えるのではありませんかな」


 というので、馬車を止めて外に出てみる。

 砂漠の遥か彼方に、白く光る巨大な壁が見える。

 魔界で見た女神の柱に匹敵するような、巨大ななにかだ。


「あれこそが都を守る鉄壁の壁、女神の盾などとも呼ばれておりますが、ステンレスでできた、古代遺跡の巨大な建造物なのですよ。あれに覆われるように、スペツナの都は陣取っておるわけです」


 なるほど、それが噂の壁か。

 そんなでかいものだとは思わなかった。

 魔界でもそうだったけど、けっこう巨大な建造物があるよな。

 そいや、空に浮かんでるアップルスターもそうだったか。

 いちいち驚くのは、お上りさんみたいでちょっと癪だが、でかいのはかっこいいよな。


 暫く進むと、今日の宿泊地、アルツェナの街に到着した。

 石と木でできた、ゴツゴツした街だが、通りには人が溢れている。

 都は鬱々としたところだと聞いていたが、中心部まで半日足らずのこの街は、それなりに活気があるじゃないか。

 と俺が言うとフューエルが、


「都といっても、ここは壁の外ですから。あの壁の中に入ると、年中日も差さず、何やらジメジメとして気が重くなって、やりきれない気分になるのですよ」

「なんでそなところに住んでるんだよ」

「今の王朝建国時の言われがありまして」

「というと?」

「千年前の大戦のことはご存知でしょう。あの時に、元々あった都は敵の攻撃を受けて崩壊、当時の王は、あのステンレスの壁の中まで下がり、兵を立て直して黒竜の使徒を打ち破ったとか」

「ほほう、まあステンレスの壁じゃ、攻撃できないわな」

「そうです。それで戦のあとに、あの場所に新たな都を築いたのだそうです。ここに千年の都を築くのだ、と言って」

「じゃあ、ちょうど千年経ったことだし、そろそろ遷都してもいいんじゃないか?」

「また気楽なことを」


 しかし、壁ぐらいでそこまで変わるかね?

 でも、日照権とかであれだけ揉めるぐらいだし、案外影響がでかいのかもしれない。

 会社に居た頃は、モニターに映り込むからと言って、事務所の窓は完全に塞いで真っ暗だったけど、あれも精神衛生上、良くなかったのかなあ。

 まあ今さら言っても仕方ないが。

 同行していた中年夫婦は、


「いやかたじけない、ここにうちの家令を待たせておりますのでな、このまま、都に参られるのでしょう? その折に、改めてお礼など差し上げたいと思いますので、今日のところはこれにて」


 と、さっさと行ってしまった。

 あれが、エンシュームちゃんやローンと血がつながってるのかと思うと、不思議なもんだ。

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