第274話 都行き

 いよいよ都に向けて出発する日が来た。

 道場の連中は、すでに都入りしている。

 同行するのは気陰流の面々の他に、都に詳しいフューエルとテナ。

 フューエルが行くのでデュースとウクレ、オーレもいる。

 エレンやレーン、紅と言った冒険組の精鋭に、クメトスとエーメスもボディガードとしてついてくる。

 他にカプルとシャミも同行する。

 こちらはミラーをつかって旅先での工兵っぽい活動のトレーニングをするのだとか。

 もちろんミラーも三十人ほど連れている。

 もはやミラーの人海戦術は我が家の維持には欠かせないのだ。

 遊び盛りの幼女トリオや、外の世界に興味津々な蛇娘のフェルパテットをどうするか悩んだが、フューエルが言うには都はあまり楽しいものでもない、というのでやめておいた。

 連れ出すなら、もっと別にいい機会があるだろう。

 そもそも、剣の大会なんて物騒だしな。


 メンツの大半を内なる館に詰め込み、ゲートに入る。

 首都スペツナへの直通ゲートは、貴族でもかなりの特権を持つものしか使えないらしく、エディは行けるがフューエルはダメ、クメトスは騎士としての公務ならOKとか、そういう感じだそうだ。

 前にも聞いた気がするが、たしかに都に大挙してよその軍隊がゲート経由で飛び出してきたりしたら困るもんな。

 厳密に管理してるんだろう。

 でもゲートの利便性を考えると、デメリットも大きそうだな。


 というわけで、都の少し西に位置するヘルツナという町のゲートに移動した。

 ここから馬車で丸一日程度で都入りだという。

 もう少し近い町もあるらしいが、道中が安全で穏やかな道のりだからと、こちらになった。


 ゲートのある建物から出ると、石造りの町並みが目に入る。

 よく見ると日干しレンガかな?

 アルサとは違う、乾いた冷たい空気が第一印象だった。

 実際、町の周りは一面の砂漠地帯だ。

 砂漠と言っても、砂まみれのアレではなく、硬い岩盤の荒涼たる大地、って感じかな。

 西部劇っぽいやつだ。

 サボテンなんかもにょきにょき生えている。

 首都のスペツナまでは、ずっとこんな景色らしい。


 町外れで馬車を出し、支度を整えている間に、エレンが町の情報を集めてきた。

 大半は特に意味のないものだが、一つだけ気になる話があった。


「なんでも、旅の紳士がここを通ったらしいんだけど」

「ほほう、久しぶりにライバルの登場か?」

「いつぞやのウブなお嬢さんじゃなくて、どうも男の紳士らしいね」

「男じゃなあ」

「そう言うだろうと思った。ただねえ、どうも曖昧なんだけど」

「うん?」

「みんながその紳士のことを、桃園の紳士様だと思ってるらしいんだよね」

「ほほう、どっかで聞いたような名前の紳士だな」

「そうだろ」

「ついに俺にも偽物が現れるようになったか」

「あるいは、勝手に勘違いしたか、だろうね」

「ふーん、それで、何かしでかしたのか?」

「演説をぶったとか言う話もあったけど、どうも宿の娘に手を出そうとして、追い出されたらしいよ」

「やっぱり、俺だったんじゃないか?」

「どうだろうねえ。とにかく、その時点では紳士らしいとは言うものの、本物かどうかもわからなかったんだけど、昨日あたりに紳士様を見た、後光がさしていた、って話がでてきてね」

「ほほう、それでその噂同士が結びついたと」

「まあね。それじゃあ本物に違いない、そんなスケベ者の紳士なら、桃園の紳士に違いない、とまあ、そういう感じみたいだね」

「桃園の紳士ってのも、相当スケベなんだろうな」

「その人の従者も、嘆いてるだろうねえ」


 などと話していたら、呆れた顔のフューエルが、


「何をバカなことを言っているのです、二人共」

「そうは言ってもなあ」

「絵に描いたような風評被害ではありませんか、ちゃんと手を打たないと」

「手を打つって?」

「その偽物を捕まえて、証言させるのです」

「そうは言ってもなあ、それで、その紳士様はどうしたんだ?」


 と言うと、エレンが、


「少なくとも昨日の時点ではすでに街を出たらしいよ。どっちに行ったかはわからなかったねえ」

「まあいいさ、見つけたらサインでももらうとしよう」


 偽紳士のことは忘れて、俺達は出発する。

 今日の馬車はフューエルの持つ、二頭引きのちょっといいやつだ。

 馬はフューエルが飼っているやつで、血統も確かな立派な馬らしい。

 前にスポーツカーのような馬車を乗り回していたことがあったが、そのときも頼もしい走りを見せていた。

 個室になったキャビンは向かい合わせに六人座れて、御者台に二人、また後部にも人が立てる台座がついている。

 馬車はエレンとデュースが走らせ、クメトスとエーメスが自分の愛馬で並走する。

 キャビンの中には、俺とフューエル、テナの他に、フルンとシルビー、そしてエットが座る。

 残りは内なる館で待機だ。

 馬車の大きな窓から外を見ると、広大な平原の彼方に、雪をたたえた山並みが続く。

 聞けば六千メートル級の山脈らしい。


「東のシオマ渓谷から北のセレラ峰と続く山々が、スペツナの周囲を覆い、この広大な土地を外敵から守っているのです。あの高峰の大半が未踏だと聞きます」


 とテナ。


「未踏と聞くと、登りたくなるな」

「そういえばご主人様は、登山が趣味だとか」

「趣味ってほどじゃないが、学生時代はよく登ったな」

「私も修行時代によく師に連れられて登ったものです。高山の極限状態では命がけで結界を張らねばなりませんから、よい修行となるのですよ」

「俺の場合は、魔法無しで登ってたんだけどな」

「そこのところは気になりますね。カプルも何やらいろいろな道具を作っているようでしたが、ああしたものを駆使して、人力で登るのでしょうか」

「あれも前から頼んでたんだけどそろそろ実地で試さないとな、お前が山登りに興味があるなら、こんど一緒に行ってみるか」

「よいですね、奥様はどうです?」


 というと、窓の外を眺めていたフューエルは少し眉をひそめて、


「春山のピクニックぐらいにしてください。むかしデュースと険しい峠を何本も超えた時に、マメを潰して往生したことがトラウマなのですよ。夜の冷え込みで足が何度も攣るし」

「その程度のことで何を言っているのです。やはり座学しかお教えしなかったのは間違いでしたね。神霊術師は山に登って修行しなければ」

「テナの流派は、いささか筋肉に頼り過ぎなのでは? おばあ様はそのようなことはなさっていなかったでしょう」

「そんなことはありませんよ。リースエル様は海に山に、あらゆる危険な場所を渡り歩いておいででした」

「それは、修行とは別なのでは」

「あなたも自ら望んで、デュースについて行ったのでしょう」

「好きで始めたからと言っても、辛いものは辛いのです、当然でしょう」

「まったく、だらしのないことを。旅がお嫌いなわけではないのでしょうに」

「旅は馬車に限ります。こんな素晴らしい乗り物があるのに、なぜわざわざ山によじ登る必要があるのです」

「それはもちろん、楽しいからですよ」

「楽しいというような、主観的な評価は往々にして人の共感を得られぬものです。私がそれに理解を示さずとも、仕方のないことではありませんか」

「無理解の大半は経験の不足、すなわち無知によるもの。たとえ老害とそしられようが、先人の道を伝えていくことこそが、理解へと続く唯一の道のりなのですよ」

「人がその程度で理解し合えるのなら、私が判事を務める必要も、早々に無くなるでしょうね」

「訴訟がなくならぬのは、無知ではなく人のエゴが相互理解を妨げるから、それはまた別の手段で啓発すべき問題でしょう」


 などと、仲良く言い争っている。

 そう言えばこの二人は神霊術の師弟でもあったんだっけ。

 僧侶っぽい屁理屈まみれの口喧嘩も、長旅のBGMとして、のどかなもんじゃないか。

 と適当に聞き流していたら、フューエルが俺に話を振ってきた。


「あなた、何をニヤニヤ聞いているのです。あなたならこの問題にどう糸口を見出すのです」

「どうと言われてもなあ、馬車で山登りできればいいんじゃないか?」

「またそんなありえもしない事を、日和見にも程があるでしょう」

「いやいや、例えば馬車の土台にクロックロンをはめ込んで、歩いて登れる馬車を作ればいけるんじゃないか?」

「何を言って……、それはそれで面白いかもしれませんね」

「そうだろう、発明こそが、人間の抱える問題を根本から解決するのだ」

「人間の問題ってなに?」


 俺達の向かいで話を聞いていたエットがそう尋ねる。


「つまりだな、山登りに連れ出したいテナと、馬車でしか旅行したくないフューエルの両方を満足させるにはどうすりゃいいのかって話だよ」

「難しそう。馬車で山まで行って、そこから登ればいいの?」

「フューエルは尻が重いから、山に登りたくないんだよ」

「うん、わかる。デュースもでかいけど、奥様もでかい。師弟って似るんだ。あたしもセスやコルスに似るかな?」

「どうかな」

「種族が違うから、だめかも」

「似てる似てないってのは、外見だけの話じゃないぞ。ちょっとした仕草とか、口癖とかって、好きな人や尊敬する人に似てくるだろう」

「うん、そうかも、なんで?」

「そりゃあ、いつもそばに居たり、よく見てるからさ」

「そっか、セスも良く見ろって言ってる。見て覚えろ、盗めって。教えられることは教えるけど、自分で見つけなきゃならないことのほうが多い。その中で、目の前に見本があるならそれを見て覚えろって言ってる」

「そうだな、簡単に教えられることってのは、言い換えれば誰でもできることだからな。世の中の仕事の大半は、誰でもできるようなことで出来てるけど、例えばお前が剣や槍で一角の人物になろうと思ったら、誰でもできるようなところで止まる訳にはいかないだろう」

「うん、今はフルンやシルビーや、道場の友達にも全然勝てないけど、いつかは勝ちたい」

「そうかそうか、ちゃんと目標があると、今やることが見えてくるからな。常に今やることと、将来やることを意識しておくと、大事なこと以外であんまり悩まなくてすむぞ」

「あんまり、なの? 全然じゃなくて?」

「そうなんだよ、悩まなくてすむなら人生楽なんだけどな、これがまた人生ってやつは悩んでばかりで」

「ご主人様、全然悩みとかなさそうなのに」

「ははは、それはちゃんと目標があるからだよ」

「どんな?」

「今はフルンとシルビーの応援をするだろ、将来的にはお前たちが立派な侍になれるように応援するんだ」

「すごい、ちゃんと目標がある。じゃあ、悩みはなに?」

「そりゃあ、都のご飯が美味しいかどうかだなあ」

「うん、ご飯大事」

「モアノアが作ってくれるわけじゃないもんな」

「そっか、でも都だから、きっとすごいと思う。こーんなごちそうがどばーっと」


 とオーバーなアクションで手を広げてフューエルの方を見ると、


「残念ですが、都の料理は、あまりおすすめできるものではありませんね」

「うう、そっか、ご飯が美味しくないと、あんまり元気でないかも。モアノアも来てくれればよかったのに」

「代わりにミラーたちが控えていますし、テナも居ます。食材も用意してありますから、都の料理が口に合わなくても大丈夫ですよ」

「そっか、だったら安心。二人とも全力で戦える」


 エットがニコニコして頷くと、フルンとシルビーも、うなずき返した。

 このツッコミどころ満載の会話を黙って受け流すなんて、フルンはともかく、シルビーもだんだんウチのノリに染まってきたなあ。

 それがいいのか悪いのか、シルビーを見守る立場としては、なんとも言い難いところだ。

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