第272話 噂の巫女 その五

 世間の噂はあてにならないものだが、昨日、従者になったばかりのサリスベーラもそうだ。

 百年に一人の逸材だの、賢者だのと言われていたが、彼女は精霊魔法も使えないし、神霊魔法も初歩的な回復呪文しか使えない。

 要は巫女として神に呼びかけることしかできないのだ。

 その点ではアンと同じだが、


「何をおっしゃいます、それこそがもっとも得難い能力なのですよ」


 とレーンは言う。


「私程度の僧侶は、ある程度の才能と努力を持ってすれば、誰でもなれるのです。客観的に見て私の能力はかなりの練度に達しているとは思いますが、例えば冒険者が百人いれば一人か二人はいる程度のものです。ですが神に声を届ける巫女となれば、アルサやエツレヤアン規模の神殿に一人か二人いれば良い方です。実に優れた逸材と言えましょう」

「その理屈はわかった。まあ、別に俺としてはスペックで従者を選んでるわけじゃないのでいいんだけどな」

「それでこそご主人様。しかしこれで我が家には、ネアル派、ウル派、アウル派の三巫女が揃ったことになりますね」

「そうなのか」

「ハーエルさんはまだ呼びかけには成功していないようですが、受肉する前のツバメさんと会話していることからも、おそらくその資質はあると思われます。この三人が協力すれば、理屈の上ではあらゆる女神を召喚することが可能という事になります」

「そりゃ凄いな」

「三柱の巫女を一人で従えるなどと、まったく信じられないほど低確率の素晴らしい組み合わせですね。いつも遊んでいる麻雀で例えれば、大三元みたいなものです」

「嫌な例えだな」

「そうですか? 先日もう少しで上がれそうな所を、エレンさんに阻止されてしまいました。上がれないのに最後の中を一つ抱え込んでいるとは実に口惜しい」

「麻雀ってのはそういうもんなんだよ」

「とにかく、実におめでたいことだと思いますので、お祝いをしましょう。ついでにフルンさん達の壮行会も兼ねましょう」


 というわけで、宴会をすることになった。

 毎日飲んだくれてる気もするのでアレなんだけど、理由をつけて飲むのは、理由をつけずに飲むのと同じぐらい、いいものだ。

 程度の差はあれ、最近は従者が増えると毎回宴会してるけどな。


「私などのために、このような会を催してもらいまして、誠にありがたく存じます」


 サリスベーラがそれっぽく挨拶をして宴会が始まる。

 サリスベーラは別に非コミュでもなんでもないようだ。

 奉仕請願のあと引きこもってたのも、単にお告げが理由らしい。

 神学や歴史にも造詣が深く、早速エンテル達学者組と打ち解けていた。

 知的で落ち着きがあり、髪もサラサラの美人で言うことなしだ。

 昔の学園ドラマで、委員長とか生徒会長とかしてそうな学校一の美人みたいなイメージと言おうか。

 たぶん、乳と尻のデカさも学校一だと思う。

 俺が手づからおっぱいを測った感じでは、パンテーには及ばない物のデュース並みにでかかった。

 しかも腰回りは相当細いので、シルエット的にかなり凄いことになっている。

 脱いだときのインパクトが凄い。

 黙ってると昔はやったクールビューティみたいな感じなのに、漫画みたいな体型してるんだもんな。

 実に良い。

 俺の前でふにゃふにゃしてしまうところがなお良い。

 今はアンと歓談している。

 俺は後でベッドの上で歓談すればいいからいいや。

 代わりにゲストのシルビーのところに行く。


「私も呼んでいただいてよかったのでしょうか」

「もちろんさ、もうすぐ都行きだ、しっかり食って気合い入れてフルンと一緒に勝ちまくってもらわないとな。フルンのことは頼んだぞ」

「は、はい。ですが実際は私がフルンに助けてもらうことになるでしょう」


 とシルビーは言う。

 あれほどフルンをライバル視して突っかかっていた頃からは想像もつかない素直さだな。

 最近はうちに泊まっていくことも多く、いつもフルンと一緒にいるようだ。


「あのねー、クメトスにいっぱい稽古をつけてもらったから、だいじょーぶ。息ピッタリ」


 とフルン。


「そうみたいだな。素人目じゃ、もはやスキとか見えないもんな」

「うん、たぶん今できる準備はだいたい出来てる。でね、技とか体の準備ができると、今度は自然に心の準備も整ってくるんだって、セスが言ってた」

「ほう」

「だけどまだドキドキっていうか、ワクワクしすぎてダメかも。もうちょっと落ち着いたほうが、バッチリだと思う」

「そうかもなあ、だけど、そういうのは波があるからな、今バッチリだと逆に本番でずれてるかもしれないしなあ」

「そうかな? こう言う大会って初めてだからよくわからない」

「じゃあ、昔、剣の大会で十人抜きした時の話でも、クメトスに聞いてみるか」

「うん!」


 というわけで、騎士仲間で飲んでいたクメトスのところに話を聞きに行く。


「御前試合のことですか。あれはまだ十代の……、今のフルンよりは少し上ぐらいだったでしょうか。見習いとして修行の最中だったのですが、私の師である当時の団長デライア卿の取り計らいで、出場がかなったのです」


 有力な貴族は成人するとお披露目と称して国王に謁見を許されるが、騎士ないし騎士見習いの場合は、御前試合の形で行うそうだ。

 本来、クメトスの家柄では低すぎて、それに参加する資格は無いのだが、そこは抜け道があるようで、出場できたらしい。


「ですが、当時の私は緊張の極みにあり、最初の試合が始まるまでのことは、当時でさえほとんど何も憶えていなかったのです」


 我に返ったのは、試合の場に立ってからだったという。


「気がつくと、私は剣を構え、舞台に立っていました。周りを見渡すと、陛下を始め、名だたる騎士や貴族が並び、そして眼前には最初の相手である騎士がいました。後から聞いた話で、私より数歳年上に過ぎなかったのですが、その威圧感たるや、のぼせ上がった私を射竦めるに十分でした」

「よく、そんなので勝てたな」


 と聞くと、クメトスは少し苦笑しながら、


「自分でもそれが不思議なのですが、逆にそのことで冷静さを取り戻したのです。自分の目の前にはこれほどの強敵がおり、最高の舞台でその相手と戦うチャンスを得られたのだ、これこそまさに僥倖。ならばこの一瞬に自分のすべてを賭けようと」

「ふむ」

「そうして最初の試合に勝った私は、いわば勢いだけで十人抜きを成し遂げたのです」


 そう言って額を掻きながら、こう締めた。


「それゆえ、二人のアドバイスとなるような話ではないのですが、一回限りの勝負では、精神の働きや組み合わせの運というものも重要だと言えましょう。私の場合は最初の相手がその騎士であったことが、結果的によい方向に働いたのだと思います」


 それを聞いたフルンは、


「よくわかんないけどわかった! クメトスは、えーと、偶然の組み合わせから、一番いい結果が出せたんだけど、うーんと、今がそういうチャンスだって気づけるように、そういう風に、心を開いておくのが大事そう」

「心を開く、ですか、そういう表現は、たしかにしっくり来ますね」


 と言ってニッコリ笑うクメトス。

 シルビーも同じくうなずいて、


「私も、つい先ごろまでは己の不遇を恨む気持ちが強かったのですが、サワクロ殿の薫陶を受け、セス師範やクメトス先生に学び、そしてフルンと共に汗をかく日々のうちに、自分が良い流れの中にいるのだと思えるようになりました。ですから今は、剣を学ぶことが楽しいのです。きっと大会でもまた新たな学びを得られるでしょう。今はその事を、楽しみにしています」


 再びクメトスが口を開く。


「楽しい時期と、苦しい時期は交互にやってくるもの。苦しい時期に折れてしまったものも多く見てきましたが、折れなかったものは、皆良い師や仲間に恵まれていました。孤独の中に大成するものも居ましょうが、私は槍を通して大切なものを得てきました。あなた達もそうであれば、嬉しいことだと思います」


 少し離れた場所で聞いていたセスも、心なしか微笑んでいるようだ。

 みんな体育会系だなあ、と思いつつ、突っ込むのも野暮なので黙って聞きながら、俺は二人の勝利を祈って、グビグビ酒を飲み続けた。




 その夜。

 新人サリスベーラにねっちりみっちりご奉仕してもらい、夜更かししすぎたせいか、はたまた飲みすぎたせいか、妙な夢を見た。

 何かが街に落っこちてくるのだ。

 頑張って押し止めようとするが、ちっとも止まらない。

 もうちょっとご奉仕を我慢して、溜めておけばよかったなあ。

 誰かがなにか叫んでた気がするが、目が覚めたら、何も覚えてなかった。

 のどが渇いたが、手の届く範囲に水差しがなかったので起き上がる。

 隣ではナイスボディのサリスベーラが、だらしない顔で、


「ふへ……ごひゅひんひゃま……」


 などと寝言を言っている。

 かわいいやつめ。

 台所に行くと真っ暗だったが、控えていたミラーがランプを付けて水を出してくれた。


「お茶でも、お淹れしましょうか?」

「いや、トイレだけ入って寝直すよ」


 と言って、上着を羽織って裏口から出る。

 通路を作ったおかげで、冬の寒い日でも安心だ。

 小さく火も起こしてあるしな。

 用を済ませて戻ろうとしたら、通路の端にある櫓の上から人の気配がした。

 下から覗くと、紅が顔を出した。


「星を見ておりました、マスター」

「星?」


 気になってはしごを登っていく。

 櫓の上は吹きっさらしでちょー寒い。

 紅が傍にあったタオルケットを肩から掛けてくれる。


「で、星って?」

「例のアップルスターです。ここからでも見えますので」


 紅の指さした先には、くっきりと例のリンゴ型が浮かんでいた。


「あの人工物の軌道を計算していたのですが、あの重量であの場所に位置するのは何らかの外力で固定する必要がありそうです」

「外力?」

「ここからの観測ではわかりませんが、例えば重力を制御するような機構で、あそこにトラップしていると考えます」

「重力って制御できるのか?」

「わかりません。ですが重心が静止軌道より大きくずれています。あの位置に固定し続ける、何らかの外力が必要だと考えます。それだけではなく、あの人工物は、ダイレクトにあの軌道に投入されたようです。それだけのエネルギーは、膨大なものになるかと」

「ふむ、それはやっぱり先日のセプテンバーグちゃんだと思うか? それとも女神のポラミウルか……」

「判断するだけの根拠がありません」

「そうだよなあ」

「ですが、そういう尋常ではない力の……!?」


 急に紅が会話を中断し、再び空を見上げた。


「どうした?」

「今、大きなエネルギーを検知しました」

「エネルギー?」

「爆発のようなものです」

「うん?」


 と俺も空を見ると、突然アップルスターが光った。

 小さな光だが、鋭く、瞬間的な発光だった。


「外装まで爆発したようです。部分的な、小規模なものですが」

「まじかよ、落ちてきたりしないだろうな」

「そういう規模ではありませんが、先程も言ったように、力学的に安定しているわけではないので、今しばらくの観測が必要でしょう」

「そういや、さっき何かが落ちてくる夢を見て目が覚めたんだった、大丈夫かな?」

「マスターの夢は、何らかの事象予測に関連する可能性が、過去の事例から想定されます。それを踏まえて、引き続き観測を継続します。ですが……」

「うん?」

「今の所、変化はないようです。何か起きたらお知らせしますので、お休みになったほうが良いかと。でないと……」

「はっくしょい!」


 大きなくしゃみが出た。


「風邪を引いてしまいますよ」


 そういった紅の表情は、どこかいつもより柔らかく見えた。

 彼女もだいぶ、馴染んできたのかなあ。

 まあ、言われたとおり、今日のところは寝ておくとしよう。

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