第264話 床暖房
セントラルヒーティングとやらは最初の数日はムラがあって微妙だったが、調整の結果、なかなかうまく行ってるようで、暖炉周辺の床がまんべんなく暖かくなって快適だ。
今のところは温かいのは床だけなんだけど、将来的には家中が暖かくなるんだろうか?
構造的に難しい気もするが、まあ床が温かいだけでも十分ではある。
床が温かいので、ソファに腰掛けるよりも、床に直接転がることが増えてきた。
今日も、ムートンの敷物の上で仰向けになってゴロゴロしていると、幼女トリオがお菓子を抱えてやってきた。
「おっ、おやつか?」
「うん、ご主人様にもあげる」
牛娘のピューパーが籠を差し出す。
きれいな包み紙にくるまれた飴や焼き菓子が、きらびやかに並んでる。
「どれがおすすめだ?」
「えーとね、綺麗なのはこの紫、でも味はこっちの方がいい」
「ほほう、俺はやはり味で選ぶかな」
「うーん、でも綺麗な方がいいかも」
「そうかな?」
「わかんないけど、なんで綺麗なものっていいのかな?」
「なんでだろうなあ。男より女のほうが、目の仕組みからしてキラキラしたものに反応しやすいって話は聞いたことがあるが、関係あるのかな?」
「つまり、どういうこと?」
「どういうことだろうなあ」
「うーん、じゃあ、この包み紙を私が貰って、ご主人様に中のクッキーをあげる」
「中身はいらないのか?」
「あんまり食べると、晩御飯食べられなくなる」
「そうだなあ」
などと言いながらクッキーを受け取ると、二枚あったので、一枚を魔族ハーフのメーナの口に入れてやる。
「どうだ?」
「もぐもぐ、美味しいです」
「そうか、じゃあ、もう一枚は撫子にやろう」
馬子の撫子に食べさせてやるとピューパーが、
「ずるい、私も食べる」
さらにもう一つ包みを開けて、俺に手渡すので、一枚をピューパーに食べさせてやり、もう一枚を自分で食べた。
そうして幼女トリオとゴロゴロしていると、今度はエットとスィーダがやってきた。
裏庭での修業を終えて、汗を流してきたところのようで、二人共薄い肌着一枚だ。
「おつかれさん、フルンはどうした?」
と聞くとエットが、
「まだシルビーと練習してる。あたし達はもう終わったから休憩」
「そうか、もうすぐ大会だもんな」
「うん、フルンはいつもどおりだけど、シルビーはすごく気合入ってる」
「そうか」
「やっぱり優勝目指してるのかな?」
「うーん、それもあるけど、やっぱりアレじゃないか? シルビーはこれから剣でお金を稼ごうと思ってるみたいだから、自分の腕が世間で通用するか、試したいんじゃないかなあ」
「そっか、あたしは修行始めたときはもう従者だったから、生活のこととか考えてなかったけど、それまではいつもご飯の事考えてた。三日ぐらい水しか飲めなかったときは、なんだかボーっと座ってるだけで悲しくなってきたから、ああいうのはもうしたくない」
エットは初めて会ったときは物乞い少女だったからなあ。
それを聞いていたメーナも、しみじみと頷いて、
「私も、山越えの時に民家がなくて托鉢で何も貰えなかった日が続いて、もうだめだと思った時に、木にアケビがなってる事に気がついて、でも手が届かなくて、木登りする力ももうなくて、木になったアケビを眺めながらここで死んじゃうのかなあって思ってたら、急に鳥が飛んできて、枝に止まったんです。そしたらアケビが落ちてきて、それを食べてやっと元気が出たことがあって」
聞くも涙の、つらい告白をするメーナに、エットが身を乗り出して尋ねる。
「アケビってなに? 美味しそう」
「アケビは、その……」
うまく説明できないメーナの代わりにスィーダが、
「アケビは、木の実! 果物! 村にも生えてる! えーと、なんかなすびみたいな感じで、割れる! あと甘い、おいしい。あ、でも種がぶつぶつで食べづらい!」
「それ、全然わからない」
「そんなこと無い、簡単、すぐわかる、見たらわかる、間違えようがない!」
などと分けの分からない説明を繰り広げるスィーダ。
スィーダもエットも、もう少し勉強した方がいいな。
「でも、鳥がご飯をくれるなんて、絵本みたい」
隣で聞いていたピューパーが驚いてみせると、メーナもうなずいて、
「うん。あとね、橋から落ちたこともあって、溺れかけたんだけど、河原で水を飲んでた鹿の角に引っかかって、ポーンって放り投げられたら、道端に積んであった藁束の上に落ちて、気がついた近所の人に助けられたこともある」
「すごい! ほんとに絵本だ。他には?」
「えーと、あと、峠を超えてる時に大きな蛇が出て、どうやっても追い払えなくて少し戻って休んでたら、その先の道でがけ崩れがあって、そのまま進んでたら危なかったかもしれなくて」
がけ崩れ怖いよな。
山に登ってると小石一つの落石でもすごく怖いもんだ、と思ったら、
「蛇こわかった?」
ピューパーは蛇のほうが気になるらしい。
まあ、そんなもんか。
「うん、その時はすごく」
「怖いよね! でも、フェルパテットが来てから、蛇もいいかなーって思いだした」
「フェルパテットは優しいから好きだけど、蛇はまだ怖いかも」
「そっかー。そういえば、もうすぐ脱皮するんだって。脱皮できるって凄い、私も脱皮したい」
そうか、脱皮するのか。
そいつはぜひ、目の前で拝まないと。
「うちの人、巨人だったり蛇だったり、いろいろあって羨ましい。私もすごくなりたい」
ピューパーが腕組みしてしみじみとつぶやくと撫子が、
「ピューパーはおっぱいが四つ有るので大丈夫だと思います」
「そうかな?」
首をひねるピューパーに、エットがうなずきながら、
「絶対ソッチのほうが強い、ご主人様おっぱい大好きだから、二倍好きになるはず」
「そうかな? そうかも」
ピューパーは納得して、再びメーナに質問する。
「ねえ、他には? 他には?」
「うーん、それほど不思議なことは……」
「でも凄い、私、そういう奇跡みたいなの全然なかった」
などと呑気に話しているが、ほんとに偶然なんだろうか。
なにか超自然的な力で守られていたんじゃ?
そう考えていたら、エットが、
「あたしも助けられたことがある。きっと女神様の力! 悪いサーカスに捕まってた時に、怪我を直して首輪も取ってくれた、夢で女神様出た!」
「私も、女神様が夢に現れて、柱が崩れるって教えてくださったんです。でも、あんまり覚えてないけど、他にも夢に現れたことがあったかも」
「やっぱり! 女神様ってご主人様のお友達らしいから、だから助けてくれたんだと思う」
「でも、その時はまだ従者じゃなかったのに」
「あたしも! まだだった! でも、たぶん女神様ぐらいになれば、今従者になってることぐらい、昔にわかってるから、まだとか関係ないと思う」
「そうなのかなあ?」
「絶対そう!」
うーん、まあ巫女のハーエルと燕の件もあるし、当たらずとも遠からずといったところなんだろうか。
でも世の中、どう見ても何かの意志が働いてるとしか思えないけど、じっさいはただの偶然みたいなのもあるしな。
相関関係さえ無いようなものにも、勝手につながりを見出しちゃうもんだ。
いつの間にかリプルやアフリエールもやってきて、年少組ばかりでゴロゴロし始めた。
うちに来た当時はまとめて子供扱いしてたけど、この二人の他に、ここには居ないがウクレなどもすっかり子供っぽさは抜けたなあ。
体型的にはまだ子供の範疇だろうが、こっちの世界じゃ成人と言ってもおかしくないし、それぞれに自立して仕事を毎日こなすようになっている。
魔界訛の言葉遣いもあって一見子供っぽいオーレも、精神年齢的にはウクレと同じぐらいのようだ。
フルンは子供っぽいんだけど、子供のまま達観しちゃったようなところがあるな。
その点、年代は同じでもエットやスィーダは修行以外は遊んでばかりでピュアな子供だな。
まあ、それもいい。
俺だってこの年頃は、遊び呆けてたしな。
今一人、精神年齢が幼女である、火の玉少女のクントは、今日もネールと一緒にお墓参りに行ってるようだ。
あの子の体はどうにかしてやらなきゃならんが、例の人形師は未だ消息がつかめない。
スィーダが俺の従者になってから、従姉のことを口にしなくなったこともあって、改めて魔界に探索を出すこともしていないのだ。
もう少しだけ、待ってみるとしよう。
そんなわけで、子どもたちも一日の大半は自分のやることをしているわけだが、たまにはこうして甘えてくれる。
可愛い女の子に甘えられると俺もちやほやしたくなるので、一緒にゴロゴロしたり、ナデナデしたり、たまにサワサワしながら遊んで過ごした。
昼間ゴロゴロしていたせいか、一度は床についたものの、寝付けないので、再び暖炉の前にやってきた。
時刻は0時過ぎ。
台所の火もすでに落ちて、ほとんどの従者は眠っているが、暖炉の前に、人影が二人分。
「なんだい旦那、寝床から追い出されたのかい?」
同じ盗賊クラスのメイフルと二人で酒盛りをしていたエレンが、そう言ってクッションを出す。
どんと腰を下ろして、二人の愛用の火鉢に手をかざす。
「このセントラルなんとかっていう床の暖房、いいもんだね」
「そうだな、思った以上にあったかいよな」
「夜通し外で見張りとかやってると、とにかく寒いからねえ。ますます家が恋しくなりそうだよ」
「そういや、最近また夜に居ないことがあるな」
「ちょいと野暮用でね」
「また、前の強盗みたいなやばいやつか?」
「いや、そういうのじゃないよ。まあ、片がついたら話せる機会もあるかもね」
「じゃあ、他に何か面白い話はないのか?」
「そうだねえ、例のアップルスターが現れてから、星辰教とかいうのが流行りだしてねえ」
「新興宗教か?」
「そうだね、新たな神子の降臨だとかいって、新しい神殿を作ろうって話があるんだよ」
「そんなに勝手に作れるもんなのか?」
「よそから女神様を勧請するだけだから、神殿さえ用意すればそこまで難しいものじゃないみたいだね」
「ほほう」
「星を司る女神ポラミウルを祭神に据えてって話で、色々盛り上がってるねえ」
「具体的にどこの連中が盛り上がってるんだ?」
「中心になってるのは、西通りの商工会かな」
西通りといえば、うちの商店街から少し南に下ったところにある、東西を横断する大通りだ。
こちらと違ってそれなりに繁盛しているが、神殿前の目抜き通りや東通りほどではない。
「西通りにねえ。どこに建てるんだ?」
と言うと、今度はメイフルが口を開く。
「場所は未定らしいんですけどな、例の白象騒ぎで、アウル神殿に寄付しなかった金が余っとるんでっしゃろ、税金対策でなんでもいいから神殿なり公共事業に金をぶっこみたいんですわ」
「ああ、そういうのね」
「わがシルクロード商店街としても、一枚噛むかどうかで悩んどるんですけどな、うちの僧侶連中や、お向かいのエヌはんは、あまり乗り気やおまへんな」
「やはり軽々しく神殿をでっち上げるのはよろしくないんじゃ」
「そういうわけやおまへんやろ、ポラミウルはウル派ですからな、ここのアウル派や、アンみたいなネアル派的には馬があわんのちゃいまっか」
「仲が悪いのか」
「悪いというか、ノリが違うんでっしゃろ。アウルとネアルは、どっちもインテリ派ですけど、ウルは脳筋ですからな」
「そういう違いがあるんだ」
「もっとも、侍連中はたいてい、ウルを信仰してるもんですし、騎士も結構な割合がそうですわな。ウル派はごっつい僧兵の軍団を構えてるもんで、冒険者にも受けがよろしゅうおますし、一概にはいえまへんな」
「ほほう」
「ま、それでも何かしらやるんちゃいまっか。近場に神殿ができると、人も増えますしなあ」
「ふぬ」
「うちらかて、勝手にアップルスターにあやかってキャンペーン打つんですから、シナジーちゅーもんを大事にしたいところですな」
「そういや、そっちの準備はどうなってるんだ?」
「仕込みはだいたい終わりましたで。というても、去年の祭りとは違いますからな。リンゴに絡めた商品を全面に出しただけの、普通のセールですわな。それにうちの場合は新規にそれっぽいチェス盤作る時間もおまへんし、まあ勢いだけでもええんちゃいまっか」
「まあ、勢いも大事だしな」
「そうですねん。念入りに仕込んどる間に、世間様がアレのこと忘れてまうかもしれまへんからな」
と上の方を指差す。
「みんな日々の生活に追われてるんだよ」
「バカンス中の貴族様とちごうて、庶民はこの時期も働くしかおまへんからな」
「そうなあ」
「そういえば、大将はまだいきまへんの? 女将は悩んではるようですが」
「ああ、なんかどっかの別荘にってやつだろ。婆さんやオヤジ殿も待ってるらしいが」
「ウチラのことは気にせず、ちょこっと行ってきなはれ」
「そうなあ」
先の魔界大冒険で、家族と離ればなれになるのはこりごりだと思ったが、ちょっとした小旅行まで全員でしか行かないとなると、無理があるしな。
今度の剣術大会とやらも、全員で行くのは難しそうだし。
そのうち、フューエルと相談しておくか。
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