第265話 冒険者ギルド新装開店

 商店街西側の新区画は、かなり工事が進んでいる。

 進んでいると言うか、すでに一軒はオープン済みだ。

 最初はもちろん、いろいろ限界だった冒険者ギルドだ。


 うちよりさらに奥行きのある巨大な倉庫は、生まれ変わって新しい事務所となった。

 建物自体は堅牢で、傷みもほとんどなく、そのまま倉庫として使えたのだが、事務所にするとなると話は別だ。

 突貫作業で倉庫内に事務所スペースを作り、更に新人冒険者研修用の講習が受けられるスペースを用意した。

 後は、運営しながら改良するらしい。

 今も内装の職人が出入りしている。


「おかげさまでどうにか引っ越しもスムースに行きまして、受付が広くなった分、手続きも順調にこなせて混雑も半減しましたようで」


 とは冒険者ギルド課長のサリュウロちゃんの談だ。

 若干ストレスも減ったのか、血色も良くなっている。

 ボサボサだった銀髪も、今日は綺麗に整えてある。

 パートも少し増えて、うちのミラーも数人常駐してうまく回しているようだ。

 今はルチアの店から出前を取り、お茶とパンケーキを食べているところだった。

 ルチアも早速手を広げてるな。


「ちゃんとした食事ってのはいいものですねえ。こうやって仕事の合間に一服できるなんて、つい先日まで考えもしませんでした、ううぅ」


 涙ぐみながらもしゃもしゃと、シロップたっぷりのパンケーキを貪るサリュウロちゃん。


「それにしても、ここのケーキは美味しいですねえ」

「いいよな、俺も大好物だよ」

「朝出勤時にお隣でパンを買い、昼はこちらの軽食とくると、帰りに一人で一杯いける店が欲しくなりますね」

「はは、随分と生活に余裕が出てきたようだな」

「こ、これはその、調子に乗ってしまいました」

「いやいや、人間それぐらいは余裕がないと、すぐに生活が破綻するぞ。一度体を壊すと、完全には戻らんからなあ」

「そんな気がします。この数週間というもの、どうやって生きてきたのかも思い出せないような日々でしたから」

「大変だったなあ」


 責任の一端は俺にも有る気がするが、ここは他人事のように流しておこう。


「まあ近々、この並びに小料理屋がオープンするから、そしたらお祝いにごちそうするよ」

「恐縮です、楽しみにしております」


 そうやって談笑していると、一部の冒険者が受付のおばさんと口論を始めたようで、サリュウロちゃんはそちらの対応にいってしまった。

 冒険者が多いとトラブルも増えるものだが、そこはローンあたりが気を利かせてくれたのか、赤竜騎士団のメンツが交代で詰めてくれている。

 話し合いで収まらない場合は、騎士連中がどうにかしてくれるだろう。

 今日は馴染みの女騎士、モアーナが奥の仮設詰め所で、同期であるうちの従者レルルと世間話をしていた。


「あら、サワクロさん、あなたも冷やかしですか?」

「まあね、君も暇そうだ」

「例年この時期は大掃除も終わり、一息つけるんです。私どもが暇だと、世間も平和で何よりですよ」

「結構なことだ」

「でも、ここは本当に良い場所を見つけましたね。街の北西側は詰め所がなくて巡回も面倒だったのですよ。ここの改装が終われば、うちからも常時、人を置けるようになります」

「そりゃあ、頼もしいな」

「その為にうちからもギルドの方に若干援助したそうですよ、ここの間借り賃というわけですね」

「なるほどね」

「ところで、例の冒険倶楽部というやつは、うまく行っているんです? 森のダンジョンの方ではイマイチ差がわからないと、あちらに詰めている同僚がぼやいていましたが」

「どうだろうな、そんなすぐに成果は出ないだろうが、サリュウロの話では、新米冒険者の初回の生存率が大幅に上がったと言っていたぞ」

「そうなんですか、正直な所、冒険者は半分ぐらいは素人に見えるので、そのあたりの違いは実感しづらいのですが」

「手厳しいな」

「ダンジョンの管理を主任務としているうちの騎士団的には死活問題ですよ。冒険者の面倒を見る必要がなくなれば、もっと楽になるはずなんですが」

「気持ちはわからんでもないが、みんな頼りにしてるからな」

「サワクロさんのように誠意……とまでは言わなくても、互いにギブアンドテイクの関係だとわきまえてくれていると良いのですが。ちょっと我々が魔物を狩りすぎると不平を漏らすのに、なにかあるとすぐに助けてくれ守ってくれと泣きついて」

「ははは、まあ、誠実な人間は冒険者なんぞやらんさ」


 モアーナは育ちの良い貴族らしく、普段は非常に人当たりもいいが、気の置けない親友とリラックスしていれば、愚痴の一つも出てくるのだろう。


「そうなんでしょうか。先日はうっかり今みたいな愚痴をローン参謀に漏らしたら、他人に誠実さを求めるのは不誠実である、などと説教されてしまって」

「じつにローンらしい言い草じゃないか。彼女は苦労性だからなあ」

「サワクロさんは、参謀のご実家のことはご存知で?」

「まあ、ちょっとはね。知ってるのは、妹さんが可愛いことぐらいかな」

「うちの実家は、領地が近いこともあってキッツ家とも懇意にしておりまして、先ごろスーベレーン家の家名返上の際にも、何かと働きかけがありました」

「議席がどうこうって話かい?」

「ええ、家名獲得のための賛同が欲しいと言った話ですが、騎士団でも名家の出の者ほど、キッツ家のやりようをよく思っていないのです」

「よくある話だろう」

「そうなのですが、参謀は家を出た身とはいえ、やはり世間の風当たりも強いようで、ストレスが溜まっていらっしゃるのではと。あの方は理不尽な八つ当たりなどはなさいませんけど、やはり上役の機嫌が悪いと、私どももいかんとも」


 俺にはめっちゃ理不尽な八つ当たりをしてる気がするが、そこが彼女のチャームポイントなので文句も言えまい。


「それで、俺に励ませと?」

「サワクロさん以外に思い浮かびませんので」

「俺は顔を合わせるたびに、小言を食らうばかりなんだけどな」

「ですけど、サワクロさんのお宅から戻られた時は、いつもしばらくは機嫌が良いのですよ」

「ははは、俺も罪な男だな」


 などと他愛ない話をして、モアーナと別れる。

 改めてギルドの様子をうかがうと、流石に冒険者相手の商売だけあって、やかましい。

 まあ、そんなものだよな、とは思うけど、いささか商店街のカラーと方向性が違うのではなかろうか。

 メイフルはどう考えてるんだろうな。


 冒険者ギルドを出ると、商店街工事の人足が盛んに行き交っている。

 その人混みを縫うように、メイフルがひょっこり出てきた。


「おう、どうした、様子見か?」

「進捗なんぞを確認してましてん。なるべくスムースに開店させたいですからな」

「で、順調なのか?」

「ぼちぼちでんな。強いて言えば、ホテルだけが困りもんですな」

「というと?」

「その先にある古い宿を今風に改装して、上級冒険者や小金持ちの商人向けにやろうと思ってますねんけどな、あてにしてたスタッフが捕まりまへんねん」

「ほう」

「特に支配人がおまへんねんな。スタッフは金を積めばどうにかなるんですけど、それをまとめる人間は、やっぱり信頼できるベテランや無いと」

「そういうもんかもなあ」

「ま、それはいずれどうにかなりまっしゃろ。魚屋やガラス工房も、来月にはオープンできるんちゃいまっか」

「そりゃ順調だな。それはそうと、冒険者がこんなにうじゃうじゃ来ると、客層的に大丈夫なのか?」

「そうですな。まあ、表で話すのもなんですから、ちょいと戻りまひょか」


 うちに戻って、お茶など飲みながら話を聞く。


「冒険者、いうてもピンきりですからな。直接ウチラの客になるのは、中堅以上のそれなりに金と実績のある層ですわ。このあたりになると、貴族や大商人の依頼の方が多くなるもんで、立ち振舞身もちゃんとして来ますからな」

「なるほど」

「それ以下の冒険者は、ちょうどギルドの反対側の出入り口から出入りするようにしてますねん」

「ほほう」

「低レベル向けの窓口を別に作って、反対側の路地から、ちょいと迂回して西通りに出てから、神殿なり、森の方に出る馬車に直行できるように、動線を作ってますねん。せやから、あんまりこっちにはこーへん、ちゅー寸法ですな」

「ふぬ」

「コチラ側には、個別の窓口があって、高レベル冒険者に優先的に仕事を斡旋したりする予定ですわ」

「格差社会だなあ」

「積極的にレベルを上げる、ようは冒険倶楽部の仕組みに乗っかってもらうためには、それぐらい差別化せんとあきまへんで」

「それももっともかも知れん」

「それにもちろん、あちらの出入り口に通じる西通り商店街にも話を通してますからな。あっちは大将馴染みの双子の満月亭みたいな庶民向けの店もようさんおますから、ちょうどよろしいねん」

「なるほど」

「それ以外にも、高レベル冒険者の場合、依頼の交渉みたいな時間のかかる受付案件も多いですからな、ほとんど換金だけで済む低レベル層にとっても分けるメリットは有りますねんで」

「ふむ」


 さすがにちゃんと考えてるようだな。

 まあ、考えたとおりに動かないのが世の中ってもんだが、それでもビジョンに基づいた計画ってのは必要なんだよ。




 今日の夕食には、油がでっぷり乗った鰤だ。

 漁師のホムが持ってきてくれたらしい。


「工事の下見に来たついでに、寄って行かれたんですよ」


 とアン。

 火事で船をなくしたホム親子は、この商店街で魚屋をやることにしたのだ。

 従姉で網元であるタモルから仕入れた新鮮な魚介類を売るらしい。

 つまりうちも毎日仕入れ放題というわけだ。

 魚はちょっと離れた市場まで行かないと手に入らなかったので、この辺でも需要はあると思うんだけど、どうなるだろうな。


「旦那さんの方は、こんなに借金をしてしまって大丈夫だろうかと何度もこぼしていましたが、奥さんの方は流石に海の女だけあって、肝が座ってる印象でしたね」

「あの旦那は、繊細そうだからな。ハッブと同い年ぐらいじゃなかったかな? 飲み仲間になってくれると、俺としては嬉しいんだけどな」


 ハッブはエブンツの義弟で、こちらも近々料理屋を開く。


「飲み仲間と言えば、ハブオブさんは最近、顔を見せませんね」

「修行のやり直しで忙しいんだろう。呼び出すのも気が引けるしな」

「テナはもう少し上流階級との付き合いを増やしてもらいたがってますが、気の置けないご友人との交流も、大切でしょうし」

「まあ、そのへんはあんまり気を回してもらわなくても、適当にやるさ」


 話してる間も、俺の右手は薄くスライスした鰤をさっとお湯にくぐらせてしゃぶしゃぶにして食いまくっていた。

 うめえな。

 お湯を弾いてぬらぬらと光る脂ぎったブリが、たまらない旨さだ。

 醤油と酒を煮切った所にすだちをギュッと絞ったタレが、また最高にあう。

 一緒に煮込んだ菜っ葉を箸休めにつまむのもすごくうまい。


「ご主人様、最近はよくお食べになりますね」


 とは隣で給仕をする牛娘のパンテーの台詞だ。


「そうかな?」

「はい、いつも一心に召し上がってるご様子で」

「この醤油とかが手に入ってから、とにかく箸が進んでなあ」

「はあ」


 となんだかピントのずれた返事をする。

 はて、なんだろう、と首をひねっていたら、アンが困った顔でこう言った。


「最近、食べる方のご奉仕しか、させていただいていないということですよ」

「ああ、なるほど」


 と頷くと、パンテーが顔を赤くする。


「俺としたことが、まったくもって不甲斐ない話だな」


 というわけで、早速パンテーのブラウスのボタンを外す。

 ボヨンと弾ける巨大なおっぱいをさらけ出して抱きかかえる。

 柔らかい。

 こうなると手が使えないので、代わりに食べさせてもらうことになる。


「さあ、どうぞ、ご主人様」

「もぐもぐ、うめえ」

「野菜も食べてくださいね」

「もぐもぐ、これもうめえ」

「あの、そこは別に、あぁ……」

「ちゅーちゅー、あいかわらずうめえ」


 などと言いながら、ブリを食ったり、ブリブリしたおっぱいをしゃぶったり。

 いやあ、食事ってのはいいもんだな。

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