第263話 桟橋改良

 裏庭の桟橋は、岸から五メートルほど伸びている。

 ここに落ち着いた当初は、桟橋に腰掛けて、よく釣りをしていたのだが、今ではすっかり雪が積もってそれどころではない。

 それでも船は使うので、毎朝ミラーが除雪しているが、船にも幌をかけたりと大変なので、ここに屋根を作ることになった。

 構造としては、船二艘分の幅を挟んでもう一本短めの桟橋を作り、その間に屋根を掛けて間に船を係留するという仕組みだ。

 櫓にドックと、だんだん要塞じみてくるな。

 雪の降る中、肌着のみで湖に浸かり作業するミラー達の姿は非常に痛ましいが、本人たちはなんともないようだった。


 櫓に続いて数日掛けて、桟橋の改築が完了した。

 でもって、今までの小さなボートの他にもう一つ、屋形船が導入された。

 こいつは中古で眠っていたものを買い取って修繕したらしい。

 湖の東港にある造船工に頼んでおいたのだとか。


「これで雪をしのぎながら湖上で一杯、などというのも乙なものだと思いまして」


 と手配しておいたカプルはそういう。

 まさに俺が欲しいものをよくわかっていると言わざるをえない、見事な采配だった。


 早速、船にあれこれ詰め込んで出港する。

 雪の舟遊びとは、風流だねえ。

 ガラス越しに見える湖面の景色は、極上だ。

 船の外観は古色を帯びたシックなものだが、内装はリッチに仕上げてある。

 ビロード張りの天井や、革の座椅子などが置かれ、テーブルの装飾もちょっとしたものだ。

 船室は三畳ほどの縦長で、中にコンロや酒樽が積み込まれている。

 あとはおかずを釣り上げれば完璧なのだが、そちらは外でせっせと釣っているフルンたちに任せるとして、俺はチビチビと熱燗をやっていた。

 隣で景色を眺めていたフューエルに一杯ついでやると、クイッと色っぽく飲み干す。


「こんな小さな船でクルーズというのは、想像もしていませんでしたが、なかなか風情のあるものですね」

「俺の故郷じゃ、こういうのでお大尽が舟遊びをしたりするんだよ」

「あなたもしていたのですか?」

「俺は庶民の中の庶民だったからなあ」

「その割には、随分と遊び慣れているようですが」


 そういうフューエルを横目に、テーブルに並んだツマミに手を伸ばすと、船が少し揺れてとり損ねた。


「しかし、少々揺れますね。船酔いするほどではないでしょうけど」

「たしかにな。どれ……」


 と窓から顔を出して、船の後部で船頭をやっていたエレンに声をかける。


「結構揺れるな、風が出てきたのか?」

「そうでもないけど、この季節はこんなものじゃないかな」

「そうか」

「じゃあ、ちょっと秘密兵器を出そうか」


 そう言うと、船の隅に積まれていたクロックロンに声をかける。


「練習通り、頼んだよ」

「了解、行ッテクル」


 そう言って、クロックロン達はロープを掴み、湖に飛び込んだ。

 どうやら錨代わりに、船を固定するらしい。


「根掛かりしないし、引っ張り具合も調整してくれるし、贅沢な錨だろ」

「まったくだ」


 しばらくはそれで安定したものの、結局、湖面が荒れてきたので撤収した。

 後日改めて、楽しむとしよう。


 桟橋に戻ると、屋根の下ではセスとコルスが釣りをしていた。

 エレンが手渡した舫い綱を受け取ったコルスが、それを固定しながらこういった。


「この屋根は良いものでござるな、雪の時でも、釣りができるでござるよ」

「桟橋を作るのにそのへんの湖面をさらっちまったから、しばらく魚が寄り付かないんじゃないか?」

「なに、時間の問題でござろう。先程も一匹、かかったでござるよ」


 話す間にも、セスが一匹釣り上げた。

 なるほど、これなら良さそうだ。


 桟橋に屋根はできても壁はないので風は防げないが、渡り廊下の先端にある櫓と、この桟橋をつなぐ経路にも小さな屋根をつけたので、これで雨の日も傘をささずに船に乗れるわけだ。

 フューエルの家との行き来も、船を使うことが多いので、案外便利かもしれない。

 あちらの船着場も、屋根を付けておきたいな。

 あとはパンテーの住んでいた家の裏手に井戸があるので、そこまで通じる屋根も付けておきたい。

 最近はロボットであるミラーが水くみをするので寒さは問題ないだろうが、判子ちゃんも毎日やってるしな。

 それとも彼女も、ロボットであるミラー同様に、寒さを感じたりはしないのだろうか。


 舟遊びを終えて家に帰ると、リビングの一部、暖炉の前から階段下の普段子どもたちが遊んでいるスペースの床が剥がされていた。

 そしてミラー達が数十人がかりで、何かを設置している。

 俺は現場監督のカプルを捕まえて、何をやっているのか尋ねた。


「あら、今朝、説明しませんでしたかしら。セントラルヒーティング、というやつを試してみるのですわ」

「ほほう」

「暖炉でお湯を沸かして床下に設置したラジエターに循環させることで暖房に使いますの。調べた所、北西のはて、ウェーベイ・ランドあたりでは似たものがあるらしいので、実験ですわね。もうしばらくは寒さも続きますし、上手く行くようでしたら、お風呂や竈の熱もすべて使って温めるようにしますわ」

「期待してるよ」


 それにしてもカプルはなんでもやるな。

 予定では工事は夕方までかかるそうなので、少し悩んで再び裏庭にでた。

 雪もやんで、風も収まったようだ。

 それならば、と釣りの支度をしてもらい、セスたちの隣に腰を下ろす。

 最近、すっかり仙人じみてきたセスは、着流し風の薄い着物に、マフラーを巻いただけで、見るからに寒そうなのだが、本人はいたって平気のようだ。


「見てる方が寒くなるが、そんな薄着で大丈夫か?」

「ええ、最近は体の暑さ寒さと言った感覚まで、自在に意志の力が及ぶように感じます」

「ほう」

「不思議なもので、本来自分が持っている以上の力も、出るように感じています。いえ、実際にかつてよりも遥かに速く、力強くなっていますから、そうなのでしょう」

「それはトレーニングで鍛えたから、ってわけじゃないのか?」

「根本の力は鍛えた筋肉の持つものなのでしょうが、最近は内なる精霊の力のようなものが、体中に張り詰めて、我が体を動かしているように思うのです」

「というと?」

「以前、青の鉄人の太刀さばきを見た時に感じたのですが、かの御仁は確かに私より遥かに大きな体と分厚い筋肉をお持ちでしたが、それだけであれ程の跳躍や速度、破壊力が出せるとは思えません。つまりはそうした精霊の力を掛け合わせることで、常人離れした力を得ていたのではないでしょうか」

「ふむ」

「ここに来て、私もその境地に一歩、足を踏み入れたのではないかと感じています」

「そういえば、フルンもそんなことを言っていたな」

「そのようですね。あの子はなにより、洞察力が素晴らしい。なんでも見て、感じ取って理解するのです。だから成長も早い」

「そうなんだろうなあ」

「年末にエツレヤアンに戻って、あの子の修行方針を師に尋ねるつもりだったのですが」

「結局、行かなかったよな」

「なかなか都合がつかずにいたもので。それに師からの手紙で、思うままに指導せよ、それもまた修行である、との言葉を頂いてしまい、行くに行けなくなったのです」

「ははは、老先生も厳しいな」

「お陰で私も最近は、フルンの修行のことばかり、考えておりますよ」


 そう言ってセスは釣り糸を垂らす。

 俺も三十分ほど頑張っていたら、フューエルが出てきた。


「姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのですか。雪もやんだようなので、今から少し屋敷に行ってきます。天気が変わらなければ、夜には戻りますから」

「おう、おつかれさん。気をつけてな」


 フューエルはウクレとミラーを連れて、小舟で出ていった。

 この時期、道が悪いせいか馬車だと時間がかかるので、行き来は舟が多い。

 フューエル自身は馬車マニアなので、多少不便でも馬車のほうがいいんじゃないかと思うんだが、本人曰く、


「日常の足なら効率重視で良いのです。馬車は楽しみのために乗るのですから」


 などと言っていた。

 俺もフューエルのマニア精神を見習って、楽しみのために従者たちと遊ぶことにしよう。

 とはいえ、一番のくつろぎスペースである暖炉の前は工事中だし、食卓のコタツあたりも、たぶん騒々しいだろう。

 幸い、離れのような扱いになっている家馬車の方は誰も使っていなかったので、そちらに移った。

 誰もいないかと思えば、二階から音がする。

 小さな階段を登ると、ミラーが数人で工事をしていた。


「ここも工事中か」

「はい、オーナー。二階から櫓への通路に出られるようにしています」

「ほほう、随分とうちも複雑な作りになってきたな」

「ここから更に、画廊の二階へとつなぐ予定です」

「手前の馬小屋の上を通したほうが、近そうなのにな」

「たしかにそうですね。カプルがこのように設計したからには何か理由があると思うのですが、残念ながら今の私の知識では判断できません。お役に立てず、申し訳ありません」

「いやいや、それはいいんだ。まあ、頑張ってくれ」


 上で工事をされると、うるさくてくつろげないかな。

 仕方がないので、渡り廊下を通って、台所に移った。

 この時間にはパン屋のエメオも帰っているし、今日はパロンもチョコ作りを終えて、台所組で集まって、何やら雑談していた。


「なんじゃい、釣りしとったんちゃうんかい」


 とパロン。


「寒くてなあ」

「そりゃそうじゃろ、屋根だけやのうて、釣り小屋でも建てればええやろうに」

「そうかもしれん」


 ついでエメオが、


「お暇でしたら、一緒におせんべいでも食べます?」

「ほう、おせんべいとな」

「米粉で焼いてみたんです。ご主人様が前におっしゃっていたのと、同じようにできてるかまだわからないんですけど」


 そういって差し出された物は、少なくとも見た目は普通のせんべいだった。

 塗られた醤油が香ばしい。


「どれ、ボリボリ……うん、うまいぞこれ」

「そうですか、よかった。粉物には自信があったんですけど、やはりこの米と言うやつは、なかなか難しいですね。先日もこの粉でパンを作ってみようとしたんですが全然駄目でした」

「あー、米粉のパンは、なんか普通にやっても無理らしいな」

「やはり。ご主人様の世界ではあるのですか?」

「うーん、なんか最近作れるようになったとかで、何度か目にしたことはあるが、小麦のグルテンを混ぜるとかだったかなあ」

「グルテンとは?」

「グルテンってのは……小麦粉のネバネバしたところの……わからん、ミラーに聞けば教えてもらえるかも知れん」

「じゃあ、あとで聞いときます」


 今のやり取りを聞いていた牛娘のパンテーが濃い目の緑茶を差し出しながら、


「モアノアもそうですけど、エメオもパロンも研究熱心ですよね。私なんて、毎日乳を絞るばかりで」

「いやいや、ちゃんと絞り方の研究とかしてたじゃん」

「それは、そうなのですけど。最近はリプルと二人がかりでも、全員分に足りませんし、そろそろピューパーも乳が出るようにかわいがっていただかなくては」

「いや、まだ早くない?」

「そうでしょうか、もう月のものも来ておりますし」

「せめて、リプルぐらいの年齢まではだね」

「しかし、聞けばリプルも随分と乳の出が遅かったようで。ピューパーも幼い頃にひもじい思いをさせたせいか、ちょっと成長が遅い気も……」

「そうなのか?」

「ご主人様に貰っていただいてから、だいぶ体も重くなったと思うんですけど」

「まあ、なんだ、足りないミルクは買えばいいし、もうしばらくピューパーには子供らしくのびのびと過ごしてもらってだな」

「はあ……」


 パンテーはいささか不服そうだが、俺としてもそれなりにギリギリ死守したい一線みたいなものがだな。

 まあ、いいんだけど。

 そんな感じで、せんべいをアテに従者たちとのお茶をしばし楽しむのだった。

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